スマホとおカネの気になるハナシ

料金値下げが招いたドコモの通信品質低下、モバイル立国の未来は?

多くの人が関係する、スマートフォンやモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。今回は品質低下があらわになっている、日本のモバイル通信環境の現実とその理由を解説しよう。

都市部でつながりにくくなっているドコモのネットワーク

2023年に入り、NTTドコモのネットワークが大都市部で「つながらない」「遅い」といった声が非常に増えている。筆者の周辺でも一時「ドコモを解約したい」という声が非常に多く聞かれたほどで、品質低下を実感しているNTTドコモユーザーは少なくないことだろう。

それだけ深刻な事態にいたったことを受け、同社は2023年4月に都市部でのつながりにくさを解消する対策を夏までに進めることを発表。その夏を迎えた2023年7月28日に、とりわけ混雑が著しく対策をいち早く進めていた、東京の渋谷・新宿・池袋・新橋の4エリアで通信品質が改善したことを明らかにしている。

都市部での通信品質低下が著しいNTTドコモだが、2023年7月28日には重点を置いて対策を進めてきた4エリアの品質が改善したことを明らかにした

都市部での通信品質低下が著しいNTTドコモだが、2023年7月28日には重点を置いて対策を進めてきた4エリアの品質が改善したことを明らかにした

「ポストコロナの人流急増に間に合わなかったため」と弁明するが……

ここまで通信品質が低下しているのはNTTドコモだけで、他社では起きていない。なぜ同社のネットワークだけこのような事態に陥ったのか。NTTドコモ側は「需要の読み違え」がその原因と説明している。

何を読み違えたのかというと、コロナ禍が徐々に明けたことによる人流の戻り具合である。NTTドコモも人流の増加に合わせて、通信容量が大きくトラフィックの増加に強い5Gの基地局を増やしていたのだが、計画を超えたトラフィックが発生して4Gの基地局の通信容量がひっ迫してしまったそうだ。

ポストコロナにおける通信トラフィックの読み違えに加え、地権者の交渉などに時間がかかり5Gの基地局整備が順調に進まなかったことから、都市部でのトラフィックの伸びに対応できなくなっていたようだ

ポストコロナにおける通信トラフィックの読み違えに加え、地権者の交渉などに時間がかかり5Gの基地局整備が順調に進まなかったことから、都市部でのトラフィックの伸びに対応できなくなっていたようだ

そのいっぽうで5Gの基地局を設置するためビルの地権者などとの交渉に時間がかかっているうえ、都市部の再開発で基地局を撤去したり、人流が変わったりするなど従来のトラフィックのバランスが崩れる事象が続いた。結果、思うようなトラフィック対策を進められず著しい通信品質の低下に至ったというのがNTTドコモ側の説明である。

5G設備投資の停滞が根本の原因では?

だがより本質的な問題はほかにあるのでは? という見方も根強くあり、筆者もそう思っている1人だ。とりわけ筆者が大きな原因のひとつと見ているのが、5Gのネットワーク整備にかける予算が4Gの時代と比べ大幅に減少していることだ。

それはNTTドコモに基地局などのネットワーク設備を導入している日本電気(NEC)の業績から見えてくる。同社の2022年の通期決算を見ると、5Gなどを含むネットワークサービス領域は増収となったが、通信事業者の投資抑制の影響を大きく受け落ち込んでいるとのこと。また2023年度に関しても、国内通信事業者の投資抑制によって5G関連事業の売上は減少するという悲観的な見方が示されている。

NECのモバイル通信ネットワーク関連の事業はNTTドコモ向けが占める割合が非常に高い。それゆえNECが5Gの事業で悲観的な見方をしているということは、NTTドコモがそれだけ投資を抑制していることの表れと言えるわけだ。

NECの2022年度通期決算説明会資料より。同社のネットワークサービス領域は増収だが、通信事業者の投資抑制の影響を大きく受けているという

NECの2022年度通期決算説明会資料より。同社のネットワークサービス領域は増収だが、通信事業者の投資抑制の影響を大きく受けているという

5Gの整備にかける投資が減少すれば整備スピードは遅くなってしまうだろうし、その間に通信トラフィックが急増してしまえば対処ができない。それだけに、ネットワーク整備に以前ほどお金をかけられなくなっていることが、今回の問題を引き起こす要因のひとつと考えられるのである。

政府主導の携帯料金引き下げで設備投資にしわ寄せ

そもそも、なぜNTTドコモは5Gの整備にお金をかけられなくなっているのかというと、そこには5Gの商用サービスが始まった2020年に就任した菅義偉前首相の存在が非常に大きく影響している。菅氏の政権下では携帯電話料金の引き下げが政権公約に掲げられ、当時の総務大臣であった武田良太氏を通じNTTドコモをはじめとした携帯大手3社に強い政治的プレッシャーをかけ、携帯料金引き下げを求めたのである。

携帯電話料金引き下げを公約に掲げた菅前政権下では、当時の総務大臣である武田良太氏を通じて携帯大手3社に強いプレッシャーをかけ、料金引き下げを迫っている(2020年10月撮影)

携帯電話料金引き下げを公約に掲げた菅前政権下では、当時の総務大臣である武田良太氏を通じて携帯大手3社に強いプレッシャーをかけ、料金引き下げを迫っている(2020年10月撮影)

その結果、携帯3社はより安価な料金プランの提供を余儀なくされ、NTTドコモもオンライン専用でコストパフォーマンスが非常に高い「ahamo」などを投入するに至っている。その結果、消費者からしてみれば安価な料金プランの選択肢が大幅に増えたことは確かで、日本の携帯電話料金が大幅に下がったことは間違いない。

