2023年11月4日〜5日の2日間、鳥をテーマにした国内最大級のイベント「ジャパン・バード・フェスティバル2023」が千葉県我孫子市の手賀沼公園で開催された。ここでは、ソニーマーケティングが本イベントの会場で11月4日に実施した、野鳥撮影の無料講座(講師:野鳥写真家の山田芳文さん)をレポートしよう。
野鳥撮影を楽しむうえで知っておいて損のない内容なので、「これから野鳥撮影を始めてみたい!」という人は、ぜひご一読いただきたい。
野鳥写真家の山田芳文さん。講座の後に行われたフォトウォークでのひとコマ
今回ソニーマーケティングが実施した講座は、「ワンランク上の野鳥撮影を目指したい方へ」をテーマに、野鳥写真家の山田芳文さんが自身の野鳥撮影術を教えてくれるというもの。同社のカメラスクール「αアカデミー」による無料の講座だが、プロならではの撮影のアプローチや、構図の決定方法、レンズの使い分けなどに触れられる貴重な機会だった。
今回の講座で山田さんが「野鳥撮影術のポイント」として紹介したのは主に以下の4つ。
山田さんは講座の冒頭で、「野鳥撮影に正解はない」というメッセージを受講者に伝えた。観察がメインの人もいれば、観察の結果を記録したい人、個展を開くためにテーマに沿って撮っている人など、人によって鳥を撮る目的が異なるため、「人それぞれに“撮り方の正解”がある」というわけだ。
その前提のうえで、山田さんが自身の撮影方法として紹介したのが「必然撮り」(山田さんの造語)。屋外で野生動物を撮る限り、偶然の要素はたくさんあるが、偶然をできる限り減らして「撮るべくして撮る」のが山田さん流の撮り方だ。
講座では、「必然撮り」の実例として撮影現場を紹介。森や山といった、野鳥が生息していそうな特別なところではなく、身近な公園でどのようにアプローチして撮ったのかを示した。
山田さんが自身の撮影現場として紹介した、ごく普通の公園
山田さんは、上記の写真の場所で観察を続け、以下のステップを踏んで具体的な撮影方法を決めたという。
ステップ1
1羽のシロハラを見つけたので観察していると「この個体は行動範囲が広い」「この個体は必ずこの場所に戻ってくる」「戻ってきたら緑の植え込みに隠れて30分〜1時間以上休む」「その後また動き始めて、30〜40分くらい木のあたりをウロウロと歩き回る」「その後飛んでいく。飛んでいく方向は4方向くらい」ということがわかった。
ステップ2
この個体は植え込みから出てくるとほぼ100%地面にいる。しばらくは木の枝に飛んでいくことがないため、「地面にいるところを撮る」と決める。
ステップ3
木の根っこにシロハラが乗ったときを撮ると決める。その理由は、カメラを少し低い位置に設置できるので背景がきれいに抜け、また鳥の脚もきれいに撮れるため。
木の根っこ(赤丸の位置)にシロハラが乗ったときを狙って準備を進める
ステップ4
個体が画面の右を向いたときに撮ると決める。その理由は、右側はオープンなスペースで、日当たりがよいため。左側は高い木があるため、鳥がそちらを向くと鳥の顔が影になる時間帯がある。右を向いたときは顔に影がつくことはほとんどない。
ステップ5
木の根っこの手前にカメラを置いてリモート操作で撮ると決める。カメラにミニ三脚を装着し、その上から茶色い布をかぶせ、さらに落ち葉をかけて目立たなくする。シャッターは音が出ない電子シャッターに設定。カメラから離れた位置で、シロハラが木の根っこに乗って右を向いたときにシャッターを切る。
上記の方法で実際に撮影したのが以下の作品だ。
「必然撮り」でシロハラを撮影した作品
この作品は標準ズームレンズ「FE 24-70mm F2.8 GM II」の広角端24mmにして、周りの風景を含めて撮影している。画面構成では、左側に大きな木を、右側奥に3本の木を置くことでよりワイドに見えるように工夫したという。
「必然撮り」の解説の中で特に印象的だったのは、「いきなりカメラを持っていかず、まずは双眼鏡で野鳥を観察しにいく」ということ。観察する中で撮るターゲット(個体)を決めたら、その個体だけを見に徹底的に通い詰めるという。
さすがに山田さんの「必然撮り」のアプローチをそのまま取り入れるのは難しいが、野鳥撮影において“観察”が最も重要なのは確かだ。これまでは、野鳥を撮影する際、「撮り逃したくない」と考えて常にカメラと双眼鏡を携行してきたが、山田さんの解説をうかがって、今後は双眼鏡のみの身軽なスタイルで、まずは観察から始めてみようと思った次第である。
ポイント1で紹介したシロハラの作品について、山田さんは「撮影日と画面右側の3本の木を見てほしい」と受講者に呼びかけた。撮影日は3月15日で、3本の木は桜(ソメイヨシノ)だ。
シロハラは冬鳥で繁殖地に帰るのが遅い。そのため、撮影日から2〜3週間後、桜が咲く時期になっても「まだここにいるのではないか」という予測を立て、桜と絡めて“春”を連想させる写真を撮る構想を練ったという。
その結果、桜が咲いたタイミングで撮影したのが以下の作品だ。
桜を絡めて撮影した作品
上記の作品は、望遠ズームレンズ「FE 70-200mm F2.8 GM OSS II」を使って、焦点距離81mmの中望遠で撮影している。先に示した作品と見比べると、同じ個体を同じ場所で撮っているにもかかわらず、ずいぶん印象が違うことがわかる。山田さんは「100種類の鳥を撮るよりも、1種類を100回撮る」をモットーに、レンズや焦点距離、画面構成などを変えながら同じ個体を何度も撮影するという。
