歴女参る! 日本史ナナメ斬り

徳川家康ゆかりの城なのにすっかり忘れられていた名古屋城って!?

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生まれは岐阜なうえ、現在名古屋で生活している歴女なので、いつかは名古屋城についても触れねばならぬと思っていたが、いまいち気が乗らない筆者。徳川家康9男の居城で、徳川御三家(水戸・紀伊・尾張)の1つとなる超名門だし、金のシャチホコや武将が現代に甦った「名古屋おもてなし武将隊」で有名ではあるのだけれど、生粋の歴史好きとしては萌えが足りない。さらに、徳川家康が建てた城なのに家康にまつわる事業でも名古屋城はスルーされていたし……と、そんなことを知り合いの名古屋城の学芸員につぶやいたところ、「その程度で歴史好きを名乗るなかれ!」とお叱りを受けてしまった。さっそく名古屋城に推参いたす!

徳川家康が最後に建てた城のスゴさを見よ!

名は知れ渡っているけれど、「特に見どころがない」や「城の形をしたビル」と言われることが多い名古屋城。だが、空襲で焼失して再建される前は、国宝第1号指定を受けたほどの城だったのだ。5層5階地下1階付の天守閣と、南側の2層2階地下1階付の小天守の地階を橋台で結ぶ連結式天守閣を有し、その規模は総延床面積4424.5平方メートル(約1,339坪)、18階建てのビルに相当する高さだったそう。ちなみに、世界遺産でもあり最大の現存天守である姫路城が国宝指定されたのは名古屋城の翌年。もし、名古屋城の天守が残っていたら世界遺産になっていたかもしれない。

現在の外観は、国宝第1号指定を受けた昭和5年の頃の姿を正確に復元している

現在の外観は、国宝第1号指定を受けた昭和5年の頃の姿を正確に復元している

規模が大きいだけでなく、設計の精巧さも見逃せない。小天守を通らないと天守閣には入れないため、ものすごく敵が攻めにくいのだ。しかも敵の進入時には上から石を落として攻撃する「石落とし」や、簡単には破れない鉄の扉なども完備。デカイうえに入りにくく、さらに上から攻められる……で敵は戦意喪失したという。まさに、戦国時代最強ともいえる鉄壁の城ではないか。さすが徳川家康が、人生の最期に息子のために作った城だ。

小天守と天守を結ぶ橋台(土橋)。正面からはやすやすと入れない複雑設計となっている

小天守と天守を結ぶ橋台(土橋)。正面からはやすやすと入れない複雑設計となっている

また、戦争で天守閣の大部分を失ったが、すべてが焼けてしまったわけではない。西南隅櫓をはじめとする櫓3棟や表二の門などの門3つは当時のもので、重要文化財となっている。また、二の丸庭園は国の名勝に指定されているほどだ。天守以外に文化財がたくさんあり、歴史的な見どころは十分。このようなことから、名古屋城ファンには櫓好きが多いらしい。

残念ならが3つの櫓の公開はされていないが、不定期で一般公開される時があるので狙っていくべし。天守だけが主役じゃない! なんて粋だね

そんな徳川家康の集大成とも言える城だが、冒頭に記したように“家康ゆかりの事業にスルーされていた”のだ。実は、徳川家康没後400年となる2015年には「徳川家康公顕彰四百年記念事業」がいろいろと実施されていた。しかし、名古屋城は入っておらず。徳川家康が建てたとは言え、息子・義直の城だからか……と筆者は思っていたのだが、学芸員から聞いた話をまとめると建造しただけではなく、天下統一の鍵を握った城だという。

そもそも名古屋城は、豊臣が攻めてきた時の防御を目的として造られたのだとか。徳川家が支配する地域のもっとも西にある名古屋城は、存在自体が豊臣方にプレッシャーをかけていたという。運よく名古屋城では戦が行われなかったが、もし豊臣家と全面対決した場合、豊臣家は歯が立たなかったはず。そう考えると、名古屋城が天下統一には外せない城であるという説にも納得できる。

徳川家の歴史において名古屋城がいかに大きな存在であったかを語ってくれた、学芸員の小西さん。名古屋城愛がすご過ぎて、熱弁が止まらない!

