今、スマホによる音楽リスニングの新しい音楽体験として注目を集めているキーワードが“3Dオーディオ”。そんなトレンドのけん引役が、アップルの「空間オーディオ」とソニーの「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」だ。
アップルの「空間オーディオ」は2021年6月開始、ソニーの「360 Reality Audio」は国内では2021年4月より本格展開を開始している。両者とも技術的な発想は似通っていて、アップルの空間オーディオはドルビーの「Dolby Atmos(ドルビーアトモス)」、ソニーの360 Reality Audioは標準化されている「MPEG-H 3Dオーディオ」を採用。オブジェクトベースで音をレイアウトする技術によって、音楽リスニングでも全方位から音が鳴る体験を目指すものだ。
そんなアップルの空間オーディオとソニーの360 Reality Audioを、スマホとイヤホン・ヘッドホンで体験するための方法を解説しつつ、対応するイヤホン・ヘッドホンを本稿では紹介する。なお、混乱を招くことがないように、今回の記事はスピーカー関連の情報を省いて紹介していく。
アップルの進める空間オーディオ。3Dオーディオとしての技術的な特徴としては、顔の向きを検出、音の空間を移動するヘッドトラッキングの存在だ。
楽しむためには、スマートフォンなどのデバイスだけでなく、イヤホン・ヘッドホン、アプリの3つを組み合わせることが必要となっている。アップルは1社でデバイスからサービスまで手がけていて、たとえば、iPhoneユーザーで、アップルのワイヤレスイヤホン・イヤホン「AirPods」シリーズを購入し、音楽サービスに「Apple Music」を契約すればそれだけで最高の条件が揃い簡単なのだが……細かな対応を含めて紹介しよう。
アップルが展開する空間オーディオ
まず、アップルの空間オーディオに対応するアプリだが、音楽サービスに限ると、現在のところアップル純正のApple Musicのみの対応となる。空間オーディオに対応する再生デバイスについては、iPhone、iPad、Mac(そして今回は省くがAppleTV 4K)。そしてあまり語られることがないが、Android搭載デバイスでもDolby Atmosに対応しているモデルであれば利用可能だ。
アップルの空間オーディオに対応した音楽サービスは、現在のところアップル純正のApple Musicのみ
イヤホン・ヘッドホンの対応は、空間オーディオの対応で3つのグループにわかれている。ひとつは、ヘッドトラッキングに対応する最上位のグループ。これらに該当するのが、アップル純正の「AirPods(第3世代)」、「AirPods Pro」、「AirPods Max」と、アップルの子会社であるビーツ・エレクトロニクス(Beats by Dr Dre)が手がける最新完全ワイヤレスイヤホン「Beats Fit Pro」。これら4モデルであれば、アップルの空間オーディオを余すことなく楽しめる。
空間オーディオを一番簡単に楽しめるイヤホン・ヘッドホンは、アップル純正のAirPods(第3世代)、AirPods Pro、AirPods Maxとビーツ・エレクトロニクスが手がけるBeats Fit Pro
次のグループが、ヘッドトラッキングは有効ではないが、Apple Musicで空間オーディオが自動で有効になる機種。これは旧世代のAirPodsシリーズ・Beatsブランドのイヤホン・ヘッドホンが該当する。そして最後のグループが、これまで紹介してきたモデル以外のすべてのイヤホン・ヘッドホン。こちらも空間オーディオに対応する再生デバイスと組み合わせるという条件はあるものの、手動で設定さえすれば、空間オーディオ自体は有効にできる。
アップルの空間オーディオのためにイヤホン・ヘッドホン機種を選ぶなら……やはりヘッドトラッキングが利用できる最上位グレードのAirPods(第3世代)、AirPods Pro、AirPods Max、Beats Fit Proがベストだろう。
上記にあげたイヤホン・ヘッドホンであれば、Apple Musicで配信されている空間オーディオ対応楽曲(Dolby Atmos)を再生するだけで、空間オーディオが自動選択される。イヤホン・ヘッドホンを装着した状態で、iPhoneのコントロールバーから音量バーを長押しすると現れるメニューから、空間オーディオの効果を「ステレオ固定の空間オーディオ」「ヘッドトラッキング付き空間オーディオ」の2種類から選択可能だ。
