スマートフォンやモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。今回は、国が通信キャリアに認めた新しい割引策「お試し割」を取り上げる。契約後半年の期間限定で最大22,000円の割引きが認められるが、採用する社はまだ現れていない。その背景や理由、今後の見通しに迫ろう。
楽天モバイルの要望で許可された「お試し割」は、楽天本人も含めて通信キャリア全社が導入を見送っている。その理由は何か?
2024年末の電気通信事業法ガイドライン改正で、スマートフォンの大幅値引きにさらに規制が加えられたことは、本連載で何度か触れているとおりだ。だが、そのガイドライン改正で変化したのはスマートフォンの値引きに関することだけではない。なかでも消費者に直接影響する可能性の高いものに「お試し割」の解禁がある。
「お試し割」とは文字通り、携帯電話のサービスを“お試し”するための割引きだ。具体的には契約者ひとりに対して6か月間にわたり、最大で22,000円までの割引きを認めるものになる。ただし、ひとつの携帯電話会社が割引きできるのは、1ユーザーに対して1回までに制限されているため、メインブランドで6か月間割引きを適用し、さらにサブブランドに乗り換えたら再び6か月間割引きを利用する…といったことはできない。
では一体、「お試し割」でどの程度の割引きができるのか。提供できる期間は6か月なので、22,000円を6で割ると1か月当たりの割引額は約3,666円となる。それゆえ月額3,000円前後の料金プランであれば、「お試し割」を最大限適用することで6か月間は月額基本料を無料に抑えられる計算となる。
これを携帯各社の料金プランと照らし合わせた場合、月額3,000円台、あるいはそれ以下のプランが多いサブブランドやオンライン専用プランであれば、おおむね月額0円に抑えられる。それゆえ「お試し割」は、どちらかといえば低価格のプランに乗り換えてその会社のネットワークを試すために用意された仕組みととらえられる。
しかしなぜ、政府は今回のガイドライン改正で突然「お試し割」解禁を打ち出したのか。そこに大きく影響したのは楽天モバイルである。
電気通信事業法で定められたスマートフォンの値引き規制などの規律対象となる事業者は、2023年の同法改正によって携帯4社とその系列企業だけとなり、独立系のMVNOは規律の対象外となっている。だが、そのことに不満を抱いていたのが、ほかの大手3社と比べシェアが圧倒的に低い、新興の楽天モバイルである。
総務省「競争ルールの検証に関するWG」第53回の楽天モバイル提出資料より。同社は携帯大手3社と比べシェアがかなり低いが、それにもかかわらず3社と同じ規制がかけられていることから見直しを求めていた
それゆえ楽天モバイルは、2024年に実施された総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で、シェア10%以下の事業者を規制の対象から外すことを主張。ただ行政側は、同社が規律対象から外れることで、スマートフォンの大幅値引きを仕掛けて市場を“荒らす”ことを強く懸念していた。
そこで楽天モバイルは、規律の対象外となってもスマートフォンの大幅値引きはしないが、その代わりに楽天モバイルのサービスを6か月間無料で提供するなど、“お試し”で契約しやすくする施策を展開したいと訴えたのだ。楽天モバイルはネットワーク整備が途上なため、競合他社と比べネットワークに対する不安を抱く声が多い。それだけに、契約の敷居を下げてとりあえず利用してもらい、通信の品質を経験してもらうのがその狙いだったようだ。
同じく総務省「競争ルールの検証に関するWG」第53回の楽天モバイル提出資料より。楽天モバイルは規制対象外となることで、新規顧客獲得のため「お試し割」に近い施策を実施したいと主張していた
そうした楽天モバイルの主張を先のWG内で議論した結果、楽天モバイルを規律の対象から外すのは見送ったが、代わりに「お試し割」を解禁するにいたった。最大で22,000円、月当たりで3,666円の割引額は、楽天モバイルの「Rakuten最強プラン」を最大限利用した際の月額料金である3,278円に近く、そうした点からも「お試し割」が楽天モバイルを強く意識していることがわかる。