また、桜と絡めた作品では、F5.6という絞り値にも注目してほしい。この絞り値にしたのは、写真を見た人が想像できる余地を残し、よく見ると桜であることがわかるようにしたかったからだという。
たとえば、絞り値をF16にまで絞ると、桜のボケが小さくなり、見た瞬間に桜であることがわかる。いっぽう、F2.8で撮ると桜が大きくボケてしまい、見た人の多くが何を撮ったのかわからないようになってしまう。落としどころとしてF5.6という絞り値を選んだのだ。
山田さんは、特別な場所に出向いて特別な鳥を撮ることよりも、身近なところで身近な鳥を撮ることに力を入れているという。そのなかで大切にしているのは、「どの鳥を撮るか」よりも「いかに撮るか」「どのように撮るか」だと強調した。特に季節感を表現することを大事にしているとのこと。
今回の講座では、シロハラの作品以外にも、春のモズ、夏のアオサギ、秋のユリカモメ、冬のタンチョウなど、季節感が伝わる作品を紹介していた。
山田さんは、「鳥がいる風景写真」をライフワークに作品作りをしている写真家だ。野鳥を大きく写すだけでなく、あえて小さく写すことで情緒を大切にした写真を撮影している。
風景写真的なアプローチで鳥を撮影する場合に難しいのが「鳥の大きさ」だ。山田さんによると、今回のようなアマチュアを対象にした撮影講座を数多く行う中で、受講者から「山田さんの真似をして鳥を小さく撮ってみるが、その場では小さく写したつもりが、見返してみると大きく写ってしまっている」と質問されることが多いという。
山田さんは、その解決策として「自分が思う以上に小さく写すのがコツ」と説明した。結果として鳥が大きく写ってしまうのは、ファインダーやモニターに理由があるという。大きな画面やプリントで見ると、小さな鳥でも鳥であることがわかるのだが、ファインダーやモニターでは点景くらいの大きさになることもあるという。
特に、普段鳥を大きく切り取っている人にとっては、「これでは小さすぎるかな……」と不安になるくらいの大きさでちょうどよいとのこと。
クロアジサシが飛んでいる様子を撮影した山田さんの作品。空、海、砂浜がキレイだったのですべて画面に入れたかったとのこと
さらに鳥を小さく写した作品。コハクチョウが2羽飛んでいる様子を記録している。山田さんによると「空や雲がとてもキレイだったので全部受け止めたかった」とのこと。撮影時、ファインダーではコハクチョウは白い点にしか見えなかったという
いっぽう、撮影術のひとつとして鳥を大きく写すことも紹介した。以下の作品は大きく写した撮影例。ウミネコの目の周りの赤色を強調したかったので、あえてはみだし構図で撮ったとのことだ。
ウミネコを大胆に切り取った作品
山田さんによると、野鳥の撮影会を行っていると、思ったよりも近くに鳥がいた場合に下がって全身を収めようとする人が多いという。そういう撮り方もよいのだが、はみだし構図を選択してみるのも面白いのでぜひチャレンジしてほしいと語った。
ただし、鳥を大きく写す場合は、画面の構成に注意したい。ただ寄っただけだと窮屈な感じになってしまうことがあるという。以下の作品は、アオサギの背中を寄りで切り取ったものだが、山田さんによると、画面の右上にスペースを入れることで窮屈さをなくす工夫をしたという。
アオサギの背中を撮影した作品。画面の右上にスペースを入れる構成にすることでバランスを取っている
また、山田さんは、「写真は読み物」であるとし、見る人が想像できるような写真に仕上がるような撮り方を心掛けているとのこと。目に留めてもらえるようなインパクトを残すのも大事だという。
講座の後には、山田さんをナビゲーターにした「手賀沼周辺フォトウォーク」が実施された。参加者は10名で、山田さんのアドバイスをもとに、手賀沼周辺を1時間程度撮影することができた。
「手賀沼周辺フォトウォーク」の様子
フォトウォーク中に山田さんは「こうした浅い小川に小鳥はやってくる」と説明してくれた。鳥のフンを見逃さないのもポイントとのこと
今回の野鳥撮影の特別講座は1時間程度の時間だったが、受講してみて目からうろこが落ちる思いだった。視点が変わるというと大げさかもしれないが、普段、鳥などの動物は無意識に「大きく写すのが正義」だと考えてしまっていたようで、周りの雰囲気や景色に目が行っていないことがよくわかった。ちょっとした気づきがあったのは間違いない。
フォトウォークでは、先に紹介した4つのポイントの中から「ポイント2:季節感を大事にする」を意識して取り組んでみた。その結果、撮影したのが以下の写真だ。
APS-Cミラーレスカメラ「α6700」と超望遠ズームレンズ「FE 200-600mm F5.6-6.3 G OSS」の組み合わせでアオサギを撮影。焦点距離は600mm(35mm判換算900mm相当)。もっと鳥に近づいて撮ることもできたが、少し離れた位置から狙い、背景に色付いた木々を入れて秋の季節感を演出してみた。また、奥行き感を意識し、少し下のアングルから狙うことで枯れた木を前ボケで入れてみた
「ジャパン・バード・フェスティバル2023」のソニーブースでは超望遠/望遠レンズの貸し出しが行われていた
ソニーブースの前では、超望遠ズームレンズ「FE 200-600mm F5.6-6.3 G OSS」を装着した「α1」を試せた
ブースの中では、山田さんの作品を大画面テレビ「ブラビア」で上映していた