ラージサイズミニバンのベストセラーカーであるトヨタの「アルファード」と「ヴェルファイア」が、2015年1月26日にフルモデルチェンジ。1か月で2モデル合計、約4万2000台もの受注を獲得した。人気の新型モデルは、旧型モデルからどのような進化を遂げているのか? モータージャーナリストの鈴木ケンイチ氏が試乗と開発者インタビューを通じて、レポートする。
発売以来、販売好調なアルファード/ヴェルファイア。トヨタの最上位ミニバンは、どのような進化を遂げたのだろうか
国内のラージサイズミニバン市場でトップシェアを誇るトヨタのミニバンが「アルファード」と「ヴェルファイア」だ。その3代目モデルのフルモデルチェンジにあたって、トヨタは「大空間高級サルーン」というテーマを定めた。注目すべきはミニバンではなく「サルーン」ということ。狙いは「従来にない新しい高級車の概念を創造する」ことだという。つまり、これまでショーファーカー(お抱え運転手付きのクルマ)といえば高級セダンだったところに、「アルファード」と「ヴェルファイア」が割って入ろうというわけだ。
その「大空間高級サルーン」を実現するため、新型モデルには、揺るぎない存在感をアピールするデザイン、高級車にふさわしい乗り心地と静粛性、快適な室内空間、充実の先進装備が与えられたという。
ミニバン界の王者の風格が漂う新型アルファード
男性的な力強さをイメージさせる新型ヴェルファイア
ハードウェア的には、プラットフォームを一新。静粛性にすぐれ、剛性の高いボディとしながら、新開発のダブルウィッシュボーンのリアサスペンションを採用。この新しいサスペンションは、操縦安定性の向上だけでなく、しなやかな乗り心地の実現にも貢献する。
ボディサイズは、旧型比で全長+46〜60mm、全幅+20mm、全高+10mmと若干大きくなった。新しいプラットフォームは床面のフラット化が徹底されており、その結果、2列目シートに最大1160mmものスライド量を実現(ガソリンエンジン車の一部グレードに標準装備)。シートは2列目が3人掛けの8人乗りと、2列目が2人掛けの7人乗りを用意。3列シート後方のラゲッジには148リットルもの床下収納を設定し、使い勝手のよさも高められている。
アルファードの運転席。工芸品のような美しい仕上がりだ
内装色はブラックとフラクセンの2色を用意。写真は、注文時に指定が必要なフラクセン
2列目シートは最大1160mmものスライドを実現
3列シート後方のラゲッジには148リットルの床下収納を装備する
パワートレインは3種類。2.5リッター直列4気筒エンジンのハイブリッドシステムに電気式四輪駆動のE-Fourを組み合わせたハイブリッド車と、2.5リッター直列4気筒エンジンと3.5リッターV6エンジンというふたつのガソリンエンジン車だ。
ハイブリッド車のパワートレイン。JC08モード燃費は、車両重量2110kg以上のモデルで18.4km/L、車両重量2110kg以下のモデルで19.4km/Lとなる
新型では新たに「エグゼクティブラウンジ」というグレードが設定された。2列目に据えられた、幅が広く贅沢な本革のエグゼクティブラウンジシートを中心に、ショーファーカー利用を念頭に置いたモデルだ。価格も他モデルが300〜550万円のところ、エグゼクティブラウンジは3.5リッターのガソリン車で652万2218円、ハイブリッド車で703万6691円と飛び抜けた設定になっている。こうした「大空間高級サルーン」を具現化するようなVIP仕様の存在も、新型アルファード/ヴェルファイアの特徴のひとつだろう。
先進装備の充実度も特徴だ。7万円程度で用意されたミリ波レーダー使用のプリクラッシュセーフティシステムや、使い勝手を向上させた駐車支援のインテリジェントパーキングアシスト2、駐車場での衝突被害を予防するインテリジェントクリアランスソナー、シースルービュー機能付きパノラミックビューモニターなどが用意されている。
ミリ波レーダー方式のプリクラッシュセーフティシステムを用意する
大きなボディでも駐車がラクに行えるインテリジェントパーキングアシストはあると便利だ
衝突の被害軽減に役立つ8センサーのインテリジェントクリアランスソナー
アルファードとヴェルファイアの違いはエクステリアデザインだけであり、中身は同じだ。アルファードは「マークX」や「エスクァイア」「ハリアー」などを扱うトヨペット店、ヴェルファイアは「オーリス」や「スペイド」「ヴォクシー」を扱うネッツ店で販売される。どちらかといえば、「クラウン」を彷彿とさせるゴージャスなデザインがアルファードで、いっぽうのヴェルファイアは、よりシンプルでシャープなイメージ。先代では、やや落ち着いた印象だったアルファードが、新型になってアグレッシブさを増したのではないだろうか。
