自作PCを取り巻く環境は、年々よくなっている。価格の上昇や中長期にわたる慢性的な品薄といった局所的にはよくない出来事はありつつも、毎年PCパーツの性能は上がり、PCケースの組み立てやすさやデコレーションのしやすさも継続的に改善されている。組み立てからOSインストールまで、初めてでも詰まることなくできたという人も多いだろう。
いっぽう、一見普通に動いている裏で、実はきちんと動いていないという場合もある。USB 3.0対応のUSBメモリーを、USB 2.0までしか対応していない端子で使うことをイメージしてほしい。データの読み書きはできるが、読み書き速度はUSB 2.0のほうに合わせられてかなり遅くなってしまう。なまじ動作しているために気づかないということもある。高い互換性はパーツを長く使えるため、メリットが大きいのだが、同時にきちんと動いているのかがわかりにくいという課題も抱えているということだ。最新のPCパーツでも油断すると似たようなことが起こる可能性がある。本連載では、そうした「動いているからOK」ではない事情と対策を紹介していく。
第1回はSSDについてだ。SSDは最新世代のパワーを要求するPCパーツと言っていいだろう。それだけに事情は複雑だ。
SSDは進化がとても速いPCパーツだ。2023年2月時点ではPCI Express 4.0 x4接続、最大データ転送速度が7GB/s前後のモデルが高速SSDの主流。PCI Express 4.0に対応したSSDの登場が2019年で、当時の最大速度が5GB/sだったので、約4年で最大速度は1.4倍になったことになる。これらを生かすための環境がどうなっているかを見ていこう。
CORSAIR「MP600 PRO XT」
今回テストするCORSAIRのSSD。PCI Express 4.0 x4接続で、最大読み込み速度は7.1GB/sと最速クラスのモデルだ。大型のヒートシンクを取り付け済み。今回は2TBモデルを使用した
当然と言えば当然の話だが、最新のSSDの性能を生かせるのは最新プラットフォームだ。特にインテルなら「第13世代Coreプロセッサー」シリーズと「Intel Z790」、AMDなら「Ryzen 7000」シリーズと「AMD X670E」の組み合わせは、高速なSSDを使ううえで非常に有利。しかし、最新プラットフォームでない場合や、チップセットを下位モデルにした場合はいろいろと確認すべきことが出てくる。
最新世代のSSDはPCI Expressという規格のバス(信号の通り道のこと)で接続する。SSDの速度をきちんと生かすには、このPCI Expressを理解することが重要だ。簡単におさらいしておこう。
PCI Expressは用途を限定しない汎用バスで、グラフィックボードや内蔵型のHDMIキャプチャーボードといった拡張ボード、さらにはマザーボード上に実装されたLANのコントローラーチップなどもPCI Expressで接続する。PCI Expressは「レーン」という単位で管理されており、1レーンを1本のバスとして使うだけでなく、複数のレーンをまとめて1本のバスとして使えるのも特徴だ(自作PC用のグラフィックボードはほとんどが16レーンをまとめて使う)。
PCI ExpressをコントロールしているのはCPUとチップセットだ。そのためPCI Expressの基本仕様はCPUやチップセットのモデルによって決まる。CPUのPCI Expressは主にグラフィックボードとSSD用として使われ、チップセットのPCI ExpressはM.2スロットを含めた拡張スロットやオンボードチップ用となる。これらをどのように実装するかはマザーボードの設計次第だ。
拡張スロットやM.2スロットはCPUとチップセットの仕様にしたがって動作するため、見た目は同じでも対応する速度が異なる場合がある。どれだけ高速なSSDを使っていても、取り付けるM.2スロットが対応していなければスロットの仕様までしか速度は得られない。
PCI Expressが対応する速度(帯域)はバージョンとレーン数で決まる。PCI Expressはバージョンアップするごとに帯域を約2倍にしてきた。それに合わせてSSDも高速化してきたため、マザーボード側のバージョンが古ければ、その性能を生かせない。SSDで利用する4レーンまでの速度を以下にまとめた。PCI Express 4.0 x4は約7.88GB/sなので、最大7GB/sクラスのSSDは限界近くまで帯域を使っていることがわかる。
