友禅作家、林裕峰(はやし ゆうほう)氏による作品の一部
モバイル黎明期に誕生したPDAを振り返る本連載。今回登場するのは、PDAに京友禅の絵を施した友禅作家、林裕峰(はやし ゆうほう)氏。客と話をしながら目の前で作っていく独特のスタイルと、幾重にも塗り重ねて表現する美麗な京友禅の絵柄は、多くのPDAユーザーを魅了した。
かつては東京でさまざまなイベントに参加し、多くの著名人のガジェットにアートを施してきたが、現在は体調を崩し、京都で静かな日々を過ごしている林氏。今回、Zoomを使ってのオンライン取材で、お話を聞くことができた。(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)
友禅作家、林裕峰(はやし ゆうほう)氏。京都染織総合展KBS賞、京都染織工芸技術部門入賞、日本伝統工芸デザイン賞受賞。1998年、「くりすたるあーと」設立。京友禅でつちかった技術と、金箔や銀箔、貝の真珠層など伝統工芸品で使われる素材を組み合わせ、モバイル端末の表面に草花模様などを描くという、斬新な試みで注目を集めた
――「くりすたるあーと」を始めたきっかけは?
若いころは東京に住んでいたのですが、京友禅図案家である父から呼び戻され、京都に戻りました。そこでしばらく着物に柄を描いていたのですが、「着物ではなく、多くの人が日常で使っているものに京友禅の柄を描くとおもしろいのではないか」とひらめき、1998年11月に「くりすたるあーと」を設立。1999年には、シャープや日本IBMの依頼を受け、「東京ビッグサイト・ビジネスショー」や「WINDOWS WORLD EXPO/Tokyo 99」で実演し、多くの人々の端末に京友禅の柄を描きました。
――どんなものに、絵を描いていたのですか?
ノートPCや携帯電話です。当時、シャープ本社の社長室には、友禅模様が描かれたノートPCが飾られていました。そのころ、ビル・ゲイツ氏がシャープの社長室でこのノートPCを見てとても気に入り、「ぜひ、ゆずってほしい」と言って持ち帰ったそうです。
また、GACKTさんのご友人から「GACKTさんにプレゼントするノートPCに友禅模様を描いてほしい」という依頼があり、表面と裏面全体に描いたこともありました。GACKTさんはたいへん気に入られて、朝の情報番組に出演する際、そのノートPCを披露したようです。
そのせいか、あまり宣伝もしていないのに遠くから人がたずねてきて、「持っている端末やケースに友禅模様を描いてほしい」と依頼されることも増えてきました。
――「くりすたるあーと」の特徴を教えてください。
まず、1点物であるということ。お客さんと話しながら作っていくというのが基本スタイルなので、同じものは2つ作れないんです。つまり、量産はできない。
コンパクトデジタルカメラ「IXY DIGITAL 20 IS」に、林裕峰氏がアートを施している場面(写真提供:SANAIさん)
それと、土台が固くなければ、塗れないということ。たとえば、革には塗れません。だから、まず塗ってほしいものを見せてもらって「ここは塗れる場所」「ここは塗れない場所」と判断します。それから「どこにどう塗りましょうか」と相談します。
「くりすたるあーと」は、1回ですべて塗るのではなく、何度も重ねて塗っていくもの。最初に下地の色を吹き付け、その上に樹脂を塗り、絵柄を描いて、その上にまた樹脂を塗る。そうやって塗っていくうちに、何層も重なっていく。だから、絵柄が浮いているように見えるんですね。それが、おもしろいのではないかと。これはもう、実際にものを見てもらわないとわからないと思いますが。
素材も独特です。金箔や銀箔、貝を細工した螺鈿(らでん)なども使います。お客さんとお話しながらイメージを聞き、それらの素材を使って細かく塗り重ねていく。この作業の工程を、お客さんも一緒に見て、体験できるわけです。そのあたりも「くりすたるあーと」の魅力になっていると思います。
SANAIさん所蔵のIXY DIGITAL 20 IS
こちらもIXY DIGITAL 20 IS。正方形の部材はレーザー金箔。「金箔の表面をレーザーで凸凹にしたことによる干渉の複雑な色合いが魅力」(SANAIさん)
あとは、絵柄でしょうか。和風柄にこだわりがあり、ぼくは洋風の絵を描きません。作家のなかには洋柄を描く人もいるので、洋柄を希望する人はそういう方をご紹介します。
――とても手をかけて描かれているんですね。描かれた絵は、どのぐらいもつのでしょうか?