ちなみにアルファード/ヴェルファイアは、中国やアセアンといったアジア市場でも人気が高い。日本から輸出しての販売となるため、彼の地では高い関税がかけられ、現地価格では1,000万円を超えるエリアもある。それでも売れているのだ。そのため、新型モデルでは、はじめから左ハンドル車も想定して開発が進められたという。
続いて試乗した印象をレポートしよう。最初に乗り込んだのは、ハイブリッド車の最高グレードであるヴェルファイアのエグゼクティブラウンジだ。ドライバーズシートに納まって、おや? と思ったのは、「意外と包まれ感がある」ということ。広々空間にポツンと座っているのではなく、レザーやウッドパネルにほどよく包まれている。ミニバンというよりもセダンに近い印象だ。とは言え、目線の位置は非常に高い。街を走っていて同じトヨタの「ノア」や「ヴォクシー」を眺め下ろす感覚には、そこはかとない優越感が得られる。
2.5リッターエンジンとフロント+リアのモーターによるシステム最高出力は145kW(197馬力)もあるが、いっぽうで車両重量は2.2トンにも達する。ヘビー級の車体を、パワフルなパワートレインが押し出すような加速感は重厚でジェントル。十分な力強さを備えながらも、乗員を驚かさないように、ジワジワと速度を上げる。グラリと怖くなるようなロールもない。路面の凹凸を超えるときのショックのいなし方も優秀だ。静粛性も十分に高く、重厚で快適な乗り味。ショーファーカーらしい走りである。とは言え、ドライバーも退屈はしない。ゆったりとはいえ、ドライバーの意思にクルマはしっかりと反応する。ていねいな運転には、ていねいに、快活なドライビングには、それに応じる動きを見せてくれたのだ。
続いて、2.5リッターのガソリンエンジン車に乗り換える。車両重量は2トンを切るが、それでも1900kg台だ。それに対して、エンジン側は182馬力にCVTという組み合わせ。ハイブリッド車と比べると、やや物足りなさはあるが、普通に走るだけであれば困ることはない。エンジンは音も振動もミニマムで、存在感は希薄。静かに快適に移動したいというユーザーには最適なモデルだろう。ちなみにドライバー目線でいえば、インテリアの質感は、最上級グレードでもエントリーグレードでも、その差は意外と小さかった。
最後にV6、3.5リッターのガソリンエンジン車に乗り換える。さすがに280馬力にステップATを組み合わせたパワートレインにはパンチ力がある。控えめではあるが、ビートのそろった気持ちよいエンジンサウンドとともにレスポンスよく加速する。コーナリングでのクルマの挙動もドライバーの気持ちに添うように、しっかりとしていて安心感がある。グラリとロールしてから、ワンテンポ遅れて曲がるような過去のミニバンのイメージとは雲泥の差だ。運転の楽しさでいえば、文句なしに3.5リッターのガソリンエンジン車が筆頭だと言えるだろう。
ハイブリッド、2.5リッター、3.5リッターの3モデルを乗り比べてみると、パワートレインや車両重量の違いでフィーリングの違いこそあるものの、基本的なキャラクターは同じであった。それは「よいショーファーカー」というキャラクターだ。飛び出すような加速やグラリとしたロールといった、乗員を驚かすような動きは極力避ける。パワートレインはあくまでも脇役で、静粛性の高さを優先。重量級らしい、ドッシリとした乗り心地。そうした乗り味が共通項として感じられた。
また、運転手目線でいえば、クルマの動きは非常に素直で、運転のしやすいクルマという印象も強かった。スポーツカーのようにキビキビ動くわけではないが、操作に対して、きちんと反応するため、狙ったとおりにクルマが走る。これも楽しいもの。ショーファーカーではあるが、運転手にとっても魅力的なクルマであった。
パワートレインによって、フィーリングの違いはあるが、重量級らしいドッシリ感は共通のもの
ショーファーカーでありながら、走る楽しさも十分に味わえるのが最上位ミニバンの魅力のひとつだ
続いて、開発をリードしてきた主査に話を聞くことができた。以下にインタビュー形式で、その様子を紹介しよう。
トヨタ自動車 製品企画本部 ZH 主査 吉岡憲一氏1992年入社。カローラやカムリなどのグローバルモデルの現地調達部品の開発などを担当。2006年より製品企画に異動。2010年よりアルファード/ヴェルファイアの担当となる
鈴木:今回はミニバンというより、広い高級車というアピールが強いようですけれど?
