国産車発の「Google」搭載から1年強、ホンダのフラッグシップセダン「アコード」がさらなる進化を遂げた。
注目すべきは、2025年5月30日に先進運転支援システム「Honda SENSING 360+(プラス)」を採用したグレードが追加されたことである。これまでの「360」からさらに一歩進み、高速道路&自動車専用道路でのハンズオフ運転をはじめとした多彩な支援機能を実現している。
今回、試乗した「e:HEV Honda SENSING 360+」は599万9,400円(消費税10%込み)。ボディカラーの「プラチナホワイト・パール」は4万4,000円のメーカーオプション
当記事では、「アコード」の新グレードの魅力について、試乗した印象とともに深く掘り下げていこう。
※当記事のハンズオフ時の撮影は、安全に配慮し専用の機材を使ってリモートで撮影しています
通算11代目となる現行「アコード」は、2024年3月にフルモデルチェンジされた。ホンダが国内で展開する唯一の4ドアセダンであり、同社におけるフラッグシップの座に位置する。その基本構成は、e:HEV(フルハイブリッド)を軸とし、これまで1グレード(559万9,000円)のみの展開であったが、新たに「Honda SENSING 360+(プラス)」を搭載したグレード(599万9,400円)が加わった。
新グレードの「Honda SENSING 360+」では、エクステリアにブラック加飾が加わり、より精悍な印象が与えられている。足元には専用塗装のホイールが装着され、引き締まった印象だ。
「e:HEV Honda SENSING 360+」の外観上の特徴は、専用アルミホイールやブラックドアミラーなど。GNSS電波を受信するシャークフィンアンテナも基本はブラックだが、写真の車両のようにボディカラーによっては同色になる
インテリアでは、従来までのブラックインテリアに加え、新たにホワイトレザーシートを設定。元々、空間の広がりや視界のよさは従来からの美点であったが、新グレードは特に触感や素材感によって上質な時間を演出している。静粛性と快適性が相乗効果を生む、まさに大人のためのセダンである。
ホワイトレザーを採用した専用の内装が追加装備。「360」グレードに設定されるブラックレザーシートの選択も可能だ
今回、最大の注目点となる「Honda SENSING 360+」は、これまでの「360」に対して、システム自体が大幅にアップデートされている。具体的には、
「ドライバーズモニタリングカメラ」
「マルチGNSSアンテナ」
「地図ECU+高精度地図」
を新規追加。そのほかにも、「フロントコーナーレーダー」の追加や、「フロントセンサーカメラ&リアコーナーレーダー」の変更などが行われている。
さて「Honda SENSING」の最高峰と言えば、2021年3月に発売した「レジェンド」に搭載された、世界初となる自動運転レベル3「Honda SENSING Elite(ホンダ センシング エリート)」が思い浮かぶ。
特定の条件下において自動運転を可能にするレベル3だが、実際はリース契約で条件が多く、さらに言えば当時の価格は1,100万円と、一般庶民からすれば購入という選択肢は現実的ではなかった。
諸説あるが、自動運転における「レベル2」と「レベル3」の間には技術はもちろん、社会との協調性や法律の問題などクリアすべき部分はまだまだ多い。
その中で今回の「360+」は、「Elite」に実装された技術をアレンジして同等の機能を低価格で実現している点がポイントだ。ホンダのエンジニアも、「『360+』が『Elite』のダウングレードのように思われるのは違っており、価格も含め『Elite』の持つ技術の利点を効率的にキャリーオーバーした」と述べている。
最初に断りを入れておくと、「360+」は自動運転機能における「レベル2」に該当する。しかし、この「レベル2」というのも車種によってかなり性能差があるのは多くの人が知っていることだろう。
「アコード」の「360+」は、前述したように「ハンズオフ」による運転支援機能が最大のハイライトだが、その最大のポイントは「高精度地図」と「GNSS」だ。すでにレベル2でハンズオフを実現している他社のモデルには基本、この2つはマストとして組み込まれている。
