1995年に放送開始されたテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。そして、2007年から始まった「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」、2009年の「同:破」、2012年の「同:Q」、そして2021年の「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」で作品は完結した。
そして、2023年の3月、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」のブルーレイ+Ultra HDブルーレイ版が発売。これをもってようやく「エヴァ」が完結したと感じるファンも少なくないだろう。テレビシリーズから25年以上、新劇場版からだけをカウントしても14年の時間をかけて完結した作品だけに、さまざまなものが変わった。そんな時代の変遷などにも触れながら、ただの「エヴァ」好きのAVライターが自由に想いを連ねてみた。
新劇場版4作品(5作品)のブルーレイ版パッケージ
2023年3月。公開から2年近く経過してからの「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」パッケージソフトの発売である。発売の報を聞いて、ようやく揃うと安心したものだ。劇場公開の終了からいち早く配信がスタートしたこともあり、筆者はブルーレイ版が発売されないことさえ心配していた。
映画館でも見て、動画配信でも見た。それなら、なぜブルーレイの発売を心待ちにしたかと言えば、まずは音質。同じ5.1chといえども、ブルーレイは非圧縮のリニアPCMで動画配信は非可逆圧縮のドルビーデジタルプラスが多い。音質的には、現状では動画配信サービスよりもディスク再生のほうに分があるのだ。ホームシアターで作品を満喫するならこの差は大きい。そして、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」では、Ultra HDブルーレイ同梱版もラインアップされており、画質面でも期待できる。長い間付き合ってきた作品でもあるし、ベストなコンディションで映像も音も楽しみたいし、コレクションとして所有する喜びも大きい。
こうしてパッケージソフトが揃った現在、改めて「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」から見直してみると、なかなかに感慨深い。なお、紹介しているソフトは筆者の個人的な所有物で、すべて初回限定版であり、現在入手できる通常版とは特典などで違いがあることをお断りしておく。 パッケージはそれぞれテーマカラーのケースに収納されるスタイルで、こうして並べてみても統一感がある。だが、パッケージを開いてみると、微妙に異なる部分も多い。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」は、銀のケースに赤いインナージャケット。インナージャケットを開くと、中面のディスクをセットする部分は黒い。封入されるブックレットは赤。基本的に解説とスタッフ一覧が記載されるが、本作では新劇場版制作にあたっての庵野秀明の言葉も記載されている。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のパッケージの内容
続いては「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」。ケース、インナージャケット、ブックレットともにテーマカラーのオレンジに統一された。ユニークなのは封入特典の生コマフィルム。その当時はディスク特典や劇場公開時の来場者特典として人気の高いアイテムだったことを思い出す。だが、現在はほとんど見ることがない。デジタル制作やデジタル上映が主流になり、劇場にもハードディスクなどのデジタルデータで納品される形態になり、フィルム上映自体が一般的ではなくなったからだ。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」のパッケージの内容。上映用フィルムを切り出した特典が時代を思い出させる
そして「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(3.33)。こちらは明るいブルーがテーマカラーとなり、ケース、インナージャケット、ブックレットともに同色。テレビシリーズ版から大きく変化した物語となったこともあり、解説のブックレットが大幅にページ数を増しているのが特徴。ここでの特典は、サントラ盤CD。これは現在でも人気のある特典のひとつだが、今やディスクプレーヤーが身の回りにない人も珍しくない状況だけに、いずれ姿を消すことになりそう。ありがたみは少ないが、サントラ盤の音源データをダウンロードするURLとパスワードが記されたカードが添付されるようになるのだろうか。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(3.33)のパッケージ。ブックレットがかなり分厚い。サントラ盤が同梱されるのは本作のみ
