PDA博物館
最後のCLIE「PEG-VZ90」の開発者に聞く

「CLIEをPDAと呼ぶな」コンバージド・デバイスの先がけとして開発されたソニーVZ90とは

PEG-VZ90

PEG-VZ90

日本で最後に発売されたPalm、「PEG-VZ90」(ソニー)は、有機EL搭載のモンスターデバイスだった。Palmユーザーの間では、「なぜ今、有機ELなのか」「なぜ89,800円という価格になったのか」と賛否両論だったが、それについて明確な回答がないまま、CLIEブランドは幕を閉じた。

この長年の謎を解明すべく、当時、商品企画を担当していたソニー・後藤庸造氏に連絡をとったところ、今回の取材が実現。15年経った今、彼がPEG-VZ90に託した「理想のコンバージド・デバイス」像に迫る。(※聞き手=PDA博物館初代館長 マイカ・井上真花)

後藤 庸造(ごとう ようぞう)。1989年、ソニー入社。業務用映像・音響機器のマーケティングからスタートし、以後、ハンディカム、デジタルカメラ、CLIE、テレビ、ウォークマン、ストレージメディアなどの商品企画を歴任。2019年7月より同社Startup Acceleration部門にて、これまでの商品企画経験を生かして、社内外の起業を加速・支援するプロデューサーとして、さらなるチャレンジをスタートしている

CLIEには2つのラインアップがあった

――CLIEは、何年ぐらい続いたんでしたっけ?

2000年発売で2004年に最終製品発表だから、4年間ですね。前期2年はPalmっぽいものというか、PDAらしいPDAが多かった印象です。僕がCLIEに所属したのは後半2年ですが、その間は、ソニーの「コンバージド・デバイス(複数の機能を統合した機器)」の受け皿として期待された機種が増えました。その後のスマートフォンの役割と、ちょっと似ていますね。

ソニーシティ1階(東京・品川)に展示されている、ソニー製品の歴史。ちょうど画像のあたりにCLIEがあるはずだが、残念ながら展示されていなかった

当日、後藤氏にお持ちいただいたCLIEたち。写真は左から「PEG-T600C」、「PEG-UX50」、「PEG-NX80V」、「PEG-TH55」、「PEG-VZ90」

PEG-T600C。PalmらしいCLIE。価格は4万円前後

PEG-T600C。PalmらしいCLIE。価格は4万円前後

PEG-NX80V。CFカードスロットを備えた。価格は6万円前後

PEG-NX80V。CFカードスロットを備えた。価格は6万円前後

PEG-UX50。コミュニケーターモデル。価格は7万円前後

PEG-UX50。コミュニケーターモデル。価格は7万円前後

PEG-TH55。高機能スタンダードモデル。価格は4万円前後

PEG-TH55。高機能スタンダードモデル。価格は4万円前後

CLIEには、廉価版とゴージャス版という2つの流れがあって、ここでいうとPEG-T600Cは廉価版。PEG-NX80VとPEG-UX50はゴージャス版。PEG-TH55は見た目も価格も廉価版の流れでしたが、中身はゴージャス版。Wi-Fiを備えていたし、PEG-TH55のヨーロッパモデルはBluetoothまで搭載していましたから、まるで現在のスマートフォンのようです。見た目のデザインはPEG-T600Cとよく似ていますが、意味はまったく違っていたんですよ。

――そして、PEG-VZ90が登場するわけですね。事実上、最後のCLIEです。

はい。PEG-VZ90はさらに高機能というか、もうレベルが違うCLIEでしたね。ぶっちぎりというか。

PEG-VZ90。有機ELディスプレイを備え、抜群の映像美を誇った最後のCLIE。価格は9万円前後

PEG-VZ90。有機ELディスプレイを備え、抜群の映像美を誇った最後のCLIE。価格は9万円前後

ソニーはなぜPalmを作ろうとしたのか

――そもそも、なぜソニーはPalmを作ろうとしたのでしょうか?

Palmはシンプルで軽量という意味で、実に魅力的なデバイスでした。このシンプルな「手帳」に、ソニーの得意分野である「AV」や「コミュニケーション」を統合できれば、ソニーの技術を生かして、新しいカテゴリーを提供できるのではないか。そう考えたんです。

――当時、Palmのうたい文句は「シンプリーパーム」。そういった意味では、ソニーの思いとは少し路線が違っていたんですね。

はい。ソニーとしてはAVをしっかり入れたい。しかし、Palmのよさは残したい。このコンセプトを、どこまでPalmユーザーが受け入れてくれるのか。難しいところでもありました。

――確かに。CLIEは、PDAとしてはちょっと異端でしたね。

そう思われるのも当然で、当時の事業部長は「CLIEをPDAと呼ぶな」と言っていました。

では、何なのかと言えば「ハンドヘルドコンピューター」であると。彼が言いたかったのは、PDAの枠に収まってはいけない、もっと可能性を広げていこうということ。電子手帳がベースのPDAという枠にとらわれてしまうと、発想が限られてしまいますから。

後藤氏が考える「VZ90」とは

CLIEの事業部門に加入した当初、僕は「ソニーで映像系もオーディオ系も担当した自分なら、それらをみな、CLIEに持ち込める」と思いました。AVビューアーやPDA、ゲームデバイスなど、用途別に2個も3個も機器を持つより、一緒にできる部分は統合していきたい。さまざまなことがこれ1台で済む「コンバージド・デバイス」を作りたかったし、それを実現できるプラットフォームを、CLIEはすでに持っている、と思ったんです。

――それなら、PalmOSにこだわることはなかったのでは?