吉岡:このモデルは、2代目からヴェルファイアが追加されて、シェアを8割近く占めるヒット商品になっていました。それでは、3代目をどうするかと考えたときに、3代目はいろいろなジンクスがありまして(笑)。3代目で滅ぶ武将もいましたし、逆に徳川だと3代目の家光さんが、参勤交代などを定めて、基盤を固め、江戸幕府は長く続きました。そういう成功するか失敗するかの境目っていうのが3代目だろうという考えもあって、従来の延長線上では立ちゆかないだろうなと思ったんです。そこで、3代目は発想を変えていこうと。ミニバンの持っている広さとか快適性とか使いやすさ、これを高級サルーンが兼ね備えれば、きっと新しい何かが生まれるんではないかと考えたんですよ。そこから生まれてきたのが、大空間高級サルーンという新しいカテゴリーの考えです。
鈴木:今までの路線とはまったく違うようにしようということですね。
吉岡:そうです。それともうひとつ、高級という言葉です。初代、2代目にも高級という言葉は使われていましたが、その高級の定義がいまひとつハッキリしなかったんですね。マイバッハとかSクラスとか、ファントムとか、ああいうクルマの高級と、アルファード/ヴェルファイアの高級は、何が違うのだろう? と、いろいろ考えたんです。結局、出てきた答えが、価値のある高級ということでした。いくら値段が高くても、価値がなければ高級とは言えない。そういう風に日本人の価値観も少しずつ変わってきているのではないかと思うんです。たとえば、ひと口に高級住宅と言っても、広さに対して高級を感じる人もいますし、狭くても美しい夜景が見える眺めに対して高級を感じる人もいます。その人の価値観に合わなければ、高級は無用の長物になってしまう。そういう考えを設計の随所に盛り込んでいます。
鈴木:ブランドをありがたがるという高級ではなく、実際によいと思うこと、つまり、実利があるということですね。価値観にマッチしたものを用意するということですが、具体的にはどういう価値観ですか?
吉岡:その人たちに、使っていただいたときに、「これって自分にとって、本当に贅沢だよね」という感じ方。そういうものを感じることが新しい高級の概念です。
今回、グランデラックスという開発のキーワードを作りました。グランデには、スペイン語で高いとか大きなという意味があります。リュックスはフランス語で、質的な贅沢。つまり、大きな質的な贅沢という意味です。ひとつひとつの部品の設計をするときに、「これはグランデラックスですか?」という問いかけをしました。それをモノサシに使っていったんです。
2002年発売の初代モデルから、高い人気を誇ってきたアルファード。2015年の3代目モデルでは、新たな境地を切り開いた
2代目アルファード登場と同時に生まれたのが初代ヴェルファイア。アルファードをしのぐ人気車となったヴェルファイアにも大きな期待がかかる
鈴木:話は戻りますが、アルファード/ヴェルファイアはヒットしたという以外に、トヨタの中では、どういう立場のクルマになるんでしょうか?
吉岡:4年ほど前の数字ですが、トヨタ本体には8万人の従業員がいます。そのうちの5500人がアルファード/ヴェルファイアのユーザーだったんです。
鈴木:そんなに多かったんですか!
吉岡:そうです。非常にたくさんのユーザーがいます。そのため、このクルマのことをよく知っている人が多いので、いろいろなコメントがくるんですね。「その考え方は違うんじゃないか」「俺はこう思う」「私はこう思う」と。いっぽうで助かった話もありました。「自分で買うクルマだから、ちょっと無理してがんばって、今日夜なべして仕事をしてやろう」と。厳しい言葉もありますし、逆に、支えられた言葉もありました。
鈴木:開発を振り返って印象的だったことは何ですか?
吉岡:最初に、このクルマの骨格を決めるときに、ふたつの分かれ道がありました。ひとつは、高い目線を維持して、ベルトラインも変えずに、フロアの高さも、それほど低くせずに、という従来のパッケージングでいくか? そして、もうひとつは、他社のコンパクトミニバンがやっているような、非常に低床なパッケージングをするのか? という大きな分かれ道です。そこで、我々が選んだのは、前者の高い目線で、となりに高級サルーンが来ても見下ろせるようにしようというものでした。そして、そこに新たな付加価値を追加しようと。ボディ剛性を高めて、しっかりとした足をつける。乗り味もいいし、快適性もいい。全部かなえてあげるようなものを作り上げていこうと考えました。
鈴木:操安性がよくなったというのは、どういう理屈ですか?