徳川家康にまつわることとして、2009年から復元工事が行われている本丸御殿も押さえておきたい。なんでも、徳川家康が大坂夏の陣に出陣したのは本丸御殿からだという。元は政庁兼藩主の住まいとして建てられたのだが、途中から将軍専用の宿泊場所とされた。家康が居住していた駿府城ではなく、名古屋城まで移動し、本丸御殿で宿泊してから戦場へと向かったというわけだ。現在は工事中のため玄関と表書院しか公開されていないが、2016年6月より対面所、下御膳所などが公開予定。

狩野派の絵師による美しい襖絵、天井板絵を復元模写して再現しているそうなので、ぜひ見ておきたいものだ

これだけ徳川家康の人生の大きな節目に携わったであろう城がスルーされているとは。なんとも切ない気分になってしまった。だが、名古屋城の魅力は徳川家康にまつわることだけではない。ほかにも、歴史的な見どころや歴史には関係ないけれど押さえておくべきスポットがたくさんあるという。名古屋城を知り尽くす学芸員に教えてもらったポイントを紹介!

【名古屋城の見どころ1】刻紋がゴロゴロ!

まずは、天守閣を支える石垣をじっくり見てほしい。サインのような「刻紋」を発見できるはず。刻紋とは、築城に参加していた大名たちが、自分の石だとわかるように刻んだもの。土台となる石垣に使われた石の総数は10万〜20万個と言われているが、名古屋城には肉眼で観察できるできる刻紋が無数にある。刻紋自体は、どの城でも見ることができるが、ここまでたくさん肉眼で見られるのは珍しい。筆者が試しに天守閣入り口付近の石垣を見てまわったところ、10個の刻紋を発見できた。

右のほうに「山田」という文字が見える。メジャーなのは家紋風マークだが、苗字の刻紋はかなりレアだという。柴田勝家ファンの筆者には山田側にある千鳥マークが、柴田勝家の家紋の2つ雁にインスパイアされた武将が作ったように見えて仕方がない!

外側からだけでなく、天守閣の中からも石垣を見ることができる。もちろん、この中にも刻紋はあるので検地担当者のように鋭い目線で刻紋をチェックしていたら1時間も経過していた。刻紋探しだけで1日が終わってしまいそう

【名古屋城の見どころ2】鉄壁の守り! 加藤清正による天守閣の石垣

福島正則や藤堂高虎など、一流の大名が築城に関わっているのも名古屋城の魅力だ。なかでも卓越した石積み技術を持ち、進んで天守台の工事を行った加藤清正は忘れてはならぬ存在。石垣を反り返るように積み上げる「武者返し」という高度な技術で貢献した。

この反り返るような石垣の積み方が加藤清正の真骨頂「武者返し」だ。下の方はゆるやかな扇状だが、上に行くほど角度が急になる。緻密な計算をしないと武者返しはできないというが、どんな計算をすればこんなに反りながら強固な土台が作れるのか……加藤清正が天才過ぎて震える!

前回紹介した浜松城の石垣は自然の石をそのまま組み上げる「野面積み」だったが、それと名古屋城の天守台を比較していただきたい。精巧さの違いが一目瞭然だ。名古屋城のほうは石を積みやすい形に成形し、隙間には間詰め石を入れて表面を平らに整える打込接(うちこみはぎ)で造られている。石と石の間に隙間ができないため、足もかけづらく侵入がしにくい。さらに武者返しの設計により、登ったとしても侵入者はバランスを崩して落ちてしまう。この石垣を越えるのはかなりの至難。前述で、名古屋城は鉄壁の城と伝えたが、それは伊達ではないようだ。最大20m、総延長8.2kmにもおよぶ天守台の石垣を作り上げた加藤清正は、まさに名古屋城のヒーロー。

そんなヒーロー・加藤清正をたたえ、名古屋城の目の前にある能楽堂には銅像が飾られている。

元々は豊臣秀吉の家臣だった加藤清正。関が原の戦い当時には徳川家康率いる東軍に加担し、肥後(今の熊本県)一国の領主となる。築城の名手として知られ、熊本では「おらが殿」として大人気

武者返しと銅像を見たならば、加藤清正が運んできた石も見ておこう。ひときわ目立つ大きな石が、「清正石」だ。

この部分の石垣を担当したのは黒田官兵衛の息子・黒田長政だったため、本来ならば「長政石」と呼ばれるべきもの。しかし、なぜか「清正石」と呼ばれている。その真相はわかっていないのだそう

【名古屋城の見どころ3】堀にいる鹿は江戸時代から!?

