イベントレポート
「東京モーターフェス2018」に集結したスポーツカーを写真で紹介

バブルと言えばスポーツカー! あの頃憧れていた名車は、今見てもアツい!!


2018年10月6〜8日に開催された「東京モーターフェス2018」に展示されていたバブル時代の名車の中から、先日、ファミリーカーを紹介したが、バブルと言えばスポーツカー! 空前のブームだったあの当時、憧れの存在だったスポーツカー(および、スポーティーカー)を写真とともに振り返ろう。

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【1984年〜】トヨタ「MR2」

リトラクタブル式ヘッドライトを装備したスポーティーなデザインが大きな話題を集めた「MR2」。「ミッドシップ・ラナバウト・2シーター」の頭文字を車名とし、国産車初の市販ミッドシップカーとして1984年に登場した。いくつかのグレードが揃えられていたが、なかでも1トンを切るボディの最軽量グレードモデルにシビれた人は多いのではないだろうか。1.5Lまたは1.6Lの4気筒エンジンを備えたその車両は決してハイパワーではなかったが、コーナリング性能の高さがバツグンで、パワーの勝るライバル車を峠で追いかけ回すのがかっこいいとされていた。

キビキビ走る小型のミッドシップカー。スーパーチャージャー付きモデルが1986年に追加されたあと、1989年に2代目モデルに進化した

車体の中央に近い位置(運転席の後方)にエンジンが搭載されていたが、熱の逃げはあまりよくなかったらしい。誇らしげな「ツインカム」のロゴが時代を感じさせる

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【1986年〜】トヨタ「スープラ」

この時代のスポーツカーの代名詞的な存在と言えば、やはり「スープラ」だろう。このひとつ前のモデルまでは「セリカXX(ダブルエックス)」という車名だったが、1986年に北米向け輸出車のネーミングと統一。3Lの直列6気筒エンジンは240PSを発揮し、1988年のマイナーチェンジで270PSにパワーアップした。そして、1990年に追加された2.5Lのツインターボでは、当時の自主規制上限となる280PSを発揮。大柄な車体で燃費はよくなかったが、そんな細かいことは気にされないのがバブル期! ちょっとうらやましい。

今の時代では作れなくなってしまったリトラクタブル式のヘッドライトがイケてる!

今の時代では作れなくなってしまったリトラクタブル式のヘッドライトがイケてる!

後ろから見てもワイドなボディとリアのウィングが憧れの対象。大きいわりに、リアシートの居住性はあまりよくなかった

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【1987年〜】ホンダ「プレリュード」

バブル時代の自動車を象徴する存在として、もっとも名前があがるのが「プレリュード」だろう。量産車では初となる4WS(4輪操舵)機構が搭載され、前輪の切れ角が小さい時は同方向に、大きくなると逆方向に後輪が切れる仕組みとなっていた。そして、プレリュードが“デートカー”と呼ばれていたことを覚えているだろうか。女性に圧倒的な人気を誇ったデザインと、運転席側に助手席をリクライニングできるレバーが装備された仕様は、まさにデートにうってつけ(笑)! 同じような目的の人が多かったのか、当時は見飽きるほどたくさん走っていたものだ。

リトラクタブル式のヘッドライトを装備したその姿は、今見てもよくできている

リトラクタブル式のヘッドライトを装備したその姿は、今見てもよくできている

テールのデザインも当時のホンダ車らしい。4WS機構がどれくらいの効果があったのかはわからないが、低速域では驚くほどハンドルが軽かったのを覚えている

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【1988年〜】日産「シルビア」

前述の「プレリュード」と人気を二分する存在だったのが、5代目の「シルビア」(S13)だ。外観デザインはスポーツカーに見えないかもしれないが、後輪駆動のレイアウトは、峠を攻めたり、ドリフトさせたりする走り屋にも非常に人気が高い車種。その人気は圧倒的で、後継モデル(S14)が出たあとも、車体や軽さ、バランスのよさなどにすぐれたS13が支持され続けた。

