ロードバイクタイプの電動アシスト自転車「YPJ-R」が、ヤマハから誕生した。走行をサポートしてくれる魅力はあるものの、軽さが命のロードバイクにモーターやバッテリーを装着することは、ロードバイクの本質を損なわないのだろうか。そこで、二輪車ならエンジンの有無を問わず目がないライター・増谷茂樹が実際に試乗し、その真意を紐解く。
ヤマハは、電動アシスト自転車を世界で初めて商品化したメーカー。電気モーターで車輪を動かすのではなく、人がペダルを漕いだ力に合わせて“アシストする”というユニークな仕組みを採用した新しい乗りモノだった。1993年に発売された「PAS」初号機の発売から20年以上。その間、電動アシスト自転車は多くのメーカーから発売され、最近では海外でも一大市場を形成している。
そこにヤマハが新たな提案として投入したのが、本格的なロードバイクに電動アシストを組み合わせたYPJ-R。「YPJ」という新しいスポーツ自転車向けのブランドを立ち上げ、“電動アシスト自転車であることを忘れるデザイン”と“所有する喜び”をコンセプトに掲げている。では、実際にロードバイクとしての性能はどうなのか? まずは基本設計と装着されているパーツから見ていこう。
見た目は完全にロードバイク。サイズはMサイズ(身長162cm以上)、XSサイズ(153cm以上)が用意されており、Mサイズの重量は15.4kg、XSサイズが15.2kgに抑えられている ※写真はMサイズ
バッテリーはコンパクトなものを搭載。容量は2.4Ahと少なめだが、少しでも車体を軽く抑えるための選択だ。メインフレームにマウントすることでリアタイヤを少しでも前に位置させ、小回りがきくようにしている
アシストユニットも一般的な電動アシスト自転車に比べると小型で軽量。ヨーロッパなどに輸出されている「PWシリーズ」と呼ばれるものを採用した
ロードバイクなので、ドロップハンドルを装備。ブレーキレバーは、変速レバーと一体となった「STI」と呼ばれるタイプを採用している
フレームはアルミ製でハイドロフォーミングという手法を使い、複雑な造形に仕上げられている。ブレーキケーブルなどはフレーム内を通す設計で、すっきりした見た目を実現
うしろの変速ギアは11段の外装式。シマノの「105」というコンポーネントで、通常のロードバイクでは15〜20万円のモデルに装着されるほどの高級パーツだ
前側のギアにも2段の変速機構を搭載。変速段数は2×11=22段となる。多くの電動アシスト自転車はチェーンにアシスト力を加える方式のため、ドライブユニット近くのチェーンが動いてしまう前側の変速を搭載できない。しかし、YPJ-Rはペダルの軸にアシストを加える方式を採用することで、一般的なロードバイクのように前側に変速機構を装備できた
ブレーキにも、シマノ製「105」を採用。一般的なロードバイクでも、価格を抑えたモデルはブレーキのグレードを落としている場合があるが、信頼性の高いグレードのブレーキを採用している点は好感が持てる
ハンドル中央には、速度や走行モード、バッテリー残量、アシスト可能な距離などが表示されるディスプレイを装備。操作はタッチパネルではなく、ディスプレイ下のボタンで行う
ハンドルからディスプレイを取り外すと、アシストは利かなくなる。もちろん、ディスプレイでOFF設定にすることも可能
試乗前に気になっていたのは、アシストのない速度域では“単なる重い自転車”になってしまうのではないか? ということ。電動アシスト自転車は法規制により時速10kmまではフルパワーでのアシストができるが(最大人力の2倍まで)、そこを超えると徐々にアシスト力を減らさねばならず、時速24kmでアシストをゼロにしなければならない。ロードバイクは時速30kmくらいは楽に出せ、その速度を維持して走るのが気持ちよい乗り物。YPJ-Rは、その爽快さを保持できているのだろうか。
小型とはいえ、モーターユニットとバッテリーを搭載しており、重量はそれなりにある。アシストの効かない領域で、それがどのように影響するのか気になるところ
まずは、ロードバイクとしての基本性能をチェックしてみることに。アシストを切った状態で漕ぎ出す。
立ち漕ぎをしてみても、ペダルを踏んだ力がロスなくタイヤに伝わってくる
約15kgという車重はロードバイクとしては決して軽くないが、乗ってみるとそこまでの重さは感じない。ドライブユニットやバッテリーなどの重量物が車体の中央近く、それも低い位置にあるからだろうか。取り回しも特に不自然なさはない。ペダルを踏むと、その力がきちんと推進力に変換されて前に進んで行く感触。モーターやセンサーを積んでいる電動アシスト車はアシストを切った状態で乗ると重さやロスの大きさを感じるものなので、これは結構すごいことだ。
次にアシストをONにして試乗。YPJ-Rは「HIGH」「STD」「ECO」の3つのアシストモードを選べるが、まずはアシストが一番弱い「ECO」モードで走り出す。
走行モードは、画面の右側に表示される。その下には残りのアシスト可能距離やバッテリーの残量を%で表示。写真では停止状態のため0になっているが、出力をW(ワット)で表示することもできる
電動アシスト自転車に乗ると、ペダルを踏んで動き出した瞬間に“グッ”と車体を押し出すような力を感じるもの。それが「アシストされてる」となる部分でもあるのだが、YPJ-Rではそうした力をあまり感じない。特に「ECO」モードだと“アシストされてる感”はあまりなく、「そういえば、いつもより楽だな」というレベル。しかし、アシストはきちんとされているので、いつの間にか速度は30km近く出ていたりする。
ブレーキレバーと一体となった「STI」タイプの変速を駆使して加速していくと、あっという間に時速30kmに!
