ソニーのモニターヘッドホンと言えば、1989年に発売され、30年以上もロングセラーを続ける「MDR-CD900ST」が有名だ。いまなお多くのスタジオでリファレンスモニターとして愛用されており、まさにスタジオモニターヘッドホンの代名詞と言っても過言ではないだろう。そんな「MDR-CD900ST」を有するソニーがまったく新しいコンセプトのモニターヘッドホンを発売する。それが、開放型モニターヘッドホン「MDR-MV1」だ。
ソニーの開放型モニターヘッドホン「MDR-MV1」。5月12日発売で、市場想定価格は59,000円前後
「MDR-CD900ST」や、最新レコーディング事情に合わせて2019年に投入された「MDR-M1ST」などの同社の従来型モニターヘッドホンは、レコーディングなどの大規模スタジオで使われることが想定されていた。
いっぽうで、最近では音楽を個人で制作・配信できる環境が整ってきたことで、ホームスタジオでの収録やアーティスト個人での配信などが増えてきており、音楽制作環境が大きく変化。コンテンツフォーマットに関しても、ストリーミングサービスがますます拡大し、ハイレゾ音源だけでなく、最近では立体音響も大きな盛り上がりを見せつつある。
そんな、ホームスタジオ需要、そして最新の立体音響制作に携わるクリエイターをターゲットにして開発したしたのが、今回登場する「MDR-MV1」というわけだ。
「MDR-MV1」は、ホームスタジオで最新の立体音響制作に携わるクリエイターをターゲットにして開発された
「MDR-MV1」は立体音響制作に最適なモニターヘッドホンといううたい文句だが、これは後述する立体音響制作の最適化ソリューションによる部分が大きい。モニターヘッドホンとして求められる“クリエイターの制作意図を正確に再現する”というベースの部分においては、立体音響制作だろうがステレオ音源制作だろうが大きな違いなく、「MDR-MV1」では、立体音響制作はもちろんのこと、ステレオ音源制作でも求められる空間表現と超広帯域再生をヘッドホンで実現するという目標のもと、さまざまなクリエイターとコミュニケーションを取りならが開発したという。
空間表現については、開放型にすることで空間定位をよくするというアプローチを採用したが、開放型にすることで低音が犠牲になってしまうという課題があった。そこで「MDR-MV1」では、独自の背面開放型音響構造を新たに開発して搭載。ヘッドホン内部の反射音を低減することで、信号処理で付与された反射音への影響を抑えて正確な音場を再現できるようにしたという。
立体音響制作に求められる高い次元の空間表現を実現するため、単純に穴をあけるのではなく、一枚板を立体的に成形したうえで穴をあけるなど、非常に手の込んだつくりとなっている
専用開発の口径40mmドライバーユニットに関しても、背面開放型音響構造に最適な振動板形状とコルゲーション(振動板の凹凸)を採用し、5〜80,000Hzという超広域再生と高感度再生を実現。加えて、開放型ヘッドホンが苦手とする低音域での再現性を高めるため、背面に音響負荷ダクトを直結。振動板の動作を最適化するとともに、十分な量感の低音域再生と中高域との分離感を両立し、リズムを正確に再現できるように工夫したそうだ。
専用開発の口径40mmドライバーユニット。形状などは工夫しているが、「MDR-CD900ST」のように長期かつ安定的に製品を供給できるように、素材についてはあえて特殊なものを使用しない形にしたという
また、制作現場で長時間使用することを想定し、約223gの軽量設計や耳あたりのよいスエード調の人工皮革イヤーパッドの採用など、安定した装着感や快適性についても追求したという。もちろん、イヤーパッドは交換可能、ケーブルに関してもねじ式ロックリングによる固定構造を採用した着脱ケーブルになっており、プロの現場で求められるメンテナンス性についてもしっかりと配慮されている。
なお、これまで同社がプロ向けのモニターヘッドホンとして国内で展開していた「MDR-CD900ST」や「MDR-M1ST」は、販売元がソニー・ミュージックソリューションズでメーカー保証などもなかったが、「MDR-MV1」はソニーマーケティングが販売元となっており、1年間のメーカー保証がつく。ただし、交換用のイヤーパッドに関してはサービスパーツ扱い(税込み4,540円)のため、メーカー問い合わせでの対応となるそうだ。
本体は約223gと非常に軽い
イヤーパッドは耳あたりのよいスエード調の人工皮革を採用。取り外して交換も可能となっている
ねじ式ロックリングによる固定構造を採用した着脱ケーブル
ヘッドホン側は6.3mm。3.5mm変換ケーブルも付属する