実は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」のパッケージには2種類ある。2021年に発売された期間限定版のブルーレイ+Ultra HDブルーレイ同梱版だ。テーマカラーは同じだが、このバージョンではケースの作品タイトルが銀の箔押しとなっている。厳密にはカットの修正や調整が行われた「3.333」となっていることもわかる。
このUltra HDブルーレイに収録されたのは、アップコンバートによる4K映像だ。実はNHKの4K放送で、「序」「破」「Q」の3作品とも4K化されて放送されている。パッケージ化されたのが「Q」のみなのは、カットの修正や変更が行われたのが「Q」だけだったからだと思われる。4K化された映像の詳細については、後で詳しく触れよう。
こちらの内容は簡単な解説とスタッフを記したブックレットと、Ultra HDブルーレイとブルーレイのセット。簡素ではあるが限定版なので仕方のないところ。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(3.333)のパッケージ。期間限定版にはUltra HDブルーレイが同梱される
さて、いよいよ完結作の「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」だ。こちらも初回限定版にはUltra HDブルーレイが同梱される。ケース、インナージャケット、ブックレットすべて白。Ultra HDブルーレイだけ黒で、ほかは白だ。ブルーレイの本編ディスクに加え、このために新作された映像なども収録した特典映像ディスクも同梱。ディスク3枚組の内容は初。箔押しのケースは文字が虹色に輝くが、写真で撮影するのが難しかった。ブックレットは「Q」ほどではないが、厚めになっている。
このように、およそ14年にわたってのパッケージ化だけに、デザインに時代やメディアの変遷が反映されているのもなかなか面白い。同封される関連グッズなどのチラシなどはさらに時代を感じさせるものもある。こういうのも「エヴァ」らしいところだと思う。
余談になるが、テレビシリーズ、旧劇場版を含めると、アニメ制作の現場の変遷もわかって面白い。テレビシリーズは完全なアナログ制作でセルを使った手描き作画だ。話数によって作画監督や動画スタッフが異なるテレビシリーズだけに、キャラの顔が描き手によって違いが出ることが少なくないのも、1990年代ごろのテレビアニメでは珍しいことではなかった。
これが旧劇場版では撮影や特殊効果で一部デジタル技術が使われはじめる。新劇場版では、「序」はテレビシリーズのセル画や背景画を使いつつもデジタル技術を駆使した調整や変更が豊富に行われるし、「破」以降では3DCGが積極的に使われていく。と、このように、アナログからデジタルへ、手描き作画からCG作画へ、といったアニメ制作の変遷を見ることができるのも、「エヴァ」の特徴のひとつだ。
なお、現在はテレビシリーズや旧劇場版を動画配信サービスやテレビの再放送で見ている人が多いと思われるが、実はテレビシリーズの第弐拾話以降は、修正や新作カットなどの追加を行われたバージョンが存在する。これらは「新世紀エヴァンゲリオンBlu-ray BOX STANDARD EDITION」というBOXセットに収録されていて、パッケージソフトでしか見ることのできないもの。個人的にはこの修正バージョンがいちばん「エヴァ」らしいと感じているし、謎解き要素も含めて非常に面白い。今、テレビシリーズや旧劇場版を見直そうと思っている人にぜひともご覧いただきたい。
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」のパッケージ「シン・エヴァンゲリオン劇場版 EVANGELION:3.0+1.11 THRICE UPON A TIME」。ケースからインナージャケットを出してみたところ
アニメーション作品がパッケージソフト化された際、色味がおかしいなどの指摘が出るのはよくあることだが、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」でもあったようだ。
これについて、筆者も自宅の薄型テレビTVS REGZA「55X9900L」とプロジェクタービクター「DLA-V90R」で確認してみたが、制作段階でのミスではないようだ。自宅では劇場公開時の記憶ともほぼ相違なかったし、確認のため薄型テレビの内蔵アプリで視聴したAmazonプライム・ビデオの配信版(ブルーレイ版と同じく2K解像度のSDR仕様で、色域[色を再現できる範囲]はBT.709)とも大きく色合いが変化するようなことはなかった。
Ultra HDブルーレイの再生に常用しているUltra HDブルーレイプレーヤーパナソニック「DP-UB9000 Japan Limited」
こうした問題が発生した原因は、Ultra HDブルーレイ版の映像が4K解像度のSDR仕様ながら色域がBT.2020であったからだと思われる。詳しく解説していくと、4Kとは3,840×2,160画素の解像度という意味で、本作は制作データをアップコンバートした4K映像が収録されている。
