高齢者など、音の聞こえづらい人をターゲットに、テレビの音を聞こえやすくするスピーカーとして訴求されている「ミライスピーカー」をご存じだろうか。筆者は「ミライスピーカー」をテレビCMで見かけたことがあり、ずっと心の隅で気になっていた製品だった。
アンプ内蔵スピーカーである「ミライスピーカー」。メーカー希望小売価格は29,700円(税込)
気になっていたと言っても、よい音がしそうだ……ということではなく、現代社会でオーディオ製品がテレビCMで紹介されるという珍しさと、若干の怪しさも感じられるテレビ通販的イメージが引っ掛かっていたのだ。
そんな「ミライスピーカー」だが、多くに人に支持され、去る敬老の日(2023年9月18日)には今年いちばんの台数を売り上げたという。さらに、10月には新製品「ミライスピーカー・ステレオ」を発売したばかり。
それならば、ということで改めて「ミライスピーカー」についての詳細をうかがうとともに、自宅で“ガチ”試聴を実施。「ミライスピーカー」の音質は? 本当に聴き取りやすいのか? じっくりと検証してみた。
※2024年5月4日追記 後継機「ミライスピーカー・ミニ」の検証記事を公開しました。
レビューの前にまずは「ミライスピーカー」についての詳細を知るべく、メーカーであるサウンドファンにうかがい、製品説明を受けることにした。
サウンドファンは2013年創業。ちょうど創業10周年を迎えたところで、元々はB to Bのビジネスをやっていたそうだ。始めから「聞き取りやすいスピーカー」を作ることは一貫していて、そのきっかけは音楽療法を行っている大学教員の話。とある高齢者が「蓄音機の音が聞き取りやすい」と言っていたことをヒントに、「聞き取りやすさ」に特化したスピーカーの開発を志した。ただし当初展開していたのは業務用で、公共施設などに販売をしていたという。
業務用製品として展開していた当時のスピーカー。白い曲面振動板は「ミライスピーカー」に通ずる技術。中央には一般的なコーン型のフルレンジユニットが搭載されている
その後、個人ユーザーから小型かつ低価格製品の要望があったことを受けて、家庭用製品の開発・販売へシフト。2020年に「ミライスピーカー」の発売にいたった。本格的にブレイクしたのは2022年。2021年と2022年の売上高を比較すると、実に284倍にもなるという。
それでは、「ミライスピーカー」はどんなスピーカーなのか? オーディオ機器としての詳細を確認してみよう。まず、「ミライスピーカー」とはアンプを内蔵したアクティブスピーカーである。入力端子は3.5mmステレオミニプラグによるアナログ音声入力1系統のみ。テレビのヘッドホン出力につないで、基本的には1本で使うものだ。あとは電源さえ入れれば音が出るはずなので、とてもシンプルに使える。
スピーカーユニットの振動板がフィルム状の曲面であることが大きな特徴のひとつ。カバーを外すと、中にはダイナミック型のフルレンジユニットが搭載されていることもわかる
本体裏に主電源スイッチ、3.5mmステレオミニプラグによるアナログ音声入力、電源アダプター用端子が用意される
「聞き取りやすいスピーカー」のために採用された主要技術が「曲面サウンド」。曲面から発生する音波を広範囲へ届けるための技術だ。その根本となる原理については以下の動画を見てもらうのがわかりやすいだろう。
動画内と同じオルゴールを使った実験をオフィスでもしてもらったところ、確かにオルゴール単体で聴くよりも劇的に音が大きくなり、しかも下敷きのような振動板を通じてかなり広範囲に音が広がるのが感じられた。オルゴールとリスナーの間に何かさえぎるものがあっても、音が聴き取りやすいともしていたが、確かにそのように感じられるから不思議だ。
では、この原理をどう「ミライスピーカー」に落とし込んだかというと、オルゴールの代わりに発音源としてダイナミック型スピーカーを使い、それをフィルムのような薄い曲面振動板で拡散するという方法だ。
オルゴールの代わりとなる音の発生源が50mmのコーン型ユニット(フルレンジ)。ここに企業秘密の素材を使った白いフィルムのような曲面振動板を接合して、ひとつのスピーカーとしている。曲面振動板の下には綿の吸音材のようなものが入っていて、支えの役割も果たしている
コーン型ユニットの裏側。一般的な磁気回路を持ったダイナミック型ユニットだとわかる。ユニットは東京コーン紙製作所という埼玉のユニットメーカーに依頼し、センターキャップをカスタマイズしたもの。これを内蔵クラスDアンプで駆動している
上記の構造、振動板の素材や硬さ/薄さ、曲げ具合を最適化したのが「曲面サウンド」。固体を伝わる音速は空気中よりもとても速いため、端に発音源を用意すれば曲面振動板を通じて音が一様に広範囲に広がる。これがこの独自技術の特徴だ
