2020年10月24日、FCAジャパンは、フィアットのコンパクトカー「パンダ」の車高を上げ、4WDシステムを搭載したSUVテイスト満載の「パンダクロス 4×4(フォーバイフォー)」を、150台限定で発売した。
フィアット「パンダ」に、SUVの外観と4WDシステム、6速マニュアルトランスミッションを搭載した「パンダクロス 4×4」が、150台限定で発売された
このパンダクロス 4×4が面白いのは、個性的な外観や4WDモデルであることに加えて、トランスミッションに6速MTを搭載していることだ。今回は、そんなパンダクロス 4×4を試乗に連れ出してみたのでレビューしたい。
■Fiat「Panda Cross 4×4」の価格
2,630,000円(税込み)
■Fiat「Panda Cross 4×4」の主なスペック
ハンドル位置:右
駆動方式:4WD
全長×全幅×全高:3,705×1,665×1,630mm
ホイールベース:2,300mm
搭載エンジン:875cc 直列2気筒8バルブ マルチエア インタークーラー付ターボ
最高出力:63kW(85ps)/5,500rpm(ECOスイッチON時:57kW(77ps)/5,500rpm)
最大トルク:145Nm(14.8kgm)/1,900rpm(ECOスイッチON時:100Nm(10.2kgm)/2,000rpm)
トランスミッション:6速マニュアル
燃費(WLTCモード):16.4km/L
イタリアの国民車と言ってもいいパンダの初代モデルがデビューしたのは1980年、今からちょうど40年前になる。ジョルジェット・ジウジアーロの傑作ともいえるデザインをまとい、ユーティリティーを追求したインテリアはむだが省かれ、しかしギスギスした印象のない、軽やかで楽しげな雰囲気が漂っていた。日本にも、当時のディーラーであったJAXが多くを輸入したので、街などで見て記憶に残っている方や、もしくはオーナーもいらっしゃるかもしれない。その後、2003年に2代目、2013年に現行となる3代目がデビュー。40年間でわずか2回しかフルモデルチェンジをしておらず、それぞれの世代で本当に息の長いクルマだ。
現在、販売されているパンダは「Easy」と呼ばれ、875t直列2気筒ターボの通称「ツインエア」エンジンに、デュアロジックと呼ばれる自動変速機が組み合わされたモデルが日本市場へと導入されている。「2気筒?」「1リッター以下?」と、多くの読者諸兄は思われるかもしれない。しかし、欧州車をあなどってはいけない。2気筒875tであっても、きちんとアクセルを踏み、必要に応じてデュアロジックをマニュアルでシフトチェンジすれば、信号からのスタートダッシュで負けることはない。もちろん、高速道路においても同様だ。アクセルさえしっかりと踏み込めば、追い越し車線でとまどうこともない。要は、思い切りと判断さえ間違わなければ、パンダはドライバーの意思に忠実に応えてくれるクルマなのだ。
フィアット「パンダクロス 4×4」のフロントイメージとリアイメージ
現在、1グレードのみのパンダへ新たに追加されたのが、今回試乗した「パンダクロス4×4」だ。これまでも、パンダの4WDモデルは幾度か限定車として登場してきたのだが、このクロス4×4は車高が1,630mmと、Easyより80mmも高くなっている(これまでの4WDモデルは+65mmくらい)。さらに、本格的なSUVをイメージさせるような専用のエクステリアをまとっていることも、特徴のひとつだ。
フィアット「パンダクロス 4×4」には、「パンダ Easy」と同じエンジンが搭載されている
エンジンは、Easyと同様に875cc直列2気筒8バルブマルチエアインタークーラー付ターボが搭載され、最高出力は85ps/5,500rpm(ECOスイッチON時は77ps/5,500rpm)、最大トルクは145Nm/1,900rpm(ECOスイッチON時は100Nm/2,000rpm)になる。
