「世界でいちばん売れているボールペンって何?」。
ハッキリ答えを出すのは難しい問いですが、その有力候補としてあげて間違いないのが、三菱鉛筆の「ジェットストリーム」です。何せ、シリーズ販売本数は世界で年間1億本以上! まさに筆記具界のレジェンドボールペンと言えるでしょう。
国内外で人気を博す「ジェットストリーム」(三菱鉛筆)。文房具ファンが自分の“推しペン”に投票する「OKB48選抜選手権」では、2024年に13連覇を達成しました
今でこそ世界レベルの知名度を誇る「ジェットストリーム」ですが、発売からブレイクするまでに2〜3年かかったというのはご存じでしょうか? 今回はそういった「ジェットストリーム」に関する意外なトリビアを紹介したいと思います。
「ジェットストリーム」シリーズの最大の特徴と言えば、滑らかな書き味の「低粘度油性インク」でしょう。
筆記時にペン先がネチャッと糸を引くような「油性インク(レガシー油性)」が主流だった当時、「ジェットストリーム」の氷の上を滑るようなスルスルとした書き味は、まさに画期的な発明と言っても過言ではありませんでした。
実際、「ジェットストリーム」のブレイク以降、ほとんどの「油性インク」が後追いで「低粘度油性インク」に切り替わっていったほど。少なくともボールペンの歴史においては、「ジェットストリーム」の誕生以前と以降で分けて考える必要があるぐらい、エポックメイキングな製品と言えます。
わずかにくびれた軸やクリップ形状などが特徴的な「ジェットストリーム スタンダード」。ボール径は0.38mm、0.5mm、0.7mm、1mmの4種類を展開しています
なぜそんな画期的なインクが誕生するに至ったのでしょうか? そのきっかけは、「ジェットストリーム」開発者の1人である市川秀寿氏の“ある発想”でした。
実は市川氏は、元々油性インクの書き味が苦手で、普段から水性インクのペンばかり使っていたのだそう。そんななかでたまたま油性インクの開発を担当することになったため、「じゃあ自分でも使いやすい、軽い書き味の油性インクを作ろう!」と考えたのだそうです。
従来の油性インク(写真左)と、「ジェットストリーム」の低粘度油性インク(写真右)の比較。「ジェットストリーム」は線が一定で、滑らかに書けているのがひと見でわかります
そして試行錯誤の結果、サラサラとした書き味の「低粘度油性インク」が開発されました。
しかし、これだけでは終わりません。「低粘度油性インク」はその滑らかさゆえに、従来の構造のままだと、ペンの先端からインクが漏れだしてしまうことが発覚したのです。
そこで、ペン先のボールを後ろからバネで押すことでインク流量をコントロールするシステムを開発。これによりインクがボテッと落ちるのを抑えて、最適な濃さで書けるようにしました。
インクに加えて、内部にも大きな工夫が施されています
また、ペン先を上向きにした際のインクの逆流対策として、リフィル内に逆止ボールを配しているのもポイント。この内部のボールがラムネのビー玉のように栓をする働きをすることで、インクの逆流と空気の流入を防いでいるのです。
これらの工夫があって、ようやくあの「クセになる、なめらかな書き味。」が完成したというわけです。
滑らかなインクゆえの逆流トラブルを防ぐため、ペンの先端とリフィル内にそれぞれ工夫を施した「ツインボール機構」を採用。従来のペンにはなかった新機構でした
それからついに2006年、「ジェットストリーム」が市場にデビューしました。
しかしもちろん、発売したばかりのころは知名度ゼロ。今と比べると文房具がテレビや新聞などのメディアで取り上げられることもなく、ボールペンの新製品情報なんて、文房具店に行って初めて知るような時代でした。
そのまま放っておいたら、後から出てくる新製品たちに埋もれていってしまうのは明白です。実際に手に取って書いてみれば、明らかに「今までと違う!」と体感できる性能はあるのに……。
「ジェットストリーム」のロゴが枠に囲まれているのは、店頭に並んだ際、ほかのペンと混ざって目立たなくなるのを避けるための工夫なのだそう
このため三菱鉛筆は、積極的に文具店の店頭でデモ販売を実施。さらには主要駅のコンコースなどで試し書きができるだけ(販売はなし!)のイベントを展開するなど、積極的なアピールを続けました。
試し書きをすれば、まず「今までのボールペンより気持ちよく書ける」と気づけるレベルで、当時としては衝撃的な書き味でした
これらのアピールが反響を呼び、「ジェットストリーム」が本格的にブレイクしたのは、発売から2〜3年後のことでした。