勘のよい人は気づくはずだが、このスピーカーは始めからワイドレンジな音は狙っていない。主に低域再生を担うのが50mmのフルレンジユニットとあって、下は250Hzくらいまでは出ているが、それ以下は自然減衰している。高域側も同様で、数百から3kHzくらいまでの日本語の発声で重要になる帯域をしっかり出して、その上の帯域はやはり自然減衰するという。
「数百から3kHzくらいまで」の帯域をしっかり出すためのポイントが振動板の素材、硬さや曲げ具体といった細かなバランス。「聞き取りやすい」周波数バランスのためにあえて特定の帯域を共振させているのだ。そのため、一般的なスピーカー的に歪率を考えればとても低いスペックになるはずだという。
声の「聞き取りやすさ」とはひとえに周波数バランスの問題なのだろうか。電気的な補正に頼らない調整は気分的によさそうな気がするものの、それだけならば無理にこの技術を使う必要はなさそうにも思える。そこを質問すると、周波数バランスの調整に加えて音が広範囲に広がることつまり指向性が広いことが、場所を問わない「聞き取りやすさ」にとってポイントになっているのではないかとのこと。
また、「ミライスピーカー」が言う「聞き取りやすさ」はあくまで実証実験の結果であるとも話していただいた。その原理については複数の大学との共同研究で解明しているところだという。高音質というのも似たようなもので、人が心地よく感じる、よりコンテンツに没入できる音とはどのようなものか、その原理が解明されていないからこそ、多くのAV機器が世の中に存在するのだろう。原理の解明についてはなんとか進めていただきたいと思う。
手元スピーカー的に使うことを想定してか、本体には音量調整用のノブも付いている。実使用時は4〜6割のところに固定し、テレビで音量調整をするのがよいだろう
さて、ここからいよいよ「ミライスピーカー」を自宅で試用したレビューをお届けする。取材にうかがったサウンドファンのオフィスでも、PCに接続してYouTubeを再生すると確かに人の声の聞き取りやすさや音の広がりは感じたものの、実生活の中ではどう聞こえるのだろうか。
まず、使い方は実にシンプル。多くのテレビが持っているヘッドホン出力(3.5mmステレオミニアナログ音声出力)を使い、付属のケーブルで接続するだけ。上記のとおり、本体の音量は4〜6割のところで固定しておき、あとはテレビのリモコンで(テレビの)音量を調整すればよい。ほかに入力端子などが何もないのは、誰にでもわかりやすいという意味でとても重要なポイントだ。また、電源は基本的に入れっぱなしがよいだろう。
ここで問題になるのは、最新のテレビにはヘッドホン出力を持っていないモデルも存在すること。その場合は「ミライスピーカー」をテレビと直接接続することはできない。ここだけには注意したい。
テレビのヘッドホン出力(3.5mmステレオミニ)と「ミライスピーカー」を付属ケーブルで接続する
確かに触れ込みどおりだと思わされる声の帯域の強調ぶり。ハイファイ志向のオーディオ機器を試しているとすれば、まったく低域が出ていないので、「上ずっている」と表現されるような再生だ。ここでよくわかったのはテレビの「音質」を向上するために選ぶ製品ではないということだ。
しかし、先に製品についてうかがっていたように、これはこの製品の狙いそのもの。確かに人の声に特化している。ワイドショーやニュースなどのテレビ番組を再生する限り、「聞き取る」という目的において不備はない。
テレビによってはスピーカーや音質に注力された製品もあり、そういうテレビはもう少し中低域を出そうとするもの。ここまで極端な周波数バランスのスピーカーは珍しい、声の帯域特化型と言える仕上がりを実感できた。人の声を聞き取ることが第一目的かどうか? そこがこの「ミライスピーカー」を選ぶかどうかのポイントになるだろう。
また、すべての人が享受できるメリットは、指向性が広いこと。基本的には1本のスピーカーだけで使うものなので、テレビのどちらかいっぽうの脇に置いて違和感はないのか、と心配していたが、それについては特に問題は感じない。音を聞く位置を問わず音をしっかり届けてくれる能力は確かに高いので、これだけでも難聴者がテレビの音量を上げすぎてしまう問題は緩和されるはずだと思う。
ちなみに、自宅のテレビ東芝「58Z20X」のほうが低域は出ているし、ハイファイオーディオ的考え方で言えばバランスがよい。いっぽうの「ミライスピーカー」は単体のスピーカーだけあって、声の帯域だけに限って言えば情報量が出てくることは好印象だった。特に「健聴者」である筆者にとってどちらが聞き取りやすいか? というポイントはかなり難しいところだ。どちらも異なるアプローチでスピーカーに取り組んでいて、それぞれに効果を上げている印象はある。もし「58Z20X」ユーザーが「ミライスピーカー」を購入する必要があるかと言われれば、それは必要ないとは思う。
