今でこそファミリーカーの定番となっているミニバンですが、その火付け役となったのがトヨタ「エスティマ」です。1990年5月に登場し、メカニズムも2.4L直列4気筒エンジンを75度傾けてフロア下に搭載するなど、その存在はきわめてユニークなものでした。今回は20世紀最後の10年間にわたって販売された初代「エスティマ」をご紹介します。
初代エスティマ後期型
日本にモータリゼーションが花開いた時代、マイカーとして小型4ドアセダンの所有を目指すことが定番でした。それは人々のなかに、「いつかは街を走るタクシーのようなクルマで自由にドライブしたい」との願いがあったからだと思います。しかし、マイカーの普及が一段落すると、より多くの人が乗車できてさまざまな用途に役立つMPV(マルチ・パーパス・ヴィークル)へのニーズが高まり始めました。ただ、それらはステーションワゴンやバンなど商用車をベースとしたものが多く、“乗用”を目的に専用設計されたものとは言えませんでした。
そんななかで1990年5月、衝撃的なデビューを果たしたのが初代「エスティマ」です。車両全体を丸みのある“卵”をイメージするデザインとし、従来のMPVにはなかった斬新さにあふれていました。加えて、エンジンを75度傾けてフロア下に搭載することによってフラットなフロアと広い室内を実現。1つひとつすべてが新しい、そんなかつてない新コンセプトのクルマとして「エスティマ」は誕生したのです。
2.4L直列4気筒エンジンを75度傾けて運転席下に収めたのがわかる
なかでも「エスティマ」で特徴的だったのは、一般的にはボンネットフードの中に収められているエンジンがないことでした。そこにあるのはバッテリーやウォッシャータンク、ラジエターリザーブタンクといったメンテナンス用のシステムのみ。また、センターウォークスルーを実現するためサイドブレーキレバーは運転席右側に設置するなどユニークな機構には驚くばかり。その意味でも、この「エスティマ」のキャッチフレーズ「天才タマゴ」は、これらの機構をひと言で言い表していたと言えるでしょう。
私もこのユニークな機構を持った初代「エスティマ」に飛びついたひとりです。当時、育ち盛りの子ども2人がいて、冬はスキー場へ月に2度ほど通っていたため、その足にこの「エスティマ」は最適と考えたからです。実は、すでに「マスターエース」(「タウンエース」の双子モデル)の4WD車を所有していたのですが、どうしても商用車的な印象は拭えず、走りも乗り心地も不満を感じていたところでした。そんななかで「エスティマ」が登場し、そのコンセプトに一目惚れ。確か、実車を見に行った初日に速攻で注文書に判を押したように思います。
筆者が実車を見に行った初日に速攻で注文書に判を押して手に入れた初代エスティマ
では何がそんなに気に入ったのか。まずは、それまでの国産車にはなかった流麗かつボリューム感のあるデザインでした。ボディカラー「ガーネットレッドトーニング」とボディ下部のグレー色ガーニッシュの組み合わせも新鮮で、「選ぶならこの色しかない!」そう思って迷うことなく選択。また、全長4750mm×全幅1800mm×全高1780(2WD)/1820mm(4WD)と、当時としてはかなり大型なボディだったことから、このサイズを嫌う人も多かったようです。しかし、個人的にはこのボリューム感があるからこそ気に入ったわけで、納車されてからもこのサイズが気になることはありませんでした。
車内の造形も気に入りました。ダッシュボードの中央部が手前に迫り出し、そこからは近未来感をしっかり感じ取れましたし、何よりオーディオやエアコンがとても操作しやすく設計されていたことに魅力を感じました。シートのサイズも大型で、セカンドシートは回転式となっていてラウンジ感を演出しており、このとき初めて“車内でくつろぐ”ということを認識したと思います。それだけにオプションも贅を尽くしました。差額が10万円以上もするツインムーンルーフ仕様を選び、冷温蔵庫も装備。さらに天井に収納できる6インチモニターも備えたため、注文書はほぼフル装備で、車両価格335万円がトータルでは300万円台後半になったと記憶しています。
ダッシュボード中央部を手前に迫り出して近未来感を演出すると同時に、操作系にも配慮。フロアには温冷蔵庫も装備できた
ミッドシップレイアウトにしながらフロアのフラット化に成功。セカンドシートをセパレート+回転式とすることでラウンジ感も演出している
ただ、誤算もありました。それは6インチモニターの装備で、これがほとんど使われることがなかったのです。実は当初より、この装備でTV放送を見ることは目的としてはいませんでした。これは当時、TV放送はアナログで映像が安定せず、その上、デザインにこだわる「エスティマ」はアンテナを、外観デザインを損ねないガラスプリント式としたため、受信感度はイマイチではないかと予想されたからです。
ルーフには後席用エアコンが装備され、ここにはTVモニターを収納することもできた
それでもモニターを装備したのは、録画番組を見られるビデオ入力があり、これなら電波の影響もなく長距離ドライブで楽しめると判断したためでした。ところが、実際は走行中に映像を見せると子どもたちに車酔いが発生。そのため、ほとんど使うことはなく、結局はむだな出費になってしまったのです。唯一、プラスとなったのはこの装備が下取りの査定価格に大きなプラスとなったことです。今も昔も、車内でTV放送が見られることにメリットを感じる人は多いんでしょうね。
