MT(マニュアルトランスミッション)車を存続させるため、MT車が好きなドライバーを増やしたいと考えるライター、マリオ高野です。
MT車の運転をするために免許のAT限定を解除した深山幸代さん(モデル兼ライター)に、今回は特別な1台を用意しました。
これまで深山さんは、ホンダ「N-ONE」やマツダ「ロードスター」、スズキ「スイフト」のMTモデルに試乗。MT車を運転することで得られる楽しさを実感してもらいましたが、今回試乗してもらったのは、ホンダ「シビックタイプR」。ホンダの「タイプR」と言えば、歴代すべてがMT車で、サーキットでの速さを追求した硬派なスポーツモデルです。
2024年6月現在、注文の受け付けは停止したままで、再開のメドは立っていないという状態にありますが、生産の都合がつけば再販される可能性はあります
ボディ全幅が大きく(1,890mm)車高が低いなど、運転の初心者にやさしいとは言えませんが、MTの初心者には意外とやさしいと言える一面があります
MTの初心者(運転そのものは初心者ではない)に、そんな運動性能重視のマニアックなモデルは不向きだと思われるかもしれません。しかし、実は硬派なスポーツモデルは操作系の感覚がダイレクトであり、反応も鋭いので、MTの初心者でも意外と扱いやすい一面があります。
しかも、「シビックタイプR」には「レブマッチ・システム」という自動ブリッピング機能が備わっているので、これをONにすればシフトダウン時のエンジン回転合わせは不要。サーキット走行時にステアリングやブレーキ操作に集中しやすくすることを狙ったシステムながら、回転合わせがうまくできないMTの初心者にとっても大変ありがたい機能と言えます。
半面、フライホイールが軽量化されていることから、発進時にクラッチを繋ぐ難易度はやや高くなるという、MT初心者にとっては厳しい部分もありますが、エンジンは微低速域でも実用的なトルクを発揮するタイプなので、おそらく問題にはならないでしょう。
果たして深山さんは、硬派なシビックタイプRのMTをどう感じるのか!?
まず、第一印象は「初見から圧倒されました!」と語るとおり、全幅1,890mmのワイドなボディと、ド派手なエアロパーツなどに、やや戸惑いを隠せないご様子でした。しかし、低く設置された真っ赤な専用セミバケットシートに身を沈めた瞬間からパッと表情が明るくなり、早くも高揚感が高まったようです。
スポーツシートはドライバーの体をしっかりホールドし、クルマの挙動を感じ取りやすいため、MT車の楽しさをいっそう際立たせてくれます
サーキットなどでのスポーツ走行を重視した運転環境。シフトや各ペダルの位置関係が適切なことも、MT初心者に向いています
深山さんのように、元々スポーツ系のクルマを好むドライバーであれば、初めてのMT車に硬派なスポーツモデルを選ぶのはおすすめ!
平坦路であれば、発進も意外とスムーズ。アクセルを煽らずアイドリング状態のままクラッチを繋ぐだけで発進する感覚はかなりつかめたようですね。クラッチはやや重めなので女性にはツラいと思いきや……?
クラッチは、今まで乗った4台の中でいちばんしっくりくる感覚がありました。(直前に乗った)「スイフト」よりは、しっかりと重みがありますが、クラッチの繋がる位置が奥すぎず手前すぎず、ちょうどよかったです。クルマによって、クラッチの感覚はけっこう違うんですね!
やはり、フライホイール軽量化の弊害はなかったようです。これまでに乗ったMT車の中で、最もスムーズに扱えている様子でした。
ホンダの「タイプR」伝統のショートストロークシフトについてはどうでしょう?
「スイフト」よりもストロークが短く、運転中のギア変更がサッと行いやすかったです。最小限の手首の動きでギア変更ができるので、より運転に集中ができて楽しかったですね。
スポーツモデルがシフトの操作ストローク量を短くするのは、操作に要する時間を短くするのが狙いですが、シフト操作にまだ慣れていないMT初心者にとっても、扱いやすさにつながるのでありました。
今回はワインディングロードでの試乗なので、4速までしか使わない速度域ながら、それぞれのギアの位置もわかりやすかったとのこと。「小気味よいシフトフィール」という感覚も実感できた様子でした。
「タイプR」伝統の金属削り出しのシフトノブ。専用のシフトリンク機構により、4〜5速といった斜め操作時も滑らかなシフトフィールを追求しているので、初心者にも操作がしやすいです
そして、やはり心強い味方になったのは、シフトダウンの際に回転数を合わせてくれる「レブマッチ・システム」という自動ブリッピング機能。
シフトダウン時の回転合わせがまだうまくできないのですが、それを気にしてクルマが揺れる不安や頭で考える時間がなくスムーズにシフトダウンできるので、MTの初心者にはうれしい機能だと感じました!
いつまでもこのシステムに頼ってばかりではいけませんが、速度とギア、エンジン回転数の関係性がとてもわかりやすく勉強になるので、やはりMT初心者に大変便利なシステムです。実用車のMTには装備されない、スポーツモデルならではのシステムなので、最初からスポーツモデルを選ぶ理由のひとつになります。
速く走るための性能を磨くと、おのずと扱いやすさを追求することにもなるので、硬派なスポーツモデルは一部のマニアだけに限られるわけではありません
3世代ほど前までの「シビックタイプR」は乗り心地がハードすぎて乗り手を選ぶクルマでしたが、現代のモデルは日常性も兼ね備えています
では、以前に乗ったスポーツカー、マツダ「ロードスター」と比べてどう感じたのでしょう?
「ロードスター」も着座位置や視界のよさ、そして乗り心地もよく快適な運転ができましたが、「シビックタイプR」は、それに加えアクセルを踏んだ時の力強さがかなり気持ちよかったです!
「シビックタイプR」は最高出力が330馬力もある高性能車なので、MT初心者にはオーバースペックだと思われがちですが、エンジンパワーに余裕があると街中での扱いやすさも増すので、意外とMT初心者向きでもあると言えます。
研ぎ澄まされた珠玉の高性能エンジンをダイレクトに感じられるメリットも味わえたようでした。
突出した高出力と扱いやすさを両立させた珠玉のユニット。歴代「タイプR」がすべてMTなのは、やはり「エンジンの性能を味わい尽くすためにはMTに限る」という事実を雄弁に語ります
そのいっぽうで、「ロードスター」のように限られたエンジンパワーを自分の変速操作によって効率よく引き出すこともMTの醍醐味のひとつなのですが、それはややマニアックな世界でもあるので、MTに慣れたころにもう一度味わってほしいものであります。
試乗してもらった結果、筆者が想像した以上に深山さんと「シビックタイプR」の相性はよかったのでありました。「タイプR」のような硬派なスポーツモデルは、本来はMTの運転をある程度マスターした人向けのクルマと言えるものの、実はMTの初心者にも適していると言えるのでした。
この試乗の模様は動画でもご覧いただけます。
写真:島村栄二