2023年1月13〜15日、幕張メッセで日本最大級のチューニングカーイベント「東京オートサロン2023」が開催される。同イベントにブースを出展予定のダイハツは、入社後数年の若手デザイナーやCMF(カラーマテリアルフィニッシュ)デザイナーたちが中心となって制作した、個性的なカスタマイズカーを5台出展する予定だ。
毎年、オートサロンへ個性的なカスタマイズカーを出展車して驚かせてくれるダイハツ。当記事では、2023年のオートサロン出展車を先取りしてご紹介したい。画像は、その出展車の1台である「タントカスタムRed&Black」
ダイハツは、ユーザーに身近なメーカーであると掲げていることからも、出展するカスタマイズカーは実現不可能なクルマなどではなく、「少し手を加えれば、自分でもできるかもしれない」、あるいは「もう少ししたら、市販化するかも」といった、半歩先の近い未来を見せてくれるような、利用シーンがすぐに思い浮かべられるようなカスタマイズカーが多いことが特徴だ。今回、出展される5台のカスタマイズカーもそれに倣って、各デザイナーがこだわり抜いて仕上げた渾身の作品となっている。
冒頭で述べた「CMF」という名称は、クルマを見た時に目に入るすべてのものを担当する、デザイナー職域のこと。たとえば、内外装のカラーリングのみならず、手に触れた際の材質の触感など、多岐にわたってデザインを手掛けるデザイナーのことである。したがって、ふだんはあまり表に出ることは少ないが、彼ら、彼女たちがいなければ「パッと見のデザインはかっこいいのに、仕上がりがイマイチ……」といったことにもなりかねないのだ。そして今回、ダイハツはそこに着目した。企画の初期段階から、CMFデザイナーへ積極的に提案してもらい、それぞれのカスタマイズカーを仕上げていったとのこと。そして、その裏にはダイハツが目指す将来像も見えてくる。つまり、クルマ全体のコーディネートだ。カラーリングや素材、質感の向上などを最後に行うのではなく、最初から積極的に参加させようということだ。
実は、そこへいたる背景もあった。「オートカラーアウォード」と呼ばれる、自動車のカラーデザインにおける美しさを評価する制度が毎年開催されているのだが、2022年はダイハツの新型「ハイゼット」が受賞したのだ。軽トラといえども、CMFによって気持ちよく、楽しく仕事ができないかというテーマで取り組んだ結果だった。したがって、新型「ハイゼット」のボディカラーはホワイトだけでなく、さまざまなカラーリングが用意されていて、使い勝手も大幅に向上している。その点が、大きく評価されたのである。
ダイハツがいま、CMFに力を入れていることはおわかりいただけたと思う。そして、特に新人デザイナーが取り組むことによって、みずからの気持ちをストレートにデザインへ表現し、会場に訪れた人々への思いを込めたカスタマイズカーたちをご紹介しよう。
「アトレー ワイルドレンジャー」のフロントイメージ。最大の特徴は、少し背が高くなったルーフ部分に隠されている
まずは、「アトレーワイルドレンジャー」から。一見すると、「アトレー」よりも少し背の高い1BOXカーに見えるのだが、実は外装に大きなアイテムが隠されている。それは、ルーフ部分が取り外せてボートになることだ。
「アトレー ワイルドレンジャー」は、ルーフ部分を外すとボートとして使うことができる。オールも備え付けられているので便利そうだ
「アトレーワイルドレンジャー」をデザインした、ダイハツ デザイン部 第1デザインクリエイト室先行開発松井Grの蓮本啓太さんに話を聞くと、「たとえば、キャンプなどで水辺へ行っても、水があるのでその先には進めないでしょう。それであれば、ボートがあるといいな」という思いからだったと言う。さらに、「アトレーはスクエアなデザインなので、ボートを上に積んでも似合う」というデザイナーとしての視点もあったようだ。
さらに、もう1歩突っ込んで聞いてみると、ダイハツらしいまじめな思いもあったようだ。ダイハツ デザイン部 第1デザインクリエイト室 課長の芝垣登志男さんによると、「災害にあった時に、役に立つクルマをダイハツが作れないだろうか」という思いがベースにあった。「水害も考えられるので、陸だけではダメ。それであれば、船を積もうという発想でした。どうしたらお客様によろこんでもらえるかを、ずっとみんなで話した結果です」と明かしてくれた。
「アトレーワイルドレンジャー」のリアエクステリア。じっくりと見ても、ルーフがボートであるようには見えない、純正のような纏まり感がいい
