日産は、2024年春に正式発表予定の「アリアNISMO」を、「東京オートサロン2024」で初公開した。
「アリアNISMO」は、クロスオーバーEV「アリア」の「e-4ORCE」(4WD)をベースに、NISMOの手によってチューニングが施されたモデルだ
今回、同モデルの特徴や魅力について、開発責任者である日産 モータースポーツ&カスタマイズ カスタマイズ事業部 理事 カスタマイズ事業部 第一開発部 CVEモータースポーツ事業部 車両開発部の長谷川聡さんに話を伺ったのでお伝えしたい。
クロスオーバーEV「アリア」の「e-4ORCE」(電動4WD制御システム)モデルをベースに、NISMO専用チューニングによって高次元のハンドリング性能や旋回性、伸びのある加速などが味わえるモデルとして登場したのが「アリアNISMO」だ。
グレードラインアップは、公表された諸元を見る限りでは「NISMO B6 e-4ORCE」と「NISMO B9 e-4ORCE」の2グレードのようである。価格については発表されていない
■「アリアNISMO」の最高出力と最大トルク
-最高出力-
NISMO B9 e-4ORCE:320kW
NISMO B6 e-4ORCE:270kW
-最大トルク-
NISMO B9 e-4ORCE:600Nm
NISMO B6 e-4ORCE:560Nm
「アリアNISMO」は、ベースモデルに対して最高出力を約10%向上させ、NISMO 専用の加速チューニングが施されることで、気持ちのよい加速を実現しているという。加えて、専用の「NISMOドライビングモード」ではレスポンスを高めて、EVならではの加速力をフルに発揮するためのチューニングも施された。
また、「アリアNISMO」専用タイヤと軽量で高剛性な20インチアルミホイールを装着するとともに、シャシーを構成する各部品にもNISMO専用のチューニングを施すことで、車両の安定性や回頭性を高め、軽快でなめらかな走りを実現しているという。
開発責任者の長谷川さんへ、「アリアNISMO」を開発する上で重要なポイントや苦労した点などについて伺った。長谷川さんによると、「基準車となる『アリア』も、けっこう速くて、(運転していても)気持ちがよいのです」とのこと。
日産 モータースポーツ&カスタマイズ カスタマイズ事業部 理事 カスタマイズ事業部 第一開発部 CVEモータースポーツ事業部 車両開発部の長谷川聡さん
NISMOが開発する際には、重要な3つのキーワードがある。それは、「より速く」「気持ちよく」「安心して」運転できることだ。だが、「アリア」は標準車の時点で、すでに高いレベルの走行性能や乗り味を実現していた。そのため、NISMOであっても「アリア」にチューニングを施すのは「とても難しいクルマなのです」と明かす。
そこで、長谷川さんは考えを少し変えたという。先ほどの3つのキーワードを逆にしたのだ。すなわち、「安心して」、「速さ」や「気持ちよさ」を提供できるクルマを作ろう。それが、「アリアNISMO」の基礎となるテーマだ。
では、その安心とは何なのだろうか。長谷川さんは、まず「アリアNISMO」を開発するに当たって、なぜ「e-4ORCE」を採用したのかについて説明する。「『アリアNISMO』は、トルクが600Nmあるのです。同じようなスペックでは、『GT-R NISMO』が652Nmなので、ガソリン車に置き換えるとスポーツカー並になります。さらに、車重が2.2トンあるので、2輪では支えきれない領域に入ります。そこで、四輪駆動をベース車としました」。
「GT-R NISMO」には、NISMOの手によってチューニングが施された3.8L V6ツインターボエンジンが搭載されており、最高出力441kW(600PS)、最大トルク652Nm(66.5kgf・m)を発生させる
「e-4ORCE」は、前後モーターの駆動トルク配分とともに、左右の駆動配分も片側にブレーキをわずかにかけることで自由に変化させることができる。その結果、四輪すべてを同時に駆動配分してコントロールできるのだ。「『e-4ORCE』の制御によって、600Nm、2.2トンのクルマを思い通りに曲がるようにすれば、楽しいクルマが作れるのではないか。それが、NISMOのコンセプトに合致すると考えて『アリアNISMO』を開発したのです」と説明する。つまり、「思い通りに曲がること」が「安心」につながるという考え方だ。
「アリアNISMO」には、NISMO専用のチューニングが施された「NISMO tuned e-4ORCE」が採用されている。基本的な制御技術については変更されていないのだが、そこへ与える乗数は600Nm(NISMO B9 e-4ORCE)を誇る「アリアNISMO」独自のものになる。
具体的には、後輪側に若干トルクを多めにかけるように設定されているという。この“若干”というのがNISMOの味付けで、多すぎるとFRのようにテールハッピーになってしまうので、うまくバランスを取りながら、「コーナーへ入ったときに、アクセルをバン!と踏んだらノーズが内側へ向くようなセッティングにしています。そうすると、四駆としてスポーティーな走りになるのです」と話す。
