多くの人が関係する、スマートフォンやモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。今回は、以前取り上げた通信事業者の販売するスマートフォンに課せられている値引きルール変更の続報をお届けする。焦点の1円スマホの行方など最新情報をまとめよう。
スマホ値引き規制が今後どう変わるのかを政府の議論から読み取った
各種割引を駆使したいわゆる「1円スマホ」を問題視する総務省は、新たなスマートフォンの値引き規制に向けた議論を進めている。
具体的には、1円スマホ対策として、通信契約とセットでスマートフォンを購入した場合、元々のスマートフォンがどれだけ値引かれていたとしても、電気通信事業法で定められた額以上を値引くことはできないという規制を取り入れる方針を打ち出している。ただ、電気通信事業法で定められた、通信契約とセットにした値引き額は現状2万円(税別、以下同様)なので、この規制を適用すると通信契約とセットでスマートフォンを購入したときの2万円以上の値引きは受けられなくなってしまう。
そのため、総務省は現状の市場環境に合わせ値引き上限額を引き上げる方針も打ち出しており、具体的には2万円から4万円に引き上げるとしていた。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第45回会合資料より。「1円スマホ」の規制に向け進められていた端末値引き規制の議論の中で、当初総務省は通信契約に紐づいた値引き上限額を2万円から4万円に一律で引き上げる案を提示していた
このことは以前の連載でも取り上げたとおりで、その後パブリックコメントを募った後、正式に値引き上限額が4万円になるものと見られていた。
しかし、2023年9月8日、この規制について議論している総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で異変が起こった。総務省が値引き額を一律で4万円に引き上げる方針を大きく転換し、端末の値引き前の価格に応じて上限額を変えるように新しいルール案を提示したのだ。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第47回会合資料より。パブリックコメントなどを受けて一括4万円の値引き額上限案に変更が加えられ、価格に応じて値引き額上限が変わる仕組みとなった
新ルール案では、端末価格が8万円以上の場合、当初のどおり値引き額上限が4万円に引き上げられる。だが、それより安い8万円から4万円の端末の場合、上限額は端末価格の半額となる。4万円以下の端末の場合、上限額は現在と同じ2万円だ。低価格な端末ほど値引き幅が小さくなるように変更されたわけだ。
・端末価格が8万円以上の場合→値引き限度額は4万円
・端末価格が4万〜8万円までの場合→値引き限度額は端末価格の半額
・端末価格が4万円以下の場合→値引き限度額は2万円(現状のまま)
この新ルール案が適用されると値引き額がどう変わるのかを、3つのケースに分けて説明しよう。
端末価格が10万円を超えることが多いハイエンドモデルは、8万円以上というルールに該当するため、値引き額上限は4万円となる。それゆえ10万円のスマートフォンに値引きを最大限適用した場合、6万円で購入することが可能だ。
10万円以上で販売される「iPhone 15」シリーズは、新ルールなら最大で4万円の値引きが可能になると目される
ミドルクラスのスマートフォンは現在6万円前後で販売されていることが多く、4万円から8万円の間に入ることから値引き額は端末価格の50%。6万円で売られているスマートフォンの場合、最大3万円値引くことが可能で、最大限適用すると3万円で購入できる形となる。当初のルール案では値引き幅は4万円だったので、お手頃感が薄まるのは否定できない。
端末価格が8万円以下の「Xperia 10 V」も、その半額までは値引きが可能になるだろう
低価格のローエンドスマートフォンに関しては2〜3万円台のものが多く、4万円を下回ることから、値引き額の上限は一律2万円までと従来と変わらない。それゆえ、「一括1円」で販売できるローエンドスマートフォンは、従来のまま2万円以下のものに限定される。ただ、円安の状況下でスマートフォンの価格が大幅に上がっていることを考えると、一括1円で販売できる端末は相当性能が低いものとなってしまうだろう。総務省の狙いとは異なる理由で、1円スマホが淘汰されてもおかしくない。
