ソニーから発売されたモニターヘッドホン「MDR-MV1」は、クリエイターやサウンドエンジニアなどのプロフェッショナルユーザーはもちろん、ヘッドホンやイヤホンを愛好するポータブルオーディオ好きからスピーカーシステムをメインに楽しんでいるオーディオファンまで、幅広いユーザーに太鼓判できる製品に仕上がっている。もし、これが最初に購入する“高級ヘッドホン”だったとしたらどんなに幸せだろう、とうらやましく思うくらいだ。それほどまでに「MDR-MV1」は完成度の高い、良質な製品に仕上がっている。
2023年5月12日に発売となったソニーの最新モニターヘッドホン「MDR-MV1」
ちなみに、「MDR-MV1」の販売は好調なスタートのようで、価格.com「イヤホン・ヘッドホン」カテゴリーの人気売れ筋ランキングで上位のポジションをキープしている。ワイヤレスが主流、なかでも完全ワイヤレスイヤホンが上位の大半を占めている今日のランキングでは異例と言っていいほど。「MDR-MV1」のよさにいち早く気がつき、すでに製品を入手している人も少なからずいる、注目度の高い製品となっているのだ。
「MDR-MV1」を幅広いユーザーにプッシュしたいポイントはいくつもある。まず、クリエイターやエンジニアに対しては、“(ほとんど)クセのない音”と“正しい定位”を持つことがあげられる。
そもそも「MDR-MV1」は、「360 Reality Audio」(以下、360RA)など最新の空間オーディオ楽曲の制作にも活用できるモニターヘッドホンとして作られたもので、正しい音場表現を得るためにソニーが今回「背面開放型音響構造」と呼ぶ独自の開放型ハウジング部を採用、クリエイターが意図する正確な音場を再現しているという。
写真左が「MDR-MV1」、写真右が「MDR-M1ST」だ。ソニーのモニターヘッドホンはこれまで一貫して密閉型を採用していたが、「MDR-MV1」で初めて開放型を採用した
「MDR-MV1」の開放型ハウジング部。立体成形した一枚板に穴をあけるなど、かなりこだわって作り込んだそうだ
また、振動板やコルゲーションのデザインを徹底追求することで、超高域再生と低歪みを両立。さらに、ドライバー背面に直結したダクトを採用し、その開口部に音響レジスターを配置することで空間共鳴を排除。低域の過渡特性を改善し、色付けの少ない自然さと量感の確かさを両立した低域を作り上げたという。
「MDR-MV1」のドライバーユニット。プロの現場に向けて長期間安定して製品を供給することが求められるため、ドライバーユニットの素材については特殊なものを使用せず、代わりに形状や構造を工夫することで音質を追求したという
さらに、プロフェッショナル向けにはもうひとつ、大きな魅力となるポイントがある。それは、「360 Virtual Mixing Environment」(以下360VME)の提供だ。
こちら、特定のプロスタジオで個人の聴こえ方を測定し、データを作成することで、自宅にいながらにしてスタジオ然としたサウンドフィールドを実現できるのだという。ちなみに360VMEは有料サービスとなっており、2023年6月末に提供が開始される予定だ。日本では都内にあるMedia Integrationの「MIL Studio」がサービスを提供することが決まっており、360RAの標準的な13ch用のデータで7万円前後の価格を予定しているという(「MDR-MV1」本体は別料金)。
360VMEは、対応するスタジオに赴いて聴こえ方を測定し、専用のデータを作成するという工程が発生する。日本では、Media Integrationの「MIL Studio」が対応スタジオになっている
似たような事例だと、これまでJVCケンウッドがヘッドホンとのセットでこれに近いサービスを提供しているが、そちらはスマートフォン用アプリを活用するコンシューマー向けのものだった。対して360VMEは完全にプロ向けのもので、Pro ToolsなどのDAWに「360 WalkMix Creator」(360RA音源制作ツール)プラグインを組み合わせた環境に、出力先として360VME Audio Driverを利用することになる。ちなみに、360VMEは「MDR-MV1」がベストではあるものの、「MDR-M1ST」や「MDR-Z1R」、「MDR-Z7M2」などのヘッドホンでもサービスを受けることが可能となっている。
音やサービス以外の面では、スウェード調のイヤーパッドにも好感を持った。大きさも厚みもあるデザインなので、あまり側圧を感じない、自然な装着を行うことができるようになっている。長時間装着して作業しがちなプロフェッショナルにはうれしい気遣いだ。
スエード調の人工皮革を採用したイヤーパッドは大きさも厚みもあり、耳をやさしく覆ってくれる
続いて、ポータブルオーディオファンにプッシュしたいポイントを2つあげておきたい。ひとつは、360RAの音源制作側と同じ環境が手に入ること、もうひとつはヘッドホン・イヤホンのリファレンスとなり得る客観的な音色と音場を手に入れられることだ。
