私がライカ(LEICA)と出合ったのはスタジオマンだった30年以上前のこと。銀座のカメラ店で「ライカ-R」(ライカの一眼レフ)と「ズミクロン-R35mm、R50mm、R90mm」を、お金もないのに24回ローンで買ったのが、ライカと私の因縁の始まりです。
ライカ-Rが、あまりにも「美しいフォルムのカメラ」だったので、つい買ってしまったという経緯があります(ちなみに、買う前はライカの写りなどまったく知りませんでした。つまり、「見た目買い」だったということです……)
その後、撮影していくごとに、購入当初は知らなかったライカの写りを知ることとなります。ライカレンズの特徴は、当時の日本製レンズに比べてはるかにやさしくやわらかい描写でした。ですが「さわやか優等生」ではなく、むしろ、クラスの「やんちゃ者」的な印象でした。こってり濃厚な描写で、ある意味ダークな印象もあります。ワインでたとえるなら、「フルボディ」と言ったところでしょうか。しかし、そこがクセになり、カワイく思えてくるんですよ(不良をかわいがる学校の先生の気持ち、わかるなぁ……)。
※情報をつけ加えると、LEICA-R一眼レフボディで使うと「ピント合わせ」が本当に難しいのです。ファインダーで合っているように見えても、仕上がりってみると合ってないことも多々……のちに「NIkonD3ボディ」で使うとピントが簡単に合うようになったので、つまりはLEICA-Rのファインダーがよろしくなかったことが判明しました
当時の日本製のレンズで撮ると「ピン外しやブレ」が気になりましたが、ライカで撮ると不思議と「ブレても、ボケても、写真として成り立つ」のです(ブレてもライカ、ボケてもライカ、という魔力)。ちなみにそれ以前、学生の時に使っていた日本製カメラ(レンズ)では、そのような感覚は皆無でした。
それから15年ほどはメインカメラとして「ライカ-R」を使っており、その写りの感覚は、私の魂の奥底まで染み付いています。私にとってライカで撮る写真が、私の写真(表現)そのものになりました。
その後デジタルの時代になり、「ライカ-R」シリーズは、なくなりました(D時代になって、しばらくRレンズは押し入れで眠っていた)。私は別のレンズを使っていたのですが、楽器を演奏していて「思ったような音色が出ない感覚」と言いましょうか、その描写の感覚に、ほのかな違和感を覚えていました。
2008年、フルサイズのニコン(D3)の導入を機に、ライカ-Rレンズを「自作マウント」で、無理やりニコンマウントに改造し、再び使い始めました。久しぶりに使ったライカレンズ。「そうそう、写真って、こうだったんだよなぁ……」と、心の奥底にあった私の「写真魂」がよみがえったのです。
以降、仕事のほとんどで「ライカレンズ」を使うことになります。今思えば、それまでは自分に合わない楽器で演奏しているようで、本調子ではなかったように感じます。「弘法筆を選ばず」と言いますが、近代機械を使う表現者としては、音色の違いは実に気分が悪いのです(そもそも私は空海ではないですし……)。
※フルサイズ以前のAPS-Cセンサーのカメラ使用時代には、ライカ-Rレンズを使おうなんて思いもつかなかった(だって、絵が狭いんだもん)。
ミラーレス一眼では、EVF(電子ビューファインダー)なのでで素早く拡大表示ができます。おかげでフォーカスを外すことがほぼなくなったのは大きなメリットです(一眼レフの光学ファインダーではピン外しはありました。ライブビューにし、背面モニターで拡大できますが速写性に欠けます)。
正直カメラボディは、極端な話どこのものだっていいと思っていました。ライカレンズさえ使えれば……。とはいえ、プロカメラマンとしてはその時代に応じたすぐれたカメラボディと合わせるのが筋かと。
というわけで、今ではソニー「α9」(ぶっちぎり超越性能) や「α7RII」(高画素機)に、マウントアダプターを介してライカレンズを装着しています。当時、センサーに大した違いなどないのではないかと思っていましたが、α7RIIから搭載された「裏面照射型CMOSセンサー」の暗部描写には驚かされました。ちなみにα9も、人気のα7III も裏面照射型CMOSセンサーです。
※マウントアダプター(純正品以外)とは……他社製レンズを、そのカメラのピントの合う距離に合わせた長さに作られた、他社製レンズを接続するための金属製の筒。ただの筒のため、オートフォーカス機構はおろか、オート絞り機構も連動しないものが一般的。なかには「電子接点でAFや絞りを連動」させるものも存在しますが、基本的にはボディとレンズを繋ぐための“ただの筒”と考えてください。
先日、ミュージシャンのペパーミントさんの依頼で、アーティスト写真(いわゆるアー写)の撮影を行いました。4本のライカレンズ(ズミクロン-R50mm、ズミクロン-R35mm、エルマリート-R24mm、エルマー65mm)を選び現場に持参。アーティスト写真では独特の空気感を存分に発揮できるため、これらのレンズが向いていると判断しました。今回、それらの一部をご覧いただこうかと思います。
ライカレンズは、開放値ごとに呼び名が変わります。ズミクロン=F2.0 エルマリート=F2.8 ズミルックス=F1.4 など。また、エルマー65mmだけ、「R」より古いシステムの「ビゾフレックス用レンズ」です
中古実勢価格:6〜8万円
まずは、ライカ王道レンズのズミクロン-R50mm。今回使っているのは「初期型の1カムレンズ」です。実は以前は「3カム(E55)」を使っていたのですが、仕事で使用中、後玉を折って壊してしまったため、追って購入したものです。でも、この初期型は「3カム(E55)」より「抜けが悪くてレトロな写り」なので気に入っております。
