レビュー
ソニー・ミュージックスタジオと共同で約4年半の歳月をかけて開発

名機CD900STからどう変わった? ソニーの新世代スタジオモニターヘッドホン「MDR-M1ST」を聴く

ソニー「MDR-M1ST」

ソニーから、新しいスタジオモニターヘッドホン「MDR-M1ST」が発売された。

この製品の登場を心待ちにしていた人は、かなり多いと思う。というのも、スタジオモニターヘッドホンのリファレンスとして現在も変わらず活躍し続けている「MDR-CD900ST」は、すでに発売から30年を数える製品であり、いまだ現役であり続けるのが奇跡といえる存在(それだけ完成度の高い製品なのは確かだ)。そのため、現代版「MDR-CD900ST」というか、ハイレゾ時代の最新レコーディング事情にマッチした製品を多くの人が求めていたのは確かだ。

かくいう筆者も、ソニーのヘッドホン開発陣に会うたびに“「MDR-1A」系をベースとしたスタジオモニターヘッドホンの後継モデルをぜひ!”と勝手にリクエストし続けてきた。偶然にも、そのリクエストに近いスタイルとなった「MDR-M1ST」だが、そのディテールをチェックすると、機能性や耐久性、サウンドキャラクターなど、プロ用途を念頭に置いた、まったく異なる仕様の製品に仕立て上げられていることがわかる。

1989年の登場以来、今なお多くのスタジオで愛用されている「MDR-CD900ST」(左)と、今回紹介するスタジオモニターヘッドホン「MDR-M1ST」(右)

そういった製品性の違いは、「MDR-M1ST」の外観からも把握できる。ベースというか、製品開発の出発的になったのは「MDR-1A」(細かくいえば現行モデルの「MDR-1AM2」ではなく先代「MDR-1A」だろう)で間違いはないと思うが、当然のごとく使用しているパーツはまったくといっていいほど異なっている。あくまでもデザインコンセプトや技術的/機能的ノウハウを生かした、といったレベルの話にとどまっている印象だ。

ゆえに、「MDR-M1ST」の細部はオリジナリティが高い。たとえばハウジング部は、「MDR-1A」をベースにしつつ「MDR-CD900ST」のイメージを踏襲した、まったく新しいデザインとなっている。また、ハウジング上部にドライバー背圧抜きのポートが設けられているのは「MDR-1A」と同じだが、近くにもう1か所ポートが新設されているなど、新たに設計されたものとなっている。

「MDR-1A」ベースのデザインだが、ハウジング部のベントポートが2つになっているなど、細部は微妙に異なる

「MDR-1A」ベースのデザインだが、ハウジング部のベントポートが2つになっているなど、細部は微妙に異なる

イヤーパッドに関しては、厚みが「MDR-CD900ST」よりも厚く「MDR-1A」よりも薄いタイプが採用されている。これは、ドライバーユニットの位置をより耳の近くに配置することで音のディテールがわかりやすいようにする使い手側のリクエストによるものだろうと想像できる。実際、開放型やセミ開放型のヘッドホンは音が遠くて苦手、というエンジニアやミュージシャンも少なからずいるからだ。

いっぽうで、ドライバーユニットは「MDR-CD900ST」のようにイヤーパッドと並行ではなく、「MDR-1A」のように後頭部に向かって少しすき間ができるカタチで配置されている。これは、このすき間に耳たぶが入り込むことで、ヘッドホンの側圧で圧迫されないように工夫されたもの。「MDR-CD900ST」は実質上オンイヤータイプのイヤーパッドとなっていたから、これによって長時間使用時の快適性を大幅に向上させている。また、イヤーパッド自身が立体縫製を採用していることもあり、ホールド性も格段に高まり、同時に遮音性も向上している。特に遮音性が高まってくれたのは、スタジオモニターヘッドホンとして大きな魅力アップといえる。

イヤーパッドの厚みを比較。左から「MDR-1AM2」、「MDR-M1ST」、「MDR-CD900ST」の順だ

イヤーパッドの厚みを比較。左から「MDR-1AM2」、「MDR-M1ST」、「MDR-CD900ST」の順だ

さらに、ヘッドバンドまわりに関しては、「MDR-CD900ST」と「MDR-1A」、どちらとも異なるデザインが採用されている。ヘッドバンドは、デザインこそ「MDR-CD900ST」のイメージを継承しているものの、頭部側はやわらかい表皮のクッションを採用して快適性を向上。11段のサイズ調整部分が行えるスライダーは、鉄板1枚だった「MDR-CD900ST」からパイプ状(「MDR-1A」のものとデザイン的にはほとんど同じ)へと変更、大きく耐久性を高めている。また、ジョイント部にはシリコンリングを配することで、体を動かした際に発生することがあるノイズ(プラスティックがこすれ合うようなカタカタいう音のことだと察する)を徹底して低減しているという。

ヘッドバンドスライダーの形状も大きく見直された

ヘッドバンドスライダーの形状も大きく見直された

もうひとつ、「MDR-M1ST」のうれしい改良点が、着脱式ケーブルの採用だろう。こちらは、ヘッドホンとの接続部に「MDR-1A」と同じ3.5mm4極端子を採用したもので、製品には約2.5mの着脱式ケーブルが付属している。とはいえ、接続部はケーブル側がネジ式となっていたり、端子の入り込み方が異なる(「MDR-1A」は端子根元に数ミリの細い部分が必要)していて、厳密には互換性はない。現在販売されている「MDR-1A」用リケーブルはひとまず利用できそうだが、このあたりは今後(できれば「MDR-M1ST」と同じタイプで)統一してくれるとうれしい。

