2022年1月中旬、マツダ「ロードスター」の改良モデルが発売された。注目点は大きく2つあり、ひとつは走りの楽しさを高める新技術「キネマティック・ポスチャー・コントロール」(以下、KPC)が、ハードトップのRSを含むロードスター全車に採用されたこと。もうひとつは、最軽量の「S」グレードをベースに、バネ下重量の低減や専用セッティングによって、軽やかな走りが味わえる特別仕様車「990S」が新たに設定されたことだ。
マツダ「ロードスター」「ロードスターRF」改良モデルの試乗会が開催された。注目の特別仕様車「990S」へ試乗したほか、姿勢安定化の新技術「KPC」が搭載されている新型モデルと、搭載されていない旧型モデルの比較試乗によって、その効果を確認することもできたのでお伝えしたい
今回、ロードスター改良モデルの試乗会が箱根で開催され、特別仕様車の990SやRSグレード、ハードトップのRF、さらには旧型のSグレードにも試乗することができたので、KPCの効果なども含めてワインディングにおける走行フィールなどをレポートしたい。
990SやKPCなどについて触れる前に、既存のSグレードとRSグレードについて、簡単におさらいしたい。まず、ロードスターのベースグレードであるSグレードは、リアのスタビライザーやフロアのトンネルブレースが省かれているなど、軽量化が図られているグレードだ。Sグレードでは、上屋(ボディ)をよく動かして荷重移動しやすいことを狙っており、初代NAロードスターのような軽快な乗り味を目指して開発されている。
いっぽうのRSグレードには、トンネルブレースやリアのスタビライザーが装着されており、さらにビルシュタインダンパーが装着されているのが大きな特徴となっている。RSグレードは、Sグレードと比較すると峠道やサーキットなどでの使用を中心としてセッティングされている。
また、SグレードとRSグレードの間には、SスペシャルパッケージとSレザーパッケージと呼ばれる2つのグレードが存在する。この2グレードは、RSグレードからビルシュタインダンバーが外され、トンネルブレースとリアのスタビライザーのみが付いているタイプだ。マツダによると、Sレザーパッケージやスペシャルパッケージは、速度を上げていった時のスタビリティが最適化されているという。
また、SレザーパッケージとSスペシャルパッケージに設定されているAT仕様については、Sと同じくトンネルブレースとリアのスタビライザーが付いていない。その理由は、ATのトルクコンバーターのサイズが大きく、トンネルブレースが付けられないためだ。その状態でリアスタビライザーを装着すると、バランスが崩れてしまうことから、両方装着されない仕様となっている。
車重が軽いことによる、軽快な楽しさを追求した特別仕様車の「990S」。Sグレードをベースとして、アルミホイールの軽量化などによって、さらなるバネ下重量の低減が図られている
そして、注目の特別仕様車である990Sは、ロードスターのラインアップの中で、最もユニークな仕様となっている。Sグレードをベースに、最軽量を目指してアルミホイールがRAYS製に変更されており、1本あたり800gほど車重が軽くなっている。また、ブレンボのブレーキユニットが装着されており、キャリパーとローターはノーマルよりも1サイズ大きなものが採用されている。それらを含めて、Sグレードよりも少し軽くなるくらいの車重だという。つまり、バネ下を軽くしているわけだ。ただし、Sグレードも990Sも、諸元表上の車重は990kgになる。その理由についてマツダは、諸元表上では5kg単位で四捨五入されるので、5kg未満の軽量化は諸元表の数値に反映されないという回答であった。だが、結果としてバネ下が軽くなっているので、その効果は十分に発揮されているという。
また、バネ下が軽くなったことによって、さまざまな個所に手が入れられている。ハード面ではバネレートを上げるいっぽう、ダンパーは伸び側をゆるめている。これは、軽くなったバネ下の入力の初期応答性をよくして、速度を上げた時に“しっかり感”を出すというチューニングだという。そのほかにも、電動パワーステアリングのチューニングやエンジンのECUなどにも手が入れられており、アクセルを踏み込んだ時の初期開度をノーマルよりも少し開け気味にしているとのこと。これは、ほかのグレードよりも軽快感を出すという狙いがあるそうだ。
