“IoT”や“メーカーズ”といったムーブメントが巻き起こっているなか、「Raspberry Pi=ラズベリーパイ」「ラズパイ」という言葉を耳や目にする機会が増えた。ここで「おいしそう」と思ったあなたは要注意! 時代に取り残されてしまっているかも? ……というわけで本記事では、この“小さなコンピューター”「ラズベリーパイ」について、基礎知識から周辺情報までご紹介する。
筆者所有の「Raspberry Pi 2 モデル B」
ラズベリーパイは、英ラズベリーパイ財団が開発した超小型のシングルボードコンピューター(上の写真参照)。日本では略して「ラズパイ」と呼ぶケースが多い。名刺サイズ大の小さな1枚の基板に、ARMベースのCPUや、パソコンを構成するハードウェアの大半が詰め込まれていて、HDMI/USB/LAN等のインターフェイスを利用することが可能だ。これにストレージの役割を果たすSDメモリーカード、電源、デスクトップ環境を備えるOS、ディスプレイ、キーボード、マウス等を用意して組み立てれば、MacやWindowsパソコンと似たUIで使用することができる。
筆者のラズパイにOS「Noobs」をインストールし、モニター、キーボード、マウスを組み合わせ、デスクトップパソコンに仕立てた例。Webブラウジングやメールのほか、Excel風、Word風のソフトウェアも利用できる
ラズベリーパイは、もともと学校でのコンピューター教育を目的に開発されており、価格が数千円と安価に抑えられている。つまり小型で安く、誰にでも手が届きやすいことが大きなポイントだ。最初に登場したのは2012年の「Raspberry Pi 1 Model A」。以降、IoTのトレンドや「ひとり家電メーカー」などとも呼ばれるメーカーズ・ムーブメントに乗り、ネットワーク対応、処理速度の向上、ワイヤレス通信への対応など進化を続けてきた。2016年末の時点で、累計販売数は1,100万台を超えたとの発表もあり、今やシングルボードコンピューターの代名詞的存在になったと言ってもよいだろう。
2017年3月現在、ラズベリーパイの国内正規総代理店「アールエスコンポーネンツ」が取扱い、入手可能なのは以下の5モデルだ(価格は2017年3月現在、アールエスコンポーネンツの直販サイト価格・税込)。
「Raspberry Pi 3 モデル B」(左)と「Raspberry Pi コンピュートモジュール 3」(右)
1. Raspberry Pi モデル A+ (2,790円/1個)
初期のモデルでmicroSDカードに対応する。安価で低消費電力。
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2. Raspberry Pi モデル B+ (3,238円/1個)
LANポートを搭載し、10/100Mbpsイーサネットに対応。USB2.0ポートを基搭載する。
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3. Raspberry Pi 2 モデル B (4,410円/1個)
クアッドコアのCPUを搭載した第2世代モデル。シングルコアの初代モデルに比べ、処理速度は約6倍に向上している。1GB RAM搭載。
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4. Raspberry Pi 3 モデル B (4,700円/1個)
サイズや外観は「Pi 2 モデルB」とほぼ同等ながら、Wi-FiとBluetoothを搭載したモデル。Wi-Fiは802.11 b/g/nの2.4 GHz、BluetoothはBluetooth Classic/Bluetooth Low Energy(BLE)に対応し、昨今のワイヤレス通信およびIoT用途により適した仕様になった。またCPUの変更により、Pi 2 モデル Bに比べて処理速度を約1.5倍アップさせている。なお、アールエスコンポーネンツが取り扱うRaspberry Pi 3 モデル Bは、国内生産されているのも特徴で、信頼性が高いと評判だ。
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5. Raspberry Pi コンピュートモジュール 3 (4,500円/1個)
「Pi 3」相当のハードウェアをよりコンパクトに仕立てたもの。IoT機器や家電への組み込みを目的としている。
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なお、これらのほかにも、より小型の「Raspberry Pi Zero」(5ドル・US)や、そこにワイヤレス接続機能を搭載した「Raspberry Pi Zero W」(10ドル・US)が登場し、話題になっている。
