バイク乗りである筆者。長年愛用していたフルフェイスのヘルメットが古くなってきたため、買い替えを検討している。その第1候補がアライヘルメット(以下、アライ)の製品だ。20年以上、アライのヘルメットを使っているということもあるが、安全性の高さやかぶりやすさに定評のあるのが大きな魅力。しかし、定評を裏付ける具体的な根拠は、聞きかじりでしかない。そこで、自分のヘルメットを買い替えがてら、アライに取材してみることにした!
取材に対応してくれたのは、自身もバイクに乗っているアライヘルメットの営業部 上幸一さん
オートバイ好きだった創業者の新井廣武氏が自身の頭を守るために作ったものをきっかけに、1950年にヘルメットの製造に着手したアライ。1952年には日本初のFRP(ガラス繊維などで強化されたプラスチック)製のヘルメットを製造し、同年に始まった公営競技のオートレース用ヘルメットとして供給するようになる。これが、日本で初めて製造・販売されたバイク用のヘルメットだ。そんなアライのヘルメットは安全性において世界的に高く評価されている。
アライ製ヘルメットの安全性の高さに触れるにあたり、まずは、ヘルメットの安全性を示す規格について説明しておこう。いくつかあるヘルメットの規格のうち、試験の厳しさに定評があるのが、日本の国家規格「JIS(日本産業規格)」と、アメリカの非営利的機関が立ち上げた「SNELL(スネル)」という2つの規格。どちらも、ヘルメットを実際に落下させた際の耐衝撃性や、尖ったものが当たった際の強度を調べる耐貫通性、アゴ紐の強度など、安全性能を規定する複数のテスト項目を設けている。この2つの規格には共通の内容もあるが、全般的にSNELL規格のほうが厳しい。たとえば、落下テストで比較すると、JIS規格は1回目が2.5m、2回目が1.28mから落とし、ヘルメット内部の人頭模型に伝わる衝撃加速度が300G以下であればクリアなのに対し、SNELL規格は1回目が3.06m、2回目が2.35mから落とし、275G以下の衝撃加速度でなければならない。さらに、SNELL規格は合格するための基準値が5年ごとに更新され、どんどん厳しくなっていくのも特徴だ。
JIS規格、SNELL規格ともに、アンビルと呼ばれる鋼鉄製の部品が設置された装置で落下テストが行われる
耐貫通性能テストは、先が尖った落下装置(ストライカ)を垂直落下させ、頭に触れる深さまで突き抜けないかでチェック。このテストでストライカを落下させる高さがJIS規格は2mなのに対し、SNELL規格は3mと基準が異なる
当然のことながら、新しい基準値は事前に知らされないので、新製品の発売をとどこおらせないために、ヘルメットメーカーは新基準を想定して備えなければならない。このようなことから、SNELL規格は世界でももっとも厳しい規格と言われている。ただ、ヘルメットでおおって保護する範囲は、SNELL規格のほうが後頭部の範囲が広いが、側頭部はJIS規格のほうが広いというような違いもあるので、JIS規格とSNELL規格の両方を取得しているヘルメットがもっとも安全性が高いと言えるだろう。
アライ製フルフェイスヘルメットは、JIS規格とSNELL規格の両方の基準値を満たしている。アゴの部分がないオープンタイプ(ジェットタイプとも言う)も、ほとんどの製品が両規格に対応
しかし、アライの安全に対する追及はSNELL規格を取得するだけに留まらない。実際の交通事故では試験以上の衝撃を受けることもめずらしくないということから、アライでは、SNELL規格で合格となる値の半分以下の数値で通過できることを目標としているという。
SNELL規格のテスト後のヘルメットを見ると表面の損傷は激しい。この姿を見ると、より安全性の高いヘルメットを装着したいと感じる
規格テストをクリアするための部分以外にも、安全のための工夫が数々施されている。そのひとつが、曲率半径75mm以上の連続した曲面となるように設計された「R75 SHAPE」と呼ばれる卵型のフォルムだ。事故の際に受ける衝撃エネルギーを分散させられるよう、丸くなめらかなフォルムにしているのだという。近年は、高速走行時の空力性能を高めたエアロフォルムを採用するヘルメットも増えているが、アライは「かわす性能」をもっとも発揮できる卵型形状をかたくなに採用している。
衝撃を受けるポイントが丸い形状をすべりながらずれることで、衝撃エネルギーが分散するという。アライではこれを「かわす性能」と呼んでいる
2つめのポイントは、帽体の強度。昔は、ヘルメットは破損することで衝撃を吸収すると言われていた時代もあったが、アライは事故で受ける衝撃は1回だけではないので、1度で破損してしまっては意味がないという考えから、連続して加わる衝撃を受け止めるのではなく、かわし続けられる強度が必要だと導き出した。そのことから、1952年に製造された初代モデルから破損しにくいFRP(ガラス繊維などで強化されたプラスチック)を帽体に採用。その後、素材の進化とともにFRP製の帽体の強度はますます高まっている。さらに近年は、帽体の主材料となる素材「スーパーファイバー」も、アライ独自の強度が高いものが使われるようになった。
