かつてのファクトリーレーサー「YZR500」を思わせるスタイルで、1980〜1990年代のレーサーレプリカブームを知る世代の心を鷲掴みするヤマハ「XSR900 GP ABS」(以下、「XSR900 GP」)に試乗。乗り味を確かめるとともに、同じエンジンやフレームを採用する「MT-09」との違いもチェックしてみた。
ホワイトとグレーの2色展開。ホワイトのカラーのほうは、かつてのマルボロカラーを思わせる
「XSR900 GP」は、ネオレトロテイストで仕上げられたネイキッドマシン「XSR900」をベースにカウルを装備。現代のスーパースポーツ(SS)マシンとは異なる丸みを帯びたカウルのデザインや、ナックルガードをビス止めにしたところなどは1980年代のレーシングマシンやレーサーレプリカを彷彿とさせる。
サイズは2,160(全長)×690(全幅)×1,180(全高)mmで、重量は200kg。メーカー希望小売価格は1,430,000円(税込)
デザイン上の大きなポイントとなっているハーフタイプのカウル。ライト類がコンパクトなこともカウルデザインを際立たせている
カウルはステーにベータピンを使って固定。レースマインドを掻き立てるディテールだ
標準状態ではシートカバーは装着されていない。装着するには、車検証の乗車定員を変更する必要がある
パワーユニットはベースモデルと同じ888ccの3気筒で、最高出力は120PS/10,000rpmを発揮。このエンジンは同社の「MT-09」と同じものだ。フレームも「MT-09」と同じだが、「XSR900 GP」ではシルバー塗装を施し、かつて「デルタボックス」と呼ばれたフレームのようなルックスを再現している。
今やヤマハを代表するパワーユニットになりつつある3気筒エンジンを採用。俊敏な加速力と電子制御による扱いやすさが特徴だ
マフラー形状は「MT-09」や「XSR900」と同じ。下向きに排気口を設けることで、排気音が路面に反射してライダーの耳に届く仕組み
シルバーに塗装されたフレームにより、かつてのレーシングマシンやレーサーレプリカに採用された「デルタボックス」フレームのような見た目を実現
「MT-09」よりも長いスイングアームを装着。スイングアームにもシルバー塗装が施されている。ホイールベースは「XSR900」と比べて5mm長い
フロントブレーキのマスターシリンダーはブレンボ製のラジアルポンプ。最近のヤマハ車に多く採用されているもので、タッチやコントロール性にすぐれる
新型「MT-09」に採用されているものと同じ形状のスイッチボックスを採用。ウインカーのボタンが大きいので押しやすく、クルーズコントロール機構も搭載している
ベースモデルと比べ、ライディングポジションが前傾姿勢となり、フロント荷重が増えるため、ステムシャフトをアルミにするなど車体剛性を最適化したほか、前後サスペンションには「XSR900 GP」専用のフルアジャスタブルタイプを採用。ハンドルもパイプハンドルからセパレートタイプに変更している。
フロントサスペンションはKYB製のフルアジャスタブル。フロントタイヤのサイズは120/70-17
リアサスペンションもKYB製のフルアジャスタブル。前後サスペンションとも、プリロードは油圧で調整でき、圧側減衰を高速・低速それぞれで調整可能
セパレートタイプのハンドルはトップブリッジ上にマウント。ミラーはバーエンドタイプと今風だが、カウルステーは丸パイプが使われていて懐かしい雰囲気
実は筆者、新型「MT-09」に試乗したばかり。すばらしいハンドリングの進化を味わった直後だ。その「MT-09」と同じエンジンとフレームを使う「XSR900 GP」の走りにも期待が高まる。ただ、この2モデルでは着座位置を含むライディングポジションが大きく異なり、スイングアームも長いため、そうした部分がどう影響するのかが気になるところだ。