※「抜けがいい」のがいいレンズと評されるかもだけど、私の場合、正確に写りすぎるレンズがキライ。最終的には、使用者の好みだから……(とはいえ、この時代としてはすぐれていたレンズですよ)
ま、とにかく作品をご覧ください。
ロケ場所は、アメリカンレトロなキャンピングカーで営業しているおしゃれカフェ。リアの窓外から内部を撮影。外の景色の反射をあえて写りこませ、不思議世界を醸し出す
大きな写真(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 777KB)はこちら
ライカ ズミクロン-R50mm(f2.0)[1966年製造]+α9(ISO100、1/80秒)
カウンターの上にある雑貨を蹴りモノ(前ボケ)にして、ドラマに深みを持たせる
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 784KB)
ライカ ズミクロン-R50mm(f2.0)[1966年製造]+α9(ISO800、1/160秒)
ライカレンズは、やわらかな髪の毛のしなやかな描写が得意(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 676KB)
ライカ ズミクロン-R50mm(f2.0)[1966年製造]+α9(ISO100、1/320秒)
背景から浮き出るようなピン面(被写体)は、ライカならではの立体感(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.12MB)
ライカ ズミクロン-R50mm(f2.0)[1966年製造]+α9(ISO100、1/200秒)
今回の写真は、現実から遠い世界感を出すために、あえてRAW現像時にホワイトバランス(WB)を「銀塩調」にずらしています(もしくはポラロイドの発色)。現代のレンズでも同じずらし方はできますが、このような空気感にはならないでしょう。これぞ音色の違いではないでしょうか?(本稿末尾に、現代のレンズで同じような色ずらし調整をした写真を掲載していますので、比べてみてください)
ズミクロン-R50mmは、私が一番多く使うレンズです。なんだったら、この1本だけでもお仕事はできるかも、と本気で思っていたりします。とにかく、好きですねぇこのレンズ。信じていますし、ほれ込んでいます(← レンズにほれ込むことは大切だと思います……)。
中古実勢価格:8〜10万円
今回使用するレンズで、唯一「Rレンズ」ではないレンズです。ライカ-Rシステム(一眼レフ)の誕生以前、望遠やマクロが不得意だったレンジファインダーのM型ライカのレンズマウントに取り付け、無理やり「一眼レフ風」にするシステム(= ビゾフレックス)が存在していました。この「エルマー65mm」は、ビゾ・システムレンズで最も焦点距離が短いマクロ系レンズ。その濃厚な写りで銘玉とされていて、現在でも高い人気を誇るレンズです。
ビゾ用レンズは、マウントアダプターを介してNikon-Fボディ(フランジバックが長い)で使えることもあり、10年ほど前にオークションで入手。ズミクロン-50mmとはかなり異なる描写ですが、持ち味の“魔法の写り”はクセになる味わいがあり、私のレギュラーレンズとして活躍しています。
開放(f3.5)でもピン面はシャープで、湿度の高いボケが特徴。逆光の溶け込み方はとてもノスタルジック
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 625KB)
ライカ エルマー65mm(f3.5)[1960年製造/ビゾフレックス用レンズ]+α9(ISO100、1/8秒)
独特の立体感は目を惹きつけられるものがある(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.03MB)
ライカ エルマー65mm(f3.5)[1960年製造/ビゾフレックス用レンズ]+α9(ISO100、1/60秒)
エルマー65mmはマクロ系レンズなので、本来もっと寄った絵を得意としています。しかし残念ながら、この撮影では極端な寄り絵がありませんでした。ですが、開放値F3.5と明るくないレンズながら、開放でもカミソリのごとくシャープなピン面。そのピン面を中心に、深い立体感を創出します。また、にじむような逆光はなんとも言えません……。死んでも手放したくないレンズです。
中古実勢価格:6〜10万円
実はこのレンズ、当時ライカと提携していた日本のミノルタが設計したレンズ。私的推測ですが、当時のライカは「超広角系レンズ」を作るのが苦手だったのではと考えています(21mmは独シュナイダー製のスーパーアンギュロンが採用されていた……)。
ミノルタ設計ながら、ライカ味も表現しているところが味わい深い。前期型はミノルタコーティングなので「寒色系(緑っぽい)」に見えますが、後期型はライカコーティングになり「暖色系(茶色っぽい)」になります。
カタチを正しく描写する正統派広角レンズではない。やわらかな描写と昔感が写る背景ボケは独特。光のやわらかな「にじみ」も昔風(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 0.97MB)
ライカ エルマリート-R24mm(f2.8)[1981年製造/前期型]+α9(ISO400、1/40秒)
やわらかな描写と、昔感が写る背景ボケは独特
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.69MB)
ライカ エルマリート-R24mm(f2.8)[1981年製造/前期型]+α9(ISO800、1/160秒)
