筆者が初めて購入したデジタルカメラは、カシオの「QV-10」でした。「QV-10」は、世界で初めて液晶モニターを搭載したデジタルカメラ。撮った写真がすぐ見られるだけでなく、レンズ部がクルクル動き、なんといってもフィルムがないのですから、それはもう画期的。当時、ものすごく話題になりました。
そんな「QV-10」が、今年で発売から20年。カシオ計算機は22日、この“世界初の液晶付きデジタルカメラ”の20周年を記念し、カシオ本社(東京)にてプレスイベントを開催。「QV-10」の開発者である末高弘之氏とカシオ計算機 執行役員の中山仁氏、そして、当時、「QV-10」を複数台所有していたというデジタルメディア評論家の麻倉怜士氏により、開発秘話などを交えたトークイベントが行われました。年間20万台を売り上げる大ヒット商品となった「QV-10」は、はたしてどのように生まれたのでしょうか? なんと「QV-10」は、“カメラ付きテレビ”として開発されたものなのだそうです。
左から、結局未発売だったカメラ付きテレビ「RS-20」、中央の2つが「QV-10」、右がQV-10のスルトンモデル(試作機)
左から、トークイベント進行役の麻倉怜士氏、QV-10開発者の末高弘之氏と中山 仁氏
「QV-10」の誕生以前。1987年、カシオで開発されたのは、画像をフロッピーディスクにアナログ記録する「VS-101」というカメラ。これは、フィルムに写真を写すのではなく、フロッピーディスクに画像を記録するというもので、撮った画像をテレビですぐに見られるというものだったそう。方式こそアナログですが、すでに、この頃から“考え方はデジタルカメラ”であることに感心してしまいます。さすがカシオ! 画像はモデムで転送するというコンセプトだったそう。しかし、こういったコンセプトはまだ理解されず、また、“写真が撮れるだけなのにビデオカメラより大きい”ということ、それでいて128,000円という高額。セールスは失敗に終わりました。
フロッピーディスクに撮った画像をアナログ記録するカメラ「VS-101」(左)。セールスは失敗に終わっても、“フィルムに変わって記録できるまったく新しいカメラ”を作り出したいという気持ちは枯れることはなく、後にデジタル技術を導入したカメラ「DC-90」を開発(写真右)
同社において“ついにデジカメ誕生!”ともいえる「DC-90」でしたが、発熱がものすごく、また、本体が非常に重くなってしまい、そこから、試作機は「熱子」と「重子」という愛称で呼ばれていたそう(笑)。発熱対策としてファンを取り付けざるを得ず、そのため、ファインダーを付ける場所がなくなってしまった「熱子」と「重子」。しかし、これが“怪我の功名”とも言うべき結果をもたらすことになりました。このファインダーのないデジタルカメラに取り付けられたのが「液晶ディスプレイ」だったのです。そして、液晶ディスプレイの付いたデジカメを「なんとまぁ楽しい!」(末高氏)と実感。画面を見ながら撮って、撮った写真がすぐ見れて、コミュニケーションツールにもなる。これこそが“新しいもの”だと感じたのだそうです。
「DC-90」(熱子/重子)に、便宜的に小さな液晶ディスプレイを取り付けて使ったら「楽しい!」と手ごたえを感じたそう。“これはいける”と思ったものの、先の失敗による社内の逆風。そのため、当時開発が進んでいたポケットテレビの延長としてカメラ付きテレビを企画。ここから、ポケットテレビの開発担当だった中山氏が加わることになったのだそう。写真右の企画書を見ると、デジカメというよりも、むしろ現在のスマホに近いコンセプトを掲げていることに驚きます
企画段階での、カメラ付きテレビのレンズ部の回転機構を確認するモックアップが展示されていました
当時の企画書の一部。「QV-10」の原点であるカメラテレビのキーワード「ビジュアルコミュニケーション」って、当時としてはもう、1歩どころか100歩先に行っているのではないでしょうか。「“ないものを作るいうのがカシオの社是。これを一番に考えて開発している」という末高氏の言葉がよく現れていると思いました。これ、今、私たちがスマホでやっていることばかり
開発されたカメラテレビ「RS-20」は、製品化されませんでしたが、結局、テレビチューナーを外した「QV-10」が発売され、大ヒットします
そしてついに、1995年3月、世界初の液晶ディスプレイ付きデジタルカメラ「QV-10」が誕生しました。「QV-10」は当初、月産3,000台を見込んでいましたが、同年の夏には1万台に増産。発売後1年間で20万台を売り上げる大ヒット商品となりました。
1.8型の液晶カラーモニターを搭載。レンズ部が回転式なのも大きな特徴でした。撮像素子(CCD)は、1/5インチで総画素数25万画素。記録画像サイズは320×240ドット。2MBのフラッシュメモリーを内蔵し96枚まで画像を保存可能。ビデオ出力端子を装備しているので、撮った画像をテレビ画面に表示させてみんなで見ることができます
すでに“自分撮り”可能な仕様! でも、中山氏によれば「当時、自分を撮るという思想はなかった」とのこと。しかし、今見ても古びた感じがしないのがすごい!