蓮本さんがこだわったのは、「パッと見の印象では、ハイルーフ車にしか見えない。でも、よく見るとオールが付いているし、レスキューというステッカーが貼ってある。これは何?と近づいてみると、あ、これは船じゃん!と驚いてほしいのです」とコメントする。
フロントシートカバーには、さらなる秘密が。荷室は「アトレー」らしく広々としており、助手席を取り払った潔い仕様となっている
「アトレーワイルドレンジャー」のインテリアは、1人乗り仕様だ。「アトレー」は、室内長が2mほどあるので、「アトレーの広さをアピールしたい。ですから、あまりごちゃごちゃさせずに、広さ!カスタマイズ!いろんなことできる!という発想です。大谷翔平も、八村塁も寝ることができますよ」とのことだった。
「アトレーワイルドレンジャー」のフロントシートカバーは、ライフジャケットとして使うことができる。ダイハツならではのこだわりようだ
実は、「アトレーワイルドレンジャー」にはもうひとつ、隠しアイテムがある。それは、シートにかぶせられたジャケットだ。船に乗るときには、ライフジャケットは必須。もうひとつ、1980年代から90年代にシートにTシャツをかぶせることが流行った。この2つを掛け合わせて、ライフジャケットをシートカバーとしても使用できるようにした。防水、撥水加工されたものなので、便利に着用できそうだ。
「アトレーワイルドレンジャー」は、すぐにでも市販できそうに感じたのだが、柴垣さんも「エッセンスだけでも、市販車に伝播していかないかなと思っています。ダイハツは、お客様に最も近いメーカーと自負していますので、楽しいことも提供したい。そこを、モノ作りにうまく反映できればいいなと思っています」。芝垣さんのこの言葉が、ダイハツが今回出展するすべてのカスタマイズカーを象徴しているようだった。
右が「コペンクラブスポーツ」で、左が「ハイゼットジャンボエクステンド」。どちらも、カラーリングはグレーで赤のストライプが入れられており、チームであることがひと目でわかるようになっている
「コペンクラブスポーツ」と「ハイゼットジャンボエクステンド」の2台は、セットで見たほうがいいだろう。走る楽しさを表現した2台だからだ。日曜日などに、気持ちよくサーキットに走りに行く「コペン」と、それをサポートしてモーターホームとして機能する「ハイゼットジャンボ」といったイメージだ。
全体のカラーリングは、どちらも共通。赤いストライプは、ダイハツのコーポレートカラーをイメージしている。そして、ボディカラーのグレーは「最近のスポーツカーに見られるような、グレーですが少しニュアンスのあるようなカラーで先進感を演出しています」と、開発したダイハツ くるま開発デザイン部 第2デザインクリエイト室 CMFグループの里舘ひなのさんは語る。芝垣さんも、「レースでゴリゴリ走っているイメージもほしかったので、F15戦闘機のような、機能的ですがスカッとしたような色を調色してもらいました。クルマも、飛行機由来のところもありますのでリンクしているでしょう」とのこと。個人的には、昔々のポルシェのガルフカラーなどを想起してしまう。同時に、マットペイントではないところにも好感が持てた。
「コペンクラブスポーツ」のフロントエクステリアとリアエクステリア。モチーフは、2021年にオートサロンへ出展した「コペンスパイダーVer.」なのだそう
「コペンクラブスポーツ」のモチーフとなった「コペンスパイダーVer.」
「コペンクラブスポーツ」は、2021年の東京オートサロンに出展された「コペンスパイダーVer.」がモチーフとなっている。「コペンスパイダーVer.」は、フロントウィンドウをカットして車高を下げたレーシーな仕様だった。「コペンクラブスポーツは、コペンスパイダーVer.に影響を受けたユーザーが『これなら、自分でもできるかも』と思って再現したモデルです。いわば、憧れの仕様みたいな感じですね」と芝垣さん。また、サンデーレーサーなのでファインチューニングも施されているイメージだ。
「コペンクラブスポーツ」のインテリア。エクステリアと同じく、インテリアにも赤のストライプが入れられているのが特徴的だ
内装も、赤いストライプがつながるように配色され、内外装の一体感が表現されている。また、インパネ中央にはストップウォッチ風の時計が置かれており、さらにこの時計の部分は交換可能とのこと。ストップウォッチにしたり、ナビにしたりと気分に合わせてチェンジできる仕組みになっているのがおしゃれだ。
「ハイゼットジャンボエクステンド」のフロントエクステリアとリアエクステリア。最大の特徴は、荷台を後方へ伸ばすことで、広い荷室として使えるようになることだ