吉岡:ダブルウィッシュボーンは、結果的にそうなっただけで、別にトーションビームでも性能が担保できれば構いませんでした。ただ、トーションビームは前2か所しかサスペンションを支えるところがありませんから、乗り心地をよくしようとしてそこを柔らかくしていくと、どうしても真っすぐに走らなくなっちゃうんですね。60km/h、70km/hくらいはいいけれど、100km/hを超えるとガタガタだと。そういう世界じゃいかんと! とは言え、乗り心地はよくしたい。その二律背反をなんとかしたい。さらには、プラットフォームは低床と、あれもこれもやりたい。それら全部をかなえるためのサスペンションです。Aアームがふたつあるようなウィッシュボーンではなくて、前後力をひとつのアームでしっかりと受け止めて、左右の動きは、3本のアームで横力を受け止めるサスペンションです。
上質な乗り心地と操縦安定性を両立させるダブルウィッシュボーンリヤサスペンション
鈴木:変形のダブルウィッシュボーンですね。いっそ、マルチリンクでもよかったのでは?
吉岡:マルチリンクは、他社を見てみると、アームが斜めのアームになっています。そうすると、それぞれのブッシュが、前後と左右の性能に作用します。乗り心地をよくするためには、前後のサスペンションの動きをしっかりととりたい。それをやるとマルチリンクだと、横力までスポイルされてしまいます。そこで、前後と左右の力を分けて、ブッシュには大きなスグリを入れて、前後のコンプライアンスは旧型の2倍はとりました。
鈴木:前後には動くけれど、左右にはブレないということですね。
吉岡:そうです。高速道路のつなぎ目などを走ると、非常にバウンドが少ないはずです。それに対して操縦安定性には、しっかりと横力に対しての剛性を上げています。しかも、アームが3本ありますので、いろいろとアライメントが調整できると。横力を受けたときは、タイヤの性能が出るようにして、しっかりと旋回力を出しています。そうすることによって、ループ橋を曲がるようなとき、ハンドルを切っているのといっしょにクルマが回転していくのが感じられるかなと思います。
鈴木:こじって曲がるのではなく、自然に曲がるということですね?
吉岡:そうです。そういうことで、このサスペンションを採用しました。それだけでなくボディのねじり剛性も約30%上げています。サスペンションのショックアブソーバーの装着点の剛性もしっかりとした断面構造をとることで、剛性を上げています。
鈴木:今まで通りのパッケージングだから、いろいろできたのですか?
吉岡:今までは、このパッケージングには入らないと言われていたんですね。ただ、やりたいことを計画して、そのままでも叶えることができたということです。サスペンションメンバーがちょっと曲がっていて、その上をシートがスライドしていくんです。さらに排気管もありますからそれを避けたりしています。ミリ単位の複雑な構造を持つ、ダブルウィッシュボーンです。
鈴木:今回、エグゼクティブラウンジを設定しましたが、これはどういう狙いですか?
吉岡:もともとファミリーの憧れのクルマとして開発してきたんですけれど、2009年ごろから、法人需要がどんどん増えだしてきました。去年からは、クラウンの法人向け販売台数を超えるようになりました。そういう使われ方が普及してきたという背景があって、本格的なラグジュアリー仕様を作ってはどうかなと考えました。今までVIPの方は、超高級セダンタイプに乗って高級ホテルに乗りつける。それが主流でしたが、もっと質的に自分が満足できるものがいいのではと。それがグランデラックスという考え方です。
クルマの中で休めなければ、それは高級サルーンとは言えないのではないかと。そういうお客様に訴求するべく、しっかりと幅が広く、柔らかく、温度調節もできて、フルフラットから、オットマンまであってリラックスできるシートを用意しました。ビジネスユースとしては、簡単な執務ができるテーブルや読書灯がある。そうした、いろいろなニーズを叶えるものがエグゼクティブラウンジです。
VIPやエグゼクティブが乗るにふさわしい本格的なラグジュアリー感を備える
鈴木:見栄とか、そういうものではなく、実際に実感できるものですね。
吉岡:ロールスロイスで会社に行く人もいるでしょう。でも、ロールスロイスよりも、こちらは空間としての快適性がある。そういう価値観が、もっと普及していけば、「いつかはアルファード/ヴェルファイア」という時代が来るのかなと思います。