シート高は835mm。身長175cmの筆者の場合、両足の母指球辺りが接地する。「MT-09」より10mm高い程度だが、数値以上に着座位置は高くなった印象だ
ハンドルがトップブリッジ上にマウントされていることもあり、スーパースポーツ(SS)モデルに比べると前傾姿勢はきつくない。ただ、スポーツマインドを高めるには十分な前傾具合。カウルのスクリーン越しに前方を見据えると自然と気分が高まる。
強烈な加速力を持つエンジンだが、標準設定されている3種類のライディングモードのなかで最も過激な特性の「SPORT」モードに切り替えると、高速道路以外ではアクセルをひねるのを躊躇するほどの加速力を発揮する。だが、前傾を増した姿勢のおかげで「MT-09」よりも加速に耐えやすい印象。なお、渋滞した街中ではアクセルの開け閉めの扱いやすさが重視されている「RAIN」モードにすると走りやすくなる。
前傾のライディングポジションのおかげで車体との一体感がアップ。気分を高めるだけでなく強烈な加速に備えやすくなっていると感じた
ベースモデルの「XSR900」は「MT-09」と比べるとタンクが前後に長く、着座位置が後方になる。個人的に前方に着座するほうが好みなので「MT-09」のほうがしっくりくる感じだったが、ハンドル位置が下がった「XSR900 GP」はタンクに覆いかぶさるような姿勢がとりやすくなった。やや後方に座るポジションは、このハンドル位置のために設定されていたのではないかと思えてくるような自然さだ。
コーナリングでの一体感も非常に高く、頭の位置を低く保ったままコーナーに入っていくのが気持ちいい。フロント荷重でコンパクトに曲がるSS的な乗り方もできるが、リアにトラクションをかけて曲がっていくほうが楽しい。まさに、1980年代のレーサーレプリカ時代のマシンを思い出させるような味付けのハンドリングだ。
左右にバンクさせる操作は軽快で、スムーズに車体が傾いて舵角がつく。どちらかというとアクセルを開け気味で走る高速コーナーが気持ちいいが、街中のタイトな交差点なども曲がりやすく、SSほど緊張を強いられないので幅広いライダーがスポーツライディングの楽しさを味わえるだろう。
バイクとの一体感を感じながら曲がっていくのが楽しいハンドリング。3気筒のコンパクトなエンジンのおかげもあり、左右の倒し込みも軽快だ
カウルを装備していることと、クルーズコントロールを装備していることの恩恵で高速道路のツーリングも快適。カウルに潜り込むような姿勢を取ると、風圧を感じないだけでなくレーシングマシンに乗っているような気分が味わえる。ただ、アップタイプのハンドルと比べると前傾姿勢を保ち続ける負担は大きいので、長距離ツーリングの際には適度に休憩を入れたほうがよさそうだ。
また、個人的に好印象だったのがブレーキのフィーリング。フロント荷重が相対的に大きい車体だけにブレーキでのフロント荷重調整は重量度が増しているが、コントロールしやすいので不安を感じることなくコーナーに入っていけた。ブレンボ製のラジアルマスターのタッチがすぐれているだけでなく、コントロール性の高いブレーキホースに変更されているので、その効果もあるようだ。
1980年代のレーシングマシンを思わせるデザインは、その頃にバイクに乗り始めた筆者の世代ならグッとくる人が多いはず。ある意味、“ネオレトロ”なスポーツマシンと言えるが、ルックスだけでなく走りについても現代的な高い性能を確保しつつ、その時代のマシンを思わせるハンドリングに仕上げられていることが感じられた。
サーキットをターゲットとしたSSマシンとはちょっと違った乗り味で、ベテランライダーにも満足できる完成度。スポーツライディングに出かけたくなるようなスタイルを持ち、乗っても楽しいマシンなので、こういうバイクがガレージにあれば刺激的なバイクライフが送れるだろう。
街中を流していてもスポーツマインドを感じさせるスタイルと乗り味はなかなかないもの
●メインカット、走行シーン撮影:松川忍