だがこのことは、事業者側から見れば大幅に収入が減ることにもつながってくる。実際、引き下げられた料金プランの普及が本格的に進んだ2022年度の携帯大手3社の通信料収入を見ると、各社とも前年度と比べ600〜800億円程度減少しており、ピークは過ぎたとはいえ現在もまだ収入減少が続いている状況だ。

KDDIの2022年度通期決算説明会資料より。携帯大手3社はいずれも携帯料金引き下げの影響を強く受けて通信料収入を大きく落としており、KDDIの場合はおよそ850億円の収入減だ

KDDIの2022年度通期決算説明会資料より。携帯大手3社はいずれも携帯料金引き下げの影響を強く受けて通信料収入を大きく落としており、KDDIの場合はおよそ850億円の収入減だ

政府の意向で料金引き下げをせざるを得なかったとはいえ、携帯3社は民間企業であり上場企業でもあることから、企業が存続していくためにはそれでも利益を出して成長を続けなければならない。そのための策のひとつが通信以外の事業を伸ばして利益を増やすこと。携帯各社がここ最近、「PayPay」などのスマートフォン決済に力を入れているのはそのためだ。

そしてもうひとつは、使うお金を減らして利益を出すこと、つまりコスト削減だ。とりわけ携帯電話会社が最もお金を費やす必要があるのがネットワーク整備なので、コスト削減を進めるには必然的にネットワーク整備にかけるお金を減らさなければならない。

つまり携帯3社が5Gのネットワーク整備に投資をしなければいけないタイミングで菅氏が首相に就任し、携帯料金引き下げを求めたことで携帯各社の業績が大幅に悪化。その結果、携帯3社は5Gのネットワークに思うように投資ができなくなり、それがNTTドコモの品質低下を引き起こす引き金になったと考えられるのだ。

ドコモの品質低下が目立つ理由は?

もっとも現在のところ、通信品質の低下が問題視されているのはNTTドコモだけであり、KDDIやソフトバンクの利用者からはそうした声があがっていない。そこには5Gネットワークの整備戦略の違いが影響している。

KDDIやソフトバンクは元々4Gから転用した低い周波数帯を積極的に用いて5Gのエリア整備を進めており、通信速度は4Gと変わらず5Gのメリットはほとんど得られないが、低コストで広いエリアの5Gネットワーク整備を素早く進めることができた。だがNTTドコモは5G向けに割り当てられた周波数帯だけを用いて整備を進める方針を打ち出し、整備済みのエリアであれば5Gらしい高速大容量が可能だが、遠くに飛びにくい周波数帯を用いるため広いエリアを整備するのに時間とお金がかかるという弱点もあった。

そこでNTTドコモは同社の5Gネットワークを「瞬速5G」と呼んで他社との違いや優位性をアピールしていたのだが、政府の意向でその方針を変える必要が出てきてしまった。というのも政府は「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、5Gを都市部だけでなく地方にも広くあまねく展開することを強く要求。実際、2022年に総務省が公表した「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」では、2023年度末までに5Gの人口カバー率95%を達成することが求められている。

総務省が公表した「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」では、5Gの地方への浸透を重視し、2023年度末までに5Gの人口カバー率90%を達成することを求めている(画像は2023年4月25日公表の改定版より)

総務省が公表した「デジタル田園都市国家インフラ整備計画」では、5Gの地方への浸透を重視し、2023年度末までに5Gの人口カバー率90%を達成することを求めている(画像は2023年4月25日公表の改定版より)

NTTドコモは5G向けの高い周波数帯のみを用い、エリアは狭いが通信速度は速い「瞬速5G」を売りにしてきたが、政府の意向により方針を転換。4Gから転用した周波数を用い、地方でも急いでエリアを広げる必要に迫られることとなった

NTTドコモは5G向けの高い周波数帯のみを用い、エリアは狭いが通信速度は速い「瞬速5G」を売りにしてきたが、政府の意向により方針を転換。4Gから転用した周波数を用い、地方でも急いでエリアを広げる必要に迫られることとなった

最高品質を誇った日本のモバイル通信環境が過去のものになりつつある

とはいえKDDIもソフトバンクも売上の減少に苦しみ、5Gに投資する予算を大きく減らしており、増大する通信トラフィックに影響が出ないようギリギリの対処を続けているだけに、NTTドコモのように計画に少しでも狂いが生じれば同様の問題が起き得る可能性は十分ありえる。実際、携帯各社が5Gへの投資を減らしていることで、海外からは日本の5Gネットワークが整備や普及、品質などあらゆる面で、世界的に「遅れている」と指摘されていることを忘れてはならない。

通信機器大手のエリクソンは、日本の5Gのパフォーマンスが中国や韓国、台湾など周辺の国・地域と比べ著しく低いと指摘。5Gの大容量化に貢献する先進アンテナ技術の導入遅れなどがその原因としている

通信機器大手のエリクソンは、日本の5Gのパフォーマンスが中国や韓国、台湾など周辺の国・地域と比べ著しく低いと指摘。5Gの大容量化に貢献する先進アンテナ技術の導入遅れなどがその原因としている

消費者の目線からすれば携帯電話料金の引き下げは確かに大きなメリットかもしれない。だが料金が安くなったことで携帯電話会社の売上が減り、インフラに予算を回せなくなったことで日本のモバイル通信インフラの質が急速に低下するという“デフレ”の悪循環に陥っているのが実情だ。

現在は4Gまでに整備した非常に質の高いインフラが存在することからまだ実感しづらいだろうが、5Gが主流となり、6Gの時代を迎える5〜10年後には、料金引き下げの影響で日本のモバイル通信インフラの質が大幅に低下していることを覚悟しておく必要がある。

佐野正弘

佐野正弘

福島県出身。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。

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