カメラやレンズの基本的なことから最新のトピックまで、知っているとちょっとタメになるような情報を、できるかぎりわかりやすくお伝えしたい! という想いで始まった連載「曽根原ラボ」。第3回で取り上げるテーマは「ダイナミックレンジ」です。
今回は、最新のデジタルカメラにおけるダイナミックレンジについて考えていきます
前回の「画素ピッチが狭いのになぜ? 最新の高画素機が高画質な理由」では、高画素機は画素ピッチが狭くなるけど、撮像素子(イメージセンサー)や画像処理エンジンの進化によって、ダイナミックレンジや階調性が大きく向上し、高画素でも昔のデジタルカメラよりきれいな写真が撮れるようになった、といった話をさせていただきました。
今回は、その話の中に出てきたダイナミックレンジについてなのですが、そもそもダイナミックレンジとは何でしょうか? そのあたりから話を進めていきたいと思います。
ダイナミックレンジとは、デジタルカメラが画像として再現できる、最も暗い部分から最も明るい部分の幅の広さのことを言います。ダイナミックレンジは肉眼よりも狭いのが普通ですので、ダイナミックレンジが広いほど白飛びや黒つぶれを抑えた、広い階調の写真を撮ることができます。
ダイナミックレンジとは暗い部分から明るい部分を記録できる幅のこと。広ければ広いほど白飛びや黒つぶれを防げます
ダイナミックレンジは、銀塩フィルムで言うところのラチチュードに相当します。ダイナミックレンジの広さは一般的に「〇ストップ」で表されますが、ラチチュードの広さは一般的に「〇段分の広さ」で表されます。デジタルと銀塩で、なぜ表現方法が違うのか、何度かカメラメーカーの担当者に質問したことがありますが、明確な答えは得られませんでした。とは言っても、ほとんど同じ意味なのは確かですので「まあ、そんなもんだ」くらいで考えておきましょう。
前回も掲載したキヤノン「EOS 10D」で撮影した19年前の写真。日傘が激しく白とびしてしまっているのは、当時のデジタルカメラのダイナミックレンジが狭いのが原因です
EOS 10D、EF20-35mm F3.5-4.5 USM、28mm(35mm判換算45mm相当)、ISO100、F5.6、1/320秒、ホワイトバランス:オート、ピクチャースタイル:スタンダード(最新のRAW現像ソフトで明るさ調整済み)
ちなみに、最新のデジタルカメラは13〜16ストップのダイナミックレンジを持っていますが、フィルムは階調が広いとされるネガフィルムで10段程度のラチチュード。ポジフィルムとなると5段程度のラチチュードしかありません。狭い狭いと言われていたデジタルカメラのダイナミックレンジですが、基本性能としてはいつの間にか銀塩フィルムを超えていたのですね。
18年前にポジフィルムで撮影した写真です。当時「フィルムサイコー! デジタルいらない〜」と思っていましたが、まさか±2.5段程度のラチチュード(ダイナミックレンジ)とは……
ライカ M6、ライカ ズミクロン 35mm F2、富士フイルム PROVIA 100F(RDP-III)
ただし、ダイナミックレンジが広いからと言って、単純に白飛びや黒つぶれを抑えられるわけではありません。ダイナミックレンジの広さはRAWデータに記録されるものですので、JPEG撮って出しの画像が必ずしも広いダイナミックレンジで表現されるわけではないということです。
これは銀塩フィルムでも同じで、ラチチュードの広いネガフィルムでも、プリント時にそのままダイレクトに焼けば、せっかくの広いラチチュードを生かすことはできません。デジタルカメラで広いダイナミックレンジを生かすには、露出の設定はもちろんのこと、色仕上げ設定の選択や撮影後のレタッチが必要になります。
以上の話が「ダイナミックレンジとは?」の答えになりますが、こうした話はネットで検索すればすぐに出てくると思います。そこで、ここからは、実際に最新のデジタルカメラを使ってダイナミックレンジの違いを撮り比べた結果をレポートしていきましょう。
ダイナミックレンジの違いを知るうえでぴったりなデジタルカメラを揃えているのが、世界的なイメージセンサー・ベンダーであるソニーです。特にフルサイズミラーレスカメラ「α7シリーズ」は、撮像素子の特性を変えることで個性の異なるモデルが多数ラインアップしています。
今回はその中から、高感度に強い有効約1210万画素の「α7S III」、シリーズ新基準を標榜する有効約3300万画素の「α7 IV」、2023年4月現在でフルサイズミラーレス最高画素数を誇る有効約6100万画素の「α7R V」の3モデルを使ってみました。太陽を画面に入れて撮影した逆光写真を掲載し、それぞれの画質の違いを見ていきます。
高いダイナミックレンジに特化した、有効約1210万画素の「α7S III」
「α7S III」は有効画素数を約1210万画素に抑えることで、ダイナミックレンジの広さに特化したモデル。ダイナミックレンジの広さは15+ストップです。
ダイナミックレンジの広さを特に感じさせてくれるのが、常用域での最低感度(ベース感度:最も画質がよいとされる感度)の低さ。「α7 IV」や「α7R V」はISO100ですが、「α7S III」ではISO80に設定されています。これは、ダイナミックレンジに余裕があるために、「α7 IV」や「α7R V」よりも白飛びを起こすことなく低い感度で撮影できるということを意味します。
「α7S III」の常用域での最低感度(ベース感度)はISO80です
キャプション:「α7S III」で真逆光の写真を撮影しました。ISO80での撮影です
