世界初のバランサー機構を採用した並列2気筒エンジンの実力やフィーリングを確かめるため、スズキ「GSX-8S」に試乗。このパワーユニットは2024年1月に追加されたバリエーションモデル「GSX-8R」などにも搭載されているが、今回はアップタイプのハンドルを備え、街乗りなどがしやすい「GSX-8S」に乗ってみた。
パールコズミックブルー、グラスマットメカニカルグレー、マットブラックメタリックNo.2の3色をラインアップ。試乗車はカラーチェンジ前の2023年モデル
日本ではストリートファイター的なデザインは評価が分かれるが、個人的には「GSX-8S」のスタイルは好み。尖った形状のライトカウルからラジエーターシュラウドあたりのデザインは空気を切り裂いて進んでいくイメージで、どことなくスズキの歴史的名車「GSX1100S KATANA」を思わせる。そして、縦に2つ並んだLEDのライトを基調としたフロントフェイスは、兄弟車の「GSX-8R」や「Vストローム800DE」にも採用されたスズキの新しい顔とも言えるデザインだ。
サイズは2,115(全長)× 775(全幅)1,105(全高)mmで、重量は202kg。メーカー希望小売価格は1,067,000円(税込)
「8S」のロゴが入ったシュラウド部分は前に張り出している。尖ったデザインがフロントマスクと好バランスだ
縦に2つ並んだプロジェクタータイプのヘッドランプも、ストリートファイターらしいアグレッシブなデザインに寄与する
短く切り落とされたようなテールのデザインもストリートファイターっぽいもの。シートレールの鋼管パイプが、デザイン上のアクセントになっている
搭載しているエンジンは、775ccの並列2気筒。2気筒エンジンのフィーリングを作り出すクランク角は、低中回転域のトラクション性能と高回転でのパワー感を両立する270度を採用している。そして、最大の特徴が「スズキクロスバランサー」と呼ばれるバランサー機構を採用していること。クランク軸に対して2つの1次バランサーをそれぞれが90度になる位置に配置した機構で、量産2輪車としては世界初の採用となる。この機構により、スムーズな走行を実現するとともに、前後方向のコンパクト化と軽量化を両立した。
並列2気筒エンジンの中でもスリムでコンパクトな印象。最高出力は80PS/8,500rpmで、最大トルクは76Nm/6,800rpm
「スズキクロスバランサー」の配置図。2つのバランサーで、1次、2次振動だけでなく、エンジンが左右に揺れる偶力振動も抑制する
マフラーはショートタイプ。ステップの下辺りに排気口を配置している
足回りは、倒立タイプのフロントフォークやラジアルマウントのブレーキキャリパーを備えたスポーティーな組み合わせ。現代のマシンらしく電子制御も充実しており、走行モードの切り替えはもちろん、トラクションコントロール機構、アップ・ダウンに対応したクイックシフターも搭載。スロットルも電子制御なので、シフトダウン時には自動でブリッピングが行われる。
KYB製の倒立フロントフォークに、ニッシン製のラジアルマウントキャリパーをダブルで装備。リアのモノショックもKYB製だ。フロントタイヤのサイズは120/70ZR17
リアタイヤのサイズは180/55ZR17。ダンロップ製「SPORTMAX RoadSport2」というスポーティーなタイヤをセレクトしている
スポーティーなライディングに対応する、金属がむき出しのステップ。ヒールプレートの造形も美しい
やや幅の広いアップタイプのバーハンドルの中央に装備されたメーターには、円形のタコメーターを中心にさまざまな情報が見やすく表示される
走行モードの切り替えなどの操作は左手側のボタンで行う。トラクションコントロールの介入具合も調整可能
アグレッシブなルックスに新開発のエンジンを搭載し、スポーティーな足回りには電子制御をふんだんに採用するなど、メーカーの意気込みが伝わってくるような完成度。どのような性能に仕上がっているのか、街乗りから高速道路、そしてワインディングとさまざまなシーンに連れ出してみた。
シート高は810mmだが、スリムな車体のおかげで足付き性は良好。身長175cmの筆者の場合、両足のかかとがギリギリで接地しないくらい
「スズキイージースタートシステム」を採用しているため、エンジンの始動はセルボタンを押すだけ。エンジンがかかるまでセルスターターが動き続けてくれる。セルボタンを押し続ける必要がないのは、ちょっとした動作の差ではあるが、一度使うとすべてのバイクに付けてほしいと感じるほど便利。クラッチミートの際に回転数を自動で上げる「ローRPMアシスト」も装備しているので、スタートが快適だ。
走り始めは、コンフォートを意味する「Cモード」や、ベーシックの「Bモード」を選択。270度クランクの2気筒エンジンらしく、低回転域から確実に路面を蹴るようなトラクションを感じるが、大排気量の2気筒マシンの中では圧倒的に振動が少ない。耳に届く排気音にも2気筒らしいパルス感があるのに、回転のスムーズさは4気筒かと思うほどで、不思議なフィーリングだ。トラクションもつかみやすく、街中では非常に扱いやすい。また、アップライトなライディングポジションのおかげでリラックスして乗れる。
低回転域から豊かなトルクがあり、回転上昇がスムーズなので、街乗りはとても快適。振動が少ないので長距離ツーリングの疲れも少なそうだ
ただ、走行モードを最もアグレッシブな「Aモード」に切り替え、少しだけ大きめにアクセルを開けると印象は一変する。体に伝わってくる振動は穏やかなままだが、一瞬目が付いていかないような俊敏さでマシンが加速するのだ。2気筒エンジンの魅力は、低中回転域のトラクション性能だが、そこにあるべき振動がないままマシンがすごい勢いでダッシュするので、ちょっと理解が追いつかないままスピードが出ている感覚だ。正直なところ、街中で「Aモード」にするのは危険だと感じるほどだった。
足回りのフィーリングは硬め。ブレーキやアクセル操作でのピッチングは少なく、サスペンションの動きとしては一般のネイキッドマシンよりスーパースポーツに近いと感じた。しっかりとタイヤを路面に押し付けてくれるので、安心してコーナーに入って行ける。コーナリング中の安定感も高く、高速コーナーでアクセルを開けていく感覚が楽しい。ワインディングを走るのも爽快だが、サーキットに持ち込んでスポーツ走行してみたくなる。
コーナリング中の姿勢が安定しているので、ついついアクセルを開けていきたくなる。公道では自制心が必要と思えるくらいの運動性能だ
新開発のエンジンは、今後のスズキの主力パワーユニットの一翼を担うことになるだろうことを予感させるのに十分な特徴あるフィーリングだった。2気筒エンジンらしいトルクフルな特性を味わえるいっぽうで、独自のバランサー機構のおかげで4気筒マシンに近い吹け上がりのスムーズさも体感できる。その俊敏な加速は、80PSという最高出力の数値以上だ。スリムな2気筒エンジンを搭載したネイキッドマシンというと扱いやすいイメージだが、「GSX-8S」は扱いやすさを備えつつ、高いレベルのスポーティーさを併せ持っている。街乗りからワインディングまでスポーティーな走りを楽しめるだろう。
●メインカット、走行シーン撮影:松川忍