楽天モバイルの「Rakuten最強プラン」は、値引きなしでも月額料金の上限が3,278円。「お試し割」を最大限適用すれば6か月間は月額0円で提供できる額だ
ただ「お試し割」が解禁されたのは「楽天モバイル」だけでなく、同じく規律対象となっているほかの大手3社も同様だ。それゆえ大手3社も「お試し割」を実施することは可能なのだが、実は「お試し割」と相性のよい料金プランは限られている。
具体的に言えば、サブブランドや低価格のプラン、そしてオンライン専用ブランドのプランと「お試し割」の相性は非常によい。理由は先に触れたように、これらで提供されている料金プランの多くは月額料金が3,666円を下回るからだ。「お試し割」を最大限適用すればRakuten最強プランと同様、6か月間は基本料無料で利用できるだけに相性はよい。
いっぽうで、メインブランドで提供されている料金プランとの相性はかなり悪い。理由のひとつは月額料金が3,666円を上回るため割り引いても料金面でのアピールが弱いことだが、それに加えて3社のメインブランドは2023年から2024年にかけ、決済・金融サービスと連携し“ポイ活”に注力した料金プランを主軸に据えていることも影響している。
こうしたプランの恩恵を受けるには対象の決済・金融サービスを契約しなければならず、なかには年会費が有料となるクレジットカードの契約も必要な場合がある。「お試し割」で通信サービス以外の割引がなされる訳ではなく、ポイ活系プランの恩恵をフルに受けられないだけに相性が悪いわけだ。
2024年末にKDDIの「au」ブランドが提供した「auマネ活プラン+」は、恩恵を最大限受けるのに指定のスマートフォン決済とクレジットカード、銀行口座や証券口座も必要になる
ガイドライン改正で「お試し割」が解禁された後は、楽天モバイルが「お試し割」を積極展開し、携帯3社がそれに応じる形でサブブランドなどを中心とした「お試し割」競争が加速する……と見られていた。だが少なくとも2025年1月中旬の執筆時点では、楽天モバイルが「お試し割」を展開する様子は見られない。
実は楽天モバイルが先の有識者会議で「お試し割」を提案したのは2024年3月のこと。だがその後、同社は2024年より提供開始した「最強家族プログラム」などの割引施策が好評で、契約を大きく伸ばしている。既存の施策で契約を獲得できていることから、あえて今「お試し割」を展開する必要がないのが本音のようだ。
楽天モバイルは2024年に「最強家族プログラム」など4つの割引施策を相次いで提供しており、それらが好評で契約数を大きく伸ばしている
ただ、「お試し割」という仕組みが存在する以上、2025年に何らかの理由をきっかけとして「お試し割」の提供に踏み切る事業者が出てくる可能性は十分にある。「お試し割」は契約獲得へと明確につながりやすいだけに、楽天モバイル以外でも低迷するサービスのテコ入れとして活用するところが出てくることが考えられる。
そして携帯電話業界ではどこかが料金競争を仕掛けると、競争力維持のため他社も雪崩を打って追随することが多い。それだけにひとたび「お試し割」による競争が起きれば、他社も追随して激しい獲得合戦が繰り広げられることになるだろう。
ただいっぽうで、大手3社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)は菅義偉元首相の政権下で進められた料金引き下げの影響を強く受け、料金競争を積極的には仕掛けたくないのが本音でもある。また、楽天モバイルも、一時の危機は乗り越えたものの依然黒字を達成しておらず、経営が厳しいことに変わりはない。
各社とも、他社が「お試し割」を仕掛けたら追随せざるを得ないはずだ。だが自ら積極的には導入したくないのが正直なところではないだろうか。「お試し割」は2025年、消費者のサービス選びと各社の競争環境に大きく影響してくる可能性があるだけに、お得さにこだわるならいつ、どの会社が「お試し割」を導入するのかをしっかり確認しておく必要がありそうだ。