続いて、「ハイゼットジャンボエクステンド」だ。最も特徴的なのは、アウターシェルと呼ばれる荷台の部分がスライドして、荷室がさらに広く使えるところだ。芝垣さんによると、「ハイゼットを、もっと使えるクルマにしたいという思いがありました」と言う。「近年は、キャンプなどが流行っていますので、室内が大きくなるようなクルマがあるといいね、という発想です。そこから、コペンと一緒に考えて、チームプレイみたいことができないかという議論から生まれました」と、誕生の背景を教えてくれた。
個人的には、このような仕様が市販車にオプションなどでも設定できたらいいと感じたのだが、芝垣さんも「僕らも、そうなればいいなと思っています。何か、面白いシーンが提案できればという思いだったので、量産としては無理な部分もあるかもしれませんが、大きなレースではなく、草レースでもモーターホームみたいなものがあるといいなという憧れみたいなものを表現しました」とのこと。
また、里舘さんは先ほど述べた「ハイゼット」のCMFも担当しており、オートカラーアウォードを受賞している。里舘さんが、みずから手掛けた「ハイゼットジャンボエクステンド」は、どのように見えているのだろうか。「モーターホーム自体も、働くクルマだと思います。そこへ、さらに走る楽しさをプラスしたかったのです」と、里舘さんは話す。そして、「ハイゼットのカタログモデルはだいぶストイックな世界ですけど、今回は赤の差し色をかなり入れることで、スポーティーさを表現しています。また、荷室にはファブリックを使って、表皮の下にクッション材を入れるなどで、ここでくつろいでもらいたいという思いを込めました」とその思いを語っていた。
実際に、レースへ出場するとなると、工具など様々な用意が必要となる。そうすると、コペン1台では厳しいかもしれない。さらに、出走までの時間や終わった後にレーシングスーツから普段着に着替える際の場所なども考えると、「ハイゼットジャンボエクステンド」のようなクルマが1台と、協力してくれる仲間がいれば心強いだろう。同じカラーリングということもあって、まるでワークスチームのような気持ちで盛り上がるはずだ。
ちなみに、ゼッケンサークルに描かれた数字については、コペンの誕生20周年、ハイゼットの62周年を記念したものである。
「タントカスタムRed&Black」のフロントエクステリア。まさしく、オートサロンの出展車を思わせる風貌だが、これを自動車メーカーのダイハツが手掛けたところが驚きだ
次に、「タントカスタムRed&Black」をご紹介したい。車高をかなり落として、かつグラデーション塗装が施されたこのクルマは、いわゆる“ドレスアップカー”を感じさせるが、そのコンセプトは「ロック」をイメージして作られたものだ。
「普段の市販車の開発では難しいような、オートサロンでしかできないような飛び抜けたものを作りたかったのです」と、担当したダイハツ くるま開発本部 デザイン部 第2デザインクリエイト室 先行開発グループの秦麻衣香さんは言う。また、「オートサロンは各メーカーが出展し、王道のカスタムが登場するでしょうが、我々ダイハツでしかできないモデルで、「ダイハツって、こんなにおもしろいことをしているんだ!」というのを感じて欲しかったとのこと。
まず、秦さんは王道のカスタム車をデザインしていった。いわゆる“ヤンシャ”やそのクルマに憧れる若者社会に向けたクルマだったようだ。その議論をしている際に、「ロックなクルマを作ってみては? と軽いノリで提案があったんです。アイデアに行き詰まっていた時だったので、息抜き程度にやってみようと(ロックテイスト)モリモリで作ってみたのです。それが部内で大いに受けたことから、タントカスタムRed&Blackへとつながりました」と教えてくれた。
「タントカスタムRed&Black」のリアエクステリア。カラーリングはヤンチャだが、メーカーが手掛けた作品らしく、光に反射するグラデーションなどとてもきれいに仕上げられている
「タントカスタムRed&Black」のボディカラーは、フロントからリアにかけて赤と黒のグラデーションになっている。これは、すべて職人による手塗りで、4コートほどになるそうだ。「赤と黒が見え隠れするところに、妖しさを表現したかったのです。リアは黒ですので、暗闇から出てくるようなイメージですね。サイドには、レーザービームのようなマスキングも入っています。これは、内装のキルティングと合わせています」とのこと。この赤は、かなり輝度の高いキャンディーレッドという。大粒形のフレークを使った塗装でギラギラ感を醸し出しつつ、ボディーは陰影によって立体感が表現されている。