「アリアNISMO」には、NISMO 専用チューニングが施された「NISMO tuned e-4ORCE」を採用。限界走行時にも高いライントレース性を発揮し、思い通りのコーナーリングが可能となっている
実は、同じようなドライビングフィールを有する4WDシステムがある。それは、「アテーサ E-TS」だ。前輪と後輪のトルクを最適な配分に制御し、FR車のすぐれた旋回性能と4WD車の安定性を両立させた4WDシステムだ。同システムは内燃機関で採用されていたために介入する機構が多く、さまざまなフリクションロスやわずかな時間差がどうしても発生してしまっていた。だが、今回は電気自動車であることから、制御時間は1万分の1程度になるという。「そこが技術の進化です。『e-4ORCE』があるからこそ、『アリアNISMO』が開発できたのです」と長谷川さん。
長谷川さんが狙ったハンドリングは、ニュートラルステアと呼ばれるようなイメージになる。たとえば、オーバースピードでコーナーへ侵入したときにステアリングを切っても、遠心力で真っ直ぐに行こうとするのが「アンダーステア」。ステアリングを切ったときに、リアが外に向かって出ていく現象を「オーバーステア」というが、「ニュートラルステア」はまさにその間だ。狙ったとおりのラインを、狙ったとおりの舵角で走り抜けていくことを指す。これが実現できたのは、まさに「e-4ORCE」のおかげだ。コーナー内側の駆動輪に軽くブレーキをかけて(人間には感知できないわずかなレベルで)、外側の駆動輪にトルクを多くかけることで、きれいな旋回性能を得ることができる。
また、サスペンションもNISMO専用にチューンされており、スプリングやショックは固めに設定されている。
タイヤは、ミシュランの「パイロットスポーツEV」と呼ばれる新しいEV用ハイパフォーマンスタイヤが装着されている。長谷川さん曰く、「グリップ力が高いタイヤを選定していますので、走りとしてはかなりレベルが高められています」
いっぽう、制動力に関してはブレーキパッドを欧州用のメタルパッドに変更したくらいとのこと。実は、電気自動車なので回生ブレーキを有効に使えるため、「GT-R」のような大径ブレーキは必要ないとのこと。「そういったところから、重量を少しずつ減らしていかないと、どんどん重たくなってしまうのです」と長谷川さんは説明してくれた。
安心感というキーワードは、NISMOのすべてのクルマに共通するものだ。「どんなに速いエンジンを搭載していても、安心できないと怖くて(アクセルペダルを)踏めないのです。ですから、とにかく“安心感”が重要になります。その“安心感”を持たせるためには、性能の限界まで挙動が乱れず、クルマをコントロールできることがとても重要なのです」と強調する。
そのあたり、NISMOはドライバーをしっかりと育ててきたことが功を奏した。「ドライバーへ評価してもらって、その評価コメントをデータに置き換え、そのデータから修正するところを決めていきます。まさに、昔の開発手法ですね。いまは、CADでシミュレーションして、ある程度予測して、組み立ててできた、となりがちですが、そこには感性的な評価ドライバーのコメントはなかなか入らないのです。ですが、NISMOはレース活動を実施しています。そして、ドライバーからのコメントをもとにクルマを開発している会社ですから、その点を非常に重視しています。NISMOのラインアップは、皆そのように作られるのです」と教えてくれた。
「アリアNISMO」の一番のポイントを長谷川さんに聞いてみると、「やはり、コーナーリングが速いことですね」と教えてくれた
いまからさかのぼること40年ほど前の1980年代前半、日産は「901運動」と呼ばれるクルマ作りのための社内運動を実施した。これは、1990年代までに“世界一の動的性能”を実現することを目標に日産が始めた活動のことで、1990年代までに開発される全車種を対象に行われた。具体的には、シャシーやエンジンだけでなく、ボディー構造、そしてデザインや品質までクルマ全体に渡るものだった。その結果として、抜群のハンドリング特性が生まれ、前述の「アテーサE-TS」なども誕生したのだ。
実は、長谷川さんはこの活動を現役で体験してきた人物だ。さらに、前述の評価ドライバーも同様で、そのような人たちが開発したクルマが「アリアNISMO」なのである。つまり、たとえそれが電気自動車であってもごまかしなどなく、すばらしいハンドリングが実現できているに違いない。
電気自動車だから楽しくない、などと言われることもあるが、この話を聞くかぎりNISMOにはこの説は通用しないようである。ドライバーの意のままに、楽しく操れるハイパフォーマンスEV、それが「アリアNISMO」である。
(写真:島村栄二、日産自動車)