音楽制作において制作した音源を正確に再現できる環境というのは必須条件となっている。特に立体音響制作においては多数のスピーカーを配置する必要があるが、同社が力を入れている360 Reality Audioにおいては合計で13個ものスピーカーを用意する必要がある。最近ではこういった環境を用意したスタジオも徐々に増えてきており、スタジオ制作では環境を用意することも可能だが、ホームスタジオユースではこの環境を整えることはなかなか難しいのが現状だ。
360 Reality Audioのスピーカーリファレンスシステムでは、合計で13個スピーカーが必要だ
そこで、同社が持つ立体音響技術を活用し、スタジオ制作と同じクオリティの音をヘッドホンで再現するために開発されたのが、「360 Virtual Mixing Environment」(以下、360 VME)だ。360 VMEでは、スタジオの音響特性やヘッドホンを使用するユーザーの身体情報などを高精度に測定し、それらを専用ソフトウェアにプロファイルと入力することで、スタジオ制作と同じクオリティの音をヘッドホンで再現する形となっている。この360 VMEに最適化して開発されたヘッドホンが「MDR-MV1」で、「MDR-MV1」の国内投入に合わせて、360 VMEに必要な測定サービスおよび専用ソフトウエアの提供が有償で提供される。
スタジオ制作と同じクオリティの音をヘッドホンで再現するために開発された「360 Virtual Mixing Environment」。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントのハリウッド作品制作にも使われている最新技術だ
具体的には、ソニーは360 VMEに関するソリューションをメディア・インテグレーションに提供し、有償サービス自体はメディア・インテグレーションが運営するMIL Studioが提供する。ユーザーはヘッドホンを持参してMIL Studioに直接出向き、スピーカーからの距離や人それぞれの骨格などを測定、測定したプロファイルと360 VMEのソフトウェアをその場で受け取り、ホームスタジオなどで360 VMEを活用してもらうという流れとなる。価格についてはまだ決定していないそうだが、米国では500ドルでサービス提供が開始しているそうで、国内でもそのくらいの価格帯での提供を検討しているそうだ。
なお、先述したとおり「MDR-MV1」は360 VME専用モデルというわけではないが、360 VMEへ最適化して開発されている。360 VMEを組み合わせない状態でも立体音響制作で十分使える性能を確保しているそうだが、360 VMEを組み合わせることで、立体音響制作へより最適なモデルとして活用できるという。立体音響制作に携わるクリエイターは、「MDR-MV1」と合わせて360 VMEについてもぜひ注目してほしい。
今回、メディア・インテグレーションが運営する渋谷のLUSH HUBにて、「MDR-MV1」を体験する機会を得た。最後に簡単なインプレッションをお伝えしよう。
まずは360 Reality Audio音源から。ウォークマン「NW-WM1ZM2」とアンバランスで「MDR-MV1」を接続して試聴したのだが、ヘッドホンとは思えない空間再現能力に驚いた。直前に13個のスピーカーを用いた360 Reality Audio音源を体験したのだが、頭部を中心に周囲を回る音源のつながりのよさはスピーカー環境で聴いたイメージにかなり近い。さすがにスピーカーで聴いたような体全体を包み込むような広大な音には及ばず、あくまでも頭部を囲むような聴こえ方だが、音像フォーカスがしっかりしており、一般的なヘッドホンで聴く360 Reality Audio音源による音楽体験に比べてさらにリアルに感じられた。ステレオ音源も音像がとても立体的で、開放型らしい伸びやかな高域が好印象だ。
ウォークマン「NW-WM1ZM2」と組み合わせて「MDR-MV1」を試聴
続いて、ケーブルを変更してバランス接続でも聴いてみたが、こちらは使用したケーブルの特性もあるのか、音の鳴る空間がさらに把握しやすくなり、音の方向性や距離感、残響感がよりリアルに感じら、作品への没入感がさらに高まった。今回は360 VMEで最適化していない状態だったが、立体音響を楽しむための音楽リスニング用ヘッドホンとしても十分なポテンシャルを秘めていることは確かだ。
バランス接続試聴には「MUC-S12NB1」を使用。ねじ式ロックリングがないため、固定構造は使えないが、「MDR-MV1」にも問題なく接続できる
PC・家電・カメラからゲーム・ホビー・サービスまで、興味のあることは自分自身で徹底的に調べないと気がすまないオタク系男子です。PC・家電・カメラからゲーム・ホビー・サービスまで、興味のあることは自分自身で徹底的に調べないと気がすまないオタク系男子です。最近はもっぱらカスタムIEMに散財してます。