本気で走りを楽しめる“軽ホットハッチ”として、真っ先に思い出されるのがスズキ「アルトワークス」です。ベースとなった「アルト」は1979年に初代が登場し、その後8年を経て、1987年に「アルトワークス」の初代が登場しました。それ以来、手軽に走りを楽しめる軽自動車として根強い人気を保ってきましたが、残念ながら現在の9代目アルトの登場を機にラインアップから姿を消してしまいました。
今回は、私の記憶の中に残る名車として5代目「アルトワークス」を振り返ってみたいと思います。
1987年に登場した初代「アルトワークス」は、2代目「アルト」をベースに誕生。軽自動車初のツインカムターボエンジンを搭載し、ビスカスカップリング方式のフルタイム4WDシステムを組み合わせるなど、本格的な走りが楽しめる軽自動車としてデビューを果たしました。それ以降、1998年に登場した4代目「アルトワークス」までそのコンセプトは代々引き継がれてきましたが、この4代目で生産はいったん終了。
軽量ボディにターボエンジンを搭載した初代アルトワークスは、軽自動車の枠を超えた走りの楽しさで人気となり、また、モータスポーツでも活躍した
「アルト」の6代目と7代目に「アルトワークス」は用意されなかったのです。しかし、「アルトワークス」復活を望む声は大きく、それに応える形で2015年12月、8代目「アルト」をベースとして、装いも新たに再登場したのが5代目「アルトワークス」だったのです。
実は、2014年12月に8代目「アルト」が登場した際には「アルトワークス」は設定されず、スポーツバージョンとしては2015年3月に「ターボRS」が投入されていました。スズキとしては、このターボRSがアルトの高性能ホットハッチとして位置づけていたのですが、トランスミッションは5速AGS(オートギアシフト)のみで、従来のアルトワークスと比べると全体にソフトなチューニングとなっていました。
8代目「アルト」に用意された「ターボRS」。しかし、「アルトワークス」ユーザーにはやや物足りない仕様だったようだ
そのため、「アルトワークス」の登場を熱望していたユーザーたちからは不満が噴出。その声に押される形でスズキは急遽(きゅうきょ)「アルトワークス」の開発に着手し、なんとその年、2015年12月には5代目「アルトワークス」が誕生したのです。これはすでに「ターボRS」という優れたベースモデルがあったことが大きいようで、2015年の秋に開催された東京モーターショーで「アルトワークス」が参考出品車としてその姿を現すと、会場は熱狂の渦に包まれたことを今も思い出します。
“急遽”追加される形となった5代目「アルトワークス」でしたが、その仕様はユーザーの期待を裏切らないものとなっていました。パワーユニットから装備に至るまで、その名に恥じない“ワークス・ワールド”が作り上げられていたからです。
まずパワーユニットですが、エンジンは「ターボRS」に搭載された660cc直3 DOHCターボをベースに「アルトワークス」用に改良が加えられました。最高出力こそ軽規格目一杯の64psにとどまっていますが、最大トルクは10.0kg-m→10.2kg-mにパワーアップ。「わずか0.2kg-mだけなのに?」と思うなかれ、これによる効果は走りにはっきりと現れ「ターボRS」との違いを見せつけていました。
また、サスペンションもフロント/リア共に専用設計としたKYB製ダンパーを採用し、特にハンドルの切り始めで発生しがちなロール減衰力を、「ターボRS」の約2倍にまで強化。さらにホイールリムをターボRSの4.5Jから5Jに拡大したエンケイ製のワークス専用品とすることで、横方向の剛性も向上させました。
注目だったのはトランスミッションです。「ターボRS」では5速AGS(オートギアシフト)のみの設定となっていましたが、「アルトワークス」では5速MTと5速AGSの両方をラインアップ。いずれにも専用チューンが与えられてはいましたが、なかでも5速MTのほうは1〜4速をクロスレシオ(それぞれのギア比の差が比較的近い)とした完全なワークス専用で、しかもシフトレバーをフロア配置としたショートストロークで素早いチェンジを可能としていました。
5速MTは1〜4速がクロスレシオ。シフトレバーをフロア配置としたショートストロークも本格スポーツ仕様だ
インテリアも“ワークス・ワールド”てんこ盛りでした。前席にはスポーツカーさながらのレカロシートを標準装備。フルバケットとすることで明らかにサイドサポートが高まっており、峠道を攻めても身体全体をしっかりとホールドしてくれたことを憶えています。ステアリングは本革製であることに加え、レッドステッチとディンプル加工を施した専用品。足元にはステンレス製ペダルプレートまで装備されていました。
前部座席にはフルバケットのレカロシートを標準装備