今回の改良で、ロードスター、ロードスターRFの全グレードに、KPCが搭載された。元々、ロードスターのリアサスペンションはアンチダイブのジオメトリーを備えている。ブレーキを踏んだ時にリアが少し下がり気味になることで、フロントのノーズダイブを減らす動きをするものだ。
ロールを抑制しながら車体全体を引き下げることで、旋回姿勢を安定させてくれる新技術「KPC」。搭載のための重量増加が、1グラムも発生しないことも特徴のひとつだ
その特性を利用して、コーナーリング中(0.3G以上)に、わずかにリアの内輪側へブレーキをかけることで姿勢を安定させている。こうして、リアが浮き気味になる姿勢をコントロールすることで接地性を向上させ、安定したコーナーリングが楽しめるようになっているのだ。マツダによると、その時の姿勢変化は最大でもわずか3mm程度の差でしかないとのことで、写真などで見比べてみてもまずわかるものではなさそうなくらい、微小な姿勢変化であるという。その効果については、この後の試乗にて確認してみたい。
まず初めに試乗したのは、ロードスターRFの「VS テラコッタセレクション」グレードだ。これは、新たに追加された特別仕様車で、ナッパレザー内装のインテリアカラーに新色のテラコッタが採用されており、“大人の休日”をイメージした仕様となっている。
ロードスターRFへ新たに追加された「VSテラコッタセレクション」は、テラコッタによって上質な内外装が採用されている特別仕様車だ
試乗車のボディカラーはプラチナクオーツメタリックで、インテリアカラーとのコーディネートもコンセプトどおり。まさに、あつらえたかのような仕上がりである。上質なデザインとカラーリングがうまくマッチしており、RFの特徴である上質なロードスターという演出が、非常にうまく表現されていると感じた。また、インテリアもドア周りまでプラチナクオーツが採用されていて、室内からその雰囲気が味わえるのもとても好ましい。
ロードスターRFの特別仕様車「VSテラコッタセレクション」のリアイメージ
また、このボディカラーによって、リアフェンダーのフレアあたりがより強調されており、かつフロントフェンダーからドアのアウターハンドルまできれいに面が流れている。さらに、そこからリアフェンダーに向けて若干キックアップさせることで面構成がより強調されており、非常にボリューム感のある印象を与えている。
特別仕様車のロードスターRF「VSテラコッタセレクション」にもKPCは採用されており、箱根のワインディングでその効果を感じ取ることができた
そんなことを感じながら、箱根のワインディングへ向けて走り出す。RFを改めて試乗したフィーリングは、これまで乗ったRFの印象と大きく変わることはなく、若干豪快なエンジンとATのマッチングがきわめて良好で、RFのコンセプトにもピッタリである。そして、いくつかのコーナーを抜けながら観察すると、ステアリング周りの剛性の低さがあまり感じられなくなっていることに気付いた。これこそ、KPCのおかげかもしれない。その理由は、KPCによってリアに荷重がかかるためにフロント荷重が減り、ステアリング周りへの負担が減ったのではないかと想像する。いずれにしても、RFは改良によってさらに好ましいステアリングフィールを手に入れているのは間違いないだろう。
KPCは、作動の違和感もなく実に自然に効いている印象だった
KPCそのものはまったく違和感を覚えず、若干ブレーキを残しながらフロントに荷重をかけ、そこからアクセルオンでコーナーを抜けるようなシーンでは、よりリアの接地性が増して、安定してコーナーリングすることができる。特にそれを感じたのが、一般道の急なコーナーなどに設置されていることの多い、セブラゾーンを通過した時だ。規則的に、ほんのわずかに路面を隆起させているので、硬い足周りだと跳ね気味になるのだが、RFはそういったシーンでも、決してリアの駆動力が抜けそうにはならず、終始安定した姿勢を見せていた。
