昨年2023年9月20日、米MicrosoftのDevice Partner CenterのWebサイトに「Windows Ends Installation Path for Free Windows 7/8 Upgrade」という記事が投稿された。Windows 7/8/8.1からWindows 10/11への無償アップグレードを行うためのインストールパスを終了したという内容だ。
米Microsoftの発表。Windows 10/11への無償アップグレードは2016年7月29日に終了したとある。Windows 11は2021年11月発売なので、少し変な文章になっている
少しわかりにくい表現だが、これはWindows 10/11のライセンス認証の際に、Windows 7/8/8.1のプロダクトキーを使用できなくなったことを意味している。無償アップグレードは2015年7月から2016年7月までの期間限定で実施されており、そもそも現在は期間外だ。2023年になって、わざわざアナウンスする必要があるのかと思う人もいるだろう。
しかし、実はこれによって大きな環境変化が発生する。無償アップグレードを適用したWindows 10を利用している場合、ハードウェアの変更などで認証が外れた際に再認証ができなくなる恐れがあるのだ。
無償アップグレードしたWindows 10は、同じパソコンであれば再インストールしてライセンス認証できる。しかし認証ができなかった場合、有効なプロダクトキーが必要になる。今回の変更によって、これまで利用できていたアップグレード前のOSのプロダクトキーが使えなくなった。
この変更で影響を受けるのは、Windowsのライセンスを使い回す機会の多い自作パソコンユーザーだ。今後新しいパソコンでライセンス認証ができず、問題に気づくというケースが発生すると予想される。
では、無償アップグレード済みのWindows 10を使用している場合、もう新しいパソコンへライセンスを移行させることはできないのだろうか。今回はそれを解説する。
先に答えを言ってしまうと、マイクロソフトアカウントを利用するとできる場合がある。
Windows 10への無償アップグレードは、少し奇妙な状態が続いていた。無償アップグレード期間が過ぎた後もなぜか無償でアップグレードができていたのだ。
元々無償アップグレードしたWindows 10は「同じデバイスで再インストールやクリーンインストールを実行できます」としか説明されておらず、別のパソコンへライセンスを移行できるか明言されていなかった。そのため「移行はできない」という見解を持つ人も少なからずいた。大きな問題にならなかったのは、期間後もアップグレードができていたからにほかならない。
マイクロソフトのサポートページにある「Windows 10 へのアップグレード:よくあるご質問」の記事。「同じデバイス」への再インストールにしか触れられていない
新しいパソコンでも認証できていたのは、ライセンスを移行できていたからなのか、それとも新しいパソコンで改めて無償アップグレードが実施されていたのか、実態はわからなかった。
今回、新規のアップグレードができなくなったため、改めてこの問題が浮上したと言える。筆者が試したところ、過去に無償アップグレードで使用したWindows 7 Professionalのプロダクトキーでは新しいパソコンで認証ができなかった。つまり、これまでは新しくセットアップするたびに無償アップグレードが実施されていたと考えるのが自然だろう。
Windows 10は、パッケージ版の発売に先駆けて2015年7月29日にWindows 7/8/8.1からの無償アップグレードの提供が始まった。ライセンスに関する疑問は、実はこのときからあった。
この疑問への回答として有力だったのが、2015年6月22日にマイクロソフトコミュニティに投稿された楠部啓氏(Microsoftエージェント)の記事だ。「無償アップグレードでは、このようなハードウェア変更の認証リセットのシナリオはWindows 10の認証に適用されません。」とあり、当時これを元に移行はできないという考え方が広まった。
マイクロソフトのコミュニティに投稿された「アップグレード後の Windows 10 再インストールについて」の記事。「無償アップグレードでは、このようなハードウェア変更の認証リセットのシナリオは Windows 10 の認証に適用されません。」とある
ただ、この回答の背景には、デジタルライセンスの仕組みがあったと思われる。デジタルライセンスとはWindows 10で導入された新しいライセンス認証方式で、ハードウェア情報とセットで利用することでプロダクトキーを使わずに認証できる。無償アップグレードしたWindows 10に付与されるのもデジタルライセンスだ。