「S13」という型式で呼ばれ、ドリフト車としてもナンパ車としても人気だった

「S13」という型式で呼ばれ、ドリフト車としてもナンパ車としても人気だった

筆者の友人も乗っていたが、リアシートは狭かった記憶がある

筆者の友人も乗っていたが、リアシートは狭かった記憶がある

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【1989年〜】日産「スカイラインGT-R」

元号が平成となった1989年は、注目度の高い自動車が続々と登場。その中でもっともインパクトが大きかったのは、「スカイラインGT-R」(R32型)だろう。長らく封印されていた「GT-R」というグレード名の復活にふさわしいハイスペックを誇り、280PSを発揮する2.6L直列6気筒ツインターボエンジンのほか、後輪がすべった分だけ前輪に駆動力が伝わる4WDシステムや4WSなど、先進的な機構が満載されていた。R32はレースでも輝かしい戦績を残し、現行の車名である“スカイライン”が取れた「GT-R」につながる発端となったモデルだ。

スカイラインの他グレードモデルよりも大きく張り出したブリスターフェンダー、そしてより多くの空気をエンジンルームに導くフロントグリルの形状。筆者も強烈に憧れたものだ

リアの大柄のスポイラーもGT-Rならでは。ただ、価格も当時としては破格の450万円超え。とうてい手が届かなかった筆者は、のちに「GTS-t」という2リッターターボモデルの中古車をR32の半分以下の価格で購入することとなる

なお、上で紹介しているR32は1989年〜1994年まで製造され、1995年のフルモデルチェンジで「R33」となる。ドイツのサーキット「ニュルブルクリンク」でのラップタイムがR32よりも21秒縮まったことが盛んにアピールされたが、車体が大型化したことからR32にこだわるオーナーも少なくなかった。

R33がお披露目されたのは「東京モーターショー」ではなく、カスタムカーの祭典である「東京オートサロン」ということも、このマシンの性格を物語っている

展示車両の後部には、ニュルブルクリンクと富士スピードウェイの形を模したステッカーが!

展示車両の後部には、ニュルブルクリンクと富士スピードウェイの形を模したステッカーが!

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【1989年〜】マツダ「ユーノス・ロードスター」

「ユーノス・ロードスター」も歴史的モデルだ。現在は「マツダ・ロードスター」という車名になっているが、この型は「ユーノス」と呼ばれていた。ユーノスとは、当時マツダが構築しようとしていた販売チャネル。バブル崩壊による販売戦略の見直しで消滅してしまったのだが、この車種は世界で9万台以上売れる大ヒットを記録し、その後、海外メーカーからもライトウェイトスポーツカーが数多く登場するきっかけとなる。1トンを切る軽量なボディに、1.6Lのエンジンを積み(のちにマイナーチェンジで1.8Lにアップ)、“扱いきれるスポーツカー”として高い評価を受けた。

今でも世界的に多くのファンが存在する愛らしいデザイン。2016年には累計販売100万台を達成し、「世界でもっとも多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスの世界記録にも認定されている

特別速いわけでもなく、タイトなコックピットは快適でもないが、走る楽しさにあふれた造りは現行モデルにも受け継がれている

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【1989年〜】日産「フェアレディZ」

「Z33」という型式名称で親しまれ、バブル崩壊後の2000年まで10年以上に渡って生産され続けた4代目「フェアレディZ」も見逃せない! 同年に登場した「スカイラインGT-R」と同じく280PSを発揮するが、スカイラインGT-Rが直列6気筒であったのに対し、フェアレディZはV型6気筒エンジンを採用。4WDシステムも搭載せず、オーソドックスなスポーツカーらしい後輪駆動とされていた。海外での評価も高く、北米ではポルシェ「911」などと並んで、高性能なスポーツカーとして認知されている。