1円スマホでよく見かける「AQUOS wish3」は、新ルールでも2万円の割引は維持されそうだ
新ルール案では、もちろん割引額の上限が現在の2万円より減ることはないので、ハイエンドモデルなどを購入するなら新しい規制が適用された後のほうがお得な点は変わってない。
ただ、一律4万円だった当初の案と比べると、ミドルクラス以下の端末購入時のお得感が薄れてしまうことも確かだ。一体なぜ、総務省がこのような軌道修正を図ったのだろうか? それは、一律4万円という値引き上限の変更案に少なくない反発の声があったことが背景にある。
値引き上限額が一律で上がれば、比較的価格が安いスマートフォンの大幅値引きが可能となり、激安で販売されてしまう可能性がある。それゆえ先の「競争ルールの検証に関するWG」での議論においても、一律4万円の値引き案を提示した総務省の姿勢に疑問や懸念を示す声が少なからずあがっていたのだ。総務省はスマートフォン大幅値引きの撲滅を声高に訴えてきただけに、厳しい値引き規制を求める声を受け入れざるを得なかったというのが正直なところではないだろうか。
パブリックコメントなどで反対意見をあげていたところはほかにもあった。楽天モバイルやMVNOといった小規模のモバイル通信事業者がその代表例と言える。スマートフォンを値引きするには、値引きするための原資が必要であり、値引き額が大きくなるほど、それに耐えられる企業体力のある大手企業が有利な市場環境となる。そうしたことから企業体力が小さい小規模の事業者が、値引き額の上限を一律で上げることに反対するのはある意味当然だろう。
いっぽうで意外だったのが、企業体力に余裕があり、これまでスマートフォンの値引きを主導してきたはずの携帯大手3社のうち2社だ。具体的にはNTTドコモとKDDIが、一律4万円の値引き上限案に反対の声をあげている。実際「競争ルールの検証に関するWG」で提示されたパブリックコメントの内容を見ると、両社ともに、値引き上限額の変更によって中〜低価格帯の端末に過度な値引きが可能になることから、1円スマホの撲滅につながらないとして反対意見を述べている。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第47回会合資料より。一律4万円の上限規制案には小規模の事業者だけでなく、NTTドコモやKDDIといった大手の携帯電話事業者からも反対の声があがっていた
値引き額上限が上がれば5Gの普及にもつながるだけに、一見すると携帯大手が反対する理由はさほどないように思える。だが、なぜ2社が反対に回ったのか。そこにはやはり経営上の問題が大きく影響しているのではないかと考えられる。
携帯大手3社は政府主導による料金引き下げ要請の影響を非常に受け、ここ数年のうちに大きく業績を落としている。そのような状況下で端末値引き額の上限が4万円に上がってしまうと端末の値引き額を引き上げる必要が出てくるだろうし、「一括1円」で販売できる端末の上限額も4万円に上がることから、端末調達にかかるコストも上がってしまう。
通信料収入が大きく伸びている状況下ならともかく、政府の要請で引き下げなければならない状況下で、端末を値引くための追加コストが発生するのは経営上の影響が大きい。そこで2社は端末値引き額条件の変更に反対の声をあげたのではないだろうか。
ここ最近の円安などによってスマートフォンの価格は大幅に上がっており、2019年頃には3万円台で購入できたミドルクラスのスマートフォン新機種は、現在では6万円くらいになっているのが実状である。にもかかわらず値引き規制だけが厳しくなり、値引き上限の規制緩和が進まないとなれば、スマートフォンの販売がいっそう大きく落ち込み、5Gの普及もさらに遅れることになりかねない。
また、2万円台のローエンドモデルに力を入れていたFCNTが、円安の影響をもろに受けて経営破綻したように、一括1円で販売できるようなローエンド端末では利益の確保が難しい。端末メーカーを苦しめる要因となり続けることも確かである。今までのように、そこそこの性能を備えたローエンド端末がいつまで存在できるのかも疑わしい。
円安で消費者やメーカーを取り巻く状況が劇的に変わっている実状を踏まえるならば、行政には厳しい値引き規制一辺倒ではなく、もっと値引きに柔軟な姿勢が求められるのではないかと筆者は考える。