自動車ライターのマリオ高野です。
今回も飛び切り楽しい「MT車」を紹介しましょう。今や極めて貴重なコンペディションモデル(競技用車両)の味わいが堪能できるクルマに注目してみました。
それは、2020年秋に発売され、自動車業界の玄人筋から大絶賛されたトヨタのリアルスポーツモデル「GRヤリス」です。
エボリューションモデルらしく、大胆な開口部やオーバーフェンダーなどで武装されます
「GRヤリス」は、クルマとしての成り立ちから特別な存在です。WRC(世界ラリー選手権)に参戦するためのベースマシンとして開発。レースやラリーで勝つことに主眼をおいた性能が与えられたクルマは、2021年現在では極めて稀有な存在と言えます。トヨタ車としては、1993〜1999年に発売されたセリカ「GT-FOUR」以来の4WDターボ車ということでも注目されました。
開発を担ったのは、トヨタのモータースポーツ活動を担うスポーツブランド「GR(TOYOTA GAZOO Racing/トヨタ ガズーレーシング)」。2017年に復帰したWRC参戦で得られた知見を生かし、世界の頂点を極めた性能がフィードバックされています。
ボディはボリュームアップし、最小回転半径は5.3mと少し大きくなるものの、取り回しに難儀するようなことはないでしょう
世界的な規格の認証を得るために開発されたので、WRCなどのトップカテゴリーではないローカルな競技での戦闘力も高められています
コンペティションモデル(競技用車両)と聞くと、普段乗りにはまったく適さない、スパルタンすぎるクルマかと思ってしまいますが、実は日常性も十分。日常性にも配慮したというより、コンペティションモデル(競技用車両)作りが大きく変わったというべきでしょう。
今時のリアルスポーツモデルは、サスペンションをしなやかに動かして路面への追従性を高め、極限的な状況下でも速く走るという考え方に基づいて開発されるため、結果として普段乗りでも存外に快適なのです。もちろん、競技に参戦する車両はさらに各部が強化されるので、市販車そのままの状態ではなくなるのですが、標準仕様の状態では通常のスポーツモデルと同じように扱えます。
高速巡航時は一般的なスポーツモデルと変わらず快適。長距離、長時間のドライブも苦もなくこなせます
ただ、日常性は十分に高いと言いながらも、基本的には競技で勝つことを最重視した設計なので、燃費などのエコ性能は二の次。最上級グレード「RZハイパフォーマンス」は456万円と国産の小型車としてはかなり高額で、同じ価格帯のプレミアム系のクルマと比べると質感は見劣りするものの、「走りのためのメカニズムだけにお金がかかっている」ということで、逆にオーナーの満足度を満たしてくれるはずです。
基本的には戦うために作られたエンジンながら、大人しく巡航すればカタログ記載通りの燃費は実現できます
最上級グレードには追従クルーズコントロールなどの運転支援システムも装備
4WDシステムは、前輪寄り/前後均一/後輪寄りの3種類の駆動配分モードから選択可能
専用のスポーツシートは、高い横Gにも対応しながら長時間のドライブでの疲労を軽減
6MTシフトの手応えも競技車的に硬派。屈強な手応えが快感につながります
山道を走ってみると、世界の頂点を極めたラリーマシンの硬派な味わいが満喫できました。ステアリングやミッション、各ペダルなどの操作系がゴリゴリにダイレクトでありながら、昔の競技ベース車のように何らかの我慢を強いられることがまったくありません。
まさに「街乗りも快適なWRCマシン」という感じで、WRCが好きな人なら、日本の山道を軽く流しているだけで、モンテカルロラリーの舞台であるアルプス山脈のスペシャルステージを攻めているかのような興奮と陶酔に浸ることができるでしょう。
2018年、トヨタ・ガズーレーシングのワールドラリーカーチームは、WRC参戦2年目でマニュファクチャラーズ選手権タイトル(メーカーチャンピオン)を獲得。GRヤリスには世界の頂点を極めた技術がフィードバックされています(写真:トヨタ自動車)
排気サウンドは基本的には勇ましいながらも爆音系ではなく、住宅街で気を遣わされることはありません
電動化が進んだ未来のコンペディションモデルもきっと楽しいはずですが、古きよき内燃機関オンリーの戦闘マシンはやがて退役する運命にあるので、それが楽しめるのは今のうち、という部分も得がたい魅力と言えます。
また、最強版の「RZハイパフォーマンス」は456万円、そしてオーディオやエアコンなどの快適装備を省いた軽量版の「RC」は330万円と、国産の小型車としては高額ではありますが、そこまでガチな性能は求めないという向きには、GRではない標準仕様のヤリスと同じ3気筒NAの1.5リッターエンジンを搭載したFF版、オートマ仕様の「RS」を265万円で設定。こちらもサスペンションのセッティングなどは「GR」仕込みであり、WRCマシンの片鱗(へんりん)はしっかり味わえます。
この試乗の模様は動画でもご覧いただけます。
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。2台の愛車はいずれもスバル・インプレッサのMT車。