おでこなど、より衝撃を緩和しなければならない部分には、スーパーファイバーベルトの補強を入れて強度を高めている
さらに、帽体の中には緩衝体となる発泡スチロールを配置。転倒時、外側からの衝撃と同時に内側からもかかる圧力を発泡スチロールが吸収してくれるのだ。この素材も独自開発した特殊なもので、頭頂部や側頭部など場所によって硬さを変えている
そして、最後に紹介する安全のための工夫は、事故や転倒といった事態に陥らないようにすること。そのために大事なのが、視界を左右するシールドだ。アライヘルメットのシールドは強度が高いのはもちろんだが、曇りにくいことでも定評がある。ロードレース世界選手権の125ccと250ccクラスでチャンピオンとなり、MotoGPクラスでもトップライダーとして活躍したダニ・ペドロサ選手が、雨のレースでアライ製ヘルメットを使ってみたところ、曇りのない視界に感激し、スポンサーだった母国のヘルメットメーカーとの契約を解除してアライと契約を結んだという逸話も残されているほどだ。筆者もこれは実感しており、曇ってもすぐに解消される性能のよさには感心させられた。この曇りにくさの秘密は、ダブルレンズ構造にある。ハードコートされた外レンズと曇り止め加工された内レンズのあいだに空気の層を設けることで、ヘルメット内と外の温度差を平準化させて曇りにくくしているのだ。さらに、ヘルメット内の通気性もよさも、曇りにくさにつながっている。
オプションの「ピンロックシート」を装着すると、よりクリアな視界を確保できる。試しに息を吹きかけてみたが、まったく曇らない!
安全性を高めるためには、コストがかかる。たとえば、帽体の素材。通常のグラスファイバーよりも強度が30%高いスーパーファイバーを主素材として使っているが、コストは約6倍かかっているという。さらに、製造は日本国内の自社工場で、仕上げや検査だけでなく製造も職人の手作業による部分が多いなど、品質確保へのこだわりもハンパではないレベルだ。そのため、アライのヘルメットは他メーカー製品より高価なものが多い。フルフェイスヘルメットの価格を見てみると、38,000〜61,000円くらいのラインアップとなっている。価格差は主に、通気性をはじめとする快適性や内装の取り外しができるか否か、サイズの調整可能な部分がどれくらいあるかという点で、衝撃に耐える安全性は、どのグレードであっても違いはない。しかも、世界トップのMotoGPを走るレーサーに提供されているヘルメットも、基本的には市販されているものと同じだという。
アライのヘルメットは内装を取り外せるようになっているが、ハイグレードなモデルほど外せる部分が多い
サイズの微調整は、何重にもなる内装のスポンジを抜き差しして行う
通気性の違いは、パッと見ただけでもわかりやすい。エントリーモデルの「QUANTUM-J」(左)よりもフラッグシップモデルの「RX-7X」(右)のほうが、通気口につながるエアダクトが大きい
通気性の高い「RX-7X」は、レバーでエアダクトの開閉が可能。夏は涼しく、寒い時期は風の流れを遮断できるので、快適性にすぐれる
なお、通気性が高いモデルは通気口の数が多くなるが、帽体に補強を入れることで安全性を担保している。
「RX-7X」のFRP製帽体を見せてもらうと、通気口が多い頭頂部に強度を確保するための補強が入れられていた。ちなみに、「RX-7X」は300km/hを超えるスピードが出ることもあるレースでも使われているトップグレードモデル。軽量で、空力性能も高い
ヘルメットは、大きく欠損していたり、激しく汚れていない場合、なかなか買い替えに踏み切れないが、「SGマーク」が貼られているヘルメットであれば「3年」というサイクルがひとつの目安となる。実は、SGマークのある製品に欠陥があった場合、購入から3年以内であれば最高1億円の損害賠償が受けられるのだ。制度を利用したいのであれば、3年ごとに買い替えるといい。
SGマークは、消費生活製品安全法に基づいた試験をクリアした証のステッカーだ
ただ、アライユーザーの買い替えスパンはモデルチェンジ周期と同じ5〜6年程度であることが多いのだそう。実際には、それ以上の年数が経っても耐衝撃性能に変わりはないのだが、内装のヘタリなどが起こるため、5〜6年くらいのサイクルが交換するのがよさそうだ。
筆者が10年以上使用してきた「Premium-UR」。大きな衝撃は加わっていないが、表面には細かいキズもあり、内装も劣化してきているので、買い替えたほうがいいのは間違いない
また、強い衝撃が加わったヘルメットは、外観に大きな破損がなくとも安全性が落ちている可能性があるので使わないほうがいい。手に持っていたものをコンクリートの道に落としてしまった程度であれば問題ないが、転倒などでぶつけしまい不安がある場合は、アライが行っている安全性チェック検査を利用してみるといいだろう。