四輪駆動システムは、電子制御式のビスカスカップリングを使ったオンデマンド式で、必要なときだけ後輪にトルクが配分される仕組みになっている。そして、前述のとおりトランスミッションは6速マニュアルのみだ。
フィアット「パンダクロス 4×4」のインパネとシートイメージ
インテリアは、ブラックを基調として随所にブラウンをあしらった仕上がりで、パンダクロス4×4のロゴが入った「専用ファブリックシート」のほか、「シートヒーター(前席)」「ドライブモードセレクター」「フルオートエアコン」などが装備されている。
フィアット「パンダクロス 4×4」の外観イメージ
港区にある、FCAジャパンの広報車デポでキーを受け取り、黄色く背の高いパンダクロス4×4に近づいていく。すると、パンダEasyよりも車高が高く、専用の外装パーツなどがあしらわれた分、しっかりとしたSUVらしい印象が伝わってきた。
そんなことを考えながらドアを開け、ヒップポイントが上がったシートに腰かけると、クルマが少し左右に揺れるのを感じた。このあたりは、車高が上がったことによる影響だが、別の視点で見ると、サスペンションがきちんとストロークしているということもうかがえる。今回は、悪路を走る予定はないのだが、高速道路などでどういう影響があるかは要確認である。
ステアリングコラム右側にあるキーシリンダーにキーを差し込み、クラッチを踏み、ギアがニュートラルであることを確認。ゆっくりとキーを回すと、「ぱたぱた」というツインエア独特のエンジン音とともに、パンダクロス4×4は目覚めた。
フィアット「パンダクロス 4×4」に搭載されている6速マニュアルトランスミッション
少しグニャッとしていて、前後のストロークが長いシフトノブを1速に入れ、サイドブレーキを左手で解除。アクセルは踏まずに、ゆっくりとクラッチを離すとスルスルと動きだすので、低速トルクは十分にあることがわかった。交差点などで曲がるときなどに、少しグラッと傾くのだが、車高が上がっているのだから仕方ないし、すぐに慣れるだろう。それ以上に、見晴らしのよさや視界のよさは見事だ。都内の渋滞路を徘徊する限りでは、まったく不自由を感じない。さらに言うなら、5ナンバーのボディサイズはなんと扱いやすいことだろう。これだけでも、乗るのが楽しくなってしまう。
さて、1週間ほどパンダクロス4×4を手元に置くことができたので、少し遠出をしてみようと、今回は小豆島まで足を延ばしてみることにした。パンダ→イタリア→オリーブ→小豆島という安易な思いつきなのだが、結果から言うと、同車の魅力や実力を十分に味わうことができた。
右奥に見える船が、小豆島フェリーの「オリーブライン」だ
今回のルートは、まずは筆者の住む八王子をスタート。圏央道や新東名、伊勢湾道などを経由し、山陽道姫路東料金所で降りて、姫路港から小豆島フェリー「オリーブライン」で小豆島の福田港へと向かうルートだ。帰りは、小豆島から高松へ渡り、そこから淡路島などを経由して神戸へ。そして、同じような道のりで帰宅する3泊4日のルートは、往復1,700kmほどの行程となった。
前夜、ガソリンを満タンにし、早朝八王子を出発したパンダクロス4×4は姫路を目指す。これまで、筆者は数多くの長距離試乗レポートを手がけてきたのだが、これまでの経験上から今回、心配になったのはおもに2点だ。ひとつは、安全運転支援システム。特に、「クルーズコントロール」が備えられていないことだった。高速道路で、アクセルをコントロールしながら一定速度で走るというのは、意外と疲れを誘う。だが、都度休憩をはさむと必然的に到着時間が遅くなるというジレンマに陥ってしまう。
そして、もうひとつは35リッターというガソリンタンク容量の少なさだ。パンダクロス4×4のWLTC燃費(16.4km/L)から計算すると、給油のために行き帰りで1回ずつ停止しなければならないということになる。基本的に、目的地までは一気に走りたいほうなので、このあたりもネックとなりそうだ。
