ホンダの四輪純正部品を製造、販売する「ホンダアクセス」。そのホンダアクセスから、スタイリングと上質感、そして操縦安定性を徹底的に磨き上げたコンプリートカー「S660モデューロX」が発売された。
ホンダ「S660 モデューロX」
このS660 モデューロXを、ワインディングや市街地、そして群馬サイクルスポーツセンターのクローズドコースで試乗テストする機会を得たので、その印象をレポートしよう。
ホンダアクセスの「モデューロX」シリーズ
「モデューロ」とは、前述したホンダアクセスのスポーツブランドのことだ。モデューロは、1994年にアルミホイールのブランドとして登場。その後、規制緩和によってエアロパーツやサスペンション、ブレーキなどの機能系パーツに商品の幅を広げ、2013年には初のコンプリートカーとなる「N-BOXモデューロX」を発売した。以降、N-ONEやステップワゴン、フリードなどのモデューロXを次々と投入し、今回、その第5弾となるコンプリートカー「S660モデューロX」を発売した。
「モデューロX」は、意のままに操れる「操縦性」、乗り味を徹底的に追求して上質感を高めた「操安性」、そして機能につながる「デザイン」を軸として開発されている。この3つの柱をもとに、ホンダのエンジニアが長い時間をかけて開発し、1台分のコンプリートカーとして仕上げたのがモデューロXだ。
ホンダ「S660 モデューロX」の走行イメージ
この操縦性とは、一般道をメインとした様々な路面状況において、運転が不慣れな方には自らの運転が上手くなったような操作感覚を、ベテランの人はクルマが意のままに操れるような人馬一体の感覚を、そして運転スキルが高いドライバーにはアグレッシブに攻めていけるなど、誰しもがあらゆるシーンで楽しく走れることだという。なお、モデューロXではパーツ単体を販売するモデューロと違い、コンプリートカーとしてクルマ1台分をセッティングすることから、モデューロではなし得ない、高い走行性能を実現できることが強みとなる。
モデューロXの開発は、ホンダが所有する北海道の鷹栖プルービンググラウンドを中心に、その周辺の一般道路の走行シーンを踏まえながら、テストドライバーだけではなく、設計者やデザイナーなどが一体となって、人の感性を重視した開発が行われている。
すなわち、データをもとに開発を進めていくホンダの考え方と異なり、ドライバーを中心として、ミニバンであれば後席にも乗り込んで実際に走らせ、試行錯誤を重ねながら仕上げられたのだ。結果、コンプリートカーであるモデューロXは、開発期間が2〜3年かかっている。
ホンダ「S660 モデューロX」のイメージ
S660モデューロXは、スポーツドライビングの喜びをどこでも享受できるクルマを提供したい、という気持ちから開発されているという。
ターゲットユーザーは、歴代のクルマを乗り継いできたような、クルマを知り尽くした40〜60代の子離れ層の男性だ。
S660が得意とする走りの領域を、さらに磨き上げた爽快な走りを重視し、人とは違う上質感や個性を求めるユーザーに対して、メーカーのコンプリートカーとしての安心感をしっかりと担保しながら、運転する楽しさを届けることを目指して開発された。
ホンダ「S660 モデューロX」のフロントエクステリア
ホンダ「S660 モデューロX」フロントフェイスのアップ
まず、エクステリアの変更点は、すでにモデューロ製品として発売している部品を一部流用しながら、グリル一体型のフロントエアロバンパーを新開発。5連のLEDフォグランプを装備して、より上質感が高められた。このバンパーは、デザインだけではなく空力による操縦安定性向上も踏まえた、機能性のあるデザインになっている。
ホンダ「S660 モデューロX」のリアエクステリア
ホンダ「S660 モデューロX」のアクティブスポイラー
リア周りは、すでにモデューロ製品として販売している車速連動の「アクティブスポイラー」に、モデューロX専用の「ガーニーフラップ」と呼ばれる新たな空力デバイスが標準装備されている。
ホンダ「S660 モデューロX」のインパネ
ホンダ「S660 モデューロX」のシート
ホンダ「S660 モデューロX」のロゴ入り専用メーター
内装は、大人の琴線に触れるような艶感をS660に与えたいと、ボルドーレッドとブラックのコンビネーションのインテリアが採用された。また、所有する喜びを高めるための装備として、メーターやシート、センターコンソールにモデューロXの専用ロゴが配されている。
注目の走行性能は、応答性の向上やコーナーリングの楽しさを引き出すためのサスセッティングに加えて、直進安定性や路面の接地性を向上させるために、エアロダイナミクスに注力している。