さて、いろいろ話を聞いて、買い替えしたい気持ちが高くなった筆者。実は、すでに購入するモデルは決めていた。それは、2015年に発売された最新モデル「RX-7X」だ。筆者がこれまで使っていた「Premium-UR」と比べると、シールドシステムが異なる。「RX-7X」に採用されているシールドシステムは「VAS」というもの。2015年発売モデルから導入され、従来よりもシールドの取付部が24mm下げられた。これにより、帽体の丸い面積がより広く確保できるようになり、ラウンド形状を生かした「かわす性能」が向上したという。また、シールドの交換も飛躍的にしやすくなった。
筆者がこれまで使っていたモデル(左)より、「RX-7X」はシールドの取付部が下がっていることがわかる
シールドの取付部も「RX-7X」のほうが薄い。薄肉化することで内側への張り出しも少なくなり、衝撃吸収部分をより厚くできるようになったほか、転倒時に路面にこの部分が引っかかりにくくなった
2015年にシールドシステム「VAS」が導入されてからは、シールドの取り外しが容易に。黒いレバーを押すだけで、外すことができる
そして、オプションではあるが、シールドを交換して近年導入された「プロシェードシステム」を使えるようにしてみた。プロシェードシステムとは、日差しを防ぐためのシェードをシールドに一体化したもの。通常時はシェードがひさしの役割を果たし、シェードを下げればスモークシールドになる。また、このシステムは空気を整流する効果もあるため、高速走行時にヘルメットが風圧で振られることも少なくなり、疲れを低減してくれるという。
左が通常時、右がシェードを下げた状態
通常、ツーリング用ヘルメットのシェードはヘルメット本体に内蔵されている(シールドの内側に下ろす仕様)ことが多い。しかし、プロシェードシステムはヘルメット本体でなく、シールドと一体化させている。実は、これもアライの安全性に対するこだわり。ヘルメットに内蔵すると内部に空間ができることで強度が落ちたり、ラウンド形状が損なわれる可能性もあることから、シールドに装着する仕様を採用したのだという。
さっそく、買ったばかりの「RX-7X」をかぶって、4時間を3人交代で走る耐久レースに参加してみた。トータルでひとり1時間以上走ったのだが、レースが終わってヘルメットを脱いだ時に、いつもと違う感が! 意外なほど首や肩まわりが疲れていないのだ。レースでの使用も想定して設計されている「RX-7X」は、空力性能はもちろん、頭を動かした際に遠心力がもっともかかる頭頂部を軽く作っているとは聞いていたが、その効果は想像以上。けっこうタイトめのフィット感ということもあり、レース中にヘルメットがぐらつくこともなく、走りに集中できた。また、寒い日であったが、シールドが曇ることもなく視界は常に良好。トップクラスのレーサーまで、サーキットでアライの愛用者が多い理由を実感することができた。この疲れの少なさや視界のよさ、そして守られている安心感の高さはサーキットに限らず、長距離ツーリングなどでもありがたく感じるはずだ。
フィット感の高さと視界のよさなど、レースシーンでアライが絶大な信頼を得ている理由が少しだけ体感できた
これまで筆者が使っていたヘルメット(左)には通気口はなかったので、通気性は段違い。特に、60km/h以上のスピードで走った時、頭頂部付近を風が抜けていくのが感じられた
そして、レースだけでなく普段も使うようになってから気付いたことがある。連続して1時間以上かぶり続けると、若干、おでこのあたりが締め付けられるのだ。でも、そんな時はヘルメットの頭まわりを包む部分のシステム内装を交換すればいい。この部分に取り付けられる「RX-7X」のシステム内装は、標準装着されている厚み7mmのもののほか、2mm刻みで厚みの異なるものがラインアップされている。交換することで、フィット感の微調整が可能だ。
ヘルメット内側にある黄色いスナップを4つ外せば、システム内装は取り外せる。水洗いもできるので、清潔性もキープしやすい
標準装着されているシステム内装(左)の厚みは7mm。今回は締め付けを解消したいので、2mm薄い5mm厚の「V-5mm」(3,700円/税別)に交換することにした
写真では違いはわかりにくいが、指でつまんでみると確かに薄くなっている!
厚み7mmから5mmのシステム内装に交換した結果、締め付けられる感覚がかなりやわらいだ。これなら長時間かぶっていても問題なさそう。このように、自分の頭に合わせてフィット感を調整できるのはとても重要なことだ。
筆者が購入した「RX-7X」はフラッグシップモデルなので、メーカー希望小売価格は54,000円(税別)だったが、価格以上の安心感と快適性に満足している。近年は、海外製の安価なヘルメットも入手しやすくなったが、バイクに乗っている以上、転倒とは無縁ではないため、安いというだけで選ぶと後悔することになりかねない。快適性に差はあるものの、アライのヘルメットはエントリーモデルもフラッグシップモデルも安全性能は同じ。価格を抑えるにしても、高い安全性が担保されているアライ製品から選ぶのは賢い選択だろう。