ブレイクのきっかけは、2008年9月に起きた、米投資銀行「リーマン・ブラザーズ」の経営破綻に端を発する世界的な金融危機……いわゆるリーマンショックがその一因になったのでは? という説があります。
当時の社会人にとって、ボールペンと言えば会社支給がほとんど。ペンが書けなくなったら総務課に行って、タダで好きなだけもらっていくというのが一般的な認識でした。それがリーマンショック以降は一転、ボールペンは自費購入という会社が増えていったのです。
そこで「どうせ自分で買うならいいペンが欲しい!」ということで、試し書きをして性能の差がよくわかる「ジェットストリーム」が選ばれ始めた、という流れです。ちなみに「X」(旧「Twitter」)が日本でサービス開始したのも2008年のこと。SNSでの口コミも普及にひと役買ったという可能性は高いでしょう。
おなじみの単色モデル「ジェットストリーム スタンダード」だけでなく、多色タイプや高級タイプ、超極細0.28oタイプなど、さまざまなモデルが展開されているのも「ジェットストリーム」の魅力でしょう。
たとえば最近だと、「ジェットストリーム 新3色ボールペン」が非常に人気。黒・赤・青の3色インクのうち、最も使用頻度が高くなるであろう黒インクを軸後端のノックノブに配置しており、そのユニークな機構と使いやすさで好評を得ています。
黒インクを確実にノックできるユニークな構造を採用した「ジェットストリーム 新3色ボールペン」。ボール径は0.5mm、0.7mmの2種類を展開しています
面白いところでは、オフィス通販の「アスクル」限定で発売している、看護師向けの3色タイプはご存じでしょうか?
何でも、看護師の人の中には、カルテ記入に多色タイプの「ジェットストリーム」を使っている人が多いのだそう。それを受けて、やさしい軸色と、可動式のバインダークリップを備えた“看護師仕様”の3色モデルが登場したのです。
通常の3色タイプ(写真奥)と“看護師仕様”の3色タイプ(写真手前)。バインダークリップはカルテを挟むクリップボードだけでなく、手帳にも挟みやすいので、看護師の人に限らずおすすめです
実用性重視かと思いきや、金属軸を採用した高級タイプ「ジェットストリーム プライム」も用意されています。価格帯は2,200円から5,000円ほどで、美しいデザインと高い実用性を両立。特に新入学や就職などのお祝いのプレゼントとして贈れば、よろこばれるのはほぼ間違いないでしょう。
デザインも美しく高級感たっぷりな「ジェットストリーム プライム」。写真奥が「多機能ペン 3&1」(ボール径は0.5mm、0.7mmの2種類)で、手前が「回転繰り出し式シングル」(ボール径は0.38mm、0.5mm、0.7mmの3種類)です
あと、超極細タイプ「ジェットストリーム エッジ」も見逃せません。ボール径はなんと0.28mmで、油性ボールペンとしては世界初(2019年8月時点。同社調べ)という細さ!
一般的には「ここまで細いボール径だと、油性インクが粘って書けないのでは?」と疑問に思うところですが、そこはさすがの「低粘度油性インク」で、シャープな線を引けます。水性インクやゲルインクと違って紙面でにじむことがないので、徹底的に細い線を書くならこれがベストでしょう。
ボール径0.28mmの超極細タイプは、単色の「ジェットストリーム エッジ」(写真手前)と、3色の「ジェットストリーム エッジ 3」(写真奥)をラインアップ。「ジェットストリーム エッジ」にはボール径0.38mmも用意されています
本稿では書き味の滑らかさにフォーカスしましたが、実は「ジェットストリーム」の「低粘度油性インク」は、発色のよさや乾くまでの早さも「レガシー油性インク」から大きく向上しているんです。
これは、従来のインクには配合されていなかった添加物が数多く入っているから。どれか1つの部分を向上させようとするとほかが落ちてしまうぐらいにパラメーターが複雑に絡み合うなかで、苦心してバランスを最適化したものなのだとか。
こうしてスルスル滑らかに書けて、筆跡をクッキリと視認でき、インクが早く乾いて手が汚れにくい、という驚異のボールペン「ジェットストリーム」が誕生したというわけです。もし今「ジェットストリーム」がお手元にあったら、ぜひこのトリビアを思い出しつつ、その書き味と描線を改めて観察してみてください。
2024年3月には新たに、書き味がさらに軽やかになった新開発インク「JETSTREAM Lite touch ink」を搭載した「ジェットストリーム シングル」が発売されました。ボール径は0.5mm、0.7mmの2種類を展開しています