このデジタルライセンス、実は導入された当初は別のパソコンに移行させる仕組みがなかった。プロダクトキーがあればハードウェアが変わっても正規ライセンスであることを証明できるが、デジタルライセンスにそのような機能はない。実態としては、そのハードウェアに紐付いたライセンスだったと言ってよいだろう。
そのため、大幅なハードウェア変更があった場合はライセンス情報の維持ができない。紐付いたハードウェア情報がなくなると、デジタルライセンスの存在を確認するすべがないためだ。当初「同じデバイスで再インストールやクリーンインストールを実行できます」という説明になったのは、これが理由だろう。
しかしこれは大きな問題にならなかった。アップグレード前のWindowsのプロダクトキーを入力すれば、ライセンス認証ができたからだ。無償アップグレード期間が過ぎた後の懸念もあったが、期間後もアップグレード可能な状態が継続したため、デジタルライセンスが原因でライセンス認証できなくなるというトラブルは発生しなかった。
事情が大きく変わったのは、2016年の「Anniversary Update」のときだ。このアップデートで、Windowsのデジタルライセンスをマイクロソフトアカウントに紐付ける機能と、マイクロソフトアカウントを利用して新しいパソコンにデジタルライセンスを移行させる機能が追加された。これにより、デジタルライセンス、つまり無償アップグレードしたWindows 10を別のパソコンに移行させることができるようになったわけだ。
Windows 10の「Anniversary Update」がリリースされたのは2016年8月。このときからWindowsのデジタルライセンスをマイクロソフトアカウントに紐付けられるようになった
ただ、それ以降も無償アップグレードそのものができたため、この機能を利用する必要はなかった。特に、Windows 10をローカルアカウントで使ってきた人は機能の存在すら忘れていた、または知らなかったという人もいるのではないだろうか。
デジタルライセンスを移行させられることはわかった。しかし、その利用方法がWindowsの利用条件を記した「ソフトウェアライセンス条項」に合致しているかは別の話だ。Windowsのライセンスについて、もう少し整理してみよう。
Windowsのライセンスには、一般ユーザーが触れる機会のあるもので3種類ある。
(1)パッケージ版
OS単体で販売されているもの。インストール用メディアとプロダクトキーが同梱されている。同時に1台のパソコンにインストールして実行できるという条件さえ満たせば、別のパソコンに移行させられる。今購入するのであれば、Windows 11になる。
Windows 10のパッケージ。ライセンスの自由度は最も高い。インストール用メディアはUSBメモリーだ
(2)OEM版
単体販売されておらず、メーカー製パソコンなどにプリインストールされているもの。Windows 8以降はプロダクトキーがBIOS(UEFI)に記録されており、外から確認できない。ライセンスはパソコンに紐付いており、ほかのパソコンに移行できない。
Windows 7以前は、OEM版のプロダクトキーはパソコンに貼り付けられていた。現在はBIOSに記録されているため外からは確認できない
(3)DSP版
OEM版の一種で、PCパーツショップなどが販売している簡易パッケージ版。パソコンやPCパーツとのバンドル販売が基本で、バンドルしたハードウェアとセットで使うことが使用条件となっている(PCパーツとのバンドルの場合、一緒に移行させればほかのパソコンでも利用可能)。バンドル不要で単体での購入が可能だった時期もあり、同じDSP版でも利用条件は一様ではない。
DSP版は簡易パッケージで販売されている。写真はWindows 8.1のもの。インストールメディアはWindows 10でもDVDのままだ
次に、アップグレードの考え方だ。マイクロソフトは代々Windowsの「アップグレード版」を提供してきた(Windows 10/11に関してはアップグレードが無償のため販売はされていない)。アップグレード版のライセンスは、利用条件をアップグレード前のOSから引き継ぐことになっている。つまり、アップグレード元がOEM版ならアップグレード後もOEM版相当、パッケージ版ならパッケージ版相当が原則ということだ。
Windows 8.1以前だけでなく、Windows 10からWindows 11へアップグレードする際もこの原則は変わらない。そうであれば、Windows 10へのアップグレードでだけ利用条件が変化し、別のパソコンへライセンス移行できなくなるというのも変な話だ(そもそも、ライセンス条項にはWindows 10を特別扱いするような記載はない)。2015年時点で移行できないと読める説明があったのも、仕組みがないため「できるとは言えなかっただけ」と考えるべきだろう。