具体的には、前方から舞い込んできた風がボディの下面へと積極的に流れるように、フロントバンパーが作り込まれている。そして、フロントバンパー下部には4本のエアロガイドフィンが設けられていて、より高い流速でボディ下へ空気を流すことで、リアディフューザーに強い空気の流れを導き、結果としてより接地感が高められている。
フロントグリルに入ってくる空気は、ラジエーター脇からホイールハウスの裏に流しているのだが、その風の流れを積極的にコントロール。フロントグリルの中にもエアロガイドフィンを設けることで強い風の流れを生み出し、ホイールハウス内の気流を飛ばしてタイヤの接地感が高められている。
また、フロントバンパーの両脇には、エアロガイドステップと呼ばれる小さな段差が設けられている。これは、コーナーリング中にはみ出たタイヤへ直接空気を当てないようにしている。これによって、ハンドルを切った際の引っかかりが無くなって操舵フィーリングが非常にリニアになり、タイヤ接地感が向上している。
ホンダ「S660 モデューロX」リアに装備されているガーニーフラップ付アクティブスポイラー
さらに、リアの接地荷重を高めるために、リアのアクティブスポイラーにガーニーフラップという新しい空力デバイスが取り付けられた。これによって、リアの接地感が向上している。
ノーマルのS660では、スピードが上がるほどフロントよりもリアのリフト量が高くなり、前下がりの姿勢となってしまう。そのため、前述のフロントバンパーやリアのガーニーフラップなどによって、均等な前後リフト量へ近づけるとともに、リフト量そのものも抑えられた。これらエアロダイナミクスの最適化によって、「まるで“地をはうような吸い付き感”を実現している」と、開発者は言う。
ホンダ「S660 モデューロX」に採用されている5段階減衰力調整式の専用サスペンション
サスペンションは、5段階減衰力調節機構を採用。これによって、市街地からワインディングロード、そしてショートサーキットのようなさらにハイスピード領域まで、幅広い走行シーンに対応できるようになった。そのほか、軽量化だけでなく剛性バランスを整えて操安性能に寄与するアルミホイールや、制動力やコントロール性が高められたブレーキパッド&ディスクローターも標準装備されている。
今回はノーマルの「S660」(左)と「S660 モデューロX」(右)で比較試乗することもできた
それでは、さっそく走りだしてみよう。今回はノーマルのS660も用意されていたので、モデューロXとの比較が明確にわかる試乗となった。
シルバーに輝く、縦長のオリジナルシフトノブに手をかけ、ゆっくりとその感触を楽しみながら1速へシフトする。そろりとクラッチをミートすると、少しトルク不足を感じながらS660モデューロXはとことこと走り始めた。
このトルク不足はS660共通なので、発進から楽しみたいなら、もう少しだけ回転を上げてクラッチをミートしよう。そうすれば、おもしろいくらい軽々とこのクルマは走りだすのだ。
ホンダ「S660 モデューロX」の試乗イメージ
そこで、ハタと気付いたことがある。それは、直進安定性のよさと、乗り心地にかなりのしなやかさを感じたことだった。通常、こういったコンプリートカーに乗ると硬さが目立ち、下手をすると腹一杯に飯を食べた後は乗りたくないと思ってしまうのだが、S660モデューロXに限っていえば、決してそんなことはない。
さらに驚いたことに、これほどしなやかでありながら、5段階減衰力調節機構付きダンパーはもっとも硬い“5”にセッティングされていたことだった。
これは、前述したエアロダイナミクスの効果が大きいという。つまり、タイヤをきちんと路面に接地させるようにしたために、足まわりを思いきり自由にセッティングすることが可能となり、結果として硬さとしなやかさという相反する乗り心地を両立させることができたのだ。
ホンダ「S660 モデューロX」の試乗イメージ
実際に足まわりの数値を確認しても、スプリングレートはフロントで11.6%、リアは18.3%バネレートが引き上げられている。しかし、ダンパーの伸びる方向は弱く、縮み方向ではより強くされているのだ。
本来、ここまでやるには、ボディ剛性を相当にしっかりと高めることが要求されるのだが、今回はエアロダイナミクスで最適解を見つけたということになる。
ホンダ「S660」ノーマルモデルの試乗イメージ
その後、ノーマルのS660に乗り換えてみると、乗り心地は荒々しく、少しはね気味で、直進安定性もモデューロXと比較してかなり甘く感じられた。これらの比較試乗からも、S660モデューロXのセッティングが、うまく結果を出していることがわかる。
S660モデューロXの足まわりのセッティングやエアロダイナミクスは、高速域でなくても十分に感じられた。たとえば、交差点の右左折時にすっとステアリングを切り、アクセルを踏んでいくと少し後荷重になって、うしろから押されるようなMR独特の気持ちよさを味わえるのが魅力的だ。
