2016年末、スコットランドのイヤホンメーカー“RHA”から、ポータブルアンプ「Dacamp L1」と、イヤホン「CL1 Ceramic」(以下、CL1)および「CL750」が発売された。同年8月の発表当初から、国内のコアなポータブルオーディオファンに注目された製品だ。
特にDacamp L1は、同社が初めて手がけるUSB-DAC搭載ポタアンで、フルバランス構成で600Ωのヘッドホンを駆動できるスペックということもあって、話題性が高かった。しかし、そこに組み合わせるイヤホン2機種も、改めて見るとかなり“硬派”な仕様で、RHAのチャレンジ精神を感じる製品なのだ。そこで今回は、このCL1とCL750にフォーカスをあててレビューしてみた。
今回は、CL1(左)とCL750(右)、2つのイヤホンが主役
基本的な製品の位置づけとしては、CL1/CL750ともに、ハイレゾブームのトレンドにあわせた「超広帯域再生」を狙ってRHAが開発したイヤホンだ。2機種とも再生周波数帯域は16Hz〜45kHzをカバーし、ハイレゾロゴも取得している。
しかし、ハイレゾうんぬん以前にスペックを見て目につくのが、150Ωという高インピーダンス設計。イヤホンとしてはかなり高い。スマートフォンやDAPと直接接続しても満足には鳴らせないと思われ、基本的にヘッドホンアンプを使うことが前提というわけだ。しかも能率はどちらも89dBで、完全に低感度。
確かに、高級ヘッドホンの世界ではコンシューマー向けでも300Ωや600Ωという高インピーダンスモデルが存在し、実際それらを鳴らしきったときに得られる音の感動は大きい。マニアがあえてそこに挑戦するのは、通常モデルでは味わえないその感動のためだ。しかし今回の2機種は、ポータブル用途が主なイヤホン製品。しかも5万円台の上位モデルCL1だけならまだしも、売れ筋の価格帯に入る1万円台のCL750も、同じ150Ω設計なのがスゴい。
CL1/CL750のパッケージにあるスペック表を見ていると、「ふむふむ、16Hz〜45kHzの広帯域をカバーしているんだな……ん!? 150Ω!?」と驚く流れになる
ユーザー層がかなり限定されそうに思えるCL750だが、RHAはむしろそれを「本格的に音にこだわりたいエントリー層」の開拓をめざす意欲的な製品と位置づけている。既存市場だけを見るとユーザー層は狭いが、あえてその製品を市場投入することで、ポータブルオーディオファン自体の拡充を狙うポジティブなチャレンジということだ。
それでは以下より、2機種それぞれの詳細をご紹介しながら、音質をレポートしていこう。もちろん、ポタアンに使用するのはDacamp L1。同モデルは、USB-A/microUSB-B/光デジタル/アナログRCAと、ひと通りの入力系統を備えている。今回はAstell&KernのハイレゾDAP「AK300」を用意して、光デジタル接続しての試聴を行った。
デジタル出力が行えるAK300を用意して、Dacamp L1と接続。ゲインはMidに合わせている。なお、Dacamp L1の出力インピーダンスは2.2Ω。いわゆる「ロー出しハイ受け」にならい、600Ωのヘッドホンまで対応する駆動力を確保する
エントリー向けのイヤホンは、手持ちのスマホと接続して手軽に鳴らせる仕様が一般的だが、上述の通りCL750はそういう「普通のエントリー」とは異なる製品だ。「価格はとりあえず1万円台を実現した。後はそっちでしっかり音を鳴らすため努力してくれ」という、ユーザーに対しての優しさと厳しさを感じる、かなり硬派なエントリー機である。
その外観から、2013年に発売されたRHAのロングセラー機「MA750」を思い出すポータブルオーディオファンも多いだろう。実際、どちらもステンレス鋼製「エアロフォニック」ハウジングを採用しており、見た目はほとんど同じ。それに両者ともダイナミックドライバー1発のフルレンジ型ということもあり、一見すると「MA750を高インピーダンス化したのがCL750か?」と思うが、今回CL750に搭載されたのは、新開発のダイナミックドライバー「CLダイナミックトランスデューサー」。これにより高域側の特性を45kHzまで拡張し、MA750とはチューニングも変えている。
CL750(左)とMA750(右)。基本的に外観はほとんど同じ
CL750のイヤーピースを外してみると、スピーカー部の形状もMA750と同一だ
付属ケーブルは編組OFC製で、プラグは3.5mmステレオミニ。なお、後述する上位機種CL1はリケーブルに対応しているが、CL750は対応していない
ちなみに本体重量は35g。手で持つと少々重めなのだが、装着してみるとコンパクトで耳の中に収まりがよい
その音は、シャキッとした解像感の高さと低域のスピード感が特徴的だ。帯域のバランスとしては低域が上がっているように聞こえるのだが、音として印象深いのはダイナミックでキレのある中高域。本機が「高域好き」なユーザーから評価が高いというのもうなずける。それに「躍動感と迫力があって特徴がわかりやすいイヤホン」と考えると、まさにエントリー向けに適した音作りと言えるのではないだろうか。
ハイレゾ音源・村治佳織の『村治佳織プレイズ・バッハ』から「主よ、人の望みの喜びよ」(FLAC 44.1kHz/24bit)でアコースティック楽器の音色を確認すると、ギターの5〜6弦が担うあたりの中低音がふくよかながら、全体的にはほどよいまとまりがある。続いてJ-POPのハイレゾで、宇多田ヒカル『Fantome』から「道」(FLAC 96kHz/24bit)を聞くと、声の距離感は近すぎず遠すぎずバランスがよい。本機のキレのある音作りは打ち込みの音と相性がいいし、低域のスピード感によってリズム楽器の立体感も増すので、楽曲の持つ“疾走感”が高まって気持ちが盛り上がる。音楽をノリよく聴けるイヤホンだ。
