2022年7月に発売されるやいなや、SNSで話題を集めスマッシュヒットを飛ばしたサイバーパンク猫アドベンチャーゲーム「Stray」。この「Stray」のPS5/PS4向けパッケージ版が2023年11月22日に発売される。新型PS5が登場し、新規ユーザーも多くなりそうということで、改めて「Stray」の全クリレビューをお届けしよう。
「Stray」は、フランスのゲームメーカー、BlueTwelve Studioが開発した、猫の操作を主体としたアクションアドベンチャーゲームだ。発売以降世界中で瞬く間に話題になり、The Game Awards 2022にて「Best Indie Game」「Best Debut Indie Game」の2部門を受賞。加えて、インディーゲームながらも数多くのAAA級タイトルがひしめく中から「Game of the Year」にもノミネートされた。
主人公の名もなき猫を操作し、フィールドを探索したり、謎を解いたりしながらサイバーパンクなSF世界を冒険する。このアイデア自体はゲームにおいて珍しいものだが、本作が評価された理由は“かわいらしい猫を操作できるゲームだったから”だけではない。本作はそれだけでは語り尽くせない、秀逸なゲームプレイと非常に深い哲学的なテーマをはらんだ作品だ。
次章からは、なぜ本作が多くのゲーマーを虜にしたのか、その理由に迫っていこう。
なお、ストーリーについて触れる部分が多くなっているため、ネタバレに注意して読み進めていただきたい。
本作がなぜ世界中のゲーマーから評価されたのか? その理由のひとつは、猫という被写体を徹底的にこだわりぬいてゲームで表現したからだ。開発元のBlueTwelve Studioはスタジオに20匹の猫を飼い、スタッフも筋金入りの愛猫家揃いで結成されたメーカーである。
猫の行動や仕草を毎日見ているからか、ゲームに登場する猫はあたかもそこに存在するかのようなのだ。たとえば、横になるとゴロゴロした猫なで声を発したり、少し高いところからジャンプで着地すると短く「ニャッ」という声を出したりする。
寝ている猫がゴロゴロした猫なで声を立てると、それがリアルな振動でコントローラーに伝わってくる
ほかにも爪とぎするギミックや、積みあがった本に飛び乗って崩す描写、ほかの猫とネコパンチで戯れる様子など、ネコの行動をこれでもかとゲーム内に取り入れている。しかも、1つひとつの仕草はコントローラーから振動で伝わってくるため、本当に猫に触れているような気分を味わえる。そのため、ゲーム内の微細な動きまで振動で伝える機能があるPS5のコントローラー「DualSense」との相性は抜群だ。
つまり、本物のような猫を操作することで、自分が猫になったような感覚を与えてくれ、ときには猫がそばにいるかのような気分にもなれる。アイテムがもらえるなどのメリットがないにも関わらず、気づいたら爪とぎをし、袋を頭に被せ、街の住人であるロボットに気ままにすり寄る。プレイすれば誰もが擬猫体験に引き込まれることだろう。
それだけでなく、ゲームを進行させていく謎解きにも猫の習性を生かしたものが多い。しかも、ゲームプレイに自然に差し込まれているのだ。たとえば、ついつい高いところのものを落としたくなる習性を利用して、謎解きを進めたりする。こういったゲームプレイがふんだんに、かつ、自然に入ることによって、プレイする側も猫の気持ちになる必要があるのだ。
高い場所のモノを落とす猫。そんな猫の習性が、自然とゲームプレイの中に組み込まれている
本作は、ただ猫を主人公にしたキャッチーなゲームではなく、猫を主人公にした開発者の意図がゲームプレイを通して伝わってくる。サイバーパンクな世界を描いたグラフィックも相まって、ゲームというよりかはデジタルアートに近いようにも感じた。
本作のゲームプレイが秀逸なのはわかっていただけたと思うが、実はそれと同じくらいストーリーもクオリティーが高い。
ストーリーは、地下世界(デッド・シティ)に落ちてしまった猫が、B-12という小型ロボットと出会うところから始まる。本作の世界は、光の届かない地下世界と、明るい外の世界(アウトサイド)に分かれているのだが、猫は自分が元々暮らしていたアウトサイドに戻り、仲間と再会するためにデッド・シティを冒険することになるのだ。いっぽうで、小型ロボットのB-12、自身のデータに記録されていた「アウトサイドへ行く」という約束を果すため、デッド・シティからの脱出を考えている。こういった理由から、両者は行動をともにすることになる。
4匹で過ごす猫の群れのうちの1匹が、地上から暗い地下へ落ちてしまうところからストーリーが始まる
猫と一緒に旅をするロボットのB-12
この奇妙なコンビは、やがて人格を持ったロボットたちが暮らす街にたどり着くのだが、そこでは人間のように生活するロボットたちの世界が描かれる。この世界では、人間はすでにいなくなっており、かつて人間の世話をしていたロボットたちもその役目を終え自由意志で行動しているのだ。
そんな世界に猫たちは迷い込み、街を探索しながら人間という生物の情報を得ていき、人間のように暮らすロボットを通じて人間味を感じていく。そこで本作の主人公が猫とロボットであるということに意味が生じる。
サイバーパンクな世界でロボットたちは人間のような暮らしを営んでいる
このコンビには人間に「飼われている存在」という共通点があるのだ。ロボットは人間の代わりに仕事をする道具として、猫は人間が愛でるためのペットとして、現実では人間から存在意義を与えられている。どちらも人間が支配している、あるいは支配した気になっている。
しかし、本作の猫はアウトサイドからやってきた迷い猫で人間の支配から独立した存在だ。そんな猫の目線で人間を模倣するロボットたちとふれあいながら、B-12の記憶の謎を解明していく。いわば猫の視点で人間を俯瞰した世界を描いており、猫という存在は本当にただのペットなのか? 猫は我々が思うよりもっと達観した存在ではないのか? という思考すらプレイしていて湧いてくる。
ロボット1人ひとりとの会話にも逐一深みがあるので真剣に耳を傾けてしまう
このコンビが目的を達成するためにどのような冒険を繰り広げるのか、そしてこの2人にはどのような友情が芽生えていくのか、ぜひ注目していただきたい。ラストまでプレイすると「猫がかわいいだけのゲーム」という印象はなくなっているだろう。
「Stray」は、愛猫家たちによる徹底的なこだわりで猫をゲームで表現した作品であるとともに、我々現代人が愛してやまない“猫”という存在について(なかば皮肉も込めながら)再定義しようと試みる。
ある意味、哲学的なテーマを扱っているのだが、それを魅力的な風景と世界観で描くSFファンタジーに仕上がっていると感じた。
本作がゲーマーや評論家をうならせた理由はそこにある。本作のクリア時間は6時間程度と非常に短いが、そこから得られる満足感はほかのゲームにも劣らないはずだ。きっと安らぎに満ちた時間を過ごせることだろう。