ファミリー層を中心に人気を誇っている、スライドドアを備えたコンパクトカー、ダイハツ「トール」。
2020年9月、両側スライドドアや広大な室内空間など、ミニバンの魅力が詰め込まれたコンパクトカー「トール」に初のマイナーチェンジが施された。改良内容は、内外装のデザインが刷新されたほか、新型ステレオカメラの採用による安全性能の大幅な向上、電動パーキングブレーキの採用などによる使い勝手の向上など多岐に渡る
昨年、2020年9月にトールのマイナーチェンジが実施され、安全装備や使い勝手など機能の向上から、内外装に至るまで改良が施された。今回、そんな新型トールを、600kmほどの長距離テストに連れ出してみたのでレポートしたい。
2016年11月、“家族との繋がり”をキーワードとして、子育てファミリー向けのコンパクトカーとして誕生したトール。扱いやすいボディサイズや取り回しのよさ、ゆとりある室内空間、さまざまなシーンに対応できるラゲッジルーム、使い勝手にこだわった装備など、ダイハツが軽自動車で培った技術を元に、コンパクトハイトワゴン市場へ投入された新型車である。トヨタやスバルへ供給している車両を含めて、累計販売台数は約70万台に上る。さらに、コンパクトハイトワゴン市場はトールの発売以降、約2倍へと急速に拡大しており、同市場をけん引するクルマとなっている。
ダイハツによると、ユーザーの声として、「スタイルや安全性に加えて、特にボディサイズや使い勝手の評価が高い。性別や年代を問わず、幅広いお客様から支持を得ている」と言う。さらに、「家族の成長に合わせて、軽自動車からの乗り換えや、ミニバンなど大きなクルマからのダウンサイザーも多く、生活に密着したさまざまなニーズに合致している」とのことだ。
開発担当者によると、特にユーザーからの評価が高かったのが、「アシストグリップ」なのだそう。「後席のアシストグリップに関しては、子供から年配の方まで使えるように、幅や握り方、位置まで考えたうえで設置されていることが好評でした」。また、「カップホルダーなど、日常での使い勝手のよさも評価してもらえました」とのこと。
いっぽう、「ダイハツは軽自動車が中心なので、厳しい言葉では『軽自動車みたいだ』などのコメントもあり、特に『シートは何とかならないか』という意見がありました。そこで、今回のマイナーチェンジでは、骨格までは手を入れませんでしたが、シート形状をしっかり作り込もうとクッション長を伸ばし、サイドサポートを張り出すことで、座り心地と乗降性、走行時の安定性を両立できるような形状を考えました」と説明する。
また、今回のマイナーチェンジでは安全面にも手が入れられている。新型ステレオカメラの搭載による、予防安全機能「スマートアシスト」の進化だ。衝突回避支援ブレーキは、夜間の歩行者や追従する二輪車を新たに検知するようになり、作動対応速度域も向上した。また、全車速追従機能付きの「アダプティブクルーズコントロール」は、カスタムグレードに標準設定されるようになった(G、Gターボにはオプション設定)。さらに、そのアダプティブクルーズコントロールは、設定最高速度が125km/hにまで引き上げられている。そして、廉価グレードのXをのぞく全車に「フルLEDヘッドランプ」が標準装備され、加えてカスタムには対向車を検知して自動で減光してくれる「ADB(アダプティブドライビングビーム)」や、「サイドビューランプ」などが標準装備された。
また、マイナーチェンジでは使い勝手の面も向上している。軽クロスオーバーSUVの「タフト」にも採用されている「電動パーキングブレーキ」が、トールのカスタムグレードに標準設定された(G、Gターボにはオプション設定)。そして、電動パーキングブレーキの採用にあわせて、信号待ちなどで有効な「ブレーキホールド機能」も新たに追加されている。また、シートについては前述した開発者の言葉のとおり、骨格を変えずにパッド形状を変更するとともに、前席の座面長が延長されている。なお、後席のほうも新型では少し厚みを持たせている。
そのほかの使い勝手の向上としては、軽ハイトワゴンの「タント」に採用されている、クルマに近づくだけでドアが自動でオープンする「ウェルカムオープン機能」を新採用。さらに、ドアが閉まった後に自動でドアがロックされる「タッチ&ゴーロック機能」も、従来のカードキーに加えて、フロントドアのリクエストスイッチでも対応できるようになった。
