ドライブするときに、乗員が無意識のうちに聞いている音は、エンジン音、排気音、風切り音、タイヤが発生するロードノイズやパターンノイズなど、さまざまあります。それらが室内に大きく響いてくると、同乗者と会話をするときに自然と声を張り上げることになったり、音楽をかけて聞き取りにくいシーンがあると不愉快に感じたり、プチストレスが溜まってしまいます。
それを長時間続けていると、知らず知らずのうちに疲労が大きくなり、集中力の低下や眠気なども誘発しますので、安全運転にも悪影響が出てきます。レーシングカーのような、気持ちを昂ぶらせてくれる音が好きな人もいますが、一般的には、車内がなるべく静かなクルマのほうが心地よく過ごせると言えるでしょう。
筆者はこれまで、25年以上にわたって多くのクルマに試乗してきましたが、この間静粛性は驚くほどに向上しました。静粛性には音そのものだけではなく、メカニズム各部が動いたり擦れたりすることによって生じる振動として人に伝わるものもあるので、音だけでなく振動をなくすことも必要です。
大きくは、発生した音や振動が室内に侵入するのを防ぐ方法と、発生した音や振動を吸収して防ぐ方法があります。ボンネットの中、エンジンルームとキャビンの境目、ドアパネルやホイールハウス、フロアカーペットなどに遮音材や吸音材を入れていくのですが、音や振動の侵入経路を突き止め、そこにピンポイントで対策を施すなど、そのノウハウは自動車メーカーにとって腕の見せ所となっていました。
トヨタ「ヤリス」の分解透視図。見えないところに、静粛性を高める工夫が施されています
ただ、遮音材や吸音材をあまりたくさん入れすぎると、車両はどんどん重くなってしまい、コストもかさんでしまいます。そこで近年多くの自動車メーカーが採用し始めているのが、構造用接着剤です。
これは従来のボルトやナット、溶接といった機械接合にプラスしたり、置き換えたりすることで、剛性アップと軽量化、生産過程での環境負荷低減に貢献するものなのですが、ニーズによっていくつかの種類があり、静粛性に効果的な構造用接着剤もあります。それによって、車両の剛性をアップしながら、静粛性向上も叶えるという手法が多く取り入れられてきています。
さらに、さまざまな技術で音をコントロールし、人間の耳に不快な周波数を減らしたり、ノイズキャンセラーのように雑音を打ち消す技術、心地よい音に変換して響かせるような技術を採り入れたりするなど、サウンドコントロールという手法を取り入れる車種も、近年は増えてきています。
また、静粛性におけるもうひとつの大事な要素はタイヤです。近年、タイヤの静粛性も驚くべき進化を遂げていますが、ここにきて環境負荷低減のため耐摩耗性を重視したり、自然由来の原材料に置き換えたりする取り組みが進められていることなどで、静粛性のプライオリティーはいったん低くなってきているように感じます。
とはいえ、ひと昔前のタイヤと比べるとタイヤの静粛性は驚愕のレベルで向上していますので、それも含めてクルマの静粛性向上が進んできたと言えるでしょう。
タイヤメーカー各社も、乗り心地がよく静かなタイヤの開発に力を入れています
では、ここからは3つのボディタイプから静かさで選びたいおすすめモデルをピックアップしてみましたので、ご紹介いたします。
まずは軽自動車から、新型になったホンダ「N-BOX」。
デザインはより上質に、室内空間はさらに広く、使いやすい収納スペースがたくさん増えて快適になった新型モデル。
パワートレーンは、自然吸気エンジン、ターボエンジンともにキャリーオーバーとなりました。しかし、だからこそ先代ではやりきれなかった細部にわたって磨き上げられ、滑らかで軽快な加速フィールや応答性のよいステアリングフィール、一体感のあるボディ剛性など、走りは軽自動車の域を超える仕上がりです。
ラゲッジに折りたたみのスロープが付くタイプでは、スロープを引き出す手順を3ステップにまで簡潔にしたことで、アウトドアレジャーの荷物や自転車の積みやすさもアップ。
先代モデルを磨き上げ、使い勝手や快適性を大幅向上させた「N-BOX」