着脱式ケーブルを新たに採用。ヘッドホン側は「MDR-1A」と同じ3.5mm4極端子だが、細部の形状が若干異なる

着脱式ケーブルを新たに採用。ヘッドホン側は「MDR-1A」と同じ3.5mm4極端子だが、細部の形状が若干異なる

このほか、スイーベル機構が採用された点も見逃せない。これによって、屋外への持ち運びが圧倒的に楽になってくれるし、スタジオでの運用にも何かと便利そうだ。

搭載されているドライバーユニットは40mm口径で、ネオジウムマグネットとCCAWボイスコイルを採用していること、24Ωというインピーダンス、そして振動板の見た目から(「MDR-1AM2」ではなく)「MDR-1A」に近い仕様のものが採用されていることがうかがえる。とはいえ、再生周波数帯域が異なっていたりもするので、まったく同じものではなさそうだ。

左が「MDR-M1ST」、右が「MDR-1AM2」。グリルの形状(MDR-1AM2は最新のフィボナッチパターングリルを採用)からも「MDR-M1ST」のドライバーユニットが「MDR-1A」に近いことがわかる

さて、ここからは実機を使ってのインプレッションをお届けしよう。比較用として、先ほどから話題に上がっている「MDR-CD900ST」と「MDR-1AM2」(残念ながら「MDR-1A」は手元になかった)も用意した。

「MDR-M1ST」と「MDR-CD900ST」、「MDR-1AM2」を比較

「MDR-M1ST」と「MDR-CD900ST」、「MDR-1AM2」を比較

まず、装着感について。やわらかい表皮とウレタンの立体縫製イヤーパッドを採用していることから、かなり心地よい装着感だ。ほとんどオンイヤー型と変わらない「MDR-CD900ST」とは別物の快適さだ。しかしながら、イヤーパッドの厚みが抑えられているため、「MDR-1AM2」までの心地よさ、耳たぶがやさしく包まれるようなところまではいっておらず、多少は触る。このあたりは、モニターヘッドホンという役割を果たすための割り切り(多分音の近さ優先)だろうと想像している。

続いて、音漏れについて。イヤーパッドの密閉性が高まったことから、「MDR-CD900ST」に対して音漏れは低減されている印象だ。細かくチェックすると、新設されたポートのあたりからほんのちょっぴり音漏れしているようにも感じるが、スタジオユースでの問題はなさそうだ。

さて、肝心のサウンドはというと、想像どおりというか、イヤーパッドのディテールが示しているとおり、かなり近距離に音が聴こえる。ボーカルもメイン楽器も、目の前すぐの位置で演奏しているかのような距離感で、細部のディテール表現がストレートに伝わってくる。業務用として必須となる情報量の多さはしっかりと押さえている、そんな印象だ。

しかしながら、そのサウンドキャラクターはちょっとしたクセがある。全体的には奇をてらわない素直な表現となっているので、ちょっとしたピーク/ティップ、特定の楽器だけ音の厚みを感じなかったり、ピアノの一部の音階がくぐもった音に聴こえたり、部分がどうしても気になってしまったのだ。

もしかすると、エージングに時間がかかる製品なのかもしれない。そう思い、この記事用に製品をやや長めに借用し、そのうち10日間ほどをバーンイン信号&音楽でエージングする期間に割いた。

結果はまさに想像どおりで、エージングによって本来のサウンドと思われる、バランスのよい音を聴かせてくれるようになった。距離感の近さや、歌声のウォーミーさは変わらないが、楽器や音階によるばらつきがなくなっている。何よりも、音数がとても増え、そのすべてが届いてくるので、楽曲の特徴がとてもわかりやすくなった。逆に、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDなど音数が多く音場表現も凝りに凝ったサウンドだと、2時間3時間と聴いているのが辛くなってしまうくらいだ。

いっぽうで、既存のスタジオモニター、平たくいえば「MDR-CD900ST」とは異なり、高域が鋭すぎたりしないのも好印象だ。どちらかというと、低域はやや強め。結果として、女性ボーカルはリスニングヘッドホンのように心地よい、それでいてモニターヘッドホンのようにリアリティを感じさせてくれるニュートラルな歌声を聴かせてくれる。個人的にはこの方が聴きやすいし、リスニング用ヘッドホンの音も想像しやすいので、プロ用のスタジオモニターヘッドホンとして大いに役立ってくれそう。実際、モニターヘッドホンといってもメーカーや製品によってサウンドキャラクターは異なり、これがモニターだ!という音はなく、当人がモニターしやすいヘッドホンであればなんでもいい、というのもまた事実。

そういった意味で、過去の定番であったモニターサウンドという幻想から逃れることのできた「MDR-M1ST」は、現代、そして未来のスタジオワークにとってベストなチョイスとなってくれるかもしれない。先々の展開も含め、長らく手元に置いておきたい、魅力的な製品だと感じた。

野村ケンジ

野村ケンジ

ヘッドホンなどをはじめ幅広いジャンルで活躍するAVライター。ハイレゾ音源についても造詣が深く、アニソンレーベルのスーパーバイザーを務めるほか、TBSテレビ開運音楽堂「KAIUNハイレゾ」コーナーではアドバイザーとしてレギュラー出演している。

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