城好きには有名だが、名古屋城の堀には鹿が住んでいる。鹿が飼われ始めたのは、尾張2代藩主・光友の時代頃から。最初は庭で飼われていたが発情期に暴れたり、木の若芽を食べ尽くしたりしたため、堀の中に移動させられたのだそう。ちなみに、堀に鹿がいるのは名古屋城だけ。

戦後の全盛期は約60頭もいたが、現在は母娘の2頭のみ

戦後の全盛期には約60頭もいたが、現在は母娘の2頭のみになってしまった

【名古屋城の見どころ4】協会認定の名古屋メシや国指定名勝もある食べどころ

城内の展示を見たり、刻紋を探したり、鹿を見ていると、お腹が減ってくる。見どころじゃなく食べどころとなってしまうが、城内で寄っておきたい飲食店を紹介しよう。

まずは、名古屋名物の「きしめん」。昭和47年創業の「名古屋城きしめん亭」は、「愛知県めんるい協会」が公式で出している唯一の店だ。「愛知県めんるい協会」の組合メンバーには、昭和天皇にきしめんを振る舞った一八本店店など、県内の老舗店舗が名前を連ねている。簡単に言うと、愛知県内の「麺類のプロ」が集まった組合ということ。そんなプロ集団公式の味ならば、おいしいに違いない!

正門近くの食堂でもきしめんが食べられるが、せっかくなら「名古屋城きしめん亭」に行こう。市長がお忍びで食べに来ているという噂もある

きしめんだけでもいいけれど、いなり寿司の付いた「いなりセット」(850円)がお得! 出汁の色は関東風のように醤油色が濃いタイプだが、塩辛いわけではない。かつおの出汁がよく出ていてあとを引く

麺は手打ちで柔らかく、ツルツルとのどごしもよい。この味なら市長もお忍びでくるはずだ

麺は手打ちで柔らかく、ツルツルとのどごしもよい。この味なら市長もお忍びでくるはずだ

食べログで「名古屋城きしめん亭」の情報をチェック!

続いては、ティータイムに利用したい和風デザート。「二の丸茶亭」は、名勝指定されている二の丸庭園の庭を眺めながら抹茶がいただけるのが魅力だ。

今は水が入っていないが、もとは池泉式回遊庭園であった。付近には織田信長が幼少期住んでいたと言われる那古屋城跡もあり、織田信長を偲ぶことができる。筆者は織田信長の家臣である柴田勝家ファンなので、この地にいるだけで異様に大興奮!! 素敵な庭園なのに、風景<勝家でスイマセン……

通常の抹茶セット(550円)にプラス100円で、金粉入り抹茶(650円)がいただける。居城跡が近いことにかけて、筆者は信長に入れてもらったお茶だと想像しながら飲んでいたのだが、涙が出るほど感動した

店内には茶室もあるので、畳に座ってお茶をいただくこともできる。予約は不要

店内には茶室もあるので、畳に座ってお茶をいただくこともできる。予約は不要

空襲で焼け落ちた金のシャチホコを溶かして作った「金の茶釜」のレプリカが展示されているのだが、毎週金曜日には、この茶釜で淹れたお茶がいただける。ちなみに、本物の茶釜は天守閣の中に展示されているという(不定期で入れ替えられるため、展示されていないこともある)

食べログで「二の丸茶亭」の情報をチェック!

そして、歩きながらちょっとつまめるものがほしくなったら、天守閣近くにある売店「金シャチ焼本舗さくら」で金シャチ焼きをいただこう。小倉とカスタードが選べる。

運がよければ、鉄板で焼いている様子を見たり、焼きたてを食べることもできる

運がよければ、鉄板で焼いている様子を見たり、焼きたてを食べることもできる

一口でいけちゃうほどのサイズ感なので、ちょっとつまむにはうってつけ。衣は、ほんのりとバター風味のするカステラとなっており、和菓子というより洋菓子に近い。1個140円

食べログで「金シャチ焼本舗さくら」の情報をチェック!

【名古屋城の見どころ5】シャチホコづくしのお土産物

旅の〆は、やはりお土産! 名古屋城を表すお土産物No1は金のシャチホコだ。シャチホコは目を引くシンボルではなく、城主の威厳を示すためでもあった。特に名古屋城は「尾張名古屋は城でもつ」と言われるほど天下に知られた名城ゆえ、シャチホコの存在感は城の存在感をあげるためには欠かせないものだったという。そのいっぽうで、シャチホコは魔除けアイテムとしても重宝された。築城以降、名古屋城での戦が一度も起こることはなかったのはシャチホコのおかげなのかも!? 筆者もシャチホコに守られたい……。浅ましい気持ちでご利益にあずかるべく、シャチホコのお土産を物色してみた。

