スマートフォンのカメラが高機能化の一途をたどるなか、最近はあえて「単機能なコンパクトデジカメ」を手に取る人が増えています。そんななか、キヤノンから2025年10月に登場した新モデルが「IXY(イクシ) 650 m」です。薄型・軽量のスタンダードモデルとしてロングセラーとなった従来モデルをベースにしたこの一台が、どんな撮影体験をもたらしてくれるのでしょうか? スペックからは見えてこない、カメラ専用機ならではの魅力をレビューします。
「IXY」シリーズらしいシンプルなデザインの「IXY 650 m」。ボディカラーは、この画像のシルバーのほかにブラックも用意されています
「IXY」シリーズは、キヤノンのコンパクトカメラを象徴する歴史的なブランドです。1996年にAPSフィルムを採用した初代「IXY」として産声を上げ、2000年代にカメラの主役がデジタルへ移り変わった後もブランドを継続。小型・軽量かつスタイリッシュなフォルムのコンパクトデジカメを数多くラインアップし、幅広い層から支持を集めました。
しかし、スマートフォンの普及にともないコンパクトデジカメ市場が縮小するなか、同シリーズの新製品は長らく途絶えることになります。このまま歴史に幕を閉じるかと思われた2025年10月、約9年ぶりの新モデルとして突如登場したのが「IXY 650 m」です。
新モデルと銘打たれているものの、基本スペックは2016年発売の従来機「IXY 650」をほぼ踏襲しています。ズームレンズや撮像素子に変更はなく、記録メディアがSDメモリーカードからmicroSDメモリーカードに変わるなどのマイナーチェンジにとどまっています。
「IXY 650 m」は従来機「IXY 650」のマイナーチェンジモデル。胸ポケットに楽々と収まる薄型・軽量ボディを継承しています
記録メディアはSDメモリーカードからmicroSDメモリーカードに変更されました
では、なぜキヤノンは今、あえてこのタイミングで「IXY 650 m」を商品化したのでしょうか? 背景にあるのは、若い世代を中心とした「オールドコンデジ」ブームです。10年以上前に発売された古いコンパクトデジカメが注目を集めていて、中古市場での販売価格が高騰する状況になっています。
こうした状況を受け、キヤノンはメーカー保証の付いた「新品」を継続して提供する道を選んだのです。より長く安心して使える新品であることが、このモデルの最大の付加価値と言えるのかもしれません。
ここからは、「IXY 650 m」を実際に使ってみて感じた魅力をレビューしていきます。
「IXY 650 m」の性能面での魅力は、何と言っても、35mm判換算で焦点距離25mm相当の広角から300mm相当の望遠までをカバーする光学12倍のズームレンズを搭載していること。目の前に広がる景色をワイドに記録したり、被写体に近づいて遠近感を強調したり、遠くの被写体にズームして大きく写したりと、ズームレンズを駆使して多彩な撮影が楽しめます。
しかも、奥行き22.8mm/重量約146g(バッテリー、メモリーカードを含む)の薄型・軽量ボディに収まっているのが使いやすい点。12倍までズームしてもレンズは広角端から2cm程度しか繰り出しません。このあたりの小型化技術は、長年にわたりカメラやレンズを開発してきたキヤノンの真骨頂と言える部分です。
奥行き22.8mmのスリムなボディに光学12倍ズームレンズを搭載。ズーム操作はボディ上面のレバーで行います
左が広角端(光学1倍)時、右が望遠端(光学12倍)時。望遠端では広角端から2cm程度レンズが伸びますが、それでもコンパクトです
「IXY 650 m」の望遠撮影については、12倍の光学ズームを超える望遠域にも特徴があります。画素補間技術を活用する「プログレッシブファインズーム」機能を使えば、精細感をキープしたまま光学ズームの望遠端から2倍となる24倍(35mm判換算の焦点距離600mm相当)までズームできるのです。さらに、デジタルズームによって最大48倍(35mm判換算の焦点距離1200mm相当)での撮影も可能。ここまでズームできるのは、スマートフォンにはないカメラ専用機ならではの部分です。野鳥や動物など遠くにいる被写体を大きく写せます。
光学12倍ズーム、「プログレッシブファインズーム」、デジタルズームで同じ被写体(野鳥)を撮影したサンプルです。遠くにいる小さな被写体に大きくズームできることがよくわかるかと思います。
「IXY 650 m」の特徴として押さえておきたいのが「画質」です。カメラまかせのオート撮影でも、パッと見で「きれい!」と感じる写真を簡単に撮れます。
特に、キヤノンが長年磨いてきた「記憶色をベースとした深みのある発色」は本機の大きな魅力。過度な強調を抑えつつも、空の青や植物の緑を心地よい鮮やかさで再現するバランスのよさは、カメラメーカーならではの画作りを感じさせる部分です。
この良質な画質を支えているのは、撮像素子と映像エンジンです。高感度に強い1/2.3型・有効画素数約2020万画素の裏面照射型CMOSセンサーと、独自の映像エンジン「DIGIC 4+」を組み合わせた「HS SYSTEM」によって、幅広いシーンで安定感のある画質が得られるのです。
写真の明るさや明暗差を自動で補正する「i-コントラスト」という機能を利用できます
手ブレ補正機能も搭載。シーンによって最適な手ブレ補正を行ってくれます
IXY 650 m、F10、1/250秒、ISO80、4.5mm(35mm判換算25mm相当)
IXY 650 m、F10、1/320秒、ISO200、4.5mm(35mm判換算25mm相当)
IXY 650 m、F5、1/125秒、ISO80、20.9mm(35mm判換算116mm相当)
IXY 650 m、F7、1/160秒、ISO80、54mm(35mm判換算300mm相当)
