5年ほど前から、若い世代を中心に「写ルンです」が再び流行っているらしいです。
なんでも「エモい写真が撮れるからイイ!」とのこと。ちなみに、おじさんには絶対使いこなすことのできない「エモい」というこの言葉。あぶないあぶない、下手に使うとケガするので、読者諸賢も無理なさらぬよう……。
現在、販売されている「写ルンです(シンプルエース)」 はお値段1,800円程度と少々お高め。「おひとり様1台限り」と台数制限で販売する店もあり、現在、品薄と見受けられます
そういえば、「写ルンです」の写真ってどんなんでしたっけ?
ここ10年、フィルムさえ使っていないので、おぼろげにしか覚えておりません。まずは「写ルンです」とは何モノぞ!? からおさらいをしてみましょう。「写ルンです」が大ブレークした1990年代の時代背景と、「写ルンです」の立ち位置を解説していきます。
読者諸賢はもちろん見覚えがあるはずです
「写ルンです シンプルエース」
【仕様】
●フィルム:ISO400 135フィルム
●撮影枚数:27枚
●レンズ:f=32mm F=10 プラスチックレンズ1枚
●シャッタースピード:1/140秒
●撮影距離範囲:1m〜無限遠
●ファインダー:逆ガリレオ式プラスチックファインダー
●フラッシュ:内蔵(有効撮影距離:1m〜3m) パイロットランプ付スライド式フラッシュスイッチ
●電池:単4形 1.5Vアルカリマンガン乾電池内蔵
●サイズ:108.0(幅)×54.0(高さ)×34.0(奥行)mm
●重量:90g
※富士フイルムの製品ページより抜粋
1986年、世界初の「レンズ付きフィルム」として富士フイルムから「写ルンです」は発売されました。
そして1990年代、観光地などでも買える記念写真を目的としたカメラとして、爆発的にヒット。高価なカメラがなくても、庶民がお手軽に旅行の記念写真を楽しめるようになりました。ちなみに、デジタルカメラが一般に普及するのは2000年代になってからのことです。
90年代なかばになると、「プリント倶楽部」(プリクラ)が全国のゲームセンターなどに設置されるようになり、女子高生の間でシール交換が大流行。プリクラ帳はトモダチの多さを自慢するツールとなりました。考えてみればこれ、今のSNSと同じかもしれません。
プリクラ旋風のかたわら、記念写真用カメラとして使われていた「写ルンです」を、女子高生たちは日常使いの「トモダチスナップカメラ」として使うという新しいムーブメントを起こし、カバンの中に忍ばせていつも持ち歩くこととなります(まさに今のスマホ状態!)。仕上がった写真を焼きまして友達同士で交換し、小さなアルバムに入れて持ち歩いていたみたいです。
今回の取材に協力いただいた、こいけろさん(左)と、あひるさん(右)。ともに太田プロのピン芸人さんです。 この写真も「写ルンです」で撮影したもの
よくよく考えると、当時の「写ルンです」は、現代の「iPhone」(を筆頭とするスマートフォン)と同じような役割を担うツールだったと思うんですよ。
というわけで、2人の女性にお願いし、「写ルンです」と「iPhone」で自撮りや撮り合い をしてもらうことにしました。いずれも 同じ構図 で撮ってもらいます。
撮影現場は、「写ルンです」が爆発的にヒットした当時のギャルの本場、東京・渋谷です。まずは渋谷のハンバーガー屋さんで「iPhone」を使ってスナップ(自撮りも含む)。SNSでよく見かけるような、おなじみの絵だと思います。
4枚すべて「iPhone 13」で撮影
素人が撮っても今の「iPhone」は本当にキレイに写りますよね。
それでは、同じカットを「写ルンです」で撮ったらどーなったのか?
4枚すべてを「写ルンです」で撮影
おおおおおおー! 同じカットなはずなのに、世界が全然違うじゃないですか!
ぶん殴られた感のある強い絵。ちゃんと写っていないのが、逆に味わい深い表現になっていると思うんです。こういう感じを、Z世代は「エモい」というのでしょうか?