最初に目にとまったのは、一番高価な金のシャチホコ像。金箔でコーティングされているので、55,000円もする。

高さは30cm程度と大きくはないが、存在感に圧倒された。とてつもないパワーが得られそうだが、5万円超えのお土産は筆者には厳しい

ほかにも1万円台のものなど、ラインアップは豊富に揃えられている。そのなかでも一番売れているのは、2頭ワンセットになった2,100円の金シャチ像だ。

高さは15cmほどなので、コンパクトに飾ることができる。瓦の上に乗っている造形が、かわいい

高さは15cmほどなので、コンパクトに飾ることができる。瓦の上に乗っている造形が、かわいい

そんな風に金シャチホコ像を求めていた筆者が、最初に購入したのはシャチホコ型の飴。探し疲れて甘いものがほしくて、思わず買ってしまった。

5個の飴が入った「金鯱べっ甲飴」(280円)。意外と、お土産としての汎用性は高そう

5個の飴が入った「金鯱べっ甲飴」(280円)。意外と、お土産としての汎用性は高そう

皿を裏返して、由緒正しくシャチホコを設置。色も名古屋城の金のシャチホコっぽい!

皿を裏返して、由緒正しくシャチホコを設置。色も名古屋城の金のシャチホコっぽい!

盛塩の代わりにシャチホコ飴を飾ろうかと思ったが、蟻が来てしまうので断念。やはりシャチホコ像などの置物を買うしかないのかと諦めかけたその時、筆者の目に飛び込んできたのがシャチホコ型のチョロQ「金鯱ガブガブプルバックカー」(1個650円)だ。

天守閣の上に飾られている2頭のシャチホコは同じように見えるが、右を向いているのがオスで左向きがメス。この世に1頭しか金鯱を飾らない城は見たことがない。たとえチョロQとはいえ、2頭でなくては! ということで2個購入

向かい合わせれば、天守閣上のシャチホコばり!

向かい合わせれば、天守閣上のシャチホコばり!

もちろん、チョロQなので走らせることもできる。さらに、走行中にシャチホコが口をパカパカさせるのがおもしろい(下の動画参照)。こんなのが天守閣にいたら、隠密活動の忍びも気が気じゃない!?

「金鯱ガブガブプルバックカー」が戦地に居たら、ということを想像して遊んでみた。

口の動きは役に立っていないが、体当たりで敵を一網打尽にする威力はバツグン! ことごとく部下や息子を真田幸村の父・昌幸にボコボコにされた、上田合戦にコイツがいたら勝利できたかも。

そして、休戦時は筆者の肩で待機。

休戦時は、筆者の肩で待機。これで、筆者の身は守られるだろう

これで、筆者の身は守られるだろう

両肩に乗せていれば、いつでも魔除け効果が発動されそうだけど、さすがに出かける時にはこの状態ではいられない。そんな外出時に利用できるシャチホコグッズを発見した。

甲の部分にシャチホコがプリントされた軍手「名古屋軍手」(540円)。でも、シャチホコが向かい合っていない! これでは魔除けにならぬ……

ここまでシャチホコ買いをしてきた筆者だが、やはり家康ゆかりのものも手に入れたい。置物や食べ物ではなく実用性の高いものの中から厳選したのが「のび〜る背中かき」(540円)だ。コピーには、「徳川家康御用達?」と書かれている。家康の孫の手ということは、三代将軍家光の手ともいえるのではないだろうか。

生まれながの将軍・家光の手が我が手中に!

生まれながらの将軍・家光の手が我が手中に!

こうやって背中をかくと、家康の気分。「孫にのんびり背中をかかせることができるとは。天下泰平、最高じゃ」とか言ってそう

価格.comで「のび〜る背中かき」をチェック!

旅を終えて

灯台下暗し!名古屋城は見どころがないとか、現存天守ではないと散々な言われようだが、歴史的にも見応えがあり、食べ物やお土産も充実。今回、1日回ってみたが、家康築城当時から残る重要文化財である3つの櫓や復元工事中の本丸御殿、金曜日だけの金の茶釜によるスペシャルティーなど、まだ見きれていないものがいっぱいある。一度楽しみ方を覚えれば、“さすが徳川家康とその息子の城”という立派さをさまざまな角度から堪能できる。ないがしろに扱っていて、本当に申し訳ない。

あまりにも楽しかったというものあるが、名古屋城が広過ぎて1日では見きれなかったので「定期観覧券」(2,000円)をGET! この券があれば、期間内なら何度でも名古屋城に行ける。1回の入城料が500円なので4回行けば元が取れてしまう

北村美桂

北村美桂

“女子的”歴史旅ブログ「カツイエ.com」の運営を行うとともに、イベント「名古屋歴史ナイト」を主宰するライター。好きな武将は柴田勝家。

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2017.11.17 更新
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