グローバルシャッター方式によって超高性能を実現した、完全電子シャッター仕様のフルサイズミラーレスカメラ「α9 III」。市場想定価格は約88万円前後(税込)で、2024年1月26日の発売が予定されている
カメラは、技術革新によって100年以上に亘り進歩し続けてきた機器だ。そんなカメラ史の1ページに、ソニーの新しい一眼カメラが確かな一歩を刻もうとしている。2023年11月7日深夜に発表された、新型のフルサイズミラーレスカメラ「α9 III」がそれだ。
「α9 III」が画期的なのは、フルサイズ対応の一眼カメラとして世界で初めて「グローバルシャッター方式」の撮像素子を搭載したこと。グローバルシャッターという言葉になじみがない人もいるかもしれないが、これは撮像素子の新しい画像スキャン方式で、デジタル一眼カメラにとって実現するのが“夢”だった技術である。
カメラの技術革新では、レンジファインダーや一眼レフ、自動露出、オートフォーカス、高速連写、撮像素子、ミラーレスなどがその時代その時代のトピックとしてあげられるが、グローバルシャッター方式はそれらに匹敵するくらいのインパクトがある技術だと言っても過言ではない。
今回、「α9 III」をいち早く試す機会を得たので、グローバルシャッター方式によって「どういった撮影が可能になるのか」を、作例を交えて紹介していきたい。
※本記事で使用した「α9 III」は開発中の試作機です。製品版では仕様が変更される場合がありますのでご了承ください。
グローバルシャッター方式を理解するには、まず、既存の撮像素子(CMOSセンサー)に採用されている一般的な画像スキャン方式「ローリングシャッター方式」の仕組みを整理しておこう。
ローリングシャッター方式とは、撮像素子を一定のラインで順次露光して信号を読み出し、スキャンしていくというもの。順番に露光していくという点では、メカシャッター(フォーカルプレーンシャッター)と似たような動作だ。
この方式の問題点は、メカシャッターの幕速に比べて、撮像素子のスキャン速度が遅いこと。結果、電子シャッター時に、動体の歪みが発生したり、フリッカー光源の影響を受けて画像に縞模様のムラができたり、フラッシュを利用できなかったりといった弊害を生む。
このあたりの電子シャッターならびにローリングシャッター方式の問題点については、以下の記事で説明しているので、ぜひご覧いただきたい。約5年前に公開した記事なので少し古い内容も含まれるが、一読すれば電子シャッターの理解が深まるはずだ。
ただ、最近は、フラッグシップ級のミラーレスにおいて、ローリングシャッター方式のスキャン速度が大幅に向上した積層型CMOSセンサーを採用するモデルが増えている。こうした高性能モデルであれば、電子シャッターでもメカシャッターと同等かそれ以上の使い方が可能だ。
このように説明すると「性能的にはそれで十分なのでは?」と思うかもしれないが、電子シャッターのメリットは、1/16000秒や1/32000秒などメカシャッターをはるかに超えるシャッタースピードが得られること。電子シャッターの性能をフルに生かすには、ローリングシャッター方式では限界があるのだ。
それを解決するのが、グローバルシャッター方式なのである。この方式は、ローリングシャッター方式のような順次露光ではなく、全画素同時露光で読み出しを行う。仕組み自体はシンプルでわかりやすいのだが、これをフルサイズなどの大型撮像素子で実用化するのは、処理スピードなどの課題があって非常に難しかったのだ。
左がローリングシャッター方式、右がグローバルシャッター方式の動作イメージ。グローバルシャッター方式は全画素を同時に露光する
今回ソニーが発表した「α9 III」は、グローバルシャッター方式を採用したことで、これまでは不可能だった以下の3点を実現している。
1.動体の歪み(画像の歪み)が発生しない
2.フリッカー光源下で縞模様のムラが出ない
3.全速でのフラッシュ同調が可能
グローバルシャッター方式は、1発で画像をスキャンするので読み出しに時間差がなく、結果、画像の歪みは原理的に発生しない。これは、高速に動く被写体を撮る場合だけでなく、カメラを振りながら撮影する場合でも同じだ。動画撮影でも、いわゆる“こんにゃく現象”と呼ばれる映像の歪みは発生しなくなる。
また、ローリングシャッター方式の場合、フリッカー光源下で撮影すると、特に高速シャッタースピード時に光源の点滅が縞模様のように写る現象が発生するが、1発スキャンのグローバルシャッター方式ならこの問題も解決される。
