カメラやレンズの基本的なことから最新のトピックまで、知っているとちょっとタメになるような情報を、できるかぎりわかりやすくお伝えしたい! という想いで始まった連載「曽根原ラボ」。第6回で取り上げるテーマは「ちょっとややこしいマクロレンズのスペック」です。
マクロレンズは小さな被写体を大きく写せるのが特徴
マクロレンズは本来特殊な部類のレンズではありますが、小さな被写体を大きく写せるレンズとして市民権を得ていますので、一度は使ったことがある、もしくはすでに所有しているという人も多いのではないのかと思います。
ですが、よく知られたマクロレンズだからこそ、意外に謎があるものです。マクロレンズってなぜ「マクロ」という名称なの? いくつかイメージセンサー(撮像素子)のフォーマットがある中で等倍とか2倍相当ってどういう意味? 今回は、このあたりに焦点を当てて話を進めていきたいと思います。
花や昆虫など小さな被写体を大きく写せるマクロレンズは、どうして「マクロ(macro)」という名称が付いているのでしょうか?
マクロとは、「巨視的なこと(物事を大局的にとらえること)」や「巨大なこと」を意味する言葉です。前者の意味で使われているのは「マクロ経済」が有名ですね。どちらかというと、こちらの意味のほうが一般的だと思いますが、マクロレンズのマクロはもうひとつの意味「巨大なこと」からきています。小さな被写体を大きく写すことができるという、その特殊な能力に対してこの名が付けられたようです。
マクロレンズを使って撮影した写真。肉眼ではとらえられない微小な部分まで写せています
OM-1、M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO、90mm(35mm判換算180mm相当)、F3.5、1/4000秒、ISO1600、ホワイトバランス:オート、ピクチャーモード:i-Finish
撮影写真(5184×3888、13.3MB)
ただ、「小さい被写体を写す」という観点からすると、マクロレンズに対して、「微視的なこと」「微小なこと」を意味するミクロ/マイクロ(micro)を使うほうが妥当だと考える人もいることでしょう。
有名な話ですが、ニコンはマクロレンズのことを独自に「マイクロレンズ」と呼んでいます。これは、一般的なマクロレンズの最大撮影倍率は(せいぜい)等倍ですので、それに対して巨大を意味する「マクロ」を使うのは正確さに欠けるということで、あえてマイクロレンズとしているとか。ニコンらしい律義さを感じる話ですね。
ちなみに、日本以外の国でもマクロレンズは普通にマクロレンズと呼ばれています。
マクロレンズは一般的に、等倍の最大撮影倍率を持つレンズに対する呼称として使われています。よく「等倍マクロレンズ」という言い方を目にすることと思います。
ここで、マクロレンズのスペックを見るうえで理解しておきたい「撮影倍率」「最大撮影倍率」「等倍」の意味を整理しておきましょう。
「撮影倍率」とは、実際の被写体の大きさに対して、イメージセンサーに投影される被写体の大きさがどのくらいなのかを示す比率(センサー上の大きさ:実際の大きさ)です。撮影倍率が大きいほど、より大きく被写体を記録できます。「最大撮影倍率」は、そのレンズが最も被写体を大きく写せるときの撮影倍率を表しています。
マクロレンズの最大撮影倍率のスペックでよく見かける「等倍」とは「倍率が等しい=1:1」のことであり、「実際の被写体の大きさと、イメージセンサーに投影された被写体の大きさが等しい」ことを意味します。
実際の被写体の大きさと、イメージセンサーに投影された被写体の大きさが等しくなるのが「等倍」です
フルサイズミラ−レスを使って小さな花を等倍で撮影してみました
α7 IV、FE 90mm F2.8 Macro G OSS、F5.6、1/200秒、ISO320、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:ST
撮影写真(7008×4672、16.7MB)
なお、レンズの中には「ハーフマクロレンズ」と言われるものがありますが、これは最大撮影倍率が0.5倍(1:2)のレンズのことを意味します。“等倍の半分”の大きさを写せることからハーフマクロと呼ばれているわけです。