PCI Expressの片方向のデータ転送速度をまとめた。2レーン、4レーンとレーン数が増えれば、バスの帯域も2倍、4倍と増える。高速なSSDは帯域を上限近くまで使う。バージョン3.0以降がきりのよい数字にならないのは、転送方法が変わったため
では、このPCI Expressが実際のマザーボードではどうなっているかを確認しよう。まず最新プラットフォームの代表として、ASRockの「Z790 LiveMixer」を見ていく。
ASRock「Z790 LiveMixer」
チップセットに「Intel Z790」を搭載したマザーボード。動画配信の環境を作る際に便利なように、I/OパネルにUSB端子をたくさん搭載しているのが特徴だ。SSD用のM.2スロットも豊富
SSD用のM.2スロットの仕様を抜き出した。スロットは5本で、「M2_1スロット」と「M2_2スロット」が排他仕様になっているため同時に使えるのは4本
PCI Express 16スロットの奥に、向かい合うように「M2_1スロット」と「M2_2スロット」が配置されている。そのためこの2本は同時には使えない
「Z790 LiveMixer」はSSD用のM.2スロットを5本備え、そのうち2本が排他仕様となっている。この2本はCPUのコントロールするPCI Expressと接続しており、PCI Express 5.0対応のSSDを使う場合とPCI Express 4.0対応のSSDを使う場合で使い分ける。残りの3本のM.2スロットもPCI Express 4.0に対応しており、冒頭で紹介した「MP600 PRO XT」の性能を引き出せる。さすが最新の「Intel Z790」を搭載したマザーボードだ。
しかし、少し残念な仕様もある。マザーボードのせいではなくCPUの仕様なのだが、PCI Express 5.0対応の「M2_1スロット」を使うとグラフィックボード用のPCI Express 5.0 x16スロットがx8での動作となってしまう。CPUのサポートしているPCI Expressが、5.0 x16+4.0 x4という仕様だからだ。PCI Express 5.0対応のM.2スロットを使うには、グラフィックボード用の16レーンをx8+x8に分割する必要がある。その分グラフィックボードの性能に影響が出るおそれがある。これは後で検証してみよう。
比較用に、「Intel Z590」搭載したマザーボードも用意した。2世代前なので、約2年でどの程度変化したのかを調べられる。
ASRock「Z590 Steel Legend Wifi 6E」
比較用に、「第11世代Coreシリーズ」と同時に登場した「Intel Z590」を搭載したマザーボードを用意した。2世代前の上位モデルだ。発売時期は2021年2月
SSD用のM.2スロットの仕様を抜き出した。たった2世代前だが、M.2スロットは3本で、そのうちPCI Express 4.0に対応しているのは1本だけだ
M.2スロットの仕様にかなり違いがあるのがわかるだろう。PCI Express 5.0に対応したスロットがないのはもちろん、「Intel Z590」はPCI Express 4.0に対応していないため、3本のM.2スロットのうちPCI Express 4.0に対応しているのはCPUに接続する1本だけとなっている。残り2本はPCI Express 3.0までの対応だ。マザーボード全体で見ても、同時に利用できるM.2スロットが1本少ない。
「Intel Z590」搭載マザーボードにもM.2スロットを4本備えたモデルはある。しかしこれは例外的な仕様で、「Z790 LiveMixer」の「M2_1スロット」と同様に、グラフィックボード用のPCI Express x16スロットをx8動作に落として使用する形となる。こうした工夫なしで使えるのは3本までだ。
これらのマザーボードを使って、高速なSSDの挙動を見てみよう。理論上は、「Z790 LiveMixer」はすべてのスロットで性能を引き出せ、「Z590 Steel Legend Wifi 6E」は遅くなるスロットがあるはずだ。
テストに使用した環境は以下のとおり。CPUのグレードがそろっていないが、両者ともSSDの性能を引き出すには十分だ。