「タントカスタムRed&Black」は、インテリアもかなり妖しい雰囲気が醸し出されている
インテリアも、一目見た瞬間に気分がアップするように心がけたのだという。「内装の加飾にも、外装と同じ赤色を用いているのに加えて、ステアリングやシートのステッチ、刺繍の赤色なども明度を高くして、きちんと見えるように仕上げています」と秦さん。さらに、シートサイドにはエクステリアのマスキングと同様の模様も入れられており、一体感が演出されている。また、インパネにはブーツや靴などに用いられるような装飾が為された加飾が入れられた。さらに、デカールやシートの刺繍、ナビのオープニング画面まで専用ロゴによってデザインされている。
最後に、秦さんは「この世界観は、中途半端にしてしまうと絶対に面白くないと思ったので、とにかくとことんこだわり抜きました」と語るように、まるでカタログモデルかのような仕上がりとなっているのは驚きだった。ちなみに、今回はお見せできなかったサプライズなどもあるようなので、ぜひ現地に足を運んでみてほしい。
「タントファンクロス」オートサロン出展車のフロントエクステリア。ベースが「タント」とはもはや思えないほどに、「タントファンクロス」の持つアウトドア感をさらにアップさせて、スタイリッシュに仕上げている
最後は、「タントファンクロス」だ。カタログモデルの「タントファンクロス」のショーモデルという。「ファンクロスは、家族のお出かけの楽しさをカタログモデルとして表現していますが、ショーであることを踏まえ、もっとお客様に知ってもらいたいと考えました」と話すのは里舘さん。認知度向上の役割を持たせるために、カタログモデルをさらに強調したクルマのようだ。
さらに、里舘さんは「家族が楽しくお出かけしているシーンなどを想像した時に、ランニングバイクを親子で走ってるようなシーンをイメージしています。親子の“ファン”な感じを表現するために、イエローを多く採り入れることでファンクロスの世界観を強調しました」とコメントする。
「タントファンクロス」オートサロン出展車のインテリア
「タント」における最大の特徴は、Bピラーがない「ミラクルオープンドア」だ。それを、より強調するために、シートのサイド部分がイエローになっている。そこから、室内の広々感を表現するとともに、カーペットに芝生を敷きフィールドとつながっているような雰囲気が演出されている。車内に居ても外に居るような、車内がアウトドアの延長であるかのような感覚を想起させるものだ。
「タントファンクロス」オートサロン出展車のフロントバンパーとリアバンパー。「カラビナ」を模したデザインが表現されている
もうひとつ、同モデルには特徴がある。「家族で、キャンプのその先のアクティビティーを楽しむというテーマなのですが、ではアウトドアのキーになるものは何かと考えた際に、カラビナを思いつきました。タントファンクロスの特徴である、輪っか状のバンパーコーナーの造形を生かして、大きなカラビナがついているような印象を与えています。実は、サイドビューもショルダー周りからルーフレールにかけて、カラビナのモチーフを造形に採り入れました」と芝垣さん。
「タントファンクロス」オートサロン出展車のインテリアは、エアアウトレットにもカラー変更が施されているなど、内外装で一体感が演出されている
また、室内のエアアウトレットなどにも、イエローが差し色として用いている。市販モデルはオレンジなのだが、個人的にはそれよりも似合っている印象だった。実は、「赤みの強いイエローを使うと、注意換気色のようになって目に飛びこみやすくなります。そこで、若干緑みっぽい表現にしましたので、少しアクティブなイメージに見えると思います」と里舘さん。そのようなところも、CMFのデザイナーたちの手腕が発揮されていると言えそうだ。
どのカスタマイズカーも、使用シーンがすぐに目に浮かんでくるようなモデルだった。そして、現実的でありながら、「こういう使い方もありだよね」とも思わせてくれる。そこには、カタログモデルを超えるダイハツの“夢”が詰まっている気がした。今回、ご紹介したカスタマイズカーたちは、東京オートサロン2023や大阪オートメッセ2023に出展される予定なので、実車を見て、夢を膨らませて頂ければ幸いだ。もしかしたら、みなさんの愛車にも応用できるような、カスタマイズのアイデアが得られるかもしれない。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。