これはマクロレンズに限らず、すべてのレンズにも言えることですが、レンズの撮影倍率はイメージセンサーのフォーマットによらず不変です。しかし、ご存じのとおり、イメージセンサーはフォーマットによって大きさが異なります。
そのため、同じ撮影倍率で比べた場合、イメージセンサーが小さくなる(大きくなる)と、記録される画像上の被写体の大きさは相対的に大きく(小さく)なります。特にマクロレンズを使う場合は、イメージセンサーのフォーマットによってフレーミングの感覚が変わるため、この点をよく理解しておく必要があります。
また、もうひとつ知っておいてほしいのが、最大撮影倍率はフルサイズ(35mm判)を基準にした値を併記するのが一般的だということ。等倍マクロレンズでいえば、APS-C用では35mm判換算の最大撮影倍率として「1.5倍相当」(カメラによっては1.6倍相当)、マイクロフォーサーズ用では「2倍相当」という値が併記されることが多いです。35mm判換算でのレンズの画角表記は比較的なじみのあるものだと思いますが、最大撮影倍率も同じように扱われているのです。
少々話がややこしくなってきましたので、実際に撮影した写真を見ながら確認していきましょう。
以下に、フルサイズ、APS-Cサイズ、マイクロフォーサーズそれぞれのカメラを使って、同じ被写体を同じ撮影倍率(等倍)で撮影した写真を掲載します。いずれも焦点距離80mmもしくは90mmのマクロレンズを使用しました。イメージセンサーのフォーマットによって被写体の大きさがどのくらい変わるのかをご確認いただければと思います。
α7 IV、FE 90mm F2.8 Macro G OSS、90mm、F16、4秒、ISO400、ホワイトバランス:オート、クリエイティブルック:VV
撮影写真(7008×4672、16.1MB)
X-H2、XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro、80mm(35mm判換算122mm相当)、F16、2秒、ISO400、ホワイトバランス:オート、フィルムシミュレーション:Velvia/ビビッド
撮影写真(7728×5152、15.7MB)
OM SYSTEM OM-1、M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO、90mm(35mm判換算180mm相当)、F16、2.5秒、ISO400、ホワイトバランス:オート、ピクチャーモード:Vivid
撮影写真(5184×3888、8.5MB)
幅5mmにも満たない、花の上の水滴を狙って撮っていますが、小さな被写体を大きく写せるマクロレンズでの等倍マクロ撮影だけに、どれも水滴の中に映りこんだ花弁の世界を印象的に表現できています。
ただ、同じ撮影倍率(等倍)ですが、被写体の大きさはそれぞれで異なっています。イメージセンサーが小さくなるにつれて(フルサイズからAPS-Cサイズ、マイクロフォーサーズになるにつれて)、水滴の大きさが大きくなっていることがわかります。イメージセンサーによらず撮影倍率は変わらないので、センサーのサイズが小さくなると、その分写真としては大きく写るというわけです。
もう少し細かく見ていくと、イメージセンサーの対角線長はフルサイズが約43mm、APS-Cサイズが約28.7mm(カメラによっては約26.8mm)、マイクロフォーサーズが約21.6mmですので、フルサイズはAPS-Cサイズよりも約1.5倍(カメラによっては1.6倍)、マイクロフォーサーズよりも約2倍長いことになります。
結果、フルサイズを基準とすると、APS-Cサイズでは画角が1.5倍(カメラによっては1.6倍)の焦点距離相当になり、被写体の大きさも1.5倍(カメラによっては1.6倍)相当に大きくなります。マイクロフォーサイズでは画角が2倍の焦点距離相当になり、被写体の大きさも2倍相当に大きくなります。
フルサイズの等倍マクロ作例は、ソニーのフルサイズミラーレス「α7 IV」と等倍マクロレンズ「FE 90mm F2.8 Macro G OSS」の組み合わせで撮影しました
APS-Cサイズの等倍マクロ作例は、富士フイルムの「X-H2」と等倍マクロレンズ「XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro」の組み合わせで撮影しました