「高域好き」なユーザーから好評を博しているというCL750。これが1万円台と考えるとコスパは高い
参考までに既存モデルMA750と比べると、やはりCL750のほうがキビキビした解像感があってトレンドっぽい音だ。しかし、MA750のほうが全体の帯域バランスが整い、音場がまるごと一歩近づいたように感じられる。とても好印象な音で、こちらはこちらでさすがロングセラーモデルといった感じ。筆者は普段、「UE Reference Monitor」で音楽を聞いている人なので、そんな前提も踏まえた感想と思っていただければ幸いだ
いっぽう、上位モデルのCL1はどうだろう。5万円台という価格帯は、現行のRHAイヤホンにおけるトップエンドだ。その特徴を書き出してみると、「ハイブリッド構成」「リケーブル対応」「バランス駆動対応」と、上位機種としてスタンダードに高音質化を図ったスペックであることがわかる。
1番のポイントは、本体および振動板などのパーツにセラミック素材を使用した点だ。このセラミック素材は内部のユニットにも採用されており、CL750と同じ「CLダイナミックトランスデューサー」に、高域の再現性を高める「セラミックプレートドライバー」を組み合わせた独自のハイブリッド構造になっている。クロスオーバー周波数は8kHz。セラミック素材を追加したことによって、どんな音質になっているのか注目したいところだ。
イヤーピースを外すと、スピーカー部はRHAイヤホンの特徴であるうずまき状デザインになっている
RHAのイヤホンでリケーブルに対応するのは、本機が初。だがそのリケーブル端子はsMMCXという独自規格で、一般のMMCX端子との互換性はない。接続部はカスタムロック式でしっかりホールドされるようになっており、クルクル回らないので安定性が高い
付属ケーブルは、バランス駆動用とシングルエンド駆動用の2種類を同梱。バランスケーブルの素材は銀コアAg4xで、プラグ形状は4ピンミニXLR。シングルエンド用のケーブルは編組高純度OFC製で、プラグ形状は3.5mmステレオミニ。6.35標準接続用の変換プラグも同梱する
バランスケーブルの4ピンミニXLR端子は、そこまで汎用性が高いわけではない。つまり実質、CL1のバランス駆動はDacamp L1との接続を前提としていることになる
CL1の重量は、CL750より軽い14g。耳に着けてみると収まりがよく、装着感もよい
まずはシングルエンド駆動で音を聞いてみる。解像感の高さや、低域のスピード感はCL750と共通しているのだが、そのうえでCL1のほうには、なめらかさや生々しさが感じられる。帯域バランスはどちらかというと高域の元気がいい印象だが、ハイ上がりすぎるということもなく、中域も明るいし、同時に低域のスピード感もしっかりある。村治佳織「主よ、人の望みの喜びよ」を聞くと、指ではじいたギターの弦の弾力まで伝わってくるようだ。宇多田ヒカル「道」を聞くと、声の再現はCL750と比較してナチュラルだが、フラットすぎるということはなく、しっとりと体温を感じられる。こちらもボーカルの位置は近すぎず遠すぎずバランスがよい。
しかし、CL1がフラッグシップとしての本領を発揮するのは、Dacamp L1とバランス接続したとき。本機のレビューは、ここからがメインだと思っていただきたい。帯域バランスなど音質の基本傾向は、上述のシングルエンド駆動時と同じだが、バランス駆動にすると解像度が上がり、歌モノはボーカルとバッキング演奏の位置関係が明瞭になって、よりエモーショナルな音に変化する。
村治佳織のギターでいうと、和音をジャラーンと弾いたときも音がのっぺりせず、1弦から6弦までセパレーションがよく繊細に聞こえる。それに、おそらく音の立ち上がりが向上したため、フィンガーピッキング時に指と弦がこすれる細かなディテールまで伝わってくるようになった。宇多田ヒカルのボーカルは、バックの演奏とボーカルの位置関係が明瞭になって音像の立体感が増す。歌い手と自分の距離が近付いたような感覚になるのがうれしい。それでいて、バスドラムのスピード感などCL750と共通するよさもちゃんとあって、その“疾走感”はさらに高くなり、「道」という楽曲がより魅力的に聞こえてくる。
CL1は、バランス駆動、つまりDacamp L1との組み合わせでこそ威力を発揮することを実感した
今回の試聴では、組み合わせ機種としての登場にとどまったDacamp L1だが、こちらも使ってみると注目度の高さに納得。前述の通り600Ωのヘッドホンまで対応し、beyerdynamicの「T1 2nd」やゼンハイザー「HD 800 S」などを鳴らしきる駆動力がスゴい
BASS/TREBLEを合計13段階調整できるノブを装備しているのも面白い。ひと昔前ならこういったギミックは「邪道」と言われそうなものだが、現在これが結構ウケているらしい。確かに、ロックを聞くときにBASSを+2に回して低音を増強させてみたら、かなりイイ感じだった。いろいろな曲にあわせて音調整を楽しみたくなる
CL1/CL750ともポタアンとの接続前提なので、周りの人に気楽に「使ってみて」と言えるような製品ではない。しかし同時に、ポタアンを使うことの魅力を感じやすい製品だとも思う。ポータブルオーディオの世界にふと興味を持った人がその音を聞いたら、「ここからポタアンデビューしちゃおうかな」と(沼への)一歩を踏み出したくなるような。それくらい、高インピーダンスモデルをがっつり鳴らしきったときの感動は大きいからだ。ぜひ、店頭やイベントの場でDacamp L1を組み合わせて、CL1/CL750を鳴らしきってみてほしい。