フィリップスのカナル型イヤホン「SHE9710」は、音質にすぐれた低価格イヤホンの“定番中の定番”と言える製品だ。新製品が続々登場する低価格イヤホンの中で、2013年に発売されて以降、比較的古い製品でありながら、今も高い人気をキープしている。事実、価格.comの「ヘッドホン・イヤホン」カテゴリーの売れ筋ランキング(2015年8月18日時点)は2位に位置しており、トップ10にランクインする常連だ。原音に忠実な臨場感あふれるサウンドを目指しつつ、価格は3,000円以下と大変リーズナブルで、コストパフォーンスの高い点が、人気を集めている大きな理由。コストパフォーマンスにすぐれる低価格なイヤホンを紹介する連載記事「低価格イヤホン“良品”コレクション」の4回目は、あらためてこのイヤホンを取り上げたい。
フィリップスのSHE9710
Astell&Kernのハイレゾ対応プレーヤー「AK Jr」と直接続した様子(今回の試聴構成)
SHE9710は、先代モデル「SHE9700」をベースに、ケーブル周りを主に改良したマイナーチェンジモデル。具体的な違いは、L字型コネクターとケーブル長を変更したことで、そのほかのルックスやスペックに変わりはない。SHE9710とすべて同じというわけではないが、フィリップスのこのラインの製品は、実に7年間もの間、人気を保つロングセラーモデルとなっているのだ。
そんなSHE9710の音で重要なことは、まず、音のクオリティを評価する「ゴールデンイヤー」の存在だ。ゴールデンイヤーとは、フィリップスが認定した世界に50名程しかいない音を検査するスペシャリストで、このゴールデンイヤーが、開発の初期段階から最終審査まで一貫して携わっているのである。音の品質管理を一貫することで、ブレを少なくする取り組みのようなものだろう。次に、本体に備えられた「ターボバス孔」も大きなポイントで、これにより、低音の再現力を底上げしている。音質は後述するが、ドライバー口径は8.6mmと小さめで、ハウジングも比較的小型だが、抜けのよい量感のある低音を出してくれる。
SHE9710の基本スペックについては、ダイナミック型ドライバー採用で、再周波数帯域は6Hzから23,500Hz。周波数は、低価格イヤホンとしては若干だがワイドだ。インピーダンスは16Ω、音圧感度は103dB/mW、最大入力は50mW。
なお、カラーバリエーションについては、定番カラーのブラック(SHE9710)とホワイト(SHE9711)に加えて、レッド(SHE9712)やブルー(SHE9713)も用意されている。ちなみに、製品名の下一桁がカラーを表している。
ハウジングとケーブルは、“く”の字型のアームを経由して接続されている
SHE9710のハウジングは、プラスチックの樽型。表面にはつやがあるほか、ラメのようなキラキラした小さな粒子が使われており、デザイン性についても配慮されている。また、装着感を高めるために、耳の穴の湾曲に従ってデザインされた、角度付きのノズルを採用。ピッタリと耳にフィットするとともに、音漏れしにくい構造になっている。
フィット感については自然な着け心地のする製品で、長時間つけても疲れにくい感じだ。遮音性は想像していた以上に高く、騒々しい環境でなければ多少音量を絞っても問題ないレベル。音漏れについても標準的な水準をキープしている。付属のイヤーキャップはシリコンゴム製で、サイズはS/M/Lの3種類。
ケーブルは細めで、分岐前が直径2mm、分岐後が1mm(いずれも実測)。ケーブル表面はラバータイプになっており、クセが付きやすく、絡まりやすい印象。なお、分岐はU型で、L側ケーブルで折り返すタイプとなっている。コネクターはL字型。
樽型のようなハウジング。ノズルは耳の穴の湾曲に沿ってデザインされた、角度付きのアコースティックパイプを採用
写真の上段はケーブルの分岐部。1本あるほうのケーブルがL側、2本あるほう内の細いケーブルがR側となっている。写真の下段はL字型コネクタ
イヤーキャップのサイズはS/M/Lの3種類。標準はMサイズ
装着例
音の傾向自体は低音寄りという印象。厚めだが、盛りすぎている感覚はない。むしろ、太いところは太くし、細いところはそれなりに仕立てられているため、メリハリのあるものになっている。特にキックなどのベースラインの量感が適度に膨らむため、どっしりとしたボトムになり、曲の安定感や躍動感が増すようなイメージだ。いっぽう、高音は程よく抜け、大きくこもることもない。ただ、一部のブラス系楽器の音が少し刺さる感じはある。ともあれ、ドンシャリ型ではなく、ボーカルも聴きやすいのだ。ボーカルは比較的素直で、甘いセクシーな声からクリアな声まで、アーティストの声をストレートに伝えてくれる。
たとえば、藍井エイルの「IGNITE」に収録されたロックチューンの「Brainwash」を聴いてみると、まずキックの音に張りが出る。スピード感もあり、ベースラインがしっかりすることで、躍動感がアップする。ボーカルの細かな表現もきっちりひろってくるため、雑な印象はしない。
特に相性がよかったと思えたのが、ジャズ。Joan Viskantがカバーしたジャズアレンジの「There Must Be An Angel」(アルバム「SHIFT second NISSAN CM TRACKS」から)では、ふくよかなベース、抜けのよいスネア、シャンとなるシンバルなど、リズムを刻むパートの音がバランスよく聴こえてきた。ピアノはクリアではないが、音色をきっちり描写しており、不足感はない。全体的にバランスのよい仕上がりで聴こえる。
なお、このイヤホンを最初に試聴したときの感想は、「帯域バランスが少し独特なのではないか」ということ。ただ、試聴を進めていくうちに、次第に違和感が薄まってくる。耳が慣れてきているという面もあると思うが、たぶん、それだけではない。低価格イヤホンの中では、この違和感が取れずに続くものもあるからだ。このSHE9710は、違和感が薄まっていくのが圧倒的に速い。聴きはじめてしばらく経つと、音が自分の中にストンと落ちてくる。聴き続けるほどにSH9710のペースに引き込まれていくような、不思議な感覚があるのだ。最後には「ああ、いい音だ」と感じさせるものになっている。
フィリップスは、従来より、低価格イヤホンでも音質にこだわって製品を開発してきたメーカーだ。先代モデルのSHE9700も高い評価と人気を集めた製品で、高音質な低価格イヤホンを代表するメーカーのひとつと言ってもいいだろう。今回紹介したSHE9710は、フィリップスが長年培ってきたノウハウをもとにした魅力のあるサウンドに仕上がっている。リアルなボーカル、そして、躍動感のある音。決してモニターライクではないが、楽曲によって極端に相性のよし悪しを感じさせないのがいいところだ。3,000円という価格を考えれば、十分なクオリティだ。
最近では、低価格ながら高音質をウリにしているイヤホンが増えてきているが、それらと比較しても見劣りしない音質であるのは間違いない。スマートデバイス、音楽プレーヤーに付属しているイヤホンで不満を感じていて、手軽に安くグレードアップしたいユーザーに適したイヤホンである。音質にすぐれた低価格イヤホンの中でも、定番中の定番と言えるイヤホンなので、はじめてイヤホンを買い換えるという方でも安心感を持って選ぶことができるのではないだろうか。