歴代モデルよりもややフロントが短くなったものの、スポーツカーらしいショートデッキ(リアが短い)デザイン。写真は輸出仕様の左ハンドル車だ

ひと目で「Z」とわかる特徴的なテールライト。多くのスポーツカー同様、後方の視界はあまりよくなかった

ひと目で「Z」とわかる特徴的なテールライト。多くのスポーツカー同様、後方の視界はあまりよくなかった

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【1990年〜】ホンダ「NSX」

当時、F1を席巻していたホンダの顔となるモデルとして開発され、3.0LのV型6気筒エンジンをオールアルミ製のモノコックボディのミッドシップに搭載するという革新的なマシンだった「NSX」は、特殊な構造を採用していることから、工場のラインではなくほぼ手作業で製造。生産台数が限られる状況ながら注文が殺到し、当初は、納車は3年待ちと言われるほどだったという。しかし、発売直後にバブルが崩壊。キャンセルが相次いだという逸話も持つ。結果的にはマイナーチェンジを繰り返しながら、2005年まで生産が続く息の長いモデルとなった。なお、NSXが発売されたのは1990年だが、発表されたのは1989年。ここまで紹介した車種を見ても、1989年の盛り上がりはハンパでないことがわかる。

スポーツカーというよりはスーパーカーと呼ぶのがふさわしいデザインだ。発売時の価格は800万円で、バブル期とはいえ高嶺の花だった

リアから見た姿は、ほかのどの自動車にも似ていない独自性がある。スポーツカーとしてはリアが長めだ

リアから見た姿は、ほかのどの自動車にも似ていない独自性がある。スポーツカーとしてはリアが長めだ

バルブ開度が可変するVTEC機構を搭載した自然吸気エンジンは280PSを発揮。エンジンの後ろにゴルフバッグを積むスペースも有していた

2016年に発売された現行モデルの「NSX」も展示されていた。アメリカ生まれだが、同じDNAが感じられる!?

2016年に発売された現行モデルの「NSX」も展示されていた。アメリカ生まれだが、同じDNAが感じられる!?

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【1991年〜】ホンダ「ビート」

前述の「NSX」から遅れること1年、軽自動車でもミッドシップレイアウトのスポーツカーが世に出ることになる。エンジンは自然吸気の3気筒で64PSを発揮。当時、軽自動車でも数が増えていたターボエンジンに比べると、パワフルではなかったものの、8,500回転まで回るエンジンと760kgという軽量な車体の組み合わせで、無類の操る楽しさが味わえた。それと引き換えに、トランク容量は極めて少なく、パワーステアリングも装備されていないなど、実用性はいいとは言えなかったが、今でも根強いファンが存在する。

「NSX」と同じミラーが使用されているが、開発チームはまったく別に編成されたという

リアにはトランクが存在するが、容量は少ないため、トランクの上に設置するキャリアがオプションで用意されていた

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【1991年〜】スバル「アルシオーネSVX」

カーデザインの巨匠であるジウジアーロ氏が手がけた「アルシオーネSVX」は今でも熱狂的なファンが存在する車種だが、発売時期がバブル崩壊期と重なったため、販売的には振るわなかった悲運のモデルでもある。ドア部分のガラスがルーフまで回り込む特徴的な構造となっており、車内からの視界は非常に開放感が高く、見た目どおりの空力性能も備え、乗り心地も快適だったそう。

グランツーリスモ(長距離ツーリングが可能なスポーティーカー)としての完成度は高いが、現存する個体は少ない

全面がガラス張りとなったようなキャビンは人目が気になりそうではあるが、実際に乗って、その開放感を味わってみたくもある

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増谷茂樹

増谷茂樹

カメラなどのデジタル・ガジェットと、クルマ・バイク・自転車などの乗り物を中心に、雑誌やWebで記事を執筆。EVなど電気で動く乗り物が好き。

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