「5ドルコンピューター」と話題になった「Raspberry Pi Zero」。日本でも店頭販売を開始した店舗があり、話題になっていた
ラズベリーパイは、小さなコンピューター。ソフトウェアを入れれば“何でも”できる。ポイントは、開発に必要なソフトウェアモジュールやハードウェアが豊富に流通していることだ。そのおかげで、腕におぼえがあれば、自分のモノ作りのアイデアを短期間かつ低コストで具現化できる。大企業のように資金力がない個人でも、ラズパイでモノ作りができ、世に問うことができる時代なのだ。海外では、ラズパイでスター・ウォーズの「R2-D2」を作り上げたという話題もあった。
また、腕におぼえのないユーザーでも、モノ作りの学習、実用品の制作、趣味の工作などで使えるような、幅広い用途に応用できる汎用性を備えている。現在は、どこかの個人が何かの用途向けに開発したソフトウェアパッケージ(ディストリビューション)が、インターネット上で無償配布されている時代だ。それらを入手してラズパイに組み込めば、ラズパイがただのコンピューターから「趣味の家電」に早変わりする。詳細は後述するが、たとえば音楽再生用のディストリビューション「Volumio」を利用すれば、ラズパイを簡単にオーディオプレーヤーとして使うことができるようになる。
実際にSNSなどでも、ラズパイユーザー同士で「こんなモノを作ってみました」と活発な情報交換がされていて、とても盛り上がっている。以下は、ラズパイを使って作れるプロダクトのほんの1例だ。
▼ラズパイで作れるプロダクトおよび使用例
・USB-HDDをNASやWebサーバー化する
・音楽プレーヤー (ネットワークプレーヤー、AirPlay対応機、インターネットラジオなど)
・ビデオプレーヤー(YouTube再生など)
・ロボット各種
・多機能家電
・「Amazon Echo」のような音声認識および制御端末
・デジタルカメラ/ムービーカメラ(カメラモジュールを加えて)
・デジタルフォトフレーム
・気象観測とデータ送信(温度、湿度、照度センサーを加えて)
・防犯カメラ(画像認識で不審者の発見)
そのほかにも、個人のアイデア次第でラズパイの用途は無限大。また、メーカー各社からラズパイを使ったさまざまなキット製品が出ていることにも注目だ。はんだ付けをしないでノートPCやセンサーを自作できるセットも発売されていて、電子工作入門者でも、こうしたキットで手軽にラズパイでのモノ作りを体験できる。
アールエスコンポーネンツから発売されているノートPC自作キット「Pi-Top(パイトップ)」は、Raspberry Pi 2とRaspberry Pi 3に対応する。プログラミング、コンピューティング、ハードウェアの作成を1度に学習できる製品だ
こちらは、人気ゲーム「マインクラフト」で電子工作を学ぶ子ども向けの学習ツールボックス「Piper-J」(リンクスインターナショナル)。パッケージにはRaspberry Pi 3が同梱されており、液晶モニター、バッテリー、スピーカー、マウス、ツールボックスとなるウッドパネルセットなどが付属。子どもが楽しくコンピューターを組立てる工程を学べる
講談社が発刊する鉄腕アトムを作る書籍「週刊 鉄腕アトムを作ろう!」。この本に付属するパーツを使って制作するアトムも、Raspberry Pi 3をベースにしている。ちなみにこの「週刊 鉄腕アトムを作ろう!」は全70巻を発売予定で、各巻の付属パーツをすべてコンプリートすることでアトムが完成する“デアゴスティーニ式”
先述の通り、何にでも使えるラズパイだが、まだやったことのない人には、どれくらい簡単なものなのかイメージが湧きにくいかもしれない。そこで、ほんの1例だが、筆者の利用例を紹介しよう。手順も簡単に記載するので、「何となくできそう」と思っていただければうれしい。
筆者が試したもっとも簡単なラズパイプロダクトは、音楽プレーヤー用のディストリビューション「Volumio(https://volumio.org/)」を利用したネットワークオーディオプレーヤーの制作。Volumioは無償でダウンロードできる。これをmicroSDカードにディスクイメージとして書き込んだ後、ラズパイのスロットに挿入して起動すれば、市販のネットワークプレーヤーと同じように使えてしまうというすぐれモノだ。
microSDカードがストレージ兼ブートディスクになる
VolumioはDLNA対応のネットワークプレーヤーとして動く。アップルのワイヤレス音楽再生機能「AirPlay」にも対応するし、インターネットラジオや、話題の音楽ストリーミングサービス「Spotify」も楽しめる。USBストレージに収めた音源ファイルも再生可能で、ハイレゾ音源の再生に対応しているのもうれしい。再生操作や設定はブラウザー経由で行えるので、PC、iOSデバイス、Androidデバイスなど、端末を選ばずに使えるのも利点だ。
