夏に向け、オーバーヘッド型のワイヤレスヘッドホン市場が盛り上がりを見せている。ハイエンドワイヤレスヘッドホンのトレンド火付け役と言えばソニーの「WH-1000X」シリーズだが、2025年5月30日に最新世代となる「WH-1000XM6」を発売。JBLからも5月29日に新フラッグシップモデル「TOUR ONE M3」が登場、Bowers & Wilkins(以下、B&W)も4月26日に「Px7 S3」を発売するなど、ここにきて選択肢がかなり充実してきた。
左からJBL「TOUR ONE M3」、ソニー「WH-1000XM6」、B&W「Px7 S3」
ソニー「WH-1000XM6」、JBL「TOUR ONE M3」、そしてB&W「Px7 S3」に共通するのはいずれもノイズキャンセリング機能を搭載したワイヤレスヘッドホンとして、これまでの価格レンジを突破する4万〜6万円クラスに突入したこと。近年の物価高の影響は当然あるが、ワイヤレスヘッドホンに高音質を求める人が増えたという見方もできる。
そこで今回は実際に最新3モデルの実機を用意。音質やノイズキャンセリング機能の違いなどを詳しくチェックしてみた。
ノイズキャンセリング機能を搭載したワイヤレスヘッドホン市場においてユーザーから高い支持を得ているソニーの「WH-1000X」シリーズ。その最新世代となるのが、ソニー「WH-1000XM6」だ。新たに「高音質ノイズキャンセリングプロセッサーQN3」を搭載し、ノイズキャンセリング機能をブラッシュアップ。グラミー賞受賞/ノミネート歴のある著名サウンドエンジニアとの共創による徹底した音質チューニングも特徴となっている。高音質ワイヤレスコーデックはLDACをサポート。
ソニー「WH-1000XM6」。約3年ぶりに登場した最新のフラッグシップモデルだ
イヤーカップが大きく、ゆったりとした装着感が特徴
従来モデル同様のナチュラルデザインだが、新たに折りたたみにも対応。イヤーパッドは今回使用した3モデルの中で最もゆったりしていて、側圧のバランスも良好だった。操作系はタッチパネルと物理ボタンの併用で、電源ボタンはほかのボタンと異なる丸形にするなど、操作性も向上した。専用アプリによるカスタマイズ性も高い。
電源ボタンは独立して搭載。ほかのボタンと異なる丸形デザインになっており、触っただけで判別がしやすくなったのもポイントだ
近年、ポータブルオーディオでも存在感を高めているブランドがJBL 。そんなJBLが手掛けるワイヤレスヘッドホンの最新フラッグシップモデルが「TOUR ONE M3」だ。
JBL「TOUR ONE M3」。約1年半ぶりに登場した新フラッグシップモデルだ
サウンド面では、JBLのヘッドホンとして初めてマイカ素材を採用したドライバーユニットを搭載したのがポイント。ノイズキャンセリング機能は、最新の「新リアルタイム補正機能付きハイブリッドANC」だ。高音質ワイヤレスコーデックはLDACをサポート。最大約70時間(ANCオフ時)のスタミナバッテリーも魅力の万能モデルだ。
装着スタイルも目立たずシンプル
デザインはJBLロゴも控えめでモダンかつ堅牢。折りたたみにもしっかり対応しているので、日常的な使用からトラベルシーンまで幅広く対応できる。イヤーカップは耳をしっかりと覆い、適度な側圧で安定した装着感が得られるタイプ。操作系はタッチパネルと物理ボタンの併用で、再生コントロールやボリューム調整、外音取り込み切り替えなど、本体だけで多彩な機能を操作できる。
なお、「TOUR ONE M3」には、ディスプレイ付きのトランスミッターを付属したバリエーションモデル「TOUR ONE M3 SMART TX」もラインアップされている。飛行機内のエンターテイメントシステムや家庭用ゲーム機など、Bluetooth非搭載機器の音声をワイヤレスで楽しみたいという人はこちらをチョイスするのもアリだろう。
「TOUR ONE M3 SMART TX」に付属するディスプレイ付きのトランスミッターは、3.5mmアナログやUSB-Cの有線接続に対応。タッチディスプレイを見ながらさまざまな機能をコントロールできる
英国の高級オーディオブランドであるB&Wは、近年ポータブル・オーディオブランドとして着実にファンを増やしている。その最新ワイヤレスヘッドホンが、2025年4月に発売された「Px7 S3」だ。
B&W「Px7 S3」。同社にはさらに上位の「Px8」というモデルもある
ドライバーユニットは、専用設計の40mmダイナミック型フルレンジ・カーボンドライバー。aptX Adaptiveコーデックのみならず、aptX Lossless Bluetoothへの対応は特に他社との差別化となる部分だ(今回の音質レビューはaptX Adaptiveで評価している)。
本体サイズは今回取り上げた3モデルの中で最も小ぶり