SDRはStandard Dynamic Rangeの意味で、明暗の再現される幅が一般的な2Kテレビ放送などと同じという意味。BT.2020とは主に4K放送やUltra HDブルーレイで採用される広い色再現範囲の規格だ。
おおざっぱに分類すると、通常のテレビ放送やブルーレイの場合、2K&SDRという組み合わせになる。この場合の色域は基本的にBT.709だ。4K放送やUltra HDブルーレイは、4K&HDRの組み合わせで色域はBT.2020となることが多い。HDRとはHigh Dynamic Rangeの略で明暗の再現される幅がSDRよりも大幅に拡大されたものだ。
ここで、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」Ultra HDブルーレイ版の映像を確認すると、4K&SDRで色域はBT.2020。これはなかなか珍しい組み合わせではある。Ultra HDブルーレイを同梱した「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(3.333)期間限定版も、NHKの4K放送でオンエアされた、4K版「序」「破」「Q」も同じ4K&SDR、色域はBT.2020という組み合わせだった。
以前からの仕様を踏襲したとはいえ、PS5や最新のゲーム機でUltra HDブルーレイの再生が可能になるなど、これまでマニアにしか受け入れられていなかったUltra HDブルーレイが少し身近になった現在、そのあたりの混乱が今になって顕在化したのは無理もないことなのかもしれない。
つまり、事情はこうだろう。一般的な薄型テレビは、以前からのSDR映像とHDR映像を(BT.709やBT.2020などの色域への対応などを含めて)区別して画質モードが自動で切り替わるが、本作の場合は4KだがSDR映像なので、SDRでの標準的な色域(カラーモード)であるBT.709表示が自動選択されてしまい、一部で「色がおかしい」という問題になったと思われる。
自宅にはPS5も常駐
この症状は、映像設定メニューを開き、手動で色域/カラーモードをBT.2020に切り替えることで解決できる。が、BT.2020どころか、BT.709も初めて耳にする人にとっては、その項目を探すだけでも困難だと思われる。
そのあたりの設定はテレビや表示デバイスによって異なるので、やはりここで一般的な方法を解説するのは困難だ。もちろん、「55X9900L」など、薄型テレビによっては、映像ソースがSDRかHDRかを判別するだけでなく、BT.709かBT.2020かを判別し、それに適したカラーモードで表示してくれる。上記のような混乱は、一部の薄型テレビで対応が不十分だったために起きたのだろう。
ビクターのプロジェクター「DLA-V90R」で、Ultra HDブルーレイ「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」の映像情報を確認。4K&SDRで色域はBT.2020であることが確認できた
「DLA-V90R」では、画質調整メニューの「カラープロファイル」から手動でもBT.709やBT.2020、DCIなどの色域を選択できる
この現象について大きく指摘されたのは、冒頭のパリ市街など赤く染まった世界の赤色が変わってしまったことが代表例で、この赤色に着目するという点は実に「エヴァ」らしいとも感じた。特に新劇場版では海の色は赤く染まっていることが明示されている(旧劇場版のラストを引き継いだかのような世界観でもある)。
海の色など、赤く染まった世界の赤は血の色を模していると思っているが、血の色のような赤は薄型テレビの歴史を振り返っても再現が難しい色だ。現代の一般的な液晶テレビ、有機ELテレビでも、赤色の再現性は青(これがいちばん得意)や緑に比べてやや劣る。使徒の返り血を浴びた赤い弐号機の姿なんて、とんでもなく再現が難しい。だが、この赤が再現できないと「エヴァ」ではないとも言える。
今回の問題は、素直に4K&HDRのBT.2020色域で制作するか、4K&SDRのBT.709色域で制作すれば生じなかったであろうことだが、4K&SDRながら、わざわざBT.2020で制作した意図もよくわかるし、上述の赤の再現はBT.2020の色域でないと難しいとも言える。
この理由は、劇場用アニメの色域がBT.709でもBT.2020でもなく、デジタルシネマ用のDCI-P3という映画向けの色域基準で制作されることが多いため。デジタル化が進んだ新劇場版はDCI-P3が基準だと思われる。
色域の広さは、今出てきた3つの中ではBT.709が最も狭く、DCI-P3、BT.2020の順に広くなっていく(BT.2020では、人間が認識できる色をほぼカバーできるとされる)。こうした色再現範囲を考えると、DCI-P3で制作された映像をBT.709に収めようとすると、一部が本来意図したとおりの色にならない可能性があり、ブルーレイなどディスクの制作段階で違和感が出ないように調整する必要が出てしまう。いずれにしても劇場公開での色そのままの再現ではできないというわけだ。色域の広いBT.2020を使えば、DCI-P3の色域はすべてカバーできるので、劇場の色をそのまま再現できる。Ultra HD ブルーレイの作り手がBT.2020を選択した理由もわかるのだ。