iPhoneと最上位グレードのイヤホン・ヘッドホンの組み合わせでは、音量バー長押しで空間オーディオの設定を変更できる。イヤホン・ヘッドホンを装着した時しか操作できない点は注意したい
Apple Musicで空間オーディオ対応で配信されている最新のメジャー楽曲はというとAdo『踊』や、Official髭男dism『アポートーシス』など。実際に聴いてみると、音を広くレイアウトしていろいろな位置から聴こえてくる感じがとてもうまい。ただそれ以上に強調したいポイントが対応機種で働くヘッドトラッキングの絶大な効果。横を向くと音の聴こえる位置も横からに変わる……というのが仕組みの考え方だが、個々の音の出どころを知覚させる効果が本当にすごい。
Apple Musicで配信されている空間オーディオ対応楽曲にはDolby Atmosのロゴが付く
AirPods ProやAirPods Maxを使って空間オーディオを体験
ヘッドラッキングに対応しているので、顔を横に向けると音も横から聴こえてくる
ヘッドトラッキングの説明を聴いてもあまり興味を持たない人もいるかもしれないが、対応機種では空間オーディオ自体の効果もチューニングされていて、正面向きでも効果大だ。さらに、ヘッドトラッキングに対応した最上位グループのイヤホン・ヘッドホンとiOS 15以上のiPhoneを組み合わせれば、空間オーディオに対応していないステレオ音源を、空間オーディオのように音声を立体化し、ヘッドトラッキングありで再生することもできる。この機能がかなり優秀で、ステレオ配信のみ、空間オーディオ非対応のYOASOBI『群青』を聴いても歌声が目の前に浮かび、「これぞ空間オーディオの新しい音楽体験!!」と呼びたくなるくらい、驚きの効果を発揮してくれるのだ。
最上位グループのイヤホン・ヘッドホンとiOS 15以上のiPhoneを組み合わせれば、ヘッドトラッキングも利用可能。ステレオ配信のYOASOBI『群青』でもかなり効果抜群だ
他社製イヤホンとして、ソニー「WF-1000XM4」やTechnics(テクニクス)「EAH-AZ60」をiPhoneに接続、Apple Musicの空間オーディオ(Dolby Atmos)を「常にオン」にして体験してみたが、こちらでも音場はとても大きくなるが、ヘッドトラッキング込みの音の存在感とはまったく別モノ。やはり、ヘッドトラッキングの効果がすごすぎるのだ。
他社製のイヤホン・ヘッドホンで空間オーディオを体験してみたが、ヘッドトラッキングがないと効果は別モノに感じられる
なお、今回は音楽サービス限定でApple Musicを取り上げたが、空間オーディオは「Apple TV」や「Netflix」といった一部の映像系アプリでも利用できる。ただし、これらのアプリでも現状ではヘッドトラッキングが使える最上位グループのイヤホン・ヘッドホン限定で使える機能となっている点は注意したい。とりあえず空間オーディオが目当てなら、最上位グループのイヤホン・ヘッドホンであるAirPods(第3世代)、AirPods Pro、AirPods Max、Beats Fit Proの指名買いがベストな選択肢と言えそうだ。
2021年4月より国内展開が始まったソニーの推進する「360 Reality Audio」。アプリ側に実装される技術となっており、スマートフォンでは、iOS/Androidのデバイス区別なく使える。接続方法も指定がなく、イヤホン・ヘッドホンはBluetoothのワイヤレス接続でも有線接続でも問題ない。今回の検証はすべてiPhoneのワイヤレス接続で実施している。
ソニーの推進する360 Reality Audio
360 Reality Audioの技術的な特徴は、ユーザーの耳型をカメラで撮影して実行する個人最適化が利用可能というところ。これは360 Reality Audio認定のイヤホン・ヘッドホンが必要となっており、ソニーはワイヤレスイヤホン・ヘッドホン、有線イヤホンの一部製品が対応、オーディオテクニカはワイヤレスヘッドホン「ATH-HL7BT」が対応製品としてラインアップ、ラディウスからも対応製品を開発中というアナウンスが発表されている。
360 Reality Audioで特徴的な技術が個人最適化への対応。耳の形を撮影し、クラウドにアップ、耳の形状から最適なパラメーターを導き出し、より立体感のある音を目指すというアプローチだ