標準車のエクステリアデザインは、先進、洗練、進化をテーマに、フロント周りの迫力を強め、よりスポーティーさが感じられるデザインへと仕上げられている。インテリアは、ブラウンのトーンを落としてシート色も統一することで、より落ち着いた雰囲気になり、質感が高められた。
カスタムのエクステリアは、標準車と同テーマでワイド感を強め、迫力を感じさせるデザインが与えられている。インテリアは、黒基調はそのままに青のアクセントカラーのトーンを落として、上質感をアップさせている。
今回、テスト車として選んだのは、標準車のGグレード(自然吸気エンジン搭載車)だ。ベーシックなXグレードと比べると、加飾関係が充実するとともに、エアコンがオートになるほか、電動パーキングブレーキやオートホールド機能をオプションで選ぶことができる(今回の試乗車には装備されていた)。
クルマに乗り込んだ瞬間、室内空間の圧倒的な広さに驚いてしまった。頭上高はもちろん、左右の広さも十分で、広々とした印象が強く感じられる。また、スイッチ類の操作感や触感なども安っぽさはまったく感じられず、ダウンサイザーも納得のいく仕上がりと言えそうだ。
走り出してみると、視界が広く、若干高めの着座位置も相まって、運転のしやすさは満足できるものだ。さらに、今回のマイナーチェンジで改良されたフロントシートは、大きさは十分で座り心地もよく、2〜3時間程度のドライブではほとんど疲れを感じることはないだろう。
いっぽう、ドライビングポジションに関しては、少々疑問が残った。シートリフターとチルトステアリングを調整して、最適なポジションでシートに座ろうとすると、左足のひざがステアリングコラム下や伸ばしたときにインパネ下部に当たってしまうのだ。これは、姿勢を若干変えればクリアできるのだが、そうするといわゆる最適な運転姿勢が崩れてしまう。筆者の身長は165cmと、それほど特異な体型ではないはずなので、このあたりはぜひ改良を望みたいところだ。
混雑した市街地を走り始めると、視界のよさからそれほどストレスなく走らせることができるのは、トールの大きな魅力のひとつに思える。使用されるシーンは主に、混雑した街中などが多いだろうから、ユーザーにとって利点は大きいはずだ。
ただし、CVTに関しては気になることが2つあった。ひとつは、15km/hから20km/hの低速域、およそ1,000rpmくらいの回転数でアクセルをオン/オフすると、まるでスイッチのようにギクシャクした動きがともなうことだ。これは、CVTの制御にからむものだと想像するが、クリープ走行よりもわずかに上がった速度域で発生するので、渋滞時などでは特に気になった。また、アクセルペダルを踏み込んだ際に、少し過敏に反応することも慣れが必要に思える。もう少し、穏やかなセッティングがクルマの特性上からも好ましいだろう。
だが、それ以外のドライブフィールはきわめて自然だ。ブレーキペダルのタッチも思った通りにコントロールが可能で、アイドリングストップが停止直前に介入しても、踏み心地が変わることもなく、スムーズに停止することができる。その後、アイドルストップからの再始動は、スターターの回る音は比較的大きいものの、振動はほとんど感じられず、とてもスムーズであった。
また、これだけの開口部を持つにもかかわらず、ボディ剛性は必要にして十分だ。サスペンションがしっかりとストロークし、コーナーなどの段差があってもむやみに跳ねることはなく、しっかりとショックを吸収している。ただし、速度域が上がってくると少しバタつき始めるので、街中重視のクルマであることがうかがえる。ただし、フットレストが装備されないことは、少々残念に思えた。
インテリアは、このセグメントとしては非常に質感が高く、驚くくらいだ。インパネ全体としては、特にセンターパネルが縦にそそり立つ感じで、少々広さ感に欠けるイメージだが、それ以外はとてもよくできている印象だ。
ただし、カーナビの上にある小さな液晶画面が、高い位置にあるのが少々わずらわしく感じた。左前方の視界に影響があることや、取ってつけたような印象もともなうので、こういったものはできればメーター内などに収めてほしい。また、装備の使い勝手で言えば、エンジン停止後に電動格納式ドアミラーが操作できないのは不便だ。このあたりは、キー連動、あるいはエンジン停止後もしばらくは操作できるようにしてほしい。
さて、トールの取材をした際に、開発者からは「ママのもうひとつの部屋」と聞いたことがある。つまり、「子供の送り迎えや買い物途中で時間ができた時に、後席などで少しだけでも息抜きできたら、という思いを込めた」とのことだ。そこで、リアシートの居住性も試してみた。