もうひと頑張りしてHDRにすれば劇場公開版よりもよくなる可能性もあるが、作り手が劇場公開版をオリジナルとして尊重しており、(たとえHDRの採用でよりよいものになるとしても)あえてHDRを採用しなかったとすれば、その気持ちもわかる。
さて、「エヴァ」の作品論については、すでにたくさんの人が語り尽くしているので、多くを語る必要はないだろう。
「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」の末尾の記号「:II」(特殊文字のため、正確には:IIではないが代用する)についてもすでに語られているが、軽くおさらいすると、音楽記号のリピートのことだと言われていて、意味は「繰り返す」。何度でも先頭に戻ってリピートしてください、というわけだ。
ビデオデッキの出現以降、好きなアニメを繰り返し見るという楽しみは一気に身近になった。庵野秀明監督らの制作スタッフはその感激を、身をもって実感している世代だろう。筆者のようなリアルタイムで「エヴァ」を見てきたおじさん世代もほぼ同様で、筆者は放送当時にすべてビデオで録画して、すべてコマ送り再生で全話視聴したほどだ(そういうことをしたくなるほど、謎めいた描写が多く、解釈の幅のある演出だった)。
さらに現在では、テレビ放送の再放送だけでなく、DVDやブルーレイのようなパッケージソフトもあるし、動画配信でテレビシリーズから見直すことも比較的容易にできる。おじさんはリアルタイム視聴を自慢しがちだが、そんなものに価値がある時代ではないのだ。
テレビシリーズを見れば、4:3画角のスタンダードサイズだし、現在の最新作に比べれば質的には差も感じる。だが、改めて見直すと、作り手が目指していたものは(不完全ではあったが)すべてテレビシリーズにあったと見ることもできる。
大きな話題となった第弐拾五話と第弐拾六話の内容の一部は、旧劇場版の第25話でネルフ施設内の階段の下でひざを抱えていたシンジ君とか、心神喪失状態のままで保護のために弐号機に乗せられ、湖に沈められていたアスカの頭の中の話ではないかと補完できる。
新劇場版では、「序」の数少ない完全新作シーンで、渚カヲルが「今度こそ君を幸せにする」といった意味の台詞を言うが、映像を見れば何度目かわからないほど繰り返していることがわかる。このあたりも、何度でも繰り返し見てくださいというメッセージとも思える。
また、「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」を見た後で、新劇場版「序」の同じ台詞を聞くと、「あ、これは庵野秀明監督の所信表明ではないか」と思った。つまり、今度こそ完全にエヴァを完結させる、という意味だと。新劇場版「序」の段階で「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」の細かな部分まで頭の中にできていたとは考えにくいが、「シン〜」の作中でわりと何度も使われる「落とし前をつける」、「けじめをつける」という意志は、新劇場版「序」の段階で決まっていたのだと思う。
そういう気持ちで「シン・エヴァンゲリオン劇場版:II」を見直すと、物語とかさまざまな謎解きはどうでもよくなって、各キャラクターがシンジとともにみずからの行動に決着をつけていくシーンの印象がかなり変わる。シンジ自身は頭の中でではなく、自然と人々の活気に満ちた現実の中で決着をつけたという演出も、約四半世紀もかけた結果たどり着いたものという気がする。
見ている人も何度も見返しているだろうが、作る側はそれこそうんざりするほど見返しているだろう。その時間の積み重ねがないと、こういう結末にはいたらなかったような気もする。今現在、まだ若い年齢の人は実感できないかもしれないが、少年時代に見て、今度は自分の親の年齢になってから見直すとまた印象が変わる。これも繰り返しの物語を楽しむひとつの方法だ。
いずれにしても、ここまで人気が出ると、続編を期待されてずるずると「ビジネス的に」継続していく作品がアニメに限らず多い中で、「続編はありません。これで終わりです」ときれいに完結した作品は現代では貴重だ。この続きがあるとしても、エヴァも使徒もいない別世界の物語だろう。まあ、「破」と「Q」の間の空白の時間を埋めるエピソードとか、外伝的な作品は作られるかもしれないし、期待するファンもいるだろうが、とにかく「エヴァ」は完結した。
すべての謎解きが終わってきれいに完結してしまうと、その瞬間に色褪せてしまう作品は案外多い。さまざまな事情で未完のまま終わった、あるいはあえて決着をつけずに終わった作品のほうが長く記憶に残る作品になることも少なくない。だが、「エヴァ」はきれいに完結した後でも見返したくなるし、今後も何度となく最初から見直す作品になるだろうと漠然と感じている。これは「エヴァ」の呪いかもしれないが、そういう作品に出会えたことは幸運だと思う。
映画とアニメをこよなく愛するAVライター。自宅ホームシアタールームは「6.2.4」のDolby Atmos対応仕様。最近は天井のスピーカーの追加も検討している。