所有する3台の愛車はすべてMT(マニュアルトランスミッション)というライター、マリオ高野です。
MTを望むだけでなく、“実際にMT車を購入するMTの愛好家”が少数派となってすでに久しく、パワートレーンの電動化も進むなか、もはやMTは風前の灯……。
MT車はどんどん少なくなってきました……(写真はポルシェ車のシフトスティック)
近年、トヨタが「iMT」なる新しいMTを投入したり、マツダが果敢にもSUVにMTを設定したりするなど、MT愛好家にとってうれしい流れもありますが、それらMT仕様の販売台数を見ると、依然としてMT車の販売は厳しい模様です。
しかし! それでもなお、新車で買えるMT車はまだまだ存在しております。2023年5月現在、新車で買えるMT車をピックアップし、その中から特にMT好きがよろこべる魅力を備えたモデルを紹介しましょう。
まず、2023年5月現在新車で買えるMT車は下記のとおり。
トヨタ「GRスープラ」
トヨタ「GR86」
トヨタ「GRヤリス」
トヨタ「カローラアクシオ」
トヨタ「ヤリス」
日産「フェアレディZ」
ホンダ「シビック」
ホンダ「N-ONE」
ホンダ「N-VAN」
マツダ「マツダ2」
マツダ「マツダ3ファストバック」
マツダ「ロードスター」
マツダ「CX-30」
マツダ「CX-5」
マツダ「CX-3」
スバル「BRZ」
スズキ「スイフト」
スズキ「スイフトスポーツ」
スズキ「ワゴンR」
スズキ「ジムニー」
スズキ「エブリィ」
ダイハツ「コペン」
ダイハツ「ハイゼット」
BMW「M4クーペ」
BMW「M2クーペ」
ポルシェ「911」
ポルシェ「ボクスター」
ポルシェ「ケイマン」
ルノー「メガーヌR.S.」
ルノー「トゥインゴ」
アバルト「595」
こうして見ると、選択肢は意外と少なくありません。日本車メーカーの頑張りが目立ちますね。
かつては、動力性能や燃費、価格など、MTにはATに勝るメリットが多々あったものの、ATの性能向上により、MTの性能面のアドバンテージは今やほとんどなくなりました。今のMTの性能面、実用面でのメリットといえば、重量の軽さぐらいでしょう。今のMTは「あえて手動で変速操作を行う楽しさ」という、フィーリング面の魅力が一部の好事家から求められているにすぎません。完全に趣味の世界です。
メーカーもそれをわかっているので、現在のMTは操作フィーリングのいいものだけが生き残りました。そこだけは、MT愛好家にとっていい流れと言えます。
すぐれたATの変速からも快感は得られますが、やはり、変速を手動で行うことによって得られる快感は格別です。きわめて屈強、かつ超高精度に組み込まれた歯車の集合体を直接的に操作する行為には、ほかに代え難い魅力があるのです。現在のMTは、MT好きドライバーの快楽のためだけに存在すると言っても過言ではありません。
それでは、現在新車で選べるMT車の中から、特に操作フィーリングが秀逸な3モデルをあげてみましょう。どれも筆者の主観によるものであることをご了承ください。
和製スポーツカーの雄、マツダ「ロードスター」
MT愛好家が重視するポイントは、主に2つ。それは「シフト操作のストローク量」と「節度感」です。一般的なMT車のシフトは「Hパターン」と呼ばれ、Hの文字をなぞるように上下左右に動かして任意のギヤを選択しますが、シフト操作時に動かす量が短いほどいいとされる傾向にあります。トラックやバスのように、シフトノブを動かす量が多いシフトにも味わいがありますが、速く走ることが求められるスポーツカーの場合は、シフト操作にかける時間は短いほどいいので、スポーツカーでは「短いストローク」が好まれます。操作ストローク量が短いと変速操作が素早く行え、ステアリング操作に集中できるからです。
マツダ「ロードスター」のMTシフトレバーは、腕を動かすというより「手首の返しだけで操作できる」ほどストローク量が短く、小気味よい運転のリズムをもたらします。
次に重要な「節度感」は、シフト操作時に適度な重さをともないつつ、任意のギヤに入れやすい感覚のこと。シフト操作時に伴う手応えの重さは好みが分かれるので、重ければいいという訳ではなく、逆に軽いほうがいいわけでもないのですが、操作する行為そのものが気持ちいいと感じられるものでなくてはなりません。金属の歯車同士がうまくかみ合わず、ガリッとした嫌な手ごたえを伝えるものは評価が下がります。
MT操作時の手応えのよし悪しを決めるのは、ギヤボックスそのものだけでなく、パワートレーン全体の剛性やマウント部品の特性によるところも大きく影響します。万人向けの市販車である以上、振動や騒音を抑えることも重要なので、全体的なバランスをまとめる難しさは想像を絶するばかり。