「360+」の場合、高速道路&自動車専用道の車線情報、道路構造、道路標識などの情報を搭載している。地図情報をディスプレイに表示して案内する機能は「Google」の役割なので、高精度地図はいわゆる“黒子”的な存在。しかし、これを動かす専用ECUと自車位置精度を大幅に向上させる「GNSS」、そして「Google」が連携することで安心・安全を含めたハイレベルな運転支援を行うことができる。
「Google」を搭載した地図表示の見やすさは「360」と同じで見やすい。当然のことだが、目的地設定をしてナビ機能を作動させないと運転支援機能は作動しない
ちなみに、高精度地図はゼンリンが「アコード」用に情報を付加したオリジナル仕様で、本体に搭載する通信モジュールを使い、地図データはサーバーから自動更新される。
「アコード」の性能を体感できるよう、今回の試乗会場は東名高速道路近くであった。当日は大雨、さらに高速道路上には霧(ガス)が出ているという悪天候。ただ、逆に考えれば、この悪天候でしっかり動作すれば「360+」の実力がわかるというものである。
ハンズオフによる走行時の様子。ちなみに今回、ハンズオフ時の撮影は安全に配慮し、専用の機材を使ってリモートで撮影しています
さて高速道路に入り、すぐにハンズオフ機能が使えるかというと、実はそうでもない。車両側が常にカメラやセンサーを使って車両全周(360度)をセンシングしているので、その時の周辺環境によって「Ready(許可)状態」になるには若干のタイムラグが発生する。
「ハンズオフ機能付き高度車線内運転支援機能」が作動すると、ステアリング内の専用インジケーターがブルーに点灯する
そして「ハンズオフ機能」に入ると、その動きは実にスムーズである。前述した高精度地図データと衛星測位情報の組み合わせにより、車両が車線内のどこを走っているかを正確に把握。極めて自然で滑らかなステアリングアシストを実現している。
「ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)」を起動して間もなくハンズオフの許可が出たが、ここからハンドルから手を離すと、「アコード」は車線の中央を維持しながら安定して走行を続けた。しかも、大雨や霧といった厳しい気象条件下でも、システムは安定して機能している。
当日の天候は大雨と霧(ガス)という悪天候。過信は禁物だが、それでもエラーは一度も発生しなかった。また、フロントセンサーカメラは「360」と同じく水平画角は約100度だが、画素数や物体認識能力など細かな部分でアップデートが施されているとのこと
さらに、トンネル内に入っても解除されることなく、終始安定した支援を続けた点には感心、というか感動レベルである。
GNSSからの電波が遮断されるトンネル内も、自車位置を捕捉してしっかりと作動した
また、同時に採用されたレコメンド型車線変更支援機能は、安全マージンをかなり高く取ってある。中々OKが出なかったのだが、周辺の安全が確保できれば極めてスムーズにレーチェンジを行ってくれた。
「レコメンド型車線変更支援機能」は、周囲の状況を把握して作動可能と判断した場合のみ支援機能が働く。作動時は、ドライバーがステアリングを握っている必要がある
これらの機能はもちろん、高速道路でのコーナー手前での減速制御も極めてスムーズ。感覚的には、コーナーの屈曲を「先読み」することで操舵の遅れが少ない。これも、高精度地図&GNSSの恩恵と言えるだろう。
このほかにも、目的地がナビゲーションに入力されていれば、ICの接近を察知して適切なタイミングで退出の提案を行ってくれる。自車位置の捕捉精度が高いため、3車線の中央を走行している場合と左端を走行している場合で、提案のタイミングが変化する。これは、Googleとの連携による部分が大きい。全体的に感じたのは、どの制御でも人間の感覚に近いきめ細やかさを感じた。
ハンズオフ機能作動時、車両は基本車線の中央を沿うように走行するが、右側からトラックなどが寄ってきた場合、全周囲の状況を見て微妙に左側へ移動する。このあたりは人の感覚に近い