ノーマルのS660ではそんなときにステアリングが少し軽くなる傾向がみられるが、S660モデューロXでは決してそういうことはない。これは、前述したフロントのエアロバンパーの影響が大きい。
ホンダ「S660 モデューロX」フロンバンパーのみがノーマルに戻されている試作車
実は、群馬サイクルスポーツセンターでは、フロントバンパーのみを標準に戻した試作車に試乗することができたのだが、明らかにコーナーでステアリングが軽くなり、アンダーステア傾向が感じられたのだ。
ホンダ「S660 モデューロX」に採用されているドリルドディスクローターとスポーツパッド
また、ブレーキに関してもドリルドタイプのディスクローターとスポーツブレーキパッドに変更されているが、その効果は相当なものだ。ノーマルのS660に乗り換えると、ブレーキが甘く感じてしまうほどだ。また、S660モデューロXのブレーキコントロール性は高く、タッチ感も実に良好であった。
御殿場周辺の道路は、わだちや荒れた路面が多くて乗り心地を評価するうえでまたとないシチュエーションがそろっている。そして、そういった路面であってもS660モデューロXは見事にいなしながら、しっかりとした高い安定感で駆け抜けていく。そして、ペースを上げていってもこの印象は変わらず、むしろしなやかさが目立ってくる。まさに“上質さ”をS660で表現するとこうなるのか、といった見本のようなクルマだ。
ホンダ「S660 モデューロX」に採用されている専用シフトノブ
そして、この上質さに花を添えているのが、冒頭で少し触れた「シフトノブ」だ。FFモデルのように頭から握るタイプではなく、横から握るこのシフトノブは、はるかに操作がしやすい。しかも、その感触を味わうようにニュートラルでワンテンポ待てば次のポジションに滑るように入るあたりは、クルマをよくわかっている“通”にはたまらないはずだ。
今回のセッティングは、見事にモデューロXの方向性を示しており、成功といっていいだろう。しかし、今回手を入れなかった部分について、ぜひリクエストしておきたい。それは、エンジンサウンドについてだ。これは、ノーマルのS660もそうなのだが、3気筒独特のエンジン音はどうにも残念でならない。大人の上質さを狙うモデューロXであればなおさら、この“音”をうまく調律して、わくわくさせるようなサウンドに変化させて欲しい。
そしてもうひとつ、モデューロXが大人の上質さを狙うのであれば、ブランドをアピールすべく、それに似合うカタログを作るべきだ。いまは、S660のカタログの中の1グレード的な扱いとなっているが、それとは別にモデューロXの専用カタログを作ることで、特別なクルマであるという所有欲と知識欲の両方を満足させえるものになるはずだ。
今回、S660モデューロXをさまざまなシチュエーションで試乗した結果、標準車+66万4,000円という差額の価値は“十分にある”と感じた。実際に、これらのパーツを別に取り付ければ、工賃込みで110万円相当になるという。そのため当然かもしれないが、コンプリートカーにありがちな子供っぽさはみじんも感じられず、酸いも甘いも嚙み分けた大人が所有するには、とてもふさわしいクルマに思えた。
5月25日にノーマルのS660が商品改良された後、約1か月で1,027台が販売された。そして、S660モデューロXはそのうちの292台と27%を占めている。コンプリートカーとしては、順調な滑り出しといえそうだ。
なお、ステップワゴンのモデューロXにも少し触れることができたのだが、直進安定性が向上し、かつ高速道路における外乱の影響も少なく、家族で長距離を楽しむにはよりふさわしいクルマとなっていた。このように、モデューロXはただ走りを追求するのではなく、トータルバランスを考えながら、どのようにしたらそれぞれのクルマにあった走りの楽しさを引き出せるかをポイントに開発していることがうかがえた。
ホンダ「S660 モデューロX」のイメージ
最後に、あるエンジニアと話していた内容をお伝えして話を締めたい。
「(ホンダの)本体は多くの人数で開発をしていますが、我々は少数で部署を横断し、意見を交換しながら開発をしています。そういった中で、思いもよらないアイデアが生まれたり、あるいは大失敗もしてしまいます。けれども、そのどれもが我々の血と肉になっていきます。そう、まるで本田宗一郎さんが会社を始めた頃の“ホンダイズム”をとても感じるのです」
このモデューロXこそ、今のホンダファンが求めているクルマ作りなのかもしれない。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。