さらに、注目したいのが、フラッシュの同調速度にほぼ制限がなくなることだ。これまでは、電子シャッターでは1/200〜1/250秒、メカシャッターでも速くて1/400秒あたりがシンクロの限界だったが、グローバルシャッター方式の「α9 III」は、対応のソニー純正フラッシュ「HVL-F60RM2」「HVL-F46RM」を使う場合に最速1/80000秒(連写時、ならびに絞り値がF1.8よりも明るい場合は上限1/16000秒)の超高速シャッタースピードでも、ハイスピードシンクロでなく通常発光でフラッシュが同調し、かつフラッシュが対応するスペックでの高速連写も行える。一定の条件・制限があるとはいえ、分母が4桁のシャッタースピードで通常発光+高速連写が可能なのはすごい。
「α9 III」が搭載する、グローバルシャッター方式の撮像素子。メモリー内蔵フルサイズ積層型CMOSセンサー「Exmor RS」で、有効画素数は約2460万画素だ。感度は静止画・動画ともにISO250〜25600に対応(※静止画は拡張でISO125〜51200に対応)
画像処理エンジンは「α7R V」などと同じ「BIONZ XR」。「α9 III」用にチューニングを施しているとのこと
バットがボールに当たる瞬間を撮影した
ここからは、実際に撮影した作例を交えながら、グローバルシャッター方式によって「α9 III」がどう進化し、具体的にどういった撮影が可能になるのかを見ていこう。
まず見ていただきたいのが、野球のバッティングシーンを撮影した結果だ。以下の作例は、スイングしている様子を連写撮影(+プリ撮影を活用)したものの1コマ。通常の電子シャッター撮影の場合、素早く動くバットがどうしてもいびつな形になってしまうが、「α9 III」ではまったく歪んでいないことがわかる。パッと見では、「バットを止めて撮影しているのでは?」と思うくらいではないだろうか。
α9 III、FE 24-70mm F2.8 GM、37mm、F2.8、1/3200秒、ISO3200
撮影写真(6000×4000、6.1MB)
バットにボールが当たった瞬間をとらえている
さらに、「α9 III」がすごいのは、グローバルシャッター方式という新方式を採用しながら、これまで以上の連写性能と機能性を実現していることだ。
連写は、完全電子シャッター仕様というのが大きく、AF・AE追従で最高約120コマ/秒の超高速連写が可能。最大1秒までさかのぼってシャッターボタンを全押しする前を記録するプリ撮影も搭載している。フリッカー光源による縞模様のムラが出ないのもポイントで、こうした特徴を踏まえると、「α9 III」は、屋内でのスポーツ撮影において絶大な威力を発揮するカメラと言えるだろう。屋内でも、高速に動く被写体の一瞬の動作を、無音の電子シャッターで歪みなく記録できるのである。
以下に、最高約120コマ/秒で記録した、一連の連写画像を掲載しておく。
ソニー純正のフラッシュ「HVL-F60RM2」を使って人物を撮影。使用したレンズは大口径・標準レンズ「FE 50mm F1.2 GM」
次にご覧いただきたいのが、フラッシュを使っての人物作例だ。「マルチインターフェースシュー」に装着したソニー純正のフラッシュ「HVL-F60RM2」を発光させながら、最高約20コマ/秒で連写撮影した一連の画像を以下に掲載する。フラッシュはTTL自動調光、シャッタースピードは1/2000秒、絞り値はF1.2に設定した。
α9 III、FE 50mm F1.2 GM、F1.2、1/2000秒、ISO1250、フラッシュ使用
撮影写真(6000×4000、6.9MB)
1/2000秒の高速シャッタースピードでフラッシュを使用
この作例では、ハイスピードシンクロではなく通常発光で連写できていることに注目してほしい。「α9 III」は、連写時であっても上限1/16000秒でのフラッシュ同調が可能で、かつ発光量にも制限がないので、日中シンクロ撮影において非常に自由度の高い撮影が行える。
ただし、このカメラを使ううえでは、絞り値によってシャッタースピードが制限されることには注意したい。絞り値がF1.8より明るいと、フラッシュの有無に関わらずシャッタースピードが上限1/16000秒に制限される。
さらに、常用感度がISO250スタートと高いことも理解しておきたい点で、「明るい屋外」「F1.2などF1.8よりも明るい絞り値」「常用感度内」といった条件で撮りたい場合は、電子シャッターの恩恵がそれほど受けられず露出オーバーになりやすい。この点を考慮すると、このカメラは、絞り値にはそれほどこだわらず、シャッターチャンス重視で使うカメラと言えるだろう。
「α9 III」は、発光タイミングを設定することで、非対応のサードパーティー製フラッシュでの同調も可能。フラッシュは発光量に応じて動作が変わるため、最適なタイミングを手動で設定するのは非常に難しいが、こうした機能が用意されているのはありがたい
最後に、バドミントンのラリーの様子を連写撮影した作例を紹介しよう。
バドミントンのコートを模した場所で動体撮影を体験した