そんな「N-BOX」でひときわ驚いたのが、走行中の静粛性でした。低速から中速域はもちろん、回転数を上げて強めの加速をするシーンでも、耳につくエンジンノイズや路面からのロードノイズがとても小さく抑えられています。
大人4人のフル乗車で試乗した際には、後席の人とも声を張ることなく会話が続けられ、ノイズのじゃまがまったく入らないことにいたく感心しました。
これは、ベースとなる骨格において高剛性なハイテン材の配置を適正化したことに始まり、ルーフライニング(天張り)の基本材料構成を変更して、ボディパネルの全体的な共振を吸収するようにしたほか、フロアカーペットにも遮音層フィルムを追加し、空気を通さないように遮断したことが奏功しているとのこと。
これらを実現するため、生産現場である工場にも掛け合い、作り方を変更したというから頭が下がります。不快な振動が少なく、乗り心地がよいところも大きな魅力です。
次はコンパクトカーから、日産「ノートオーラ」。サイズは小さくても、大人が満足できるようなコンパクトカーを目指して開発されたという「オーラ」は、「ノート」よりも4cmほど拡大した全幅で存在感がアップし、インテリアにはアームレストやインパネ上部、ドアインナーなどにたっぷりとあしらわれたツイード調織物とレザー、滑らかで温もりのある木目のコーディネートがとてもステキ。
疲労を軽減するという「ゼログラビティシート」は、高級セダン「フーガ」と同等のクッション厚で、とてもリラックスできる座り心地を提供してくれます。
上質なコンパクトカーを目指して作られた「ノートオーラ」
パワートレーンは100%モーター走行の「e-POWER」。フロントモーターの最高出力、最大トルクは136ps/300Nmとパワフルなので、望めば“ロケットダッシュ”という言葉がピッタリ。アクセルを踏み込めば、ものすごい加速フィールを味わうことも可能です。
発電専用に搭載される小型エンジンは、バッテリーが減ってくると始動するのですが、そのタイミングがすばらしい。なるべく、ロードノイズなどに隠れたり、打ち消させたりするよう制御しているので、初期の「e-POWER」搭載車と比べると、格段に高い静粛性を手に入れました。
さらに、「オーラ」では高級車と同等の遮音ガラスを採用して、室内の静粛性を高めているとのこと。「マナーモード」というスイッチを押せば、深夜の住宅街などで音を出さずに走れるという、周囲に対しても配慮できるところも「オーラ」の魅力です。
最後は、SUVとセダンを融合させたボディを持つ、トヨタ「クラウン クロスオーバー」。大変身を遂げた「クラウン」シリーズのトップバッターとして、2022年に登場しました。
パワートレーンは2.5Lのハイブリッドとガソリンのほか、トヨタ初となる「2.4Lターボ デュアルブーストハイブリッドシステム」と2.4Lターボをラインアップしています。試乗において、通常の一般道でも静かさは実感できたのですが、驚いたのは北海道の雪上コースで試乗した際の静かさです。
「クラウン クロスオーバー」の静かな車内はロングドライブでも快適
かなり大粒の雪が降る中、積雪量の多い雪上を走行したのですが、室内に入ってくるノイズや、余計な振動がよく抑えられており、後席に座る人とも声を張らなくても普通に会話できました。
これは「GA-Kプラットフォーム」をベースとしつつも、マルチリンクサスペンションを採用するなど、「クラウン」専用開発として基本性能を高めていることに加えて、車内のこもり音をスピーカーからの制御音で打ち消すという「アクティブノイズコントロール」を採用することで、いつどんなシーンでも静かな車内を提供してくれているためです。
さらに、後輪を低速では逆位相に、高速では同位相に切ることで取り回し性能や操舵応答性、高速安定性を向上する「DRS(ダイナミックリアステアリング)」によって、思いどおりの走りを実現してくれる「クラウン(クロスオーバー)」は、確かに新世代の「クラウン」だと納得です。
ということで、今や静かさも立派なクルマの性能のひとつ。前席と後席では聞こえてくるノイズがちがうことも多いので、購入する際にはどちらの席でも試してみることをおすすめします。