スライドドアの開口部は広く、また、ピラー部に設置された手すりの位置も最適なので、乗り降りに関して不満はない。さらに、この手すりは子供でも握ることができるように、低い位置まで伸ばされているのも良心を感じる。さらに、スライドドアには格納式サンシェードも装備されているので、後席で休息するときには有効だろう。
この後席は、240mmもスライドするので、一番後ろまで下げれば、足元に広々とした空間が生まれる。これは、まさに家にいて、足を伸ばしてくつろぐようなイメージだ。そして、フロントシートを倒せばフルフラットモードになり、靴を脱いでくつろぐこともできる。ただし、後席をフルフラットモードから起こすときに、少々重く感じた。また、フロントシート背面には格納式テーブルが備えられているので、休憩中に飲み物やお菓子なども置くことができる。また、シート位置も前席よりも少し高められており、見晴らしも上々である。
ただ、後席に座っての移動となると、少々話は違ってくる。背面部分は少し立ち気味であり、またシート面も平板のためサポートが弱く、あまり好ましい形状とは言えない。さらに、後席の乗り心地があまりよくなく、直接タイヤの突き上げなどが腰に伝わってくることなどが不満だ。付け加えるなら、最近多く見られるようになった、ルーフなどに設置された後席用のエアコンダクトの備えがないのも、これだけの広い空間を考えると物足りない。せっかくの広大な後席空間なので、ぜひ次期型にはエアコンダクトの設定を望みたい。
こういったクルマであっても、高速道路での移動もあるだろうと走らせてみた。100km/hでエンジンの回転数はおよそ3,000rpmほどになるので、やはりエンジンは市街地メインのセッティングだ。そうは言っても、エンジン音がうるさいかというと、決してそんなことはなく、また非力さも感じないので、時々高速道路も利用するという人にとってもいいだろう。ただし、頻繁に高速道路を利用するのであれば、ターボモデルをおすすめしたい。
全体の乗り心地は、若干やわらかめな印象なので、高速道路でフル乗車すると少々ふわつくかもしれない。直進安定性は、このセグメントとしては取り立てて悪くはないが、スクエア型のボディ形状から横風には少し弱いので、風の強い日には注意が必要だ。
アクティブクルーズコントロールは、高速道路の走行中は前走車がいなくなったからと急な加速などが行われないのはいい。だが、渋滞時などでのブレーキングは少々きつく効くので、慣れるまでは驚いてしまうかもしれない。
最後に、燃費について触れておこう。600kmほど走らせた結果は、
市街地:14.7km/L(15.5km/L)
郊外路:19.4km/L (19.7km/L)
高速道路:19.0km/L (19.2km/L)
()内はWLTCモード燃費
であった。通常、郊外路よりも高速道路の燃費のほうが伸びる傾向にあるのだが、トールの場合はWLTCモード燃費も含めて、郊外路の燃費が伸びている。この理由は、前述した高速道路でのエンジン回転数の高さが影響しているものと思われる。市街地で燃費性能を伸ばすセッティングのため、高速道路ではエンジン回転数が高くなってしまい、その分、燃費がダウンしてしまうのだ。
参考までに、モデルチェンジされたライバル車のスズキ「ソリオ」の燃費データを見てみると、市街地:14.8km/L、郊外路:20.2km/L、高速道路:20.7km/L(ソリオG)なので、設計年度が多少古いトールではあるが、十分に健闘した燃費値と言えるだろう。
今回、トールを試乗している間、クルマを運転する楽しさやワクワクするといった気持ちには、正直ならなかった。だが、そのいっぽうで(CVTの癖を除いて)乗りにくいとか、「なんでこういう作りなんだろう」といった疑問を抱くこともなかった。トールを端的に表す例をひとつあげると、ステアリングの左右に配されたスイッチがそれになる。ステアリングスイッチの左側は、目線左側にあるオーディオ類を操作するのものであり、右側のスイッチはアクティブクルーズなどで、メーター上では右側に表示されている。このように、本当に細かなところにまで注意が払われており、多少クルマに慣れていないドライバーにも違和感を与えず、ストレスなく、思ったとおりに走らせることができる。誰が乗っても快適であること、それこそがトールの本質的な魅力なのだ。トールは、まさにダイハツが目指す、ユーザーに寄り添った、きわめてまっとうな実用車と言えるだろう。