10年はもつと思います。もし落として樹脂が剥がれたり汚れてしまったりしたときは、持ってきてもらえれば、樹脂を塗り直します。そうすると、完全に復活します。うちで作ったものは、見ればすぐにわかる。だから、そういう場合は暗黙の了解で、無料で直すことにしています。そうでなければ、長い付き合いはできませんね。
――PDAに京友禅を描くようになったのは、なぜでしょうか?
PCや携帯電話に描いていたら、「ぼくのPDAにも描いてください」というリクエストが来るようになったんです。実は、ぼくは機械音痴で、PDAと言われても、どういうものなのかわからない。でも現物を見れば、「ここは塗れる」「ここは塗れない」ということだけはわかる。だから「いいですよ」ということで、受けることになった。
PDAの場合、直接本体に塗るので、現物を持ってきてもらわなければならない。実際、北海道から九州まで、全国各地の人が新幹線や飛行機に乗ってきてくれました。よくそんなに遠くからよく来るものだと思っていましたが、みなさん、「自分だけのPDA」が欲しかったんでしょうね。それでわざわざ、高い交通費を払ってまで京都に来てくれる。
当時はPalmユーザーの会が全国にあって、イベントをやるときは私も呼ばれました。呼ばれたら、どこへでも行きましたよ。そこでみなさんが話している内容は、さっぱりわかりませんでしたが(笑)。
――今もまだ、「くりすたるあーと」の仕事を続けていらっしゃいますか?
今はもう年金生活で、それほど仕事はしていません。でも「やってほしい」という方がいる限り、身体が動く間は続けようと思っています。
今はみなさんスマートフォンですが、スマートフォンの場合は、家電量販店に行くとケースが売っているでしょ。そのケースを買って送ってもらって、こちらで塗るということもできます。やってみたいという人は、サイトにある問い合わせフォームから連絡してください。
――ありがとうございます。貴重なお話まことにありがとうございました。
最後に、ここからは林裕峰氏による作品の数々を写真でご紹介します。
機長所蔵のVisorDeluxeケース。名前は「洛外浮浮浮図」
以前、PDA博物館の連載記事でも紹介した、モーリーさん所蔵のPalmケース。名前は「彩雲昇龍」
龍の玉に注目。ここが、さまざまな色に光る仕様となっている
SANAIさん所蔵のSONY CLIEケース。名前は「高台寺」
SANAIさん所蔵のWillcom LIBERIO
螺鈿(らでん)は松竹梅を表している
モーリーさん所蔵のIBM WorkPadカバー
SANAIさん所蔵のiPod touch
深川さん所蔵のiPhone 6用ケース
モーリーさん所蔵の名刺ケース
モーリーさん所蔵のマンドリン
コロナ禍のなか、こうしてまたPDA博物館の取材記事を書くことができました。しかも、今回取材したのは、以前からお話してみたいと思っていた林裕峰先生。京都にお住まいということで、距離的に難しいかなとあきらめておりましたが、Zoomのおかげでお会いできて、本当にうれしかったです。
林先生、今は体調を崩していて、京都で静かに暮らされているとのこと。そんな中、急なお願いにも関わらず取材にご協力いただきましたこと、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
今回、林先生をご紹介してくださった竹村譲さんにもお礼申し上げます。ご協力ありがとうございました。竹村さんのご紹介なくして、この取材は実現できませんでした。
それともうひとり、お礼を申し上げなければなりません。取材の際、林先生の手となり、足となってサポートしてくださった大西潔さん、本当にありがとうございました。大西さんのご尽力のおかげで、スムーズに取材を進めることができました。林先生のお写真を撮影してくださったことにも、お礼申し上げます。
最後になりましたが、美しい「くりすたるあーと」製品の写真をご提供くださいました機長、SANAIさん、モーリーさん、深川さんにも深くお礼申し上げます。みなさまのおかげで、とてもきれいな「くりすたるあーとコレクション」記事を作ることができました。
おそらく、以前のように自由に取材できる状況に戻るのは、もう少し先のことになるでしょう。ですが、今回の経験で「やろうと思えばなんとでもなる!」ということがわかり、少しうれしくなりました。いろいろと工夫しながら、取材を続けていきたいと思います。これからもPDA博物館、どうぞよろしくお願いします!
編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、よいモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)