先に紹介した2モデルとは思想から異なるラグジュアリー感のあるデザインが目を惹く。アルミニウムのアームやファブリック素材など、上質なマテリアルを組み合わせた意匠が耳元できらりと輝く。装着感は3モデルの中で最もタイトだが、キツすぎるほどではなく、見た目の高級感だけでなく、長時間の使用でも心地よさが持続するよう設計されている。操作系は物理ボタンが主体のスタンダードな設計だ。
英国名門ブランドらしく、細部まで作り込まれたデザインだ
今回、ソニー「WH-1000XM6」、JBL「TOUR ONE M3」、そしてB&W「Px7 S3」の実力をチェックするため、3モデルとも同一条件にて比較試聴を実施した。試聴に用いた再生機はAndroidスマートフォン「Xperia 1 IV」で、Bluetoothの接続コーデックはLDAC/aptX Adaptiveを選択。ノイズキャンセリング機能はオンの状態で統一している。なお、今回はノイズキャンセリング機能の比較も同時に行っているが、こちらは電車内に持ち込み、無音状態で効果をチェックしている。試聴した音源は下記の4曲だ。
・宇多田ヒカル「BADモード」(J-POP、女性ボーカル)
・Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」(J-POP、男性ボーカル)
・ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」(ジャズ)
・映画パイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」(オーケストラ)
ノイズキャンセリング機能は電車内でチェックを行った
今回取り上げる3モデルの中でも特に注目度の高いソニー「WH-1000XM6」。まずはこちらのチェックから開始した。
宇多田ヒカル「BADモード」から聴き始めてみたが、ソニー「WH-1000XM6」のポテンシャルの高さをいきなり実感した。空間表現が得意なのはもちろん、空間の個々の音の立ち上がりが鋭く、低音は深く鳴らすと同時にリズム感のキレもよい。女性ボーカルの歌声に適度なビビッドさがあるため、リスニング的にもとても心地よい。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」でもリズムの表現が非常によく、きわめて深い重低音からていねいに再現してくれる。男性ボーカルの定位もシャープだ。
ソニー 「WH-1000XM6」は現代的な高音質サウンド
ジャズ音源、ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」では、音の前後感もしっかりと感じられ、アコースティックギターやウッドベースの弾けるような音の再現が見事。ピアノの音も、単に空間上に定位するだけでなく、そこまでの距離を感じさせるような響きがあり、これが音のリアリズムや生々しさにつながっているようだ。オーケストラの楽曲、映画パイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」では、ステージ上の楽器間の距離感までわかるほど見通しがよく、オーケストラの構造を把握できるような空間表現力を持つ。情報量と音分離を極めた、まさに現代的な高音質サウンドといったところだ。
また、ノイズキャンセリング機能に関しても着実に進化していた。先代の「WH-1000XM5」との差分が気になる人も多いだろうが、傾向は「WH-1000XM5」に近く、重低音をしっかりと低減しつつ、低域から中高域にかけては全体をボリュームダウンするようなイメージで、「WH-1000XM6」では中域の低減効果が「WH-1000XM5」から向上しているようだ。騒音の低減量は大きいものの、電車内のガタガタという走行音はやや感じられる。完全に静寂が訪れるような強烈なタイプではなく、狙った騒音を効果的に抑制するという方向性のようだ。
JBL「TOUR ONE M3」も宇多田ヒカル「BADモード」から聴き込んでみたが、こちらもボーカルの存在感を重視したリッチに中域を聴かせてくれるサウンドだった。ボーカル表現は、聴き手を魅了するような表現力というよりは、肉厚で抑制のきいた描写が特徴。空間的な広がりは中程度だが、楽曲全体としての一体感、まとまりのよさを感じる。引き締まったベースラインの再現もうまい。全体としてのナチュラル志向に加えて、マイカ振動板採用ドライバーで高域にやや鮮やかさをプラスしているところがポイント。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」では空間を満たすような重低音のパワー感がすごい。男性ラップは声の厚みを感じさせながら再現し、ボーカルをよりリッチに聴かせたいという意図が感じられる。
JBL「TOUR ONE M3」はナチュラルサウンドに鮮やかさをプラス
続いてダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」を聴いてみたが、アコースティックな音源では特に女性ボーカルの再現能力が高く、声の近さ、厚みが印象的。ウッドベースのリッチな響きと相まって、サウンド特性の相性は非常によかった。ピアノの音もダイレクトで近接的で、この濃厚なジャズの表現はクセになる魅力がある。映画パイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」は、低音の重厚感と音の量感で迫力をしっかりと感じられた。奥行き方向の立体感よりも、横方向の広がりが主体となるサウンドのようだ。
「TOUR ONE M3」のノイズキャンセリング機能もかなり良好だった。低域をしっかりと抑制するだけでなく、中域にもしっかりと低減効果が働き、すべての帯域を均等にボリュームダウンするような自然な仕上がりだ。残留ノイズが耳に付かず、気になりにくいので、ノイズキャンセリング機能目当てで導入しても大いに活用できそうだ。
最後にB&W「Px7 S3」のサウンドをチェックしていこう。ほかの2モデル同様、宇多田ヒカル「BADモード」から聴き始めたが、3モデルの中でも際立った個性を持つサウンドだとすぐにわかった。明確に前方の距離感を持って鮮やかに定位し、その歌声は厚みと情熱を帯びた鮮烈なサウンド。ベースラインも厚みがあり、楽曲のボトムを心地よく支えてくれる。サウンドのレンジも広く、シンバルのシャープな高域の響きも印象的。Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」は「Px7 S3」が重低音の量でトップ、重低音に浸りたいリスナーには最適なバランスと言えそうだ。男性ボーカルは楽曲の中で鮮烈に浮かび上がり、その立体感、声の存在感、そして魅力をいっそう引き立ててくれる。「音楽を聴くことの楽しさ」をストレートに感じさせてくれる音作りだ。
B&W「Px7 S3」は音楽性重視のサウンド
ダイアナ・クラール「夢のカリフォルニア」は、中域に明確なフォーカスを置いたサウンドが展開され、ほかのヘッドホンでは埋もれがちな繊細な音のディテールをていねいに掘り起こしてくれる。ボーカルには女性ボーカルの情熱的な表現とともに空気感がともなっており、音楽全体の定位も立体的に再構築されたような面白さがある。低音もリッチかつ安定しており、楽曲の聴きどころを的確にとらえた表現力重視のサウンドと言える。映画パイレーツ・オブ・カリビアンより「彼こそが海賊」も、各楽器の音のダイナミズムを強調することで、音楽への没入感を高めてくれる。
なお、「Px7 S3」のノイズキャンセリング機能については、最強クラスというわけではないが、効果のバランスがよい。低域の騒音を効果的に抑制しつつ、中高域は適度にボリュームダウンさせる。人の声や高域の持続音はある程度残るものの、全体の消え方が自然なため、不快感は少ない。特に人の声がやや遠くに感じられる効果は実用面としてプラス。いっぽう、 電車の走行音などは低音も含めて多少残る。なお、イヤーカップのサイズのためか、首を左右に振った際にノイズキャンセリング機能の効果が変動しやすい点は若干マイナスポイントだ。
今回、4万〜6万円の価格帯で展開されている最新のノイズキャンセリング機能搭載ワイヤレスヘッドホン3モデルをじっくりと聴き比べてみたが、この価格帯の製品になるとそれぞれにブランドの個性と技術が色濃く反映されていた。
ソニー「WH-1000XM6」は、高いS/Nとすぐれた空間表現力をベースに、ストイックなサウンド表現で、あらゆるジャンルの音楽を高いレベルで再生してくれる。ノイズキャンセリング機能も業界トップクラスの性能というわかりやすさもあり、静寂の中で音楽に深く集中することも含めて、引き続き大本命モデルになってくれそうだ。
JBL「TOUR ONE M3」は、今回の3モデルの中で語るなら、王道のバランス型。ナチュラルでまとまりのよいサウンドと、体感として快適なノイズキャンセリング機能がそろい、オールラウンドで使える。ディスプレイ付きのトランスミッターを付属したモデルもラインアップし、高額なヘッドホンを徹底的に使い回せる汎用性も含めるとほかにない価値がある。
B&W「Px7 S3」は、やはり音楽性重視のヘッドホンと語るべきだ。音楽の持つ情熱や微細なディテールを鮮烈に、そしてダイナミックに描き出すサウンドは唯一無二。ノイズキャンセリング機能は最高峰からは落ちるものの、音楽への没入感を高める効果としては十分。
高価格帯の製品ということもあって、音質・ノイズキャンセリング機能ともにどれも価格に見合うだけの価値があることは間違いない。この水準まで到達した中で選ぶなら、音質やノイズキャンセリング機能が好みに合うかどうかなど、自分が重視するポイントはどれなのか改めて確認し、ぴったりな1台を選んでほしい。