BYDとスズキの参入で俄然にぎやかになってきた軽EV市場
日本のEV市場でいま、存在感を高めているのが軽自動車です。
その流れを大きく変えたのが、2022年に登場した日産「サクラ」と三菱「eKクロスEV」でした。それまでEVといえば、大容量バッテリーを搭載して長い航続距離を確保する普通車が中心でしたが、両車は日常生活で必要となる性能を見極め、軽自動車という身近なカテゴリーにEVを持ち込んだのです。
その後、ホンダから「N-ONE e:」が登場し、スズキも初の軽乗用EV「e SKY(イースカイ)」を2026年秋に投入する予定です。さらに中国のBYDも、日本の軽自動車規格に合わせて専用開発した「RACCO(ラッコ)」を26年7月28日に発売しました。
特にRACCOの登場は象徴的です。海外メーカーが日本独自の軽自動車規格に合わせたEVを開発し、日本で人気のスーパーハイトワゴンというカテゴリーに参入したからです。
軽自動車は日本独自のカテゴリーですが、その市場に海外メーカーまで参入したことで、軽EVをめぐる競争は新しい段階に入ったと言えるでしょう。
そもそも、日常の移動を中心に使う軽自動車は、EVとの相性を考えやすいカテゴリーです。
軽自動車は通勤や買い物、家族の送迎など、生活圏内で使われるケースが中心です。長距離を毎日のように走る用途とは性格が異なるため、一充電で500km、600kmといった航続距離を必ずしも必要としません。
自宅に充電環境があれば、帰宅後に充電して翌朝また使うこともできます。毎日の走行で消費した分をその都度補充できるのであれば、大容量バッテリーを搭載して長大な航続距離を確保する必要性はさらに低くなります。
これは軽EVを考えるうえで重要なポイントです。
EVでは航続距離の長さに目が向きがちですが、バッテリーを大きくすれば重量が増え、価格も上昇します。限られた寸法と価格の中で商品を成立させる必要がある軽自動車では、必要以上に大きなバッテリーを積むことが必ずしも正解とは限りません。
むしろ、日常生活に必要な航続距離を見極め、それをできるだけコンパクトなバッテリーでカバーする。そこで重要になるのが、電費や車両重量、室内空間、価格を含めたトータルバランスなのです。
その考え方をわかりやすく示しているのが、スズキ初の軽乗用EVとなる「e SKY」です。
開発コンセプトは「EASY TO SWITCH(いつもの軽から無理なくEVへ)」。現在軽自動車に乗っているユーザーが、生活スタイルや運転方法を大きく変えることなくEVへ移行できることを目指しています。
2026年9月現在、e SKYはまだ正式発売前ですが、スズキが公表している情報によると、26kWhのリン酸鉄リチウムイオンバッテリーを搭載し、一充電走行距離は310km。車両重量は1030kgとされています。なお、これらは現段階で公表されている参考値です。
e SKYで注目したいのは、26kWhという比較的コンパクトなバッテリーで310kmという航続距離を目指していることです。それだけに交流電力量消費率97Wh/kmを発揮する、高効率設計が特徴です。
その実現のため、モーター、インバーター、減速機を一体化した3in1ユニットの搭載をはじめ、空力性能や車体構造、薄型バッテリーの床下配置まで、車両全体を最適化しています。
つまり、バッテリーを増やして航続距離を稼ぐのではなく、限られた電力を効率よく使う。普段使いを中心とする軽自動車だからこそ、合理性のあるアプローチと言えるでしょう。
実際にプロトタイプを走らせても、e SKYの思想は明確でした。
モーターは最高出力47kW、最大トルク133Nm。アクセルを軽く踏んだときの反応は穏やかで、EVだからといって強いトルクを唐突に発生させるような味付けではありません。しかし、さらに踏み込めばモーターならではの力強い加速が得られます。
床下にバッテリーを配置したことで重心も低く、背の高い軽自動車ながら、コーナリング時の安定感も印象的でした。
操作系もシンプルです。複数のドライブモードをあえて設けず、「イージードライブペダル」で減速特性を切り替えるなど、日常的な扱いやすさを重視した設計となっています。
一方、「つながるナビ」はバッテリー残量や充電スポットなどを考慮したEV向けの機能を備えるなど、EVならではの使い勝手も考えらたアプリとなっていました。
インテリアの一部にはコストを抑えたことを感じさせる部分もありますが、これも手の届きやすい軽EVを目指した結果と考えれば納得できます。
e SKYを試乗して印象に残ったのは、「EVを運転している」と必要以上に意識させないことです。