スケルトンモデル(非売品)も展示されていました
「QV-10」の専用周辺機器として、画像の記録が行えるFDドライブも発売されていました
この後、他メーカーも続々とデジタルカメラを発売。コンパクトカメラのデジタル化が加速度的に進む中、“光学メーカーがやることをやってもしょうがない、デジカメにそこまでの画質追求は必要ない”と考えていた同社は、高画素化という市場の流れに乗らず、それが裏目に出て、「QV-10」のヒット以降売り上げ台数で苦戦を強いられるのでした。そこで開発陣が一念発起して売り出したのが、“世界最薄カードサイズ”の「EXILIM EX-S1」です。まさにカシオらしいデジカメの新たなカタチをまた作り、大ヒット。その後も、“他がやらないことをやる”の社是どおり、ユニークな製品が次々と開発されました。以下、目立ったものを順を追って紹介します。
2002年発売の「EXILIM EX-S1」。これは本当に薄くて小さくて驚きました。「フィルムカメラではぜったいにありえない形状のカメラ」を考えたそう。「EXILIM」の下には“WEARABLE CARD CAMERA”と刻印されています。ホント、時代の100歩先!(そういえば、同社の大ヒット電卓「カシオミニ」もこの発想からうまれてますよね!) 薄型なのに堅牢で、筆者はツーリーングのお供として必携でした。このサイズながら、ファインダーやストロボが付いているあたりも感心。ここにはないですが、充電用のクレードルもオシャレだったんですよ〜(スマホスタンドのような)
世界的なヒットとなった「EXILIM EX-Z3」(2003年)。ペンタックスとの共同開発により生まれたスライド収納する沈胴式ズームレンズにより、3倍ズームながら“超小型”を実現
(左)2004年発売の「EX-Z40」。従来比2.5倍の電池寿命を実現した“ロングバッテリー”をウリにしたモデル。中山氏いわく「基板が小さくなり他社がいっせいに小型化を進める中、ウチは今度は小さくせず、空いたスペースに大きな電池を積んでみた。それが大成功だった」とのこと(右)業界初の1,000万画素モデルとしてヒットした「EXILIM EX-ZR1000」(2006年)。800万画素で十分とされていた画素数を、一気に、あえて1,000万画素にアップしたそう
「EXILIM EX-F1」(2008年)。動きがスローで見える1,200fpsの“ハイスピードムービー”にも度肝を抜かれました。また、1度シャッターで1秒間に60枚もの高速連写が撮れるなど、かなりトガったモデルでした。「まだブラッシュアップしたい(できる)部分もあったが“すごい機能は早く世に出さないと”ということで発売しちゃいましたね」とは中山氏。確かに、サイズも大きいし、1200fpsでの撮影画素数が336×96pixだったので……そのあたりのことかな?(笑)
「EXILIM EX-TR100」(2011年)。先にアメリカで発売されましたが、ネット動画などから“フリースタイルカメラ”として中国で話題になり爆発的ヒット。現在、10万円以上の価格で売られていることもあるそうです
「EXILIM EX-FR10」(2014年)。カメラ部とコントローラー部を分離して使うことが可能
こちらは、7月31日に発売となる新モデル「EXILIM EX-ZR3000」。ウリは、写真を撮ったらそのままスマホでも見られる“シームレス”仕様。Bluetoothでスマホと常時接続することで、カメラのシャッターを押すだけでWi-Fi接続し、撮影した画像をスマホに自動送信するという仕組み。撮像素子は、1/1.7型で有効1,210万画素の裏面照射型CMOSセンサー。広角25mmからの光学12倍ズームレンズを装備
こちらも、Bluetoothでスマホと常時接続可能な「EX-ZR60」。撮像素子は、1/2.3型で有効1610万画素の裏面照射型CMOSセンサー。広角25mmからの光学10倍ズームレンズを搭載。発売は8月28日からの予定となっています
最後に、「カシオが考えるあるべきデジタルカメラ像」が紹介されました。なんと、それは、“メカレス”な完全デジタル化。「究極は、シャッターを押さなくても好きな写真が得られるというのが理想です」と、中山氏。シャッターチャンスに人が狙ってシャッターを押すのではなく、静止画も動画も区別なく記録され、後から欲しい画像を選べるようにしたい。また、そのうえで、画素はあればあるほどいい(笑)。デジタルズームで切り出して得た画像に、目で見えないものが鮮明に見えてくる。それは面白いし、実用的」とし、さらに「レンズなど光学メーカーの専門、得意分野は勝負するところでは無いと考えている」と付け加えていました
カシオが、かつて「QV-10」の開発時に掲げた3つの基本コンセプトは「ビジュアルメモ」「ビジュアルコミュニケーション」「ビジュアルデータバンク」だったといいます。これって、今のスマホ・SNS時代を先取りした思想。20年も前からこんなことを考えていたとは、と、改めてその先見性に感心。そういえば筆者は、腕時計型デジタルカメラ「WQV-1」や腕時計型MP3プレーヤー「WMP-1V」(2000年)も“即買い”し、愛用していました。カシオの製品はどこか“ぶっ飛んだ”感じでワクワクするんです。でも、数年後、それがスタンダードになっていたりする。「ないことをやる、作る」という物作りの思想こそが“カシオっぽい”の原点なのですね。
「当時、QV-10を持ってると女性にモテモテだった」と語る麻倉氏。「具体的にはどのように?」という記者からの質問に「特に銀座で(笑)」とヨユウの笑顔で返すあたり、モテ男っぷリがうかがえます。ちなみに、「QV-10」は、重要科学技術資料(未来技術遺産)として、2012年に国立科学博物に認定されたそうです