そして実際に360 Reality Audioの音源を聴くために必要な音楽サービスになると……やや複雑なので「Amazon Music」とそれ以外に分けて紹介しよう。
360 Reality Audioを代表するサービスが、Amazon Musicだ。2021年10月よりスマホアプリで360 Reality Audioを楽しめるようになった。発表以降、Amazon側でサービス変更もあり、Amazon Music HDが廃止され、現在は最もスタンダードなAmazon Music Unlimitedの月額980円で追加料金なく360 Reality Audioを楽しめるようになっている。ちなみに、無料プランやAmazonプライム会員向けのサービスは対象外だ。
360 Reality Audioを代表する音楽サービスのひとつがAmazon Music
実際に360 Reality Audioの利用を始めるには、アプリの設定から「ドルビーアトモス / 360 Reality Audio」を有効にしておく必要がある。ただし、Amazon Musicアプリでの360 Reality Audioは、360 Reality Audioの特徴である個人最適化には非対応となっている。
これはAmazon Music側が360 Reality Audio対応の個人最適化を完了していないととらえるべきところだろうが、理由はともかくAmazon Musicユーザーならイヤホン・ヘッドホンの機種を問わず使える。ある意味で最も簡単に360 Reality Audioを楽しめる状況になっているので、他社製ヘッドホン・イヤホンユーザーも遠慮せず体験してみていいだろう。
Amazon Musicのアプリから「ドルビーアトモス / 360 Reality Audio」を有効にすることで、360 Reality Audioを体験できる
360 Reality Audio対応楽曲には「360 Reality Audio」のロゴが表示される
Amazon Musicで360 Reality Audio対応で配信されている楽曲は、最近のメジャーアーティストではYOASOBIなど。実際に楽曲を聴いて体験してみると、たとえばYOASOBI『群青』を聴くと音空間振った鳴りで、ステレオ音源と比べると、特に音の移動感、感じる音の立体感が大きくなる。ヘッドトラッキング込みのアップルの空間オーディオが徹底的に個々の音の存在感を重視しているのに対し、360 Reality Audioはステージや会場の音の広がり重視といったところだ。
現時点では対応モデルがあるわけではないので、イヤホンごとの効果の差はさほど大きくない。試しにソニーWF-1000XM4とアップルAirPods Proで聴き比べてみたが、両者に大きな違いはない。TechnicsのEAH-AZ60でも有効だった。ただ、基本的に音質のよいイヤホンのほうが個々の音がクリアで、3D効果も実感しやすいようだ。
360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンではないTechnicsのEAH-AZ60でも360 Reality Audioを楽しめる
では、360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンによる個人最適化は、どこで使い道があるのか。一番身近なところだと、ソニーのリリースしているイヤホン・ヘッドホン向け連携アプリ「Headphones Connect」に、360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンの個人最適化機能が用意されている。今回は個人最適化の効果を確認する目的で、ソニーの完全ワイヤレスイヤホンのWF-1000XM4と、ワイヤレスヘッドホンWH-1000XM4を用意して体験してみた。
ソニー「Headphones Connect」アプリから個人最適化を実行
アプリの指示にしたがってカメラで耳を撮影してサーバーに送信、最適化データを受信する流れだ
まず、ソニーが360 Reality Audioのデモ音源を公開している「Artist Connection」から試してみた。このアプリでは、洋楽ライブのデモ音源が無料で公開されていて、360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンが手元にあれば、アカウント登録のみで個人最適化した360 Reality Audioを体験できる。ただ、これはデモ音源アプリであって、デモ音源しか聴けないので、あくまで体験してみたい用途向けだ。