「ロードスター」のMTシフトはショートストロークで小気味よい感触が味わえて、運転好きに好まれます
昔のクルマ雑誌ではシフトフィールに対して「熱したナイフで冷えたバターを切るような」とか「ハチミツの入った壺をかき回す」など、さまざまな表現が用いられました。昔のクルマはシンクロが弱かったり、ギヤボックスの強度が足りなかったりしたので、スムーズに操作できるものがよしとされたのが背景にあります。
また、たとえスムーズに操作できても、何の抵抗もなくスコスコと入る感覚も手応えとしては高得点にならないなど、なかなか難しい部分と言えます。マツダ「ロードスター」は、ストローク量と節度感が理想的、あるいは模範的と多くのMT愛好家から評価される秀逸なMTを備えているのです。
さらに、クラッチペダルの重さやつなぎやすさ、1.5リッターエンジンのやや控えめなパワーを上手く引き出しやすいギヤ比といった要素も絶妙にて、模範的なスポーツカーのMTと言えるでしょう。
「ロードスター」ほどではありませんが、「CX-5」や「CX-30」といったSUVでも、スポーツカー的なMTの操作フィールが味わえます。マツダがいかにMTを大事にしているかが伝わる事実のひとつと言えるでしょう。
11代目となるホンダ「シビック」
一般的にMTの操作フィーリングは、縦置きパワートレーンを採用するクルマのほうがよい傾向にあります。それは、運転席から操作するMTシフトレバーとギヤボックス本体の位置が物理的に近いからで、特に節度感は縦置きパワートレーンのクルマが有利とされます。一般的なFF車などパワートレーンが横置きのクルマではシフトレバーとギヤボックスの位置が離れてしまうため、長めのワイヤーを介しての操作が必要で、よい手応えを得るのが難しいのです。
しかし、ホンダのFF車はその不利な条件からでも秀逸な操作フィールを実現。現行型の「シビック」では、実用車としては模範的なストローク量と節度感を実現しています。軽自動車の「N-ONE」や「N-VAN」でも同様、ホンダ車らしい手応えのよさが得られるので、MT愛好家はぜひ注目してください。
「シビック」のMTシフトは、ストローク量と節度感が極上。ぜひ一度味わってみてほしいものです
また、「タイプR」と呼ばれるスポーツモデルは特にすばらしく、「パワートレーン横置き車としては世界一」と評せるレベルにあります。現行型「シビック」の「タイプR」は2023年5月現在注文の受け付けが停止されていますが、販売が再開されることが大いに期待されます。
世界ラリー選手権参戦車のためのベースとして開発された「GRヤリス」
ラリーやレースなどのモータースポーツ競技においてのMTは、フィーリング云々よりも「頑丈で壊れにくく、操作ミスを誘発しにくいもの」がよしとされますが、結果的にこれらの要素はMT操作フィールの向上につながります。ギヤボックスの強度や剛性の高さはシフト操作時に手応えとして伝わり、そうしたMTは「コンペディションな味わい」として硬派なドライバーから歓迎される傾向にあるのです。かつての三菱「ランサーエボリューション」、あるいはスバル「WRX STI」などがその代表格でした。
トヨタのMTは、かつては軽めの操作で扱えるものの、操作フィールのよし悪しをあまり気にしていないと感じさせるものが多かったのですが、「GR」ブランドが立ち上がってからは、MTの操作フィールが劇的に向上。「GR」ブランドの各車からは、モータースポーツ競技での性能や耐久性の高さを感じさせる屈強な手応えが得られるにいたりました。
「GRヤリス」のMTシフトは、競技専用車両のごとく硬質で硬派なフィーリング
特に「GRヤリス」のMTシフトはいかにも屈強な手応えを伝えるところがすばらしく、横置きパワートレーン車のシフトとしては、ホンダと互角以上のレベルに達しているので、ぜひ注目してください。
MTは、パワートレーンの電動化や自動運転化が進むと消滅する方向に進まざるをえず、いずれは完全になくなってしまうことが危惧されます。新車で味わえるのは今のうちなので、味わえるうちに味わっておきましょう。愛好家が増えれば、時代の流れに逆らって存続することも期待できます。
新車で買えるMT車が少しでも長く存続できるよう、ただひたすら願ってやみません。
1973年大阪生まれの自動車ライター。免許取得後に偶然買ったスバル車によりクルマの楽しさに目覚め、新車セールスマンや輸入車ディーラーでの車両回送員、自動車工場での期間工、自動車雑誌の編集部員などを経てフリーライターに。3台の愛車はいずれもスバルのMT車。