Volumioのアプリを使えば、iPhoneなどのスマートフォンがラズパイネットワークプレーヤーのコントローラーになる。画像右はBrowse画面で、USBメモリーやネットワーク上の音楽ファイル、インターネットラジオの選局やSpotifyの選曲も可能。ネットワークプレーヤーとして充分な機能性を備えている
VolumioでUSBメモリーの内容を一覧表示したところ。iPhoneをリモコン代わりに選曲可能で、ハイレゾファイルの再生も行える
設定はWebブラウザーから行う仕組みで、Wi-Fi設定、SpotifyのIDおよびパスワード入力、音声出力(アナログ、USB-DAC、I2S DAC)の選択も、このように美しく日本語化されたUIで直感的に行える
オーディオ出力は、ステレオミニ端子によるアナログ出力、HDMI端子によるデジタル出力に対応するが、さらにUSB端子を用いてUSB-DACへ出力することも可能。これでハイレゾ音源のクオリティを生かした高音質再生が可能になる。さらに、家庭用オーディオ機器のインターフェイスでは使用しない「I2S」という、より生に近い信号も取り出し可能だ。I2Sに対応したDACボードなどもすでに販売されていて、いろいろ組み合わせて楽しむことができる。
筆者制作によるラズパイオーディオのシステム全体像がこちら
実際の手順をご紹介すると、まず筆者所有の「Pi 2 モデルB」 にVolumioをインストールする。次に、Wi-Fi化するためのUSBドングルと、ハイレゾ音源ファイルを収めたUSBメモリーを本体に装着。電源供給はモバイルバッテリーを使えばよい。音声はUSBでデジタル出力し、OPPOのポータブルDAC/ヘッドホンアンプ「HA-2」へつないでアナログに変換後、アクティブスピーカーで鳴らすという仕組み。DAC、アンプ、スピーカーを自在に交換できるので、音質のグレードアップも楽しめる!
ラズパイは数あるシングルボードコンピューターのひとつであり、ほかにもIoT家電への組み込みなどを想定した同様の製品が多数存在する。メジャーなものでは「Arduino」や「DragonBoard」(Qualcomm社)が有名だ。ただ、入手のしやすさ、周辺機器やソフトウェアの開発環境などを総合的に考えると、一般ユーザーにはラズパイがもっとも扱いやすいものになるだろう。
また、子ども向けのプログラミング学習用や簡単な電子工作用途として注目を集めているのが、日本発の「Ichigojam」。瞬時に起動し、BASIC(英単語を基本とした構文で記述する、理解しやすいプログラミング言語)でプログラムが可能なIchigoJamは、外部のセンサーやスイッチも比較的簡単に操ることができ、子どもの工作にも適している。
こちらは、筆者がIchigoJamでプログラミングしたファンシステム。天井と床付近の空気の温度差が設定以上に大きくなると、床の冷気を天井方向に吹き出す。エアコン暖房時、暖気が天井に溜まって頭が熱く、反対に足下が冷えてしまう現象を軽減するために発案した
プログラムしたIchigojamに、温度センサー、ファンを回転させるためのスイッチを取り付けた試作品。デジタル制御なので、温度設定なども自由自在だ
モノ作りの過程において、ワンボードコンピューターを利用するメリットは、思い立ったらすぐ形にして試せること。試作品があれば効果を確認できるし、またその効果を人に伝える際にも説得力が増す。製品化に向けて特許を取得したり、クラウドファンディングで資金を集めるにしても、「動くモノ」を用意するのは重要。まずはワンボードコンピューターによる試作品で効果や操作方法を確認し、量産に移る際にはそれをもっとシンプルな回路に置き換える、といった流れが可能だ。
旧来、モノ作りには、企業が相応の資金と時間をかける必要があった。しかしデジタル化が進み、インターネットの普及によって知識やソフトウェアの共有が可能になって、アイデアさえあれば個人でもモノ作りに取り組むことができる時代が到来している。ラズパイのように、誰にでも手が届く安価なハードウェアの登場も大きな原動力だ。
特に、これから爆発的な市場拡大が期待されているIoT分野は、そこで“何を成し遂げるか”が焦点であり、今はまだ大企業も個人も同じスタートラインに立った状況だ。アイデア勝負という点では、大企業よりも、小回りの効く零細企業や個人、そしてその集合体が、画期的なモノを生み出す可能性は大いにある。今後の家電はどうなるか? あなたのアイデアが世界を変えるかもしれない。わずか数千円で手に入るラズパイで、まずはアイデアを形にしてみよう!
オーディオ・ビジュアル評論家として活躍する傍ら、スマート家電グランプリ(KGP)審査員、家電製品総合アドバイザーの肩書きを持ち、家電の賢い選び方&使いこなし術を発信中。