ミノルタ設計でありながら、やわらかい描写のライカ味をきちんと踏襲しています。ちなみに、ライカ-Rシステムの21mmレンズ(スーパーアンギュロン-R21mm)も24mm同様に他社製で、ドイツの名門、シュナイダー社が製造していました。このレンズ、超広角にもかかわらずカタチが歪ままないすばらしい描写を見せるのですが、ボケなどに“ライカ味”はありません(つまり、ミノルタのほうがライカ味があるということです……)。
中古実勢価格:8〜11万円
スタンダードレンズとしてズミクロン-R50mmの次に多く使うレンズです。後期型のレンズ(3カム/E55)ということもあり、開放でもピン面はシャープです。逆光のにじみ方に、想像を超えた独特の美しさがあり、いつも仕上がりが楽しみになるのです(今でも本当に驚くことがあります……!)。
開放値F2.0の広角レンズということもあり、被写界深度が比較的浅いワイドな写真が撮れる
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.32MB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO100、1/320秒)
全身写真(引き絵)でも、その独自の世界の空間を発揮(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.56MB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO100、1/320秒)
レンズの特徴を生かし“人形”のような演出をしてみた(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.48MB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO100、1/320秒)
カメラを地面につけて、スーパーローアングル撮影。下からあおると広角感が増す。α9背面のチルトモニターは極端なアングルで役に立つ
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.2MB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO100 1/250秒)
水平レベルをキープすれば寄っても歪みは少ないため、人物の寄り写真でも無理なく使える。手前のケリものの白い前ボケも自然で嫌味がない(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 905KB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO800 1/160秒)
イスに乗ってキャンピングカーの天井付近からふかん撮影。開放撮影(f2)でお顔にフォーカス、距離が遠い足先はややボケる。このボケに少し動きが感じられるのが、ライカレンズの魔力でもある(拡大写真参照)
大きな写真はこちら(α9オリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.71MB)
ライカ ズミクロン-R35mm(f2.0)[1983年製造]+α9(ISO800 1/160秒)
狭いところでは、おのずと50mmより35mmをよく使うことになります。35mmはスタンダードレンズの域なので、歪みを気にせずとても使いやすい焦点距離のレンズといえましょう(ちなみに28mmレンズになると、このような自由な使い方はできないかな)。今回はこのレンズでは極端な寄りの撮影はしておりませんが、極端な寄り、大胆な前ボケ、まぶしい逆光などのシーンでも、想像を超えた魔法の写りを見せてくれ、ズミクロン-R50mmとは、また違う魅力があるレンズですね。
そして、今回の撮影した写真は、さしあたりライブ告知のフライヤーに使用されました。
ペパーミントさんが気に入ってくれたカットを使用したフライヤー
私ごときが自分を音楽家にたとえること自体、おこがましい話ではあると思いますが、たとえば、バイオリニストは「自分の音楽を表現する」ために、好みの音色を奏でるバイオリンを使いますよね。写真表現も同じではないかと私は考えております。だから、アウトプットされる作品を1mmでもよくするため、「自分好みのレンズ」にこだわるというわけです。
「AF(オートフォーカス)」は素早くピントを合わせられる“便利機能”であるだけで、画質を高めるものではないことをご理解くださいね。MF(マニュアルフォーカス)でも、毎日使っていると感覚的に素早くフォーカスを合わせることができるようになります(カメラ、つまりハイテク機械を「操るのが好き」って人に、本稿の話は無意味かもしれませんね……)。
同行者が、現代のズームレンズで現場写真を記録しておりました。試しに、それを今回のライカ写真のように「フィルムライクな色ずらし」してみた写真です。ライカ写真と拡大して比べてみてくださいね。現代のレンズは写りすぎるほど、ちゃんと写っていますよ。とてもクリアですし。 なので、こっちの写りが好きな人は、そのまま現代のレンズをお使いください。
繰り返しになりますが、私は写り過ぎるレンズは好きではありません。はっきり写り過ぎる写真を見ていると、なんだか私の網膜にやさしくないらしく、目が疲れちゃうんですよ。今回の記事は「あー、そんなヤツもいるんだぁ..」としてマイノリティーな意見として受け止めてくださいね。
大きな写真はこちら(α7IIIオリジナル記録サイズ 6000×4000pixel 1.53MB)
有限会社パンプロダクト代表
中居中也(なかい・なかや)のショップとブログ
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