さて、筆者はまだ音の聴こえ方に困ってはいない「健聴者」であるため、このままでは「ミライスピーカー」は変わった帯域バランスのスピーカーということに終始してしまいかねない。そこで、齢73を超え、テレビ内蔵スピーカーの音が聞きづらいという母に「ミライスピーカー」を体験してもらうことにした。
実家に「ミライスピーカー」を持ち込み、「70歳が老化の別れ道」という新書を読んでいた母にテレビ放送の音を聴いてもらう。すると、以下のような感想をもらえた。
●テレビ内蔵のスピーカーより聞き取りやすい
●普段から使っている外部スピーカーとは「聞こえ方」が全然違う
実家には2台のテレビがあり、メインのテレビには外部スピーカーが接続されている。もうひとつのテレビは内蔵スピーカーを利用している状態だ。
まずはテレビの内蔵スピーカーと比べてもらったところ、明らかに音は聞き取りやすくなったとのこと。これは筆者も同感だった。このテレビは10年以上前の東芝のエントリーシリーズ。スピーカーにそれほどコストがかかっていないこともあるだろう。
興味深かったのは、普段は外部スピーカーを接続しているテレビに「ミライスピーカー」をつないだところ、「聞こえ方」がまったく違うという指摘をもらったこと。「吹き替え映画を見ているみたい」と感じたそうだ。これはニュースなどのアナウンス、ドラマのセリフだけが強調され、“浮いて”聴こえるというこということのようだ。
いちばん聞き取りにくいのは男性俳優のくぐもったセリフであると言うので、ちょうど放送されていた藤田まことの時代劇を見ると、横にいても確かに内容は聞き取りやすい。本来は現代の若手俳優の滑舌が悪いという苦情めいた感想も入り混じっての発言のようだが、「ミライスピーカー」には独自のよさがあることを実感したようだった。
特に音のダイナミックレンジ(大小の差)の広い映画作品でよくあることだが、一般的に男性が小声で話す音は聞き取りづらくなるもの。スピーカーの周波数バランスによっては中低域がほかの帯域をマスキングしてしまうこともあるからだ。ここまで人の声の帯域にフォーカスしていると、確かに健聴者であっても“ならでは”の聞き取りやすさを感じられた。よい音かどうかはさておき、このあたりが「ミライスピーカー」の真骨頂なのだろう。
ちなみに、ということでヘッドホン出力をL/R分離して出力するアダプターを使い「ミライスピーカー」2台をステレオでも聴いてみたが、こうするならば「ミライスピーカー・ステレオ」を導入すべきだろうと思った。まれに2台をステレオで使う人もいるそうだが、1台でも十分な音の広がりを得られるため、無理に2台を揃える必要はないだろう
「ミライスピーカー」の“ガチ”レビュー、いかがだっただろうか。本製品をひと言で表すならば、「テレビ放送視聴の使いやすさに特化した無指向性スピーカー」ということになりそうだ。
接続方法も使い方もとにかくシンプルで、誰にとっても使いやすい無指向性スピーカーというのは、よく考えると世の中にあまりないことに気づく。「ミライスピーカー」は、実はオンリーワン的な特徴を持ったスピーカーであり、敬老の日に“売れる”という話もうなずける結果だった。
高齢者にもわかりやすく、テレビ放送の人の声を聞き取りやすくするためのスピーカー、この代替品を探すのは難しいだろう。少なくとも、筆者の持っていた「若干の怪しさ」があるという感想は払拭されたことは間違いない。
公式オンラインストアから製品を購入すると「60日間返金保証」も受けられるそうなので、気になる人は一度試してみてはいかがだろう。
最後に思い出したのは、Amazonの「Echo Studio」やアップルの「HomePod(第2世代)」のこと。ほどほどの価格で買えるアンプ内蔵無指向性スピーカーとしてはこれらのほうが一般的だろう。どちらも人の声の帯域を強調するようなシステムではないが、テレビの内蔵スピーカーよりも「聞き取りやすさ」を向上させるという目的は大いに達成できるはずだ。
ただし、それぞれに設定や前提となる「Fire TV」や「Apple TV」が必要で接続が複雑になるうえ、テレビとの相性問題が起こる可能性もなくはない。トラブルシューティングに自信がある人限定とハードルは上がるが、音質も広い指向性も求めたい、という人はこちらがよい選択肢になりそうだ。
一見するととても競合製品には見えないが、高齢の親にプレゼントをする、と考えた場合、同居してサポートできる状態ならば「Echo Studio」や「HomePod(第2世代)」という選択もアリだと思う。