マイクロフォーサーズの等倍マクロ作例は、OMデジタルソリューションズの「OM SYSTEM OM-1」と2倍マクロレンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」の組み合わせで撮影しました
最後にお伝えしたいのが、最新のマクロレンズ事情です。
先に、等倍の撮影倍率を持つのが一般的なマクロレンズと紹介しましたが、マクロレンズは着実に進化しています。最近では、等倍を超えるスペックを持つものがいくつか登場していて、たとえば、フルサイズ対応ではキヤノンの「RF100mm F2.8 L MACRO IS USM」が最大撮影倍率1.4倍を実現しています。
さらに、最新マクロレンズの中でも驚異的な近接撮影性能を誇るのが、今回使用したOMデジタルソリューションズの「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」。なんと、レンズ単体で2倍の撮影倍率を実現しているんです。
OMデジタルソリューションズの「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」はレンズ単体で2倍の撮影倍率を実現しています
以下に、「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」で撮影した2倍マクロ作例を掲載します。先にお見せしたフルサイズの等倍作例、APS-Cの等倍作例(35mm判換算1.5倍相当)、マイクロフォーサーズの等倍作例(同2倍相当)よりも、圧倒的に大きく水滴を写せています。このときの撮影倍率は35mm判換算で4倍相当に達します。
OM-1、M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO、F16、2.5秒、ISO400、ホワイトバランス:オート、ピクチャーモード:Vivid
撮影写真(5184×3888、8.2MB)
さらに、「M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PRO」は、2倍のテレコンバーター「MC-20」を装着すれば、35mm判換算で8倍相当のスーパーマクロ撮影が可能。しかも8倍撮影時でもAFが可能という、大変にすぐれたマクロレンズなんです。
また、最近では、レンズの設計技術が向上したことから、特にマクロレンズをうたっていなくても十分な近接撮影性能を持つものも登場しています。たとえば、富士フイルムの超望遠ズームレンズ「XF70-300mmF4-5.6 R LM OIS WR」は、最大撮影倍率が0.33倍で、35mm判換算だと約0.5倍のハーフマクロ撮影が可能です。
マクロレンズを使った撮影では等倍まで寄ることは意外に少ないので、こうしたハーフマクロ程度で撮影できる“マクロに強い”レンズを選んで、マクロの世界を体験してみるのもよいと思います。
富士フイルムの超望遠ズームレンズ「XF70-300mmF4-5.6 R LM OIS WR」。望遠端では35mm判換算で約0.5倍のハーフマクロが可能です
以上、ちょっとややこしいマクロレンズのスペックの解説をお届けしました。
特に、マクロレンズにおける「等倍」や「相当」の意味がおわかりいただけましたでしょうか? ここが理解できれば、ハーフマクロ(1/2倍マクロ)、等倍マクロ(1倍マクロ)、2倍マクロ、1.5倍相当、2倍相当などの違いもすっと頭に入ってくるのではないかと思います。
マクロレンズはミラーレスカメラ全盛の今、ますますレベルアップしています。マクロ撮影以外でも、ポートレート撮影やスナップ撮影など、近距離から遠距離まで満足できる描写性能を備えていますので、ぜひ「万能な単焦点レンズ」として手に入れて活用していただければと思います。
信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌などで執筆もしている。写真展に「エイレホンメ 白夜に直ぐ」(リコーイメージングスクエア新宿)、「冬に紡ぎき −On the Baltic Small Island−」(ソニーイメージングギャラリー銀座)、「バルトの小島とコーカサスの南」(MONO GRAPHY Camera & Art)など。