ちなみに、「iPhone」は光が少ない場所でも自動的に明るく調整して写すことができますが、「写ルンです」はフィルムの感度、レンズの絞り値、シャッタースピードがすべて固定で、フラッシュを使わないと暗く写ることが多いんです。明るい場所でない限りはフラッシュが必要なんですよね。
※「写ルンです シンプルエース」の仕様(露出固定)は、フィルム感度ISO400、レンズの絞り値F10、シャッタースピード1/140秒です(焦点距離は32mm、ピントの距離も固定)。
ここから、比較写真をひたすら掲載していきますので、じっくり見比べてみてください!
「iPhone 13」で撮影
「写ルンです」で撮影
「iPhone 13」で撮影
「写ルンです」で撮影
カプセルトイコーナーでの2ショット自撮りですが、「写ルンです」のほうが、楽しそうに見えなくもない……。いかがでしょうか?
左が「iPhone 13」で、右が「写ルンです」
SHIBUYA109名物のフォトスポットにて。「iPhone」で撮るとカラフルな映え写真になりました。いっぽうの「写ルンです」は落ち着いた発色。30年前の写真テイストにタイムスリップしたかのようではありませんか!
鏡の反射の2ショット自撮り。このカットの比較は実に見モノですぞ!
取材のメイキングカット。このような状況での撮影です
「iPhone 13」で撮影
「写ルンです」で撮影
「写ルンです」で撮った写真は、顔から光を放つ不思議な写りに! 実はこの「写ルンです」で撮る鏡の反射写真は”顔隠しの技”として、90年代にちょっとだけ流行ったんですよっ!
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影
こちらは渋谷スクランブル交差点。特に外国人に人気の、自撮りの聖地です。
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影
そして、渋谷センター街(バスケットストリート)。どちらも昼なのに、「写ルンです」では夜っぽくなりました……。フラッシュの強い光に合わせた露光だから、こうなってしまうのですね。
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影。一部加工しています
スペイン坂で全身ポートレートを撮影しました。
ルーズめの全身写真ではカメラから人物の距離が離れすぎているので、「写ルンです」のフラッシュは届きません。結果、周りの風景と露出が合うようになります。
実は、フィルム上ではかなり暗く写っており(露光アンダー)、プリント(データ変換)のときに、自動的に明るく見えるように強制的に調整しているのです。だから、黒が締まらず、ボソボソの粒子が目立つようになっているというわけ。
※「写ルンです」のフラッシュは、1〜3mで撮るように設計されています。
「iPhone」では起こり得ないこんなエラーこそが、逆にイイとされているのかもしれません。
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影
宇田川町交番近くの老舗町中華料理店の前にて。
手を伸ばして撮る自撮りの距離だとフラッシュが近すぎるため、背景がどうしても暗くなってしまいます。
しかも、近すぎて“ピンぼけマジック”も加わるため「iPhone」では絶対に撮れない“ゆる写真”に仕上がるのでしょうか……。スマホやデジタルカメラにおいて、ピンぼけは「悪」ですからね。
※「iPhone」で「ピン抜け写真(どこかにピントが合った写真)」は撮れますが、「完全ピンぼけ写真」を撮るのはほぼ不可能です。
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影
おっと、これ
撮影状況はこんな感じです
は人物と背景の明るさのバランスがちょうどいい?昼間の背景と明るさを合わせるには、人物との距離が3m(フラッシュが届くギリの距離)がいい、ということかもしれません。
「iPhone 13」で撮影
路地裏のレンガの壁に佇む2枚のカット。昼間とはいえややうす暗い環境ですが、「iPhone」なら難なく明るく写すことができますよね。
「写ルンです」で撮影
「写ルンです」の1枚目(左)は、スイッチの入れ忘れでノーフラッシュ。写っていないレベルの、暗〜い仕上がりになりました。「写ルンです」での人物撮影は、フラッシュ必須ということがわかります。
フラッシュのチャージを待ってから撮影しましょう
「iPhone 13」のレンズの焦点距離は、広い絵が撮れる26mm程度です(35mm判換算)。いっぽうの「写ルンです」は32mmなので、比べると狭めの絵になります。「iPhone」と同じ画角にしたければ、気持ち引き気味で撮ればいいということです。
コンデジやスマホのカメラはレンズの画像がそのままモニターに表示されるため、「プレビュー画像=撮影される写真」です。構図がズレることはないので、意図した構図のまま撮影できます。
「iPhone 13」で撮影
「写ルンです」で撮影
ところが「写ルンです」は、「覗くところ」と「写すところ」の位置が異なるため、意図した構図からズレてしまいます。
このファインダーは、「だいたいここらへん」という目安です。いいように受け止めるなら「大らかなカメラ」と言えるでしょう。
※ちなみに近くを撮るほどズレが大きくなります。
左が「iPhone 13」で、右が「写ルンです」
もしかすると、「意図した構図で撮れることが当たり前」とされている現在だからこそ、「意図した構図にできない」という不自由さが、逆に「楽しい」ということなのでしょうか!?