IXY 650 m、F10、1/250秒、ISO80、4.5mm(35mm判換算25mm相当)
IXY 650 m、F10、1/640秒、ISO160、4.5mm(35mm判換算25mm相当)
「IXY 650 m」を使ってみて改めて実感するのは、コンデジならではの使いやすさです。
キヤノンのカメラらしくシャッターボタンの感触がよく、「半押ししてピントを合わせる」「ピント合焦後にボタンを押し込んでシャッターを切る」という、カメラらしいこの一連の動作をスムーズに行えます。さすがに超望遠域ではピントが迷うこともありますが、オートフォーカスもスピーディーで扱いやすいですね。また、シャッターボタンと同軸に配置されたズームレバーも操作感がよく、直感的にかつスムーズに画角を調整できるのも使いやすいです。
さらに、電源を入れてからレンズが繰り出し、撮影可能になるまでのレスポンスの速さも特筆すべき点です。ポケットからサッと取り出してすぐに撮影できる機動力の高さは、カメラメーカーが設計したコンデジだからこそと言えるでしょう。
背面の操作性はシンプル。右手側に集中しているため片手での操作も可能です
人物の顔を検出して優先的にピントを合わせる「顔優先AiAF」や、シャッターボタンを半押ししている間ピントを合わせ続ける「サーボAF」にも対応しています
プログラムAEモード(Pモード)を利用すれば露出補正も可能。写真の明るさを自分で調整したいときに便利です
「IXY 650 m」の撮影機能では「クリエイティブショット」が非常にユニークです。
この機能は、1回のシャッター操作で、カメラが自動的に構図や色を変えた6枚(オリジナル1枚を含む)を生成するというもの。単にランダムに色味を変えるフィルター機能ではなく、キヤノンが長年磨いてきた画像処理技術に基づき、撮影状況からシーンを解析したうえで「背景ぼかし」「ジオラマ処理」「カラーフィルター(全46種類)」「色効果付与」「構図切り出し」「回転処理」といった高度な処理が行われるのが特徴です。
この機能ならではの醍醐味が大胆なトリミングで、たとえば広角端で撮った写真であっても、「クリエイティブショット」は被写体の位置や大きさ、形状などに着目し、縦位置への変更やクローズアップなどのバリエーションを提案してくれます。自分では無意識に避けてしまう大胆な構図の写真が記録されるのは、使っていて新鮮で面白く感じます。
「IXY 650 m」を手に入れたならぜひ積極的に活用したい機能です。思いもよらない個性的な写真や印象的な写真を簡単に撮れますよ。
撮影モードとして独立して用意されている「クリエイティブショット」。上面右側の撮影モード切り替えスイッチで手軽に選択できます
「クリエイティブショット」は、仕上がりのイメージを「レトロ」「モノクローム」「スペシャル」「ナチュラル」の4種類から選択できます。カメラまかせの「オート」も搭載しています
「クリエイティブショット」以外の撮影モードも豊富で、フルオート撮影のほかに「手持ち夜景」「ポートレート」なども利用可能。「魚眼風」「ジオラマ風」「トイカメラ風」といったユニークな効果が得られるモードも選べます
シャッターボタンを押すと、写真とともにその直前の様子を動画として記録する「プラスムービーオート」という撮影モードも用意。このモードで撮影した動画は、自動で一日分のダイジェストムービーとしてまとめられるのが便利です
「IXY 650 m」の機能で残念なのはUSB端子のアップデートがなかったことです。従来モデルと同様、micro USB端子を搭載していて本体でのバッテリー充電に対応していません。バッテリーの充電は同梱のチャージャーを使って行います。
従来モデルをベースにしているため致し方ないのですが、USB Type-C端子に変更されていたら、本体でのバッテリー充電が可能になりさらに使いやすかったでしょう。スマートフォンやタブレット、パソコンなどでUSB Type-C端子をフル活用している場合だと、少し不便さを感じるかもしれません。
USB端子はmicro USBで充電に非対応。HDMI端子はType-D(Micro HDMI)です
また、動画撮影機能が1920×1080/30pのフルHD記録にとどまっているのも最新のデジタルカメラとしては物足りない点です。フルHD記録でも十分に動画撮影は楽しめますが、最新モデルは4K記録がスタンダードになっています。
「IXY 650 m」を使ってみて実感したのは、カメラとしての完成度の高さです。
確かに、USB端子がmicro USB仕様で本体充電ができなかったり、動画がフルHD止まりであったりと、最新デジカメとして若干の古さは否めません。しかし、実際に持ち歩いてみると、胸ポケットに収まる薄型・軽量ボディに光学12倍ズームレンズを搭載しているのはとても便利。旅行での利用を含めて、幅広いシーンでズームを活用した撮影を軽快に楽しめます。
スマートフォンでのズーム撮影に限界を感じている人、中古品のコンディションに不安があり長く安心して使えるコンデジが欲しい人、カメラで写真を撮るスタイルを楽しみたい人。そうした幅広い層に本機はマッチすることでしょう。実際多くのユーザーに支持されていて、価格.comの「デジタルカメラ」カテゴリーの人気売れ筋ランキングでは2位(2026年5月1日時点)という安定したポジションを維持しています。
スペック的な派手さはありませんが、「新品で買える使い勝手のいいコンデジ」というのはとても堅実な選択肢です。スマートフォン用アプリ「Camera Connect 」を使えば、撮影データのスマートフォンへの転送や、スマートフォンからのリモート撮影も可能です。実用性を重視してコンデジを選ぶのなら、本機をチェックしておいて損はないでしょう。