ソフトトップのロードスター「RS」グレードの乗り心地は少々ハードだが、コーナーではそれがむしろ安心感へとつながっている
ここで、ソフトトップのRSグレードへと乗り換えてみよう。ルーフを開け放って、6速MTを操りながら走らせるのは、やはりロードスターの醍醐味だ。前述したように、ビルシュタインダンパーやブレンボのブレーキシステムが装備されているので、少しハードな乗り心地ではあるものの、安心してコーナーをクリアできる。
「RS」グレードでも、KPCの効果はしっかりと感じ取ることができた
また、RSグレードもKPCが有効に働いているようで、RFよりも若干軽いこともあるのか、同じペースでもアンダーステアが若干減った印象とクルマ全体の重心が下がったような感覚があり、より楽しくワインディングを走らせることができた。
今回の改良モデルの目玉のひとつである、特別仕様車「990S」。とにかく軽く、KPCの恩恵も相まって、きついコーナーでも舵角が一発で見事に決まるほどに安定している
さて、今回のトリを飾ったのが990Sグレードである。先ほどのRSグレードの車重が1,020kgだったので、そこからは30kgほど軽くなる。スポーツカーにとって、軽さは正義だ。どんなコーナーであっても、ひらひらと駆け巡ることができるのはロードスターならではだが、それが最も感じられるのはこの990Sをおいてほかにはないだろう。そんな気持ちでコーナーをクリアしていくにつれて、KPCの存在を忘れそうになる。そのくらい、制御が実に自然なのだ。特に、中速域のコーナーでは舵角が一発で決まり、そのままアクセルを踏み込んでリアに荷重を掛けながらクリアするのは、快感以外の何物でもない。そういった際にKPCは有効に働いており、しっかりとしたリアの接地感によって、リア駆動であることをさらに強調してくれる。
「990S」はブレンボブレーキが装着されているため、ブレーキフィールの違いが顕著に感じられた
改良前のSグレードと比較すると、最初に感じたのはブレーキフィールの差だった。990Sにはブレンボが装着されているために、かっちりとした剛性感が得られているが、改良前のSグレードのほうは(あくまで比較すればだが)若干甘く、ソフトな感じがした。KPCに関しても、装備されていないとやはり若干物足りなさが残る。ただし、これはあくまでも同時に乗り比べての話だが、あきらかにKPCが装着されている新型ロードスターのほうが、安定感が増していたのは間違いない。
「990S」のエクステリアは、軽快感を表すブルー色が使われている。幌のほか、キャリパーのブレンボの文字色や、内装のエアコンルーバーなどもブルーで統一されている
今回、さまざまな新型ロードスターを箱根で走らせたのだが、好印象だったのがRFの特別仕様車である、VSテラコッタセレクションだ。車重が若干重いことなどから、実はKPCの効果についてはRFのほうがより強く感じ取ることができたのだ。また、今回試乗したボディカラーとテラコッタとの組み合わせは、本当に魅力的に感じた。常に一生懸命走るのではなく、夜の都心を流している時に、ボンネットからドアへ流れていく水銀灯の光を感じたり、少し離れたところからクルマを眺めたりと、運転すること以外の楽しみも教えてくれるすてきな仕様であった。
そして、個人的なベストバイはやはり990Sだ。軽さは命。そこへ、さらにKPCがうまく働くので、より自在にコーナーを走り抜けられるのだ。しかも、かっちりとしたブレーキフィールは安心感につながり、ロードスターを最も安心して楽しめる仕様と感じた。興味のある方は、ぜひ一度ディーラーなどで試乗してみていただきたいと思う。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かし試乗記のほか、デザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。