そして、これも「エモい」に関係しているのかもしれません……。
「写ルンです」のファインダーの仕組み
渋谷に夜の帳が降りてき始めました。センター街の灯りが人物を暖かく照らしています。
こんな暗いところなのに……「iPhone」カメラの写真って本当にキレイ。改めて「iPhone」のカメラ性能の高さに感心させられます。
「iPhone 13」で撮影。一部加工しています
「写ルンです」で撮影
そして、「写ルンです」ではこういう写真に。ひと昔前(フィルム時代)の写真は、だいたいこんなもんでしたわ。なんだか、ムード歌謡が聞こえてきそうですよね。
……ということは、ですよ!
「写ルンです」は時代を30年前に戻すタイムマシーンと言ってもいいのではないでしょうか!?
メイキング写真。自分たちが生まれる前に誕生した「写ルンです」で、エモい写真をたくさん撮ってくれました
こいけろさんとあひるさん、ご協力ありがとうございました。
2000年代初頭、デジタルカメラが出回り始め、携帯電話で写メを撮って送信できるようになりました。2010年代、スマホが出回り始めると同時に、SNSが世間に浸透していきます。そして、2020年代、飛躍的にスマホのカメラの性能が高くなり、誰でも簡単にキレイな写真が撮れるようになりました。
SNSでは、シャープで鮮やかなキレイすぎる写真が当たり前になった今、クリアな写真に飽き飽きしちゃった「生まれたときからデジカメ世代の若者たち」が、ゆる〜い写り の「フィルムの写真」に魅力を感じてもおかしくはありません。
そんなフィルム写真を、カメラなしに手軽に楽しめる「写ルンです」は、フィルム写真を知らない若者にとって、どストライクだったと考えられるのではないでしょうか!?
この記事を制作するに当たり、同時プリント(ネガ現像+プリント)をして、そのプリントをすべてスキャンする覚悟でいましたが、家電量販店で聞くと、「フィルム現像+スマホへデータ転送」というお手軽なサービスがあることを知りました。しかも、1,250円/本(税込)と、実にリーズナブルなお値段!
ビックカメラの場合
仕上がり時間は2〜3時間。受取時間に窓口に出向き、スマホを店員に渡すと、スマホとケーブルをつないでデータを一瞬で転送してくれます。これは便利だ!!
今の時代、こうするのが正解だと、妙に感心しました……。現像されたネガも引き取ります。
ちなみに、このサービスのデータの大きさは2211×1535 pixelで、340万画素程度で、本記事に掲載するには十分な大きさでした。
27枚の写真プリントをスキャンする手間がなかったのは、とてもありがたかったです。フィルム現像も、時代に合わせて進化していることを実感しました。
有限会社パンプロダクト代表
中居中也(なかい・なかや)のショップとブログ
「使える機材のセレクトショップ」
「使える機材Blog!」
銀塩カメラマンとして広告や雑誌でキャリア開始。2010年より「唯一無二の撮影機材通販」にも参入し、現在は「映像作家」としても活動中。写真が上手になると定評があるブログを参考にするカメラマン続出中!