先に紹介したとおり、今後360RAに対応した音源の製作環境では「MDR-MV1」が導入され、場合によっては360VMEを導入したシステムで製作/チェックが行われることが多くなる、と予想される。先んじてその環境を入手しておけることは音楽好きにとって僥倖(ぎょうこう)といえるものだろう。
そして、「MDR-MV1」のサウンドはプロ用、コンシューマー用を越えた普遍的で汎用的なサウンド作りがなされているので、こちらも大きな魅力だ。高級ヘッドホンはそれぞれに魅力的な音色を持っているが、演出のない素の音を聴かせてくれるヘッドホンが1台あってもいい。
実際に試聴してみると、そのすばらしさが実感できる。今回、プレーヤーは上級クラスの最新ネットワーク・ウォークマン「NW-WM1AM2」を使用、別売りの4.4mmバランスケーブルを使って接続し、さまざまな音源を試聴してみたが、これが本当にすごかった。
ネットワーク・ウォークマン「NW-WM1AM2」と組み合わせて、「MDR-MV1」のサウンドのサウンドをチェックした
まずステレオ音源、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND「B3 GRAVITATION」(3rdアルバム「VISIBLE INVISIBLE」収録曲)を聴いてみると、徹底した音場表現が見事なほど正確に再現されているとともに、歌声やアナログシンセの音色が、彼らが音作りを行ったスタジオで体験した音そのものを聴かせてもらえているかのようだった。あまりのリアリティの高さに、驚いてしまった。360VMは行ってはいないので、音場はヘッドホン的なものになるが、左右だけでなく奥行き方向へも大きな広がりを持ち、しかも定位が明瞭だ。細かい部分にまで注目してみると、解像度だけはスタジオモニタースピーカーには及ばない印象を感じたが、ほとんど気にならず。素直にサウンドを楽しむことができた。
いっぽうで、開放型ヘッドホンながらしっかりとした低域を持つ点も「MDR-MV1」ならではの魅力といっていい。宇多田ヒカル「BADモード」はドラム、ベースともに迫力あるキレのよい演奏を聴かせてくれるし、米津玄師「KICK BACK」も普段より疾走感のある演奏に感じられた。なによりも、2人のボーカルが生き生きとした歌声を楽しませてくれるのがいい。リスニング用途でも十分に楽しめるサウンドだと思える。
さらに、かなりヘビーな低域が使われている田所あずさ「箱庭の幸福」もチェックしてみたところ、パワフルさや迫力は失われず、それでいて余計な歪み感のない、聴きやすいサウンドとなっていた。JポップやEDM系を聴くのにも悪くない、なかなかの万能選手と思えた。
さて、「MDR-MV1」が最も本領を発揮する360RA音源でもチェックしてみる。さすがの音場表現に驚くばかり。現実と見紛う(聴き紛う!?)ばかりのリアルな定位感を持ち、しかもブレがない。良質なシステム・調整を行った映画館で体験したDolby Atmosサウンドを思い出させる、“確かにそこにある”音が聴こえてくるような、最新テクノロジーの粋を実体験できる。
正直、イヤホン・ヘッドホンのなかでここまでの体験できたのはほとんどなく、もうひとつの魅力であるニュートラルな音色表現を両立している製品は皆無だろう。もちろん、音楽の聴き方、音の好みは千差万別なので、個人的にもっと“好きな音”は存在しうるだろう。かくゆう筆者も、好き嫌いでいえばほかにもあげられる製品がある。しかしながら、“正しい音”とはいかなるものか、ここまで徹底追求した製品は稀少なのではないだろうか。
故に、スピーカーシステムをメインに楽しんでいるオーディオファンにもぜひ使っていただきたい。「MDR-MV1」であれば、イヤホン・ヘッドホン系にありがちな迫力優先でなく、スピーカーとそう違和感のない音色が楽しめるからだ。当然、「MDR-MV1」が初めての高級ヘッドホンとなる人も、自分好みのイヤホン・ヘッドホンを見つけ出すためにも、ここからのスタートが望ましい。
プロフェッショナル用としてだけじゃなく、リスニング用としても重宝しそうな非常に完成度の高い「MDR-MV1」。興味のある方はぜひ手に入れてみてほしい。
6月25日(日)11時〜18時、秋葉原の中央通り近くにある「1/3rd Life 秋葉原(ワンサードライフ アキハバラ)」(千代田区外神田 5-1-10 1F)にて、製品試聴&トークイベント「ノムケン Lab アカデミー #03」を開催します。今後発表/発売になる新製品だけでなく、コロナ禍の影響で試聴の機会に恵まれなかった発売済みの製品など、ミドル〜高価格帯のポータブルオーディオ製品を中心にゆったりと試聴できますので、興味のある方はぜひ足を運んでみてください。
■日時 : 6月25日(日)11時〜18時
■場所 : 1/3rd life 秋葉原(千代田区外神田 5-1-10 1F)
■入場料:無料(別途500円でフリーソフトドリンク)
ヘッドホンなどのオーディオビジュアル系をメインに活躍するライター。TBSテレビ開運音楽堂にアドバイザーとして、レインボータウンFM「みケらじ!」にメインパーソナリティとしてレギュラー出演。音元出版主催のVGP(ビジュアルグランプリ)審査員も務める。