2022年の10月に発売されたものの、排出ガス規制にともない同月いっぱいで生産終了となったカワサキ「KLX230SM」。厳密に言うと、15日間くらいで生産は終了している。もちろん、販売店に在庫があれば、購入は可能。そんな「KLX230SM」に今回試乗した理由は、このカテゴリー(スーパーモト)が盛り上がるきっかけとなった同社の「Dトラッカー」に、過去、筆者が乗っていたからだ。スーパーモトは一時期ブームとなったものの、徐々に下火になり、2017年頃には国内メーカーのラインアップからは姿を消してしまった。だからこそ、「KLX230SM」に乗り、現代の技術で仕立てられた足回りの実力を確かめ、短期間ながら国内導入された意義を探る。
「スーパーモト」を意味する「SM」を冠した「KLX230SM」は、同社のオフロードモデル「KLX230」をベースに、ホイール径を前後17インチとしてオンロード向けタイヤを履かせたマシン。このカテゴリーは「スーパーモト」と呼ばれているが、ルーツであるオフロードとオンロード混成のコースで競われたレース「スーパーバイカーズ」のフランス版である「スーパーモタード」(略して「モタード」)と呼ばれた時期もあった。
「KLX230SM」のベースとなった2020年発売の「KLX230」。その後2022年2月には、車高を下げて足付き性を重視した「KLX230 S」も発売された
なお、筆者が乗っていた「Dトラッカー」が発売されたのは1998年のこと。その後の「モタード」ブームの呼び水となったマシンだ。当時ラインアップされていたオフロードモデル「KLX250」をベースに、前後17インチホイールを装着してオンロード向けのタイヤを履き、ベース車と同じ水冷DOHCエンジンとサスペンションを装備していた。
筆者は2000年代のモタードブームの頃に中古で「Dトラッカー」を購入。街乗りやツーリングのほか、サーキット走行などにも使用していた
今回紹介する「KLX230SM」は、ホイール径だけでなく、フロントフォークもベース車から変更しているのがポイント。剛性の高い倒立式フロントフォークを採用し、ブレーキング時のノーズダイブを抑えるなどセッティングもオンロード向けに変えている。また、フロントのホイールトラベルは208mmと、「KLX230」と比べて12mmショートストローク化。それにともない、シート高も40mm低い845mmとなった。
スタイリッシュな見た目となった「KLX230SM」。サイズは2,050(全長)×835(全幅)×1,120(全高)mmで、カラーはエボニーの1色展開となっている。メーカー希望小売価格は572,000円(税込)
フロントホイールは17×3.0インチで、タイヤサイズは110/70-17。ブレーキディスクは300mmに大型化している
リアホイールは17×3.5インチで、タイヤサイズは120/70-17。フロント、リアともにリムはゴールドに仕上げ、ペータルタイプのブレーキディスクを採用している
フロントフォークは直径37mmの倒立式。見るからに剛性が高そう
ステップはオフロード向けの形状だが、普通の靴でも扱いやすいようにゴムのカバーを装備
エンジンはベース車と同じ、空冷のシングルカム(SOHC)を搭載。最高出力は19PS、最大トルクは19Nmとスペック的には非力だが、扱いやすさには定評がある
「KLX230SM」は、ライトカウルのデザインがスリムになったことで、すっきりした見た目となった。ベース車ではフロントライトがハロゲンだったため、かなりボリュームがあったが、「KLX230SM」はコンパクトなLEDを採用し、スリムなシルエットを実現。スポーティなルックスとなったフロントのフェンダーも、スタイリッシュな見た目に貢献している。
スリムで薄型になり、スタイリッシュになったフロントのライトカウル。LEDヘッドライトの明るさも十分だ
左右のシュラウドはベース車と同じ形状だが、「KLX230SM」のほうがロゴの入り方がかっこいい
ハンドル回りの装備やメーターもベース車と共通だが、ライトが違うだけでコンパクトに感じる
ベース車でも美点だった前後にフラットなシート。前方に座ってフロントに荷重がかけやすい
高さを抑えたガソリンタンク(7.4L)も、着座位置を前後移動しやすくするためのポイント。上下を合わせるように、溶接する工法で高さを抑えている
試乗車はリアにキャリアを備え、その部分にETCの車載器も装備されていた。キャリアと一体化したデザインで、違和感がない。降車後のETCカードの取り出しのもスムーズに行える