「Artist Connection」アプリでは、ライブ音源などの360 Reality Audio対応コンテンツを無料で配信中
実際にいくつかのライブ音源を体験してみたが、個人最適化をした状態では、ライブ空間への没入感がアップ。360 Reality Audioは元々ライブ音源の臨場感アップを狙ったチューニングのようで、その効果が素直にアップするといったイメージだ。
WH-1000XM4を使用し、「Artist Connection」アプリで配信されている360 Reality Audioコンテンツを体験。まるでライブ会場にいるような臨場感を体験できる
「Artist Connection」アプリはあくまでもお試し体験といった感じだが、本格的な音楽リスニングで使える360 Reality Audio対応のサービスだと、「Deezer」があげられる。Deezerは特にHi-Fiオーディオ界隈で使われる音楽サービス。高音質なロスレス配信に対応したDeezer HiFiプランなら、360 Reality Audio対応コンテンツも楽しめる。月額料金は1,470円だ。
Deezerでは、通常アプリに加えて「360 by Deezer」という360 Reality Audio専用アプリがリリースされており、このアプリだけ「Headphones Connect」アプリで実行できる360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンの個人最適化が働く。ちなみに、「360 by Deezer」は360 Reality Audio対応認定ではないイヤホン・ヘッドホンでも使えるので、360 Reality Audioへの対応状況としてはAmazon Musicの上位互換とも言える(ただし、Amazon Musicはハイレゾにも対応、Dolby Atmosの3Dオーディオも楽しめるというメリットがある)。
Deezerが提供している360 Reality Audio専用アプリ「360 by Deezer」
Deezerで配信している楽曲の中から360 Reality Audio対応楽曲のみを抜粋して掲載している
Deezerで配信されている360 Reality Audioの音源は、Amazon Musicとほぼ同じと考えてよさそうだ。YOASOBI『群青』を個人最適化した状態で聴いてみると、空間志向の音だが個々の音がよりクリアで、曲中でエフェクト音が左右に移動する振り幅が個人最適化のないAmazon Musicよりやや大きく位置も鮮明になった感じだ。完全ワイヤレスイヤホンのWF-1000XM4は個々の音がハッキリしていて、ヘッドホンのWH-1000XM4は音空間がよりリアルで、両モデルとも個人最適化の効果をしっかりと感じられる。
ソニーのWF-1000XM4やWH-1000XM4などの360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンなら、個人最適化に対応した状態でリスニングできる
個人最適化が可能なDeeserを契約することまで考えてイヤホン・ヘッドホンと考えると、ベストな存在は360 Reality Audio認定イヤホン・ヘッドホンだろう。その中でもソニーの完全ワイヤレスイヤホンのWF-1000XM4とヘッドホンのWH-1000XM4は売れ筋の機種であって模範的な存在だ。
ただ、Deezerの契約までせずAmazon Musicで楽しむなら、イヤホン・ヘッドホンの機種にこだわる必要はない。将来的にAmazon Musicの個人最適化対応に期待するなら結局は360 Reality Audio対応認定ヘッドホンを揃えようということになるが……ひとまずは、手持ちのイヤホン・ヘッドホンで楽しんでおいてもよさそうだ。
PC系版元の編集職を経て2004年に独立。モノ雑誌やオーディオ・ビジュアルの専門誌をメインフィールドとし、4K・HDRのビジュアルとハイレゾ・ヘッドフォンのオーディオ全般を手がける。2009年より音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員。