「Amazon Echo」(アマゾン)や「Google Home」(グーグル)、「Clova WAVE」(LINE)など、スマートスピーカーの新製品が続々と発売されている。
「音声入力? OK、Googleなんて、恥ずかしくて言えない」という人もまだ少なくないが、「すぐに、みんなが音声で操作する時代がやってくる」と庄司恒雄氏は断言する。
成熟したスマートフォンの未来には何があるのか――そのヒントを探るこの連載、インタビュー第5回に登場するのは、かつて「PDA-JAPAN」というPDA業界唯一のポータルサイトを運営した庄司氏。この業界の誰よりも多く、モバイル端末に触れてきた男は、モバイルの進化と未来をどう考えているのか(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)。
庄司恒雄氏。1999年初頭にPDA-JAPAN開設。その後、ソフトウェア制作ディレクションに携わり、livedoorポータルでのIT情報コンテンツ「livedoorコンピュータ」の立ち上げ・運用から、livedoorニュースIT部門を担当。現在は、LINE株式会社でIT系Webコンテンツの企画・運営・管理を担当する
――庄司さんがPDA-JAPANを始めたきっかけは?
1999年の冬、それまで10年間続けていた仕事を辞め、これからどうしようかと考えていたところ、プロジーという会社から「スポンサードするから、PDA-JAPANというWebサイトを運営しないか」と声をかけられ、どうせ暇だからやってもいいかと始めたのがきっかけ。
サイトを運営するにあたり、さまざまなPDAサイトを調べてみると、機種ごとに情報を集めたサイトはあったものの、集約しているサイトがありませんでした。そこで、PDAに関するあらゆる情報が集まるポータルサイトを目指し、それから2年間、1日も休まずに更新し続けました。実際に検証するための端末もすべて自費で揃えたおかげで、貯金がかなり減りましたが(笑)。
PDA-JAPANを運営してわかったのは、「Windows CEやPalm、ザウルスなど、さまざまなPDAがあるが、みんな同じ場所を目指している」ということ。結局、みんな場所や時間にしばられず、どこでも必要な情報を入手できるデバイスが欲しかったんです。
現在、庄司氏が普段使っているモバイル端末。上段左から、「Galaxy S7 edge」(サムスン)、「Moto Z Play+Hasselblad True Zoom」(モトローラ)、「HUAWEI P10 Plus」(ファーウェイ)、「ZenFone 3 Ultra」(ASUS)、「iPhone 8 Plus」(アップル)、「iPod touch(第6世代)」(アップル)。下段左から、「ZenFone AR」(ASUS)、「NuAns NEO [Reloaded]」(トリニティ)、「BlackBerry Priv」(ブラックベリー)、「Blackberry KEYone」(ブラックベリー)、「iPhone 7」(アップル)、「iPhone 7 Plus」(アップル)
――庄司さんの目から見て、“スマホの元祖はPDA”だと思いますか?
それは100%あり得ない。今から、その理由を説明します。まず、僕が考えた相関図を見てください。これを見ると、PDAとスマートフォンのカテゴリーが違うということがよくわかります。
庄司氏の考える相関図をまとめてみた。PCと電話がそれぞれ進化し、PDAと携帯電話が生まれるが袋小路に入ってしまい、スマートフォンとタブレットが誕生していく流れがわかる
「PDAとは何か」という定義は人によってさまざまですが、僕は、PDAはPCのクライアント端末、いわゆる「PCコンパニオン」と考えています。
PDAが使われていた時代、インターネットの情報はPCでしか見られませんでした。PCの情報を外に持ち出すためには、PDAをPCにつないでデータを転送するという方法しかなかったんです。これが「PCコンパニオン」としての使い方です。
その後、PHS通信事業からカード型の通信機器が発売されると、PDAユーザーはこのカード型通信機器をPDAに接続し、PDAでもネットを使うようになりました。
ただ、それは誰でもできるものではなく、一定の知識やスキルが必要でした。しかも、通信できるといってもかなり限定的で、チャットはWebベースのクローズドな環境のみ。現在のFacebookやTwitterのように、開かれた環境ではありません。もちろん、通話もできないというような状況でした。
それでも当時のモバイルユーザーはこぞって、PDAでの通信を試し、「ここがこうなれば」とユーザー同士で情報を共有し、自分たちで環境を改善し続けていました。
その後、PDA市場はシュリンク。しかしこの時、ユーザーたちの努力で培われた理想のモバイル環境への意識や希望は次世代に引き継がれ、その後、「Surface」(マイクロソフト)などのタブレットへと進化していきました。
手書きの相関図を説明する庄司氏。使っているのは、物理キーボードを廃止した斬新な2in1タブレット「YOGA BOOK」(レノボ・ジャパン)だ
――では、スマホの元祖とは、何なのでしょうか。
携帯電話です。電話から進化した携帯電話は、iモードでインターネット端末化を果たしてブレイクし、“モバイル端末でコミュニケーションを楽しむ文化”が生まれました。その後、携帯電話はスマートフォンに進化し、コミュニケーション手段は、メールからSNSやチャットへと移行します。今や、ほとんどのスマホユーザーがSNSやチャットによるメッセンジャーを楽しんでいますね。