以下の作例は、「α9 III」と同時に発表された大口径・望遠レンズ「FE 300mm F2.8 GM OSS」と組み合わせて連写撮影したものの1コマ。AFは被写体認識AFに設定し、カスタムボタンの操作で連写速度を素早く変更できる「連写速度ブースト」も活用。選手の動きを見ながら、奥にいる選手がラケットを振りかぶったタイミングで最高約120コマ/秒連写に設定した。
シャッタースピードは1/4000秒、感度はISO8000。屋内の照明下で1/4000秒でシャッターを切っているが、もちろん縞模様のムラは見られない。
なお、最高約120コマ/秒連写の持続時間は約1.6秒(ロスレス圧縮RAW時などは約0.8秒)と短いことは知っておきたい。「連写速度ブースト」をうまく活用して「ここぞ!」というときに使いたい設定だ。
α9 III、FE 300mm F2.8 GM OSS、F2.8、1/4000秒、ISO8000
撮影写真(4000×6000、8.5MB)
障害物があるにも関わらず瞳に正確にピントが合っている
この作例を撮影して特に驚かされたのは、「α9 III」の被写体認識AFの精度。「α7R V」などと同様に「AIプロセッシングユニット」を搭載するうえ、最高約120回/秒の高速AF演算にも対応しているため、とにかくAFの精度が高いのだ。
具体的には、コートの手前の位置から、奥にいる選手の動きを狙って連写してみたが、ネット越しで、かつネットの白帯が瞳にかかるかかからないかのギリギリという非常に難しい状況ながら、正確に瞳にピントを合わせ続けてくれた。撮り比べたわけではないが、被写体認識AFの性能は「α7R V」を上回っていると感じた。
また、「α9 III」は、動体撮影時の電子ビューファインダーの視認性が高いことも押さえておきたい。約944万ドット/倍率約0.90倍というスペックは「α1」と同等。しかも、ファインダーの表示画質を「高画質」に設定した状態で、フレームレートを120fps(高速)に設定できるようになった。
この作例は、グリップとマウントの間に新設されたカスタムボタン5に「連写速度ブースト」を割り当て、ボタンを押しているときに最高約120コマ/秒で記録できるようにして撮影した。ボタンを押すだけで直接設定を変更するトグル操作も可能だ
メモリカードスロットはデュアルスロット仕様で、いずれもSDカード(UHS-II対応)/CFexpress Type Aカードの利用に対応している
「α9 III」を左右に振りながら撮影した4K/60p動画。映像の歪みが発生していないことがわかる。
※カメラをかなり素早く振って撮影しています。視聴の際はご注意ください。
以上、グローバルシャッター方式によって、「α9 III」を使えば「どういった撮影が可能になるのか」を紹介した。いかがだっただろうか?
一眼カメラの機能を使いこなしている人であれば、「α9 III」は、グローバルシャッター方式の完全電子シャッター機だからこそ、従来の一眼カメラのメカシャッター(フォーカルプレーンシャッター)では不可能なことをいくつも実現しているのを理解いただけたかと思う。
ソニーによると、今回、次世代の高性能ミラーレスにおいて最重要技術に位置づけられるであろうグローバルシャッター方式をいち早く投入できたのは、特別なブレイクスルーがあったわけではなく、これまで「αシリーズ」の開発で積み上げてきたものの結果だという。「積層型CMOSセンサーの開発にいち早く取り組んだのも、将来的にグローバルシャッター方式を見据えていたから」という担当者の説明を聞いて、ソニーが他メーカーに先駆けてグローバルシャッター方式を実用化できたのも納得できた。
2023年はフルサイズミラーレスの初代モデル「α7」が登場してちょうど10年。この節目の年に、スペック的にはメカシャッターを完全に葬ってしまう、まさに“ゲームチェンジャー”である「α9 III」が発表されたのは感慨深い。この10年のソニーのフルサイズミラーレスの歴史を振り返ると、「技術革新」という言葉がいちばんしっくりくるのではないだろうか。常に時代の最先端を行く技術を開発し続けてきたからこそ、「α9 III」を商品化できたのだと思う。
最後に、「α9 III」を使ううえで理解しておきたいことを付け加えておこう。
夢のようなスペックを実現しているので「何でもオールマイティーに撮れる」と思うかもしれないが、細かい点で制限があるため使い方を選ぶところがある。特に押さえてきたいのは以下の3点。
・絞り値がF1.8より明るい場合はシャッタースピードが上限1/16000秒に制限される
・常用感度がISO250スタート
・製品発表時点では対応フラッシュがソニー純正の「HVL-F60RM2」「HVL-F46RM」しかない
こうした点を踏まえると、「α9 III」は、細かい設定や画質は二の次にして、シャッターチャンスに徹底的にこだわる場合に使いたい動体撮影特化型カメラと言えるだろう。「不規則に動く被写体の一瞬の動き・表情を取り逃したくない」ときに最も威力を発揮するはずだ。