CPUは「Core i5-13600K」、メモリーはDDR5-5200 16GB×2という構成
CPUとマザーボード、メモリー以外は「Intel Z790」の環境と共有している。CPUは「Core i7-11700」、メモリーはDDR4-3200 8GB×2という構成だ
「CrystalDiskMark 8.0.4」(ひよひよ氏)のテスト結果。最も高速になる「SEQ1M Q8T1」のスコアを採用した。テスト設定は標準のまま変更していない。「Z790 LiveMixer」は5本、「Z590 Steel Legend Wifi 6E」は3本のM.2スロットでそれぞれ計測している。対応しているPCI Expressのバージョンではっきり差が出ており、バージョンが同じなら最大速度はほぼ同じだった
ひとつ目のテストは定番の「CrystalDiskMark 8.0.4」(ひよひよ氏作)。結果はおおむね予想どおりで、PCI Expressのバージョンによってはっきりと速度が分かれている。すべてのスロットで速度を引き出せる「Z790 LiveMixer」は優秀だ。いっぽう「Z590 Steel Legend Wifi 6E」のPCI Express 3.0対応のスロットにPCI Express 4.0 x4接続のSSDを取り付けるのは、速度を引き出せずもったいない。
「PCMark 10」の「Data Drive Benchmark」では、同じPCI Express 4.0対応のM.2スロットでもスコアにばらつきが生まれた。CPUにつながっているスロットのほうがスコアが高い
次に、「PCMark 10」(UL)の「Storage benchmarks」テストに含まれる「Data Drive Benchmark」を試した。多数の画像ファイルを使って読み書きを行い、スコアを算出するテストだ。「CrystalDiskMark 8.0.4」はベストケースを見るのに対し、こちらはもう少し現実の使い方に近いテストとなる。
「Data Drive Benchmark」では、「CrystalDiskMark 8.0.4」とは違った傾向が見えた。いずれのマザーボードでも、CPUのPCI Expressに接続しているM.2スロットのほうがスコアが高かった。いっぽうで、チップセットに接続しているM.2スロットは、PCI Express 3.0対応の「Z590 Steel Legend Wifi 6E」が「Z790 LiveMixer」に迫るスコアとなっている。
これほど「CrystalDiskMark 8.0.4」とテスト結果が違うのは、テストデータやテスト方法が異なるためだ。使い方によっては、PCI Express 4.0で動作していてもPCI Express 3.0と大きな差が生まれない場合もあるということになる。
「Z790 LiveMixer」の「M2_1スロット」にSSDをつなぐと、グラフィックボード用のPCI Express 5.0 x16スロットがx8での動作になってしまう。そこでx8動作の影響を調べた。
情報表示ソフト「GPU-Z」(TechPowerUp)で調べたところ、やはり「M2_1スロット」にSSDを搭載するとグラフィックボードはPCI Express 4.0 x8で動作していた
ミドルクラスのグラフィックボード「GeForce RTX 3060 GAMING X 12G」(MSI)を使用し、PCI Express 5.0 x16スロットがx8で動作した場合の影響を調べた。「3DMark」(UL)の「Time Spy」のテストでは、スコアにほぼ差はなかった
バスの帯域は半分になってしまうが、NVIDIAの「GeForce RTX 3060」を搭載したグラフィックボードでテストしたところ、「3DMark」の「Time Spy」テストではスコアにほぼ影響がなかった。ゲームタイトルによって、またより上位のGPUを使用した場合には影響が出る可能性はあるものの、ミドルクラスのGPUであれば影響は限定的だと言えるだろう。