走りはというと、大柄かつ車重の重さが災いして、どちらかといえば「モアパワー!」と叫びたくなるほど動きは鈍重でした。ただ、運転席下にエンジンを備えたミッドシップによる低重心設計ということもあり、ハンドリングは想像以上によかったと記憶しています。特にワンボックスカーベースのMPVとの差は大きく、この体験をすればもはや「エスティマ」の走りからは戻れないと確信したほどでした。
とはいえ、燃費も決して褒められたものではありませんでした。大柄なボディと4WDであれば2t近い重量となり、 燃費はせいぜい10km/L前後だったと記憶しています。
そんななかで1992年に、基本的なメカニズムをそのままに車体サイズを5ナンバー枠にした「ルシーダ/エミーナ」が登場し、こちらには、当時のワンボックスで需要の多かったディーゼルエンジンを設定していました。当然ながら燃費はこちらのほうがよいのですが、「ルシーダ/エミーナ」は全体に細身で、ボリューム感のあるデザインの「エスティマ」の完成度にはとても及ばないと見ていました。それだけに燃費を気にして初代「エスティマ」を手放す気にはなりませんでした。
5ナンバーサイズのエスティマとして登場した「エスティマ・エミーナ」。トヨタ店で販売された。ほかにカローラ店で販売された「エスティマ・ルシーダ」もある
いっぽうで、「エスティマ」自身も拡販を目指して、1993年2月に車両価格を引き下げ、定員を8人とした「X」グレードを用意しています。しかし、このXのリアサスは従来のダブルウイッシュボーンから4リンク式とされ、サスペンション面でのコストダウンも図られました。もちろん、私としてはこのグレードにも興味はなかったですね。
そうしたなかで、初代「エスティマ」は1994年8月、「モアパワー!」の声に応える大きな改良を行います。それが2.4L直4ガソリンエンジンにスーパーチャージャー(SC)を加えたことによるパワーアップでした。この採用により、最高出力はノーマルの135PSから160PSに大幅アップ。特に低速域のトルクアップの効果は大きく、スタート時には明らかなメリットを実感できました。なお、この機構は当初こそ上位モデルのみの装備でしたが、1998年には全グレードでSCを搭載するようになっています。
個人的にうれしかったのは、このグレードの追加があっても基本デザインはそのまま踏襲されたことです。操作ボタンを押したときの確認音がなくなったりするなど、細かなところでコストダウンが図られていましたが、この時点では基本的な造りは初代を踏襲していたことにホッとした思いがありました。そこで、これを機に2台目として乗り替えを決心。グレードはSC搭載の「G」とし、1台目「エスティマ」の轍を踏まぬよう、TVモニターは装備しないことにしました。
とはいえ、SCの追加でベースとなる車両価格は高くなり、結果として、スーパーチャージャーが追加された分だけ車両価格がアップしたため、購入総額は1台目とあまり変わらなかったかもしれません。
今も時折、これまで乗り継いできたマイカーの記憶をたどることがありますが、家族がそろって出掛けるときにこの「エスティマ」の存在はとても大きく、このクルマで遠方まで出掛けたさまざまな思い出が今でもよみがえってきます。特に家族にとってはセパレートシートでの座り心地が極上だったようで、スキーのために早朝に出掛けた際も、運転している私をよそに「すぐに熟睡できて気持ちよかった」とのたまう始末。まぁ、この「エスティマ」を運転して特に疲れたという記憶はほとんどありませんでしたが。
我が家に来たエスティマは、成長期だった子どもたちを乗せて思いで作りに奔走した
さて、登場から35年を経たこの初代「エスティマ」ですが、中古車の状況はどんな感じでしょうか。中古車販売サイトを見ると思ったよりも高額であることに驚きました。今もなお100万円を超える初代「エスティマ」が目白押しなのです。理由としては、年数が経ったところで現存する台数がとても少なくなっていることが考えられます。そのため、走行距離が5万km未満で、程度が良好だと150万円前後になることもあるようです。
ただ、年数が経っていることもあり、外観だけでなくメカニズム系のチェックも怠ってはいけません。さらに初年度登録から13年を超えるガソリン車では税額が15%重くなることも知っておくべきでしょう。いずれにしても初代「エスティマ」を入手する際は、そうした状況を踏まえつつ慎重に選ぶことをオススメします。
振り返れば、この初代「エスティマ」の登場を機に数多くのミニバンが登場していますが、少なくとも私の中ではこれを上回る斬新さにあふれたミニバンは知りません。もちろん、乗車時の快適性や安全性など機能面では初代「エスティマ」を上回っているのは百も承知です。ただ、誤解を恐れずに敢えて言えばどれも似たり寄ったりで、初代「エスティマ」のような一目惚れに値する斬新さを持つミニバンは見当たらないのです。それほど初代「エスティマ」は私にとって“神なるミニバン”だったのです。