「PalmOSでなければならない」とは思っていませんでしたが、PalmOSのよさを存分に発揮したいという思いはあった。PalmOSは、低消費電力でサクサク動きます。そのメリットを生かしつつ、そこにいろんな機能を載せ、よりリッチな体験をもたらすデバイスを作ってみたかった。当時、そういうものは意外となかったんですよ。

たとえば、CPU。PEG-NX80VはインテルのCPUを搭載していますが、PEG-TH55やPEG-VZ90には、ソニー製のCPU「ハンドヘルドエンジン」が入っています。動作クロック周波数は、PEG-NX80V より低くて123MHzでした。

しかし、123MHzで動かしても、遜色(そんしょく)なく、負荷の高い動画が再生できました。その秘密は、グラフィック系のエンジンをチップ内に持っていたから。今では当たり前に使われている技術ですが、当時は珍しかったんですよ。だから、MP4などの動画を低クロック、つまり省エネで動作させることができたのです。これは、Palmのよさを引き出す技術の一例です。

――PEG-VZ90には、先進的なテクノロジーが搭載されていたんですね。ほかには?

たとえばスライドボディは、本体の使い勝手を高品位に支えるためのメカ技術でした。スライドの機構、つまりマグネシウムで支えるガイドレールの中をローラーでスムーズに動かすという構造は、後にVAIOなど、ほかの部門でも活用されたんですよ。

いっぽう、ディスクジョグ(十字キーの周囲に360度回転するホイールを一体化したコントローラー)は、ソニー・エリクソンが「SO505iS」(NTTドコモ)で使っていたものを流用しています。これは、子会社のソニー・エリクソンに、親会社のソニーが部品を分けてほしいとお願いした、めずらしい例。ディスクジョグは、小型・薄型なのに、多様な操作をスムーズにこなす、すぐれた技術です。現在、スマートフォンでYouTubeを視聴することが一般的になりましたが、ディスクジョグがあれば、より便利だと思いますよ。

SO505iS(画像提供:NTTドコモ)

SO505iS(画像提供:NTTドコモ)

PEG-VZ90のスライド部分にある、ディスクジョグ(中心の円の部分)

PEG-VZ90のスライド部分にある、ディスクジョグ(中心の円の部分)

バッテリーにも、技術面での工夫がありました。映像や音楽を楽しんでもらうには、バッテリーの持ちは重要です。しかし、これまで有機ELディスプレイを使った製品を誰も作ったことがなかったため、その高画質ゆえ、大量に電力を消費するのではないかと懸念されたんです。そこで、念のためバッテリーを2個内蔵することにしました。

しかし、実際のところ、有機ELの発光効率がよかったこともあり、2個は必要ありませんでした。通常の2〜3割ほど容量を増やした程度で、よかったかもしれません。正直、少しオーバースペックでした。ただ、そのおかげでバッテリーへの負担が軽減され、長年使えるようなタフな仕様になったんです。ほら、実際に、この端末も動いているでしょう?

――バッテリーが2個なら、充電時間も2倍?

ところが、そうじゃないんです。2個のバッテリーを並列つなぎにして、同時に充電できるようにしたから、充電時間は、ほかのCLIEと同じ。不思議でしょう?

映像ビューワーとして、PEG-VZ90の意義

――そして、何といっても、一番の特徴は有機ELディスプレイですよね。

はい。「有機ELやる人、いない?」って社内で言われた際、CLIE担当としてすぐに手をあげました。ソニー初の有機ELテレビより、さらに前のことです。

PEG-VZ90の背面には、「有機ELディスプレイパネル」の文字が

PEG-VZ90の背面には、「有機ELディスプレイパネル」の文字が

この有機ELディスプレイ、店頭で当時購入できるものとしては、世界最大でした。価格も高価でしたが、映像を楽しむCLIEを出すのであれば、そこまでやっておくべきではないかと考えたんです。

ただ、コンテンツの問題がありました。当時はまだ、YouTubeなどありませんでしたから、この有機ELに映し出すべき映像がない。実際、付属ソフトとの連携で、VAIOユーザーなら映像変換してCLIEに入れることもできました。しかし、みんながみんなVAIOを持っているわけではありませんし。

写真を見るという用途提案もありましたが、当時のデジカメは500万画素程度でしたし、現在のように、写真を利用する文化もありませんでしたからね。写真が注目されたのは、FacebookやInstagramが流行ったから。写真を見たいし、見せたいという気持ちがなければ、その有効性は一般に広がりません。

ただ僕は、そういった映像利用を前提とするサービスがいずれ出てくるだろうし、そうなればPEG-VZ90のような商品の価値もわかってもらえると思っていました。もちろん、どれがくるかなんて正直わからなかった。でも、わからなくても、ハードウェアだけでも先に用意しておこうと思ったんです。

PEG-VZ90を側面から見たところ。ケースが支えになって、見やすい角度を保てる

PEG-VZ90を側面から見たところ。ケースが支えになって、見やすい角度を保てる

なぜ、CLIEは撤退したのか?