ここまでのテストは、上位チップセットを使った場合だ。「第13世代Coreシリーズ」に対応したチップセットには「Intel Z790」のほか、「Intel H770」と「Intel B760」がある。予算の関係で安価なこれらのチップセットを搭載したマザーボードを選ぶ人も多いだろう。しかし、当然下位モデルは機能が削減されている。下の表にPCI Expressの仕様をまとめた。下位になるほど高速なSSDに必要なPCI Express 4.0のレーン数は減り、「Intel B760」では半分になってしまう。
「Intel B760」はPCI Expressの総レーン数が「Intel Z790」の半分。その分M.2スロットの数は減ることになる
では、マザーボードでは具体的にどうなっているのか見てみよう。
ASRock「B760 Pro RS」
同じASRockの「Intel B760」搭載マザーボード。M.2スロットは3本だが……
M.2スロットは3本。しかしよく見るとPCI Express 4.0 x4対応が2本、x2対応が1本という構成になっている。ASRockは高速なM.2スロットに「ウルトラ」や「ハイパー」といった名前を付けているが、x2動作のM.2スロットにはそれもない
すべてのM.2スロットがPCI Express 4.0に対応しているのは「Z790 LiveMixer」と同じだが、1本はPCI Express 4.0 x2、最大速度は半分までの対応となっている。これは10本のPCI Express 4.0レーンのうち、4レーンを拡張スロットに割り当てているためだ。M.2スロットの1本にも4レーンを割り当てているので、残りは2レーン分のみ。そのため残りのM.2スロットはPCI Express 4.0 x2になっている。つまり、利用できる7GB/sクラスの高速なSSDは2台までということになる。
またこのPCI Express 4.0 x2という仕様は少し曲者で、最大速度はPCI Express 3.0 x4と同じだが、PCI Express 3.0 x4対応のSSDを取り付けるとPCI Express 3.0 x2で動作する。利用できるレーン数がx2までだからだ。自作PC用のSSDはほとんどがx4接続となるため、このスロットを使う場合はある程度速度を諦めることになる。このx2スロットを避けるにはM.2スロットを合計2本にする、拡張スロットと排他仕様にするといった方法があり、ほかのモデル、メーカーはシンプルにM.2スロットの本数を減らす方法を採ることが多いようだ。
このように、最新プラットフォームであってもマザーボードの仕様には注意が必要。M.2スロットの仕様は見た目ではわからないことも多く、実は速度を引き出せていないということもありうる。
高速なSSDを何台も使いたいのであれば、インテルプラットフォームなら「Intel Z790」搭載マザーボードが鉄板だ。1台か2台までしか使わないということであれば、「Intel B760」も十分選択肢に入れてよいだろう。
SSDの性能を引き出すには、SSDの速度に対応したM.2スロットが必要だが、最新プラットフォームなら安心というわけでもなく、かなり複雑だ。今回のテストの結論としては、最もSSDの性能を引き出せるのは、CPUに接続するM.2スロットということになる。
実際のところ、SSDの最大速度を利用できるシーンはあまり多くない。利用シーンによってはPCI Express 3.0対応のSSDと大きく変わらないということもある。ただ、それでも高速なSSDの魅力がなくなるわけではなく、せっかく購入するのであれば性能をきちんと引き出せる環境で利用したいという人は多いだろう。本記事がそういった人の製品選びの一助になれば幸いだ。
インテルプラットフォームでは、「Intel Z790」の登場でPCI Express 4.0対応のSSDまでなら安心して使えるようになった。今回は試していないが、より高速なPCI Express 5.0 x4に対応し、最大10GB/sの「PG5NFZ」シリーズがCFD販売から2023年1月28日に発売され、話題となっている。SSDの高速化はもちろん歓迎なのだが、マザーボードの仕様が追い付けていないという状況はなかなか解消できない。SSDのためにM.2スロットの仕様を調べる日々はまだまだ続きそうだ。
編集プロダクション「スプール」所属。PCパーツショップ店員から雑誌編集部アシスタントを経て現職。Windows Vista発売の時は深夜販売のスタッフをしていました。自作PCを中心にPC全般が好きで、レビューやノウハウ記事を中心に執筆しています。