SNSでは、全体のユーザー構成を見れば、情報を発信するユーザーはひと握りです。ほとんどのユーザーは情報を見てシェアしている、と言っても過言ではありません。“入力する=発信”より“ブラウズする=共有する”という使い方が多いといいます。一般的に、SNSは個人の情報発信と言われていますが、一次情報の発信ではなく、二次情報の発信(=拡散)が多い形態だと思います。
こうした利用環境の変化によって、ハードウェアキーボードやペンといった入力を補助するアイテムの必要性が下がって退化し、なくなっていったんです。
ここまで説明してきたことをまとめると、そもそもPDAはPCのデータを外に持ち出すもので、スマートフォンは通信を通してコミュニケーションを楽しむもの、つまり、発生や成り立ちがまったく異なります。だから最初に言ったように、“PDAがスマートフォンの元祖”だなんてことは、モバイルの進化の枠組みから考えると、ありえません。
では、PDAとスマートフォンは全然関係ないのかというと、そんなことはない。PDAに通信機器をつけ、ネットが使えるようになった時、ユーザーが思い描いていた理想のモバイルの姿というのは、紛れもなく今のスマートフォンの環境なんです。現在のモバイルというビジョンを作ったという意味では、PDAがスマートフォンの礎石だったと言えるかもしれません。
「“PDAがスマートフォンの元祖”だなんてことは、モバイルの進化の枠組みから考えるとありえない」と庄司氏
――先ほど、スマートフォンにはキーボードは必要ないという話が出ましたが、前回の記事(「みんなジョブズに騙されている!」 iPhoneの日本語入力システムを開発した男が語る、理想のスマホとは)では、増井さんは「キーボードは必要」と強調していました。
それは、そのモバイル端末の用途や成り立ちによって、違ってくるからだと思います。
増井さんのようにモノを作る人、発信する人にとっては、キーボードは重要な機能や道具になります。しかし、現在のスマートフォンを使うほとんどの人は、情報を見て拡散する使い方をします。そういう人たちにとって、入力補助アイテムはあまり必要な道具にはならないのです。
モバイルの歴史を振り返ると、モバイル機器におけるインターフェイスの進化とは、無駄なUIをひとつずつ削っていく作業だったということがよくわかります。PCではキーボードとマウスが必要になり、次にPDAを使うようになると、入力用のペンがハードウェアキーボードの代わりに使われるようになります。さらにスマホになると、今度はペンの代わりに、指で操作するようになる。
さらに、キーボードは両手を使いますが、PDAやスマートフォンでは片手になりました。つまり、モバイルを利用する際に、必要な手の数が違ってくるのです。
現在のスマートフォンは、“使う人の手”という機能を少しずつ減らすことに成功しています。しかし、それでも片方の手でスマートフォンを持ち、もう片方の手で操作するため、結果的にまだ両手を使うことが求められています。この呪縛から使う人を解放し、両手がフリーになる、それが未来のスマートフォン、モバイルが目指している世界だと思っています。
前回のインタビュー取材で増井氏は、物理キーボードを搭載したAndroidスマートフォン「BlackBerry KEYone」を例に、モバイル端末におけるキーボードの必要を強調していた(※写真は増井氏取材時のもの)
――手を使わないスマホとは?
両手をフリーにするために必要なのは、まず音声での操作。「Hey,Siri」や「OK,Google」など、音声アシスタントと呼ばれるものです。
これはもうすでに始まっていて、今話題を集めているスマートスピーカーで多くの人が体験していますよね。まだ「声で操作するなんて恥ずかしい」という人もいますが、屋外で電話する携帯電話も、屋外でチャットするスマートフォンも、登場する前は屋外や人前で使うことにおよび腰でしたが、今では当たり前になっています。音声による操作も、人が便利さに気づき、認識が変わり始めれば、やがてこれが当たり前になる世界がやってくるのだと思っています。
さて、音声操作で入力に必要な片手がフリーになりました。しかし、スマートフォンの本体に板状のディスプレイがある限り、片手は、それを支え続けなければなりません。
この片手をフリーにするには、どうしたらよいのか?
そのために必要なのが「MR」(Mixed Reality : 複合現実)技術を使った、ディスプレイの変革ですね。現在のような“板状のディスプレイ”がなくても、好きなところに情報を表示できる世界にしていけばいいんです。
たとえば、「AR」(Augmented Reality : 拡張現実)やMRによって、メガネに地図を映し出し、実際の景色と地図を見ながら歩くとかね。そのための技術開発は、すでに始まっていて、一般に普及するのもそう遠くないでしょう。
そうなれば、ユーザーはやっと両手がフリーになり、真の意味で制約がなく、ダイレクトに情報を得られる理想のモバイル環境も見えてきます。
――ようやく、ゴールにたどりつけるんですね。
いえいえ、まだスタートラインですよ。PDAが全盛のころを思えば、「すごい進化だなあ」と思っている人がいるかもしれません。しかし実は、本当のモバイルの歴史は今、始まったばかりだと思います。
PCやPDA、携帯電話、スマートフォンといった進化は、モバイルにとっての基礎固め、前哨戦にすぎない。モバイルが人を便利にする、人の生活を豊かにするという動きは今、ようやく始まるんです。
数ある端末の中でも「YOGA BOOK」と「HUAWEI P10 Plus」の2台が、庄司氏のお気に入りだ
音声入力が普通になるというけれど、やっぱり「OK Google」って言いづらいよね……と愚痴ると、庄司さんは「今は音声データを集めてビッグデータを蓄積している段階だから、個別カスタマイズしないけど、そのうち好きな名前で呼べるようになるから」と言った。好きな名前で呼べるんだったら、ちょっとやってみてもいいかな。「ねぇ、ダーリン」なんてね。