α7S III、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO80、F8、1/1600秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(4240×2832、2.3MB)
「α7S III」のベース感度ISO80で撮影した逆光写真です。最も強い光源である太陽の部分が白飛びしているものの、太陽から青空の部分まで自然でつながりのよい階調が得られているのはさすがと言えます。ひと昔前のデジタルカメラなら太陽部分で穴が開いたように白飛びを起こして、不自然な写真になっていたかもしれません。
以下の掲載するのは、「α7 IV」や「α7R V」のベース感度と同じISO100で撮影した写真です。
「α7S III」で同条件の写真を撮影しました。ISO100での撮影です
α7S III、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO100、F8、1/2000秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(4240×2832、2.2MB)
太陽部分の白飛びはISO80時よりやや強くなり、太陽周辺の青空への階調のつながりも、多少は弱くなってはいますが、それでも十分に自然なダイナミックレンジの広さで写真を表現してくれています。ハイライトの階調性を突き詰めたいという場合以外なら、ISO100でも問題なく写真が撮れるのではないかといった印象です。
「α7シリーズ」のスタンダードモデルとして人気を集める、約3300万画素の「α7 IV」
「α7 IV」は、有効約3300万画素の撮像素子を採用する、フルサイズミラーレスの基準的な立ち位置のカメラです。ダイナミックレンジの広さは15ストップです。
「α7 IV」の常用域での最低感度(ベース感度)はISO100
先に紹介したように、「α7 IV」のベース感度は、フルサイズミラーレスでは一般的なISO100。ダイナミックレンジの広さも最新モデルとして標準的ではないかと思われます。
「α7 IV」で真逆光の写真を撮影しました。ISO100での撮影です
α7 IV、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO100、F8、1/2000秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(7008×4672、17.7MB)
「α7S III」と比べると若干階調性が劣り、白飛び部分へのつながりも弱く見えます。ただ、よくよく比べてみなければほとんどわからないレベルだと感じました。「α7S III」のダイナミックレンジの広さは認めるものの、「α7 IV」でも十分にダイナミックレンジは広いと言えるでしょう。
約6100万画素の「α7R V」。2023年4月現在、フルサイズミラーレスとして最高の画素数です
「α7R V」は有効約6100万画素でシリーズ最高の画素数を誇ります。いわゆる高画素特化型のモデルですね。ダイナミックレンジの広さは、スタンダードモデルの「α7 IV」と同じ15ストップです。
「α7R V」の常用域での最低感度(ベース感度)はISO100
「α7R V」のベース感度はISO100で、これはスタンダードモデルの「α7 IV」と同じです。画素ピッチの狭い高画素機なのに、「α7 IV」と同じダイナミックレンジで、感度もISO100スタートなのは少し驚かされますね。
「α7R V」で真逆光写真を撮りました。ISO100での撮影です
α7R V、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO100、F8、1/2000秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(9504×6336、12.7MB)
「α7R V」と「α7 IV」を比べると、ダイナミックレンジに差を感じることはありません。また、ダイナミックレンジ特化型の「α7S III」のISO100ともほとんど差がないと言ってよいでしょう。画面全体ではわずかな明るさの違いを感じないでもありませんが、おおむね誤差の範囲と判断してよいと思います。ほかの撮影条件で比べてみてもたいした違いは見られませんでした。
撮影前は、画素数の少ないモデルほど白飛びの少ない写真が撮れるだろうと予想していましたが、結果的にはどれもほとんど差がなく、いずれも優秀な広いダイナミックレンジを示してくれました。この結果は、今回取り上げた3モデルはいずれも十分に広いダイナミックレンジを有しているため、JPEG撮影では鑑賞的に目立つような白飛びは発生し得ないからだと思われます。
広いダイナミックレンジは得るには、撮像素子のサイズが同じ場合、画素数が少ないほうが有利です。さらに言えば、画素数が少ないほうが1画素の集光効率が高く、高感度に強いことも意味します。つまり、低画素で広ダイナミックレンジなカメラは高感度画質にもすぐれるということになります。
そこで、ここでは参考として「α7S III」「α7 IV」「α7R V」の3モデルそれぞれの常用最高感度の画質を紹介したいと思います。
「α7S III」の常用最高感度ISO102400です。有効画素数を約1210万画素に抑えてダイナミックレンジに特化しているだけあって、「α7シリーズ」の中で最も高い感度を選択できます。
「α7S III」の有効画素数は約1210万画素で、常用最高感度はISO102400です
「α7S III」のISO102400で夜景を撮影しました