安全面では、ドライバー異常時対応システムに注目したい。ドライバーが意識を失ったと判断すると、ホーンを鳴らしハザードを点滅させた上で、安全に車線内停止を行うというもの。単なる快適装備にとどまらず、安全性の確保という意味でも重要な機能である。
新搭載の「ドライバーズモニタリングカメラ」を活用することで、わき見や体調不調時などの運転をサポートしてくれる
パワートレインのe:HEVは、2.0Lエンジンと電動モーターの協調制御によって構成されるハイブリッドシステムだ。低速から中高速域にかけて、滑らかな加速感が特徴的である。また、「アコード」はステアリング操作に対する応答も素直で、直進安定性と取り回しのしやすさが共存する設計になっている。
搭載されるパワートレインは、ベース車である「360」と同じ2L直4の2モーターフルハイブリッド「e:HEV」。WLTCモード燃費は23.8km/Lだが、試乗が高速走行主体でACCを積極的に使い走ったこともあり、帰着時の平均燃費は25.6km/Lと十分納得できるものだった
そして、大雨の中でも際立ったのが静粛性の高さである。元々「アコード」の静粛性は非常に高いのだが、今回アップデートされた「アクティブノイズキャンセラー」の搭載により、さらに洗練された静粛性を実現している。
具体的には、キャビン内に設けられたマイクに加え、今回、各タイヤのホイールハウス周辺に振動検出センサーを配することで、より正確なノイズキャンセリングを実施。特に、40Hz周辺や1.2kHzより上の周波数帯でのノイズ低減効果は顕著で、前後席での会話明瞭度も上々。すべての席における快適性を向上させている。
また、高速域における車両の安定感は際立っており、乗員に揺れや不安感を感じさせることなく、長距離移動の疲労を大きく軽減してくれる。このあたりは、フラッグシップセダンに相応しい品格と、しっかりとした足回りの設定が寄与している。
「アコード」というクルマは、かつては北米市場向けというイメージが強かったが、現行モデルでは国内の道路環境にも最適化された設計が施されている。その上で「Honda SENSING 360+」の採用により、単なる上質セダンから「知的な移動空間」へと進化した感がある。
ライバル車がADASの進化に慎重な中、ホンダは「Honda SENSING 360+」という“現実的なレベル2”の最適解を提示した。これが、過去の「レジェンド」に搭載されたレベル3相当の「Honda SENSING Elite」とは異なるアプローチであることは注目に値する。「Honda SENSING Elite」は価格や使用条件の制限が大きく、普及には至らなかった。いっぽう、「Honda SENSING 360+」は実用性と価格のバランスにすぐれ、「アコード」というモデルにふさわしい高度な機能性を実現している。
価格面においても、「Honda SENSING 360+」の追加による価格差は40万400円高にとどまり、他社が高精度地図やハンズオフ機能を搭載した際の価格差(100万円超)と比べれば極めてリーズナブルである。さらに、ホイール加飾や静粛性向上装備を含めた内容を総合的に見ると、この価格アップは単なる“装備代”ではなく、知性と安心感への投資と解釈すべきである。
「アコードe:HEV Honda SENSING 360+」は、単なるアップグレードモデルにとどまらず、セダンというジャンルそのものの未来像を提示する一台である。走行性能や快適性、安全性というセダン本来の価値を損なうことなく、ドライバー支援の最先端を実用的な形で融合させた点において、ホンダの挑戦は大いに評価されるべきである。
富裕層の読者にとっては、日常の移動時間をいかに快適に、そして安全に過ごすかという観点が重要であろう。その意味で、「アコード」は“知的に乗る”価値を持った1台である。
ホンダが目指す「交通事故死者ゼロ」の理念。その第一歩を、ユーザー自身のハンドルから始める──「アコードe:HEV Honda SENSING 360+」は、そんな未来志向の選択肢として輝きを放っている。