筆者は、「KLX230SM」のベースとなった「KLX230」に試乗したことがある。当然ながら、「KLX230」はオフロードモデルなので、試乗は未舗装路での走行がメインだ。そのため、エンジンの非力さはそれほど気にならず、むしろ扱いやすいと感じたが、スーパーモトマシンの「KLX230SM」ではどのように感じるのだろうか。また、過去に乗っていた「Dトラッカー」との差も、個人的には気になるところだ。
ベース車もオフロードバイクとしては足付き性がよかったが、「KLX230SM」はシート高が40mm低くなったためさらに足つき性がよくなった。身長175cmの筆者の場合、両足のかかとがギリギリ接地しないくらいだ
「KLX230」に試乗した際にも感じたことだが、シートがフラットなので着座位置を前後にズラしやすい。オフロード車やスーパーモト車ではかなり重要な要素だ
まずは、街乗りからスタート。走り出してすぐに「速い」と感じた。「KLX230SM」に搭載しているエンジンは、空冷単気筒の232cc。SOHCで最高出力19PSと、パワフルとは言えないスペックだが、実際は、スペック値から想像するより、加速が鋭い。「Dトラッカー」の最高出力は29PSだったが、単気筒のわりに低回転域のトルクがなく、高回転まで回さなければならない特性だったのに対し、「KLX230SM」はあまり気を使わず低回転でクラッチをつないでもマシンをどんどん加速させてくれる。車重136kgと軽量だが、それよりもさらに軽く感じるほどだ。ただ、高回転まで回してもパワーが出てくることはないので、早めにシフトアップしていくような走り方が合っている。
街乗りでは、スペック以上に速いと感じるキビキビした走りが味わえる
そして、オンロード向けにセッティングされている倒立式のフロントフォークが非常にいい仕事をしてくれる。ブレーキングでの沈み込みは節度がよく、沈み込みすぎることはないがしっかりと動く。ブレーキレバーでストローク量をきちんとコントロールできる特性だ。そして、路面のギャップやうねりなどに対しても、しっかり吸収力を発揮。「Dトラッカー」も倒立フォークだったが、ベース車と同じオフロード向けのセッティングだったため、ブレーキングなどで動き過ぎてしまい、スプリングやフォークオイルを交換するなど、セッティングに苦労した記憶があるが、「KLX230SM」なら安心して乗れる。
コーナリングは、車重の軽さと完成度の高い足回りのおかげでとても気持ちよく決まる。前後移動がしやすいフラットなシートの前寄りに座り、できのいいフロントフォークに仕事をさせるようにコーナーに入って行くと、コンパクトに曲がれるうえに安定感も抜群。自分の体の下で思いどおりに車体をコントロールできる感覚は、初心者からベテランまで、ライディングのスキルを問わず楽しめるだろう。
車体のバランスがよくエンジン特性が扱いやすいこともあって、街中のコーナーでは無敵と思えるほどの走りを味わえる
高速道路での安定感にも驚かされた。このクラスのオフロードバイクは高速巡航が得意ではなく、80km/hを超えるとフロント回りがユラユラして不安を覚えるようなモデルも少なくない。その点、「KLX230SM」はフロント回りがピシッと安定している。メーター読みで100km/hを超えるところまでスピードを出してみたが、芯が通ったようなフィーリングは変わらなかった。これは、舗装路向けに採用された倒立フォークの恩恵なのかもしれない。高速道路を使ったツーリングなどを考えている人も、安心して選べるマシンだ。
「KLX230SM」がたとえ1か月に満たない生産期間であっても販売を決めたのは、スーパーモトマシンのニーズを探る意味もあったのではないだろうか。軽量なオフロードマシンにグリップ力の高いオンロードタイヤを組み合わせたスーパーモトマシンは、街乗りでは最速と思えるほどの俊足ぶりを発揮する。生産期間は非常に短かったが、それでも販売してくれたことに感謝せずにはいられないほどの完成度だ。以前から、個人的にこのカテゴリーを楽しんでいたこともあるが、この楽しさは多くの人に味わってもらいたい。「KLX230SM」はスタイリッシュなルックスも実現しているので、ぜひ、排出ガス規制に対応させたモデルの国内導入を期待したいところだ。
●メインカット、走行シーン撮影:松川忍
カメラなどのデジタル・ガジェットと、クルマ・バイク・自転車などの乗り物を中心に、雑誌やWebで記事を執筆。EVなど電気で動く乗り物が好き。