α7S III、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO102400、F5.6、1/160秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(4240×2832、5.2MB)
「α7S III」のISO102400で撮影した写真を見ると、これが常用最高感度とは思えないほどノイズが抑えられています。拡大してみても細部のディテールはよく残っており、A4サイズ程度のプリントやスマートフォンでの鑑賞ならほとんど気にならないレベルだと思います。動画ならさらに問題なく鑑賞できるでしょう。
「α7 IV」の常用最高感度はISO51200で、「α7S III」より1段分低いです。ダイナミックレンジこそ「α7S III」で15+ストップ、「α7 IV」で15ストップと、それほど大きな違いはありませんが、感度の設定幅では明確な違いが出ています。
「α7 IV」の有効画素数は約3300万画素で、常用最高感度はISO51200です
「α7 IV」のISO51200で夜景を撮影しました
α7 IV、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO51200、F5.6、1/80秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(7008×4672、27.3MB)
「α7 IV」のISO51200で撮影した写真は、細部のディテール再現では「α7S III」のISO102400と大きな違いがありません。常用最高感度であることを考えれば、十分にきれいと言って差し支えないでしょう。全体的なノイズ感は、むしろ「α7S III」のISO102400より少ないくらいです。これは、「α7S III」より画素数が多く画素ピッチが狭くなった分、1つひとつのノイズのサイズも小さくなったためではないかと思います。
「α7R V」の有効画素数は約6100万画素で、常用最高感度はISO32000です
「α7R V」の常用最高感度ISO32000は、「α7S III」のISO102400より1.7段分、「α7 IV」の51200より0.7段分低い値です。ダイナミックレンジこそ「α7 IV」と同じ15ストップですが、設定できる常用最高感度は異なっています。
「α7R V」のISO51200で夜景を撮影しました
α7 IV、FE 24-105mm F4 G OSS、24mm、ISO32000、F5.6、1/60秒、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(9504×6336、23.7MB)
「α7R V」のISO32000で撮影した画像は、細部のディテール再現では「α7S III」のISO102400および「α7 IV」のISO51200と大きな違いはありません。設定できる常用最高感度が低いこともあってか、ノイズ感は「α7 IV」のISO51200より少なく感じるくらいです。
ここでは、「α7S III」「α7 IV」「α7R V」の3モデルの高感度画質を、同じ感度ではなく、常用最高感度でチェックしてみました。常用最高感度が高いほうが高感度耐性にすぐれるため、特にISO12800以上の超高感度域においては、厳密に言えば「α7S III」「α7 IV」「α7R V」の順で高画質なのは間違いありません。ただし、最も高画素な「α7R V」でも常用最高感度ISO32000で申し分ない結果が得られたことからもわかるように、いずれのモデルも常用最高感度で十分な画質を維持しています。実用的には、どのモデルもまったく問題なく高感度撮影が行えると言ってよいでしょう。
ダイナミックレンジは、デジタルカメラが画像として再現できる最も暗い部分から最も明るい部分の幅の広さのことを言い、ダイナミックレンジが広いほど白飛びや黒つぶれを抑えた階調豊かな写真を撮ることができます。
一般的には、画素ピッチが広いほど(つまり画素数が少ないほど)、ダイナミックレンジは広くなるはずです。しかし今回テストした「α7S III」「α7 IV」「α7R V」の3モデルでは、それほど明確な階調の違いを確認することはできませんでした。
とは言っても、設定できる常用感度は、「α7S III」がISO80スタートであるほか、最高感度は「α7S III」がISO102400、「α7 IV」がISO51200、「α7R V」がISO32000と、画素数が多くなるほど幅が狭くなっているので、ダイナミックレンジの影響は確かにあるのだと思います。
思ったほどダイナミックレンジに差がなかった理由としては、3モデルとも集光効率の高い裏面照射型CMOSセンサーを採用していることにあるかもしれません。裏面照射型CMOSセンサーは、画素ピッチが狭いほど、より効果的だと言われます。
前回の「画素ピッチが狭いのになぜ? 最新の高画素機が高画質な理由」と同様、今回も、撮像素子や画像処理エンジンの進化が画質性能に大きく寄与していることがわかりました。最新のデジタルカメラは十分なダイナミックレンジを確保しているため、より低い感度で高画質な写真を撮りたいとか、暗所で動画をきれいに撮りたいといった特別な理由がない限り、どのモデルでも階調豊かな美しい写真を安心して撮ることができると思います。
信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌などで執筆もしている。写真展に「エイレホンメ 白夜に直ぐ」(リコーイメージングスクエア新宿)、「冬に紡ぎき −On the Baltic Small Island−」(ソニーイメージングギャラリー銀座)、「バルトの小島とコーカサスの南」(MONO GRAPHY Camera & Art)など。