これらを踏まえて、無償アップグレードしたWindows 10のライセンスを新しいパソコンに移行できる条件を整理してみよう。販売形態は、パッケージ版とDSP版だ。ただし、DSP版はバンドル条件の有無やバンドルしたハードウェアが使えるのかなど、買い方によってできる場合とできない場合が考えられる。そのため、本稿はひとまずパッケージ版を想定して話を進める。
次に、デジタルライセンスをマイクロソフトアカウントに紐付けている場合に限られる。無償アップグレードしたWindows 10はデジタルライセンスが付与されているので、済んでいないならマイクロソフトアカウントへ紐付けをすればよい。これからWindows 10へアップグレードすることはできないが、アップグレード済みであれば、マイクロソフトアカウントへの紐付けは可能だ。
反対に移行できないケースは、元のOSがパソコンに紐付いているOEM版、そして移行の条件を満たせない場合のDSP版となる。
それでは、実際にライセンスを移行する手順を確認していこう。
まず、Windows 10/11のライセンスの状況を調べてみよう。Windows 10なら設定アプリの「更新とセキュリティ」内にある「ライセンス認証」、Windows 11なら「システム」内にある「ライセンス認証」を開く。無償アップグレードを利用したWindows 10/11であれば、「Windowsはデジタルライセンスによってライセンス認証されています」または「Windowsは、Microsoftアカウントにリンクされたデジタルライセンスによってライセンス認証されています」のどちらかが表示されているはずだ。後者なら既に紐付けが終わっている。
マイクロソフトアカウントへの紐付けをしていない場合、この表示になる
マイクロソフトアカウントへ紐付けすると、その旨が明記される。この状態なら、別のパソコンへ移行させることも可能だ。こちらはWindows 11の画面だが、Windows 10でもメッセージは同じだ
新しく紐付けする場合は、マイクロソフトアカウントを利用し、管理者としてWindowsにサインインする。次にライセンス認証のページを開き、「アカウントの追加」をクリックする。サインインウィンドウが開くので、紐付けるマイクロソフトアカウントでサインインすればよい。サインインに成功すると、先の表示が切り替わっているはずだ。ライセンス移行の際にPC名を使うため、このときにメモしておくとよい。
紐付けしていない場合、ライセンス認証のページに「Microsoftアカウントを追加」という項目がある。ここで「アカウントの追加」をクリックする
マイクロソフトの解説ではあらかじめマイクロソフトアカウントでサインインするよう指示されているが、作業自体はローカルアカウントでも始められる。ただし紐付けすると、サインイン用アカウントがマイクロソフトアカウントに切り替わる。
新しいパソコンでライセンス認証を行う際は、同じマイクロソフトアカウントでサインインし、ライセンス認証の画面で「トラブルシューティング」をクリックする。その後開いたウィンドウで「このデバイス上のハードウェアを最近変更しました」を選ぶと、マイクロソフトアカウントに紐付けたパソコンの一覧が表示される。ライセンスを引き継ぐPCを選択して「現在使用中のデバイスは、これです」にチェックを入れ、「アクティブ化」をクリックする。これで完了だ。
ライセンス認証に失敗すると、「トラブルシューティング」の項目が現れる
「このデバイス上のハードウェアを最近変更しました」をクリックする
パソコンの一覧が表示されるので、ライセンスを引き継ぐ元のパソコンを選択し、「現在使用中のデバイスは、これです」にチェックを入れて「アクティブ化」をクリックする。これで手順は終了だ
まとめると、無償アップグレードしたWindows 10のライセンスは別のパソコンへ移行させることが可能だ。ただしそれにはマイクロソフトアカウントとの紐付けが必要となる。
Windows 10のリリース直後にWindows 7からアップグレードした人の中には、マイクロソフトアカウントへ移行する機会がなくローカルアカウントを使い続けている人もいるだろう。そうした人は、今回の影響を最も受けやすい。次にパソコンの構成を変える前に、忘れずにマイクロソフトアカウントとの紐付けをしておこう。無償期間中にアップグレードしたからと安心していると、本来有効なはずのライセンスを失う結果になりかねない。ある意味、自作パソコンユーザーこそマイクロソフトアカウントを使うべき時期になったと言えるだろう。