外観もワークス専用仕様が施されました。フロント周りはグリルにアルトワークスの専用エンブレムが貼られたのみですが、サイドはターボRSにもあったデカールをアルトワークス用に変更。ホイールは前述したリム幅を広げた専用品とし、前輪のブレーキキャリパーを赤色としているのも見逃せません。さらに2018年12月に実施された仕様変更で、鮮やかな「ブリスクブルーメタリック」を新設定。ここでもアルトワークスならではの世界観が発揮されていたのです。
ユーザーの熱望に応え開発された5代目「アルトワークス」。赤い前輪のブレーキキャリパーとグリルの専用エンブレム、サイドのデカールがファンの心をくすぐった
走りは期待どおりのものでした。ギアを1stに入れてアクセルを踏み込むと、驚きのピックアップでそのまま一気にレブリミットに到達し、クロスレシオの効果によって回転を落とすことなくあっという間に高速域に達することができたのです。さらにショートストロークのシフトノブのおかげで手首を返す小気味よさでシフトチェンジ。このレスポンスのよさは、ちょっとした登録車もかなわないのではないかと思えるぐらいでした。
ワインディングでも、シャープなハンドリングと、踏ん張るサスペンションが攻め込んだ走りにもしっかりと対応してくれました。これは電動パワーステアリングにもワークス専用のチューニングが施されていることや、リム幅を広げたことによる相乗効果が発揮されたようで、このクラスとは思えない楽しい走りを味わえたのです。ただ、ふと気づくとフットレストが用意されていないではありませんか。これではコーナーで身体を踏ん張りきれません。ここはアルトワークスで唯一残念に思えた点ですね。
アルトワークスにラインアップされた5速AGSはどうでしょうか。
このトランスミッションはマニュアルトランスミッションをベースに、クラッチ操作を電動油圧式アクチュエータで自動化した変速機です。そのため、加速中はCVTのような連続的ではなく、若干の変速ショックがともないます。燃費の面でもCVTよりは不利ということでした。とはいえ、アクセルを踏んでいるだけで、小気味よくシフトアップしていき、踏み込めば「ワークス」らしい走りを呼び起こしてくれ、個人的にはこの動作には好感を持てました。
また、「ワークス」では5速AGSにのみ「デュアルセンサーブレーキサポート」などを標準装備したことも見逃せないポイントです。単眼カメラと赤外線レーザーレーダーを組み合わせたセンサーで、これを使って衝突被害軽減ブレーキを実現。合わせて誤発進抑制機能や車線逸脱警報機能、ハイビームアシストといった安全装備も充実させていました。こうした安全面でのサポートも5速AGSを選択するメリットとなっていました。
これで「ターボRS」との価格差は20万円強。2WD車なら5速MTも5速AGSも同額で、151万円ほどで買えたわけですから、5代目「アルトワークス」が手軽に走りを楽しむクルマとして相当にお買い得で、いかにすばらしかったかがご理解いただけると思います。惜しむらくは、すでに生産を終了してしまったため、新車では手に入らないということです。そのため、現時点で「アルトワークス」を手に入れるには中古車で探すしかありません。
そこで、調べてみると、おおよその傾向がわかってきました。年式よりも走行距離で価格はかなり違ってくるようで、たとえば5万kmを超えると120万円から少しずつ下がっていきますが、5万kmまで行っていないと150万円を超えるものも少なくありません。また、オリジナルを保っているクルマになればなるほど、価格は高めになるようです。注意すべきは100万円を下回ると、修復歴があるクルマが増えてくること。このあたりはしっかり見極めたほうがよいでしょう。
今も「アルトワークス」復活を望む声は根強くあります。しかし、現行の9代目「アルト」は全車がCVTとなり、MTモデルやターボ車の設定はなく、スズキからも、今のところ「アルトワークス」のニューモデルを出す話は伝わってきません。現行モデルはあくまで環境性能に絞り込んで誕生したクルマであって、「アルトワークス」のようなスポーツモデルは対象外となっている可能性はあります。
ただ、状況が一転する可能性はあります。なぜなら2025年1月に開催された東京オートサロン2025で、ダイハツが「ミライースGR SPORT コンセプト」を出品したからです。
ダイハツ東京オートサロン2025に出品した「ミライースGR SPORT コンセプト」。「アルトワークス」復活の引き金となるか!?
このクルマはベース車にはなかったターボエンジンや5速MTを搭載しており、その前から全日本ラリーにワークス体制で参戦するという実績も積んできました。こちらは発売に向けて準備が着々と進められているとうわさされ、その期待も高まっています。こうした動きにスズキが反応してくれるのか。今後の動向に大いに期待したいと思います。