いつもの軽自動車から自然に乗り換えられる。そこにこそe SKYならではの方向性を実感したといえるでしょう。
対するRACCOは、e SKYとは異なる方法で軽EVの商品価値を引き上げています。
日本独自の軽規格に合わせて開発され、日本で人気のスーパートール系軽自動車というパッケージを採用。軽自動車のサイズにEVならではの技術と装備を詰め込んでいます。
試乗した最上級グレード「300 Premium」は、35.84kWhのリン酸鉄リチウムイオン・ブレードバッテリーを搭載。一充電走行距離は320kmで、モーターは最高出力47kW、最大トルク160Nmを発生します。
しかし、RACCOでそれ以上に印象に残るのがe SKYとは対照的な装備の充実ぶりです。
全車に両側電動スライドドアを採用し、10.1インチのタッチスクリーンも装備。300 Premiumでは質感の高い合皮シートに加え、運転席に6Wayの電動パワーシートを備えています。
さらに前席シートヒーターやステアリングヒーター、リアセンターアームレスト、アラウンドビューなどを装備。最上級の300 Premiumでは、足元投影ガイド付きハンズフリースライドドアにも対応しています。OTAによるソフトウェア更新にも対応しているのも特徴です。
中でも運転席の電動パワーシートは、軽自動車では珍しい装備です。
RACCOは単に「軽自動車として装備が充実している」というレベルにとどまりません。これまでなら上級クラスの乗用車で期待するような快適・便利装備まで、軽自動車サイズのボディに盛り込んでいるのです。
そこには、「EVだから高機能」なのではなく、軽自動車そのものの商品価値を一段上へ引き上げようとするBYDの狙いが窺えます。
走りについても、RACCOはEVのメリットをうまく活かしています。
最大トルクは160Nmと軽自動車として大きな数値ですが、アクセルを踏んだ瞬間に強烈なトルクが立ち上がる設定ではありません。発進は穏やかで、そのまま滑らかに速度を高めていきます。
このあたりはe SKYとも共通する部分で、両車ともガソリン軽自動車から乗り換えた際の違和感を抑えています。
一方、RACCOはNORMAL、SPORT、ECO、SNOWという4種類のドライブモードを備え、回生ブレーキもSTANDARDとHIGHから選択できます。
特にHIGHでは、アクセルを戻した際にしっかり減速しながら電力を回収でき、EVならではの走り方を積極的に利用できます。
床下にバッテリーを配置したことによる低重心も効いており、背の高いスーパートール系軽自動車ながら、コーナリング時の車体の動きは落ち着いています。
荒れた舗装や段差ではリアからの入力がやや伝わりやすい場面もありましたが、ここは日本の道路環境に合わせたさらなる熟成を期待したいポイントです。
そうした中で、軽EVがさらに普及するための課題のひとつとして挙げられるのが4WDです。
RACCOもe SKYも駆動方式はFFですが、これは両車だけの問題ではありません。現在販売されている主要な軽乗用EVでも、日産サクラ、三菱eKクロス EV、ホンダN-ONE e:はいずれも2WD/FFのみとなっています。
特に降雪地域では4WDを必要とするユーザーも少なくありません。軽EVが全国で「生活の足」として普及していくためには、重量や価格への影響を抑えながら4WDをどう実現するかも、今後のテーマになるでしょう。
e SKYとRACCOから見えてくるのは、軽EVに求められる価値が、単なる航続距離の長さではないということです。
普段使いが中心なら、重要なのは必要十分な航続距離を確保しながら、価格や室内空間、装備、使い勝手をいかにバランスさせるかでしょう。
そのアプローチは、e SKYとRACCOで大きく異なります。
e SKYは、コンパクトなバッテリーと高い効率を重視し、「いつもの軽から無理なくEVへ」という方向を目指しています。
一方のRACCOは、より大きなバッテリーによって320kmの航続距離を確保し、さらに充実した装備を盛り込むことで、軽自動車そのものの商品価値を引き上げようとしています。
つまり、軽EVにはひとつの正解があるわけではありません。
「必要十分な性能を、できるだけ効率よく」という考え方と、「軽自動車のサイズでも、より多くの快適性を」という考え方。その両方が成立するところに、軽EVというカテゴリーの面白さがあります。
軽自動車を選ぶ際に、ガソリン車やハイブリッド車と並んでEVを当たり前に比較する。そんな時代が、いよいよ現実のものになりつつあります。