時速30kmということは、アシストはゼロになっている。その状態でも、その速度を維持するのは苦ではない。自転車で一番力を使う、発進(速度ゼロ)からある程度のスピードに乗るところまでをアシストしてもらえれば、時速25〜30km程度で巡航するのは楽々。つまり、ロードバイクにおける“楽しい領域”を気軽に感じることができることから、ロードバイクに電動アシストは“アリ”だと言える。
ロードバイクは、自分がペダルを踏んだ力をロスなくダイレクトに路面に伝えてくれる感じが楽しいもの。一般的な電動アシスト自転車はペダルを踏む力にモーターの力が介入してくるので、“自分の力がダイレクトに路面に伝わる気持ちよさ”は得られない。YPJ-Rは自分がペダリングしている力がキレイに上乗せされるため、自分の力が無駄なく推進力に変換されて加速していく心地よさを味わうことができる。
アシストに唐突な感じがないので、自然で気持ちよい。時速10kmを超えてアシスト力が減っていく感覚もスムーズで、スピードメーターを見ていなければ時速24kmを超えてアシストがゼロになっていることも気付かないほど
ロードバイクは軽快な走り心地ゆえ、長距離移動に用いられることが多い。YPJ-Rは軽量化を図るため容量2.4Ahのバッテリーが採用されており、スペック上では満充電からアシストを使って走れる距離は「HIGH」モードで14km、「STD」モードで22km、「ECO」モードでも48kmとなっている。
そこで、実際にバッテリーの持ちをチェックしてみることに。基本的には「ECO」モードで走り、登り坂などでは「STD」モードや「HIGH」モードに切り替えて約40kmを走行した。
40kmほど走ったあとのディスプレイ表示
40km走行しても、バッテリーは半分以上残っていた。軽く加速できるYPJ-Rでは時速24km以上の速度域で走る時間が長くなり、アシストが使われない時間が多くなるためだ。スペック上では最大48kmだが、実際にはもっと長い距離を走行可能。登り坂の有無や走る速度によって異なるが、実際に走ってみた感覚では100km程度のツーリングにも気兼ねなく出かけられそうだ。
YPJ-Rに試乗して実感したのは、ロードバイクに電動アシストを組み合わせると、より多くの人がスポーツ自転車の楽しさが味わえるだろうということ。アシストがあることで気持ちよい速度域で楽に走ることができ、登り坂なども圧倒的に快適。気軽に遠出してみようという気分にさせられる。スポーツ自転車の初心者であっても気軽に風を感じて走る気持ちよさや、遠くまで足を伸ばす楽しさを感じられるはずだ。
また、スピードに乗るまでの領域でアシストがあると脚の筋肉にあまり負荷がかからず、それでいて速度を維持することで心拍数は上がる。つまり、効率よく有酸素運動ができてしまう。膝などにかかる負担も少ないので、脚の関節に故障を抱えている人などにもよさそうだ。
ヤマハでは「YPJ」シリーズを新感覚のスポーツ自転車と定義しているが、確かに従来のロードバイクとは異なるアプローチで“走る楽しさ”を味わえる新しい乗り物に仕上がっている。