――そこまで頑張ったCLIEも、PEG-VZ90を最後に撤退することになりました。その理由は?

よく、「PDAが終わりそうだから止めたのでは」と言われますが、そうじゃありません。僕は、CLIEがソニーのいろいろな技術アイデアを試す場でもあった、と思っています。

CLIE開発で得られた経験やノウハウを、ソニーの他の部門でさらに生かすという役割があった。だから、その後の商品カテゴリーは、別に何だっていい。PEG-VZ90のような商品を企画して実現することで、「何をしたいのか?」ということが明確になったし、製品自体やその経験ノウハウを通じて、部門内外のエンジニアも感化されていった。その結果、また次のステージに向かっていく。そういう流れの中のひとつだったと解釈しています。

当初は、「CLIEをこれで終わらせちゃうのはもったいない」と思いました。でも、CLIEに関わっていた人たちが求められて、どんどん次の部署に移っていき、そこでさらなる活躍が始まっていったので、そういうものなのだな、と。CLIEには、本当によい人材リソースがあふれていましたし、ソニー全体として見れば、よいリソースを最大限に生かしたいと思うのが当たり前。正しい判断だったと思います。

――とはいえ、Palmユーザーはみんな悲しかったですよ……。

PDAがなくなると言えば悲しいけど、CLIEは名を変え進化を続けていく、と考えれば悲しくないのでは。現に、すぐiPhoneが発売されましたよね。

――そういえばiPhoneって、iPodというオーディオ・デバイスに、データ通信機能やカメラ機能、映像再生機能などを、てんこ盛りにしたデバイスですよね。つまり後藤さんは、CLIEでiPhoneを作りたかったってことでしょうか。

iPhoneというか、スマートフォンはコンバージド・デバイスですよね。いろんな機能がこれ1台に集約されて、やりたいことを統合してこなせる機器。たしかに僕は、iPhoneで今できることを、PEG-VZ90でやろうとしていました。ひとつのデバイスにいろんな機能が集約していくという流れが、必ずくると思っていましたし。

ただ、CLIEで通話することより、CLIEだけで通信できることのほうが重要だとは思っていました。そのとき、「PalmOSでなければダメ」とは思っていませんでしたが、Palmを使ってスマートフォンを作ることはできたと思います。実際、Treo(ハンドスプリング社のPalmOS端末。音声通話・電子メール・インターネット機能などを搭載していた)でも、できていましたし、CLIEでも開発検討はしていました。しかし、まずはCFスロットにPHSカードを入れるところから、ですよね。それで通信ができるようになる。当時は、みなさんPHSカードを使っていましたね。

そんなわけで、iPhoneが出てもさほど驚かなかった。タッチパネルのなめらかさなど、個々の技術にはいろいろ驚いたけど、名前やブランドが変わっただけだなと。

CLIEは「PDAのひとつ」と言うより、ハンドヘルドコンピューターを目指して生まれ、それを最後まで貫いたデバイスでした。現在のスマートフォンは、ハンドヘルドコンピューターの進化系であり、CLIEのDNAもしっかり継がれている。僕はそう、感じています。

「現在のスマートフォンは、ハンドヘルドコンピューターの進化系では。CLIEのDNAもしっかり継がれている」(後藤氏)

取材を終えて(井上真花)

CLIEの販売中止が発表された日のことを、今でも覚えています。「ああ、これで日本からPalmの灯が消えた……」と肩を落とした、あの日。ただ、心のどこかでこんな日がくることを予想していたのも事実でした。一時は百花繚乱、ありとあらゆるメーカーがPalm市場に参入し、ユーザーの心を躍らせていましたが、やがて1社、また1社と撤退が続き、「もうダメか」とあきらめつつ、唯一、新製品を開発し続けていたソニーに、一縷(いちる)の望みをかけていましたっけ。後藤さんと初めてお会いしたのは、まさに最後のCLIE、「PEG-VZ90」が発表されたとき。取材でお会いした彼は、そんな私の懸念を吹っ飛ばすほどの勢いで、CLIEのポテンシャルについて熱く語っていました。あれから15年。久しぶりにお会いした後藤さんは当時のまま。まるで今、市場で発売されている製品のことを語るがごとく、PEG-VZ90の魅力について熱く話してくださいました。私はその姿を見て、また胸が熱くなってしまいました。

オフィスマイカ

オフィスマイカ

編集プロダクション。「美味しいもの」と「小さいもの」が大好物。 好奇心の赴くまま、良いモノを求めてどこまでも!(ただし、国内限定)

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