さて、この2つの懸念点のうち、実は最初のものに関しては稀有に終わった。往復とも、2ストップ(トイレ・食事休憩と給油)のみで走りきったのだ。パンダクロス4×4は、クルーズコントロールがないことによるデメリットはないと言っていいだろう。その理由は、スピードを保つため、また追い越しのために積極的にシフト操作をするので、疲れや飽きが来ないからだ。流れを読んで追い越しをいかに的確に終えるか、また、前方に結構な坂が見えてきたら、タイミングを計ってシフトダウンして回転域を3,000回転以上にキープし、力強い加速を得ようと準備をするなど、運転しているときの精神的な高揚感によるものが大きい。
これだけを読むと、非力さがぬぐえないかもしれない。もちろん、6速でだらだらと走らせればそういう印象が付きまとうだろう。しかし、それならば6速から5速へ、あるいは4速までシフトダウンして回転域を上げることで、欲しいパワーやトルクを手に入れたほうが走りやすいし、何より楽しい。そうすれば、77〜85ps程度のエンジンにもかかわらず、まったくストレスなく高速道路を走り続けてくれるのだ。
フィアット「パンダクロス 4×4」のフロントシートは、体をしっかりと支えてくれて、長時間座っていても疲れにくい
この走りやすさに大きく貢献してくれているのが、フロントシートと高い直進安定性だ。フロントシートは硬めで、若干平面気味なのだが、実はこれがしっかりと腰をサポートしてくれて、疲れを感じさせないのには驚いた。そして前述のとおり、2回の休憩は疲れによるものではなく、何もなければ止まることなくさらに走り続けることも可能なほどだった。
パンダクロス 4×4は、直進安定性の高さも特筆ものだ。4WDは必要に応じてトルク配分を行うシステムだが、クルマそのものは基本的にFFだ。したがって、4WD化によって直進安定性が高くなっているのではなく、本来そのような性格を持っていると言っていいだろう。さらに、背の高さによる横風の影響がほとんどなかったことも、付け加えておきたい。
操作系で唯一気になったのが、アクセル、ブレーキ、クラッチの各ペダルレイアウトだ
ただし、ひとつ苦言を呈するならば、ペダルレイアウト、特にABC(アクセル・ブレーキ・クラッチ)ペダルの高さがまちまちで、さらにアクセルペダルは若干上向きなので、長時間アクセルペダルを踏み続けていると、足首に疲れがたまってしまったことは述べておきたい。
高速道路において、パンダクロス4×4を積極的に走らせるコツは、前述のとおり3,000rpm以上を保つことだ。その際のエンジン音は、ぱたぱたという音から古いミシンのような音に変わるが、決して不快ではない。ロードノイズもそれなりにあるが、わずらわしいとまでは思わず、遮音性はクラス相応と言えるだろう。
給油に関しては、やはりというか想定どおりというか、途中で一度給油の必要に迫られた。無理をすればギリギリたどり着けそうな雰囲気だったが、安全を見て給油した。できるならば、もう10リッターほど容量を大きくしてもらいたい。1回の給油で600km以上走ることができれば、長距離移動における使い勝手はさらによくなるはずだ。
荷室は、コンパクトカーとしては十分な広さを備えている
また、荷室容量も機内持ち込みのスーツケース2個は収納できて、いざとなったらリアシートを倒して荷室容量を増やすこともできるので、十分と考えていいだろう。
フィアット「パンダクロス 4×4」の走行イメージ
姫路港へ向かう一般道で気付いたのは、1速と2速が比較的近く、2速と3速が離れているギア比だった。いずれも、3,000回転以上まで引っ張ってシフトアップを繰り返すのだが、2速から3速へシフトアップすると1,000回転以上ドロップし、パワーバンドから外れてしまいそうになるのだ。もちろん、そこから加速することは容易だが、若干物足りないので、2速に関してのみ、4,000回転程度まで引っ張って、シフトチェンジするようにしてみた。すると、活発なホットハッチ(とまではいかないが)のような走りが楽しめる。
フィアット「パンダクロス 4×4」の走行イメージ
いずれにせよ、高速道路はもちろん市街地でも積極的にシフトを操作し、かつ、流れや地形を見ながら走らせるのは、まるで知的な遊びのような感じだ。そして、読みどおりにはまった時は、快感以外の何物でもない。
姫路港から小豆島へ渡るフェリーは、2時間半ごとに出航しており、およそ100分で到着する。小豆島は、1周が約82kmで結構なアップダウンも存在する、走りがいのある島だ。上陸して改めて気付いたのは、パンダのサイズ感のよさだった。都内でも感じてはいたのだが、こういった島などで狭い路地などを抜ける際に、取り回しのしやすいボディサイズには本当に感謝する思いだった。観光地は、比較的広めの車道が完備されているが、ちょっとした路地裏などにある古い店などを訪ねる際には道が狭く、パンダ以上のボディサイズなら正直、かなりのストレスになったことだろう。
オリーブの木の間を走り、海辺のワインディングを堪能し、急坂を上って下りる。どんなシーンにおいても、パンダクロス4×4は過不足なく旅の相棒として活躍してくれた。路地裏の製麺所やしょうゆ屋を訪れ、そこへそっと寄り添うように駐車しても、違和感はない。それほどまでに、パンダクロス4×4は小豆島に似合っていた。
少し余談になるが、今回は「ラ・クラッセ エンジェルロード」という小豆島のホテルに宿泊した。少し高台にあり、エンジェルロードが見渡せる絶景ホテルといっていいだろう。
ここが面白いのは、一軒家を大きく改造したような印象で、101号室「天」、102号室「心」の個性あふれる2室が用意される。いずれもリビングとベッドルームは別室になっており、ホテルではなく、まるで自分の“家”にいるようにリラックスできた。キッチンも完備されているので、長期滞在にもおすすめだ。私も、居心地のよさが予想されたので2泊した。さらに、チェックインからチェックアウトまで従業員と顔を合わせない点も特徴だ。予約はメールで行い、完了後は教えてもらった暗証番号で入室するのだ。その代わり、ベッドメイキングなどはないのだが、いまの時代はこういったことに魅力を感じる方も多いのではと思う。
■「ラ・クラッセ エンジェルロード」Webサイト
https://www.lakrasse.com/angel-road/jp/
今回、1,700kmを超える長距離を走らせたので、燃費についても総括しておきたい。
市街地(149.6km): 13.0km/L
郊外路(408.5km): 15.4km/L
高速道路(1200.7km):16.4km/L
上記のような結果となった。基本は出力やトルクが絞られる、デフォルトの「ECOモード」で走ったのだが、高速道路や坂道でよりパワーが欲しいときはセンターパネルにあるボタンを操作して「ノーマルモード」で走行した。いまどきの軽やリッターカーと比較しても、燃費値自体は若干低めな結果に思える。もしかしたら、メーター内にシフトアップが表示されるので、それに従えば燃費値はもっと伸びたかもしれない。しかし、それではパンダクロス4×4の楽しさはわからないし、このクルマに乗る意味もないように思える。やはり、こういった小排気量のクルマは、元気よく走らせてナンボだ。6速マニュアルを駆使して走らせてこそ、パンダクロス4×4なのである。
こうして1,700kmほどをともにした、パンダクロス4×4。冷静に自動車ジャーナリストとして評価するなら、欠点をあげつらうことはいくらでもできる。いわく、安全装備の少なさ、電動格納式ドアミラーなどの利便性の高い装備が少ないこと云々。しかし、本来の自動車の楽しさのひとつは、みずからの手と足と頭を使って走らせることにある。そのすべてを、このパンダクロス4×4は備えていると言っていいだろう。そこに、このクルマの欠点が大きく関与しているかと問われれば否だ。パンダクロス4×4に乗ることで、自動車の楽しさをもう一度思い